第8話 女の子との約束を破るのは許されざる大罪
時が経つのは早いもので、気がつけば8月に入っていた。転校して約4ヶ月。ここまで恐ろしいくらい時間が短く感じる。きっと、この一ヶ月もすぐに終わってしまうだろう。なぜなら、夏休みだから。
世間の学生たちはこの夏休みを楽しむために方法あれこれ模索し、終盤は宿題の山で絶望する。しかし、うちの学校から出された宿題は少しだけ。なので7月中に終わらせた。ついでに、短期バイトで金を稼いだことによって遊ぶ金にも困っていない。夏休みを邪魔する障害は既に乗り越えた。最早敵と呼べるものは無い。まさに無敵状態。
やるべきことは沢山ある。まずは欲しいゲームやマンガを買う。折角の長期休暇で時間が沢山あるんだ、だったらできる時に一気にやらなくちゃ損だろう。次に、ボランティア。夏は海のゴミ拾いやイベントスタッフなどのボランティアが多い。夏にしかできない人助けを片っ端からする。最後に、友達と遊ぶ。高校の友達、福島にある親の実家に帰った時に友達と一緒に遊ぶ。みんなで楽しくゲーセンとかカラオケとかボーリングとかできたらいいな。コミケとかもありだな。
我ながら良い計画である。理想を言えば旅行に行きたかったけど、姉さんは受験だし、兄さんは仕事が忙しいし、家族全員で楽しむことができない。友達と旅行するにしたって行き先はいつも東京だったし、今じゃその東京に住んでるんだから意味が無い。関西は流石に金に余裕が無い。
「今日はどうしようかな……」
今日は一日中時間が余ってる。できることは多い。だからこそ、何をやればいいか迷う。
まずは秋葉原にでも行ってゲームを買おう。これなら一人でもできるし、人に迷惑も掛けない。いきなり人を誘うのはちょっと気後れする。本田あたりなら問題無さそうだけど。あ、でも夏は部活で忙しいとか言ってたな。やっぱ一人でゲームがベストだな。
「ん」
スマホが振動した。何の通知だ、と思って画面を開く。チェインだった。
『暇だったら今から一緒に遊びに行こーよぉ』
送り主は田中さんだった。一番無さそうな人から来たな。でも、嬉しい。田中さん側からチェインで誘って来たは初めてだから。ちゃんと友達って感じがして心が温かくなる。
『いいよ! どこ集合?』
断る理由は無い。なので即返信。
『午後1時にハチ公像の前で』
『分かった!』
渋谷はファッションやカルチャーの流行の最先端。そういったものに明るい田中さんならではのチョイスだ。俺はあまり行かない場所だからどういうものがあるのか気になる。
転校して最初の夏休みで初めて友達と遊ぶんだ、思いっきり楽しもう。
※※※
「やっぱ人多いな……」
夏休みの渋谷駅はいつも以上に人が多い。特に学生で溢れている。こんなに暑い中みんなよく動けるなあ。福島よりも暑い気がする。ヒートアイランド現象ってやつかな?
「てか、早く来ちゃったな……」
時間は午後0時20分。楽しみ過ぎて気持ち早めに外を出たけど、これは流石に早い。まだ約束の時間まで40分ある。田中さんが来る気配は無い。学校ではいつも遅刻ギリギリで教室に入って来るし、時間にルーズな人だ。今回も時間ギリギリに来るだろう。
なら13時まで何かしてよう。そう思い立って近くの店へ行こうと歩く。
「あれは……」
歩くこと数分。辺りを見回すと一人で立ちすくむ男の子がいた。見た目からして5、6歳くらいの幼い子だ。今にも泣きだしそうだった。こんな人が沢山いる場所で子供が一人なのはおかしい。放っておけない、そう思って駆け寄る。
「「どうしたの────」」
声が重なった。直後、目が合った。銀髪の女の子だった。儚げな雰囲気で、額に絆創膏を貼り、腕に包帯を巻いている。何だか見てるこっちが心配になりそうな見た目だ。
「君もこの子を助けるために声を掛けたの?」
「はい……!」
控えめな態度ながらも、その声は迷い無く発せられた。確かな意思を感じる。この包帯の女の子は本気でこの子を助けようとしているのが伝わってきた。
「なら、ここは協力しよう。人数が多いとできることが増えるから」
「分かりました……」
話の理解が早い。この状況では凄くありがたい。さてはこの子めちゃくちゃ良い子だな?
