「約束を破るなんて、漣も意外と悪い子だったんだねー。まみみの心、傷ついちゃったかもー」
ウグッ……開口一番それはダメージがデカい。でも、これは全面的に俺が悪い。
「本ッ当にごめん! 迷子の子を助けてたんだ。それで約束のこと、忘れてた……!」
「じゃあ、あの女の子はー?」
「偶然同じタイミングで迷子の子に声をかけて、それで協力することになったんだ。やましいことは何も無いよ」
「とか言って実はナンパとかしてたんじゃないのー?」
「それは無い! 天地神明に誓って無い! 誤解だから!」
「これでそうじゃないって言われても説得力無いケドー」
「うっ……!」
田中さんはそう言って写真を見せつける。確かに、この写真だけ見たらナンパにしか見えない。でも、本当にナンパなんてしてない。協力して人助けしてたって言われても見てないんじゃ伝わらない。誤解は解けない。週刊誌とかでスキャンダルされた人ってこういう気持ちになるのかな。そりゃ辛いわ。
「そこまで反論するならぁ、漣にお仕置きしなくちゃねー」
「お仕置き……?」
「ふふー、お楽しみにー」
一体何を仕掛けてくるつもりなんだ……?
※※※
無言の圧を放つ田中さんに連れられて来たのはラーメン屋だった。外装も内装も何の変哲も無い普通の店だ。田中さんの選んだ店だ、このラーメン屋には必ず何かがある。それが怖い。
店員の案内で指定の席に座る。とりあえずテーブルに置かれているメニュー表を見る。
「えっ」
戦慄。どれを見ても激辛ラーメンしか無