「えっと、君は何で一人なのかな?」
「気がついたらお母さんがいなくなって……それで……」
静かに、小さな声で喋る。不安な気持ちでいっぱいなんだろう。まあ、この年の子どもなら家族が一緒にいないと安心できないよな。分かるよその気持ち。
「そうか、君は強いな。泣くのを我慢してたんだな」
「うん、お母さんに迷惑かけたくないから……」
「偉い偉い。お母さん思いの優しい子だ。辛かったよな、怖かったよな……でも、安心していいよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんがお母さんを探してあげるから」
「うん、もう大丈夫だよ。私たちが一緒にいるから寂しくないよ……」
二人で精一杯男の子をなだめる。俺たちがいるから安心して欲しい。そのためにも、絶対にお母さんを見つけなきゃいけない。
「俺は近くの店とか交番に迷子だって呼びかける。だから、君はこの子と一緒にいてあげて欲しい。誰かといた方が安心できると思うから。すぐ戻るよ」
「はい……!」
女の子の方が子どもと上手く接することができるだろう。そう思って俺は周囲に助けを求めることにした。包帯の女の子も理解してくれたようで、間を置かずに賛同してくれた。
早くお母さんに会わせてあげるから、待っててくれよ……!
※※※
近くの店や交番に助けを求めて走り回った。そして、元の場所に戻る。包帯の女の子と迷子の男の子は変わらずそこにいた。母親はまだ来てないようだった。
「とりあえず大人の人に伝えてきた。ここで待ってればお母さんは来ると思うよ」
「ありがとうございます……!」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「これくらいどうってことないよ」
助けを呼んだことを二人に報告する。
「にしても君、嬉しそうだね」
「うん! お姉ちゃんがお話してくれたんだ!」
「それは良かったな」
やっぱり、包帯の女の子に任せておいて正解だった。見ず知らずの他人に寄り添える優しい子だからきっと何とかしてくれるって思った。結果は予想以上だ。
「お兄ちゃんも何かお話してくれる?」
「お話か、そうだな……」
こういうのを振られると弱るな。でも、子供の気持ちを無下にはできない。下手くそでもいいから話そう。でも、何を話せばいいか。このくらいの子って何が好きなんだ?
「……君はヒーローって好き?」
「うん、大好き!」
「俺も大好きなんだ。だから、俺もヒーローみたいに誰かを助けたいって思ってさ。みんなが笑顔でいられるようにってね。それで今君を助けてる」
ヒーローっていつになってもカッコいいよね。『全ての人を助けたい』って想いで自分より強い敵に立ち向かう姿は本当に憧れる。小さい頃にあの姿を見たら誰だって影響されるに決まってる。兄さんの影響で見始めた特撮ヒーローものは今でも大好きだ。俺の原点で、根っこにあるものだ。
「さっき君を見つけた時は凄く不安そうな顔だったけど、今は笑顔だ。それがとっても嬉しい」
「ふふ……私も、嬉しいな」
包帯の女の子も同じ気持ちらしい。この子が協力してくれなかったらここまで上手くいかなかった。今時こんなに優しい子は珍しい。
「俺はみんなに笑顔でいて欲しいって思うんだ。そのために、困ってる人みんなを助けなきゃいけない。そうすれば、世界中のみんなが笑顔になれるから」
綺麗事だな、とは思う。現実はそんなことが通用するほど甘い世界じゃない。でも、だからこそ実現すべきだと思う。それが一番良いから。あのヒーローがそうしたように、俺もそうする。
「何か変な話になっちゃったね。ごめん、このお姉ちゃんみたいに上手く話せないや」
「そんなことないよ! お兄ちゃん、ヒーローみたいでカッコいいよ! 僕もお兄ちゃんみたいに誰かを助けられるようになりたい!」
「はは、ありがと」
何だか無理に言わせてる感じがして申し訳なさが湧いてきた。めちゃくちゃ良い事言ってる感あるけどこれ受け売りなんだよなあ。でも、子供に褒められると嬉しいな。ましてや、それが良い事なら尚更。だったらそれに応える以外に何があるって言うんだ。
そんなこんなで迷子の子と話してからしばらく時間が経った。三人で話していると、一人の女性がこちらに向かって来た。
「あ! お母さん!」
「良かった、無事で……! 大丈夫だった? 怪我とかしてない?」
「大丈夫! お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒にいてくれたんだよ! それで、いっぱいお話してくれたんだよ!」
「本当にありがとうございます! 何とお礼を言ったらいいか……」
「いえいえ、俺は人として当然のことをしただけですから。何はともあれ、お母さんが見つかって本当に良かったです」
「私も、全然大したことはやっていません。でも、また二人が一緒になれて良かったです」
無事に親子が再会できて何よりだ。こうして二人の笑顔を見るとこっちまで笑顔になる。うん、やっぱり人は笑顔が一番だな。
「じゃあね、二人とも!」
「うん、バイバイ」
「もうはぐれちゃダメだぞ」
手を振って親子と別れた。もう二度と迷子にならないことを祈る。ちゃんとお母さんのそばにいてあげて欲しい。
「本当にありがとう。協力してくれたのが君で良かったよ」
「こちらこそありがとうございます。私一人でちゃんとできたかどうか不安だったので……」
互いに協力のお礼を告げる。俺も一人だったらこんなに順調にはいかなかったと思う。この子、こんなにオドオドしてるけど、ここまで的確に人を助けられるんだからもっと自信を持ってもいいんだよな。
「ん」
ポケットの中のスマホが振動した。チェインの通知が来たようだった。何だろう、朝も同じ感じのことがあったな。送り主は予想通り、田中さんだった。どうやら画像を送ってきたらしい。見てみると、男女二人が写った写真だった。
凄く見覚えのある人物だった。片方は腕に包帯を巻いた女の子。隣にいるこの子で間違いない。
「え?」
待て、何でこの子が写ってるんだ? そして、この男は誰だ? 何か嫌な予感がして、服装を確認する。俺が今着ているのは黒のボトムスに白のトップス。写真の男も同じ配色の服装。まさか……? え、マジで……?
そして、新たに通知が来た。またもや田中さんからだ。
『約束の時間過ぎてる上に他の女の子と一緒ってどういうことかなー?』
『ちゃーんと説明してねー?』
────あ。気づくにはあまりにも遅かった。時間を見る。1時10分だった。約束の時間はとうに過ぎている。しかも証拠写真まで押さえられている。芸術的とも思えるくらい完璧なタイミング。この瞬間を待っていた、言わんばかりのピンポイント爆撃。
……間違いない。田中さんは今、俺らを撮れる範囲内にいる。この写真は俺と包帯の女の子が二人でいるタイミングを見計らって撮られている。二人になったのは親子を見送ってからだ。まだ1分経ったかどうかも怪しい。ここまで正確な瞬間を撮れているということは、そういうことだ。状況的にそうとしか考えられない。じゃなきゃ辻褄が合わない。
恐る恐る辺りを見回す。すると、意外に早くその人物は見つかった。俺らと反対側の店の入り口に彼女はいた。こっちを見て手を振ってきた。
「ごめん、用事、思い出した……」
急に血の気が引いてきた。真夏なのに、飛んでもない震えと寒気に襲われる。今までやってきたどのホラゲーよりも怖い。カンカンに起こった母さんや姉さんよりも怖い。絶対に怒らせちゃいけない人を怒らせてしまった。恐怖心と罪悪感で心臓がバクバクする。
「大丈夫ですか? 凄く調子悪そうですけど……」
「あ、うん、大丈夫……それじゃあ、今日は本当にありがと……」
最後にお礼を言って、包帯の女の子と別れる。できれば名前を聞きたかったけど、今はそれどころじゃない。どうあがいても絶望だが、それでも行かなきゃいけない。破った約束のツケを払わなきゃいけない。すぐさま田中さんの方へ走って行った。
摩美々じゃなくて霧子がメインになってますねこれ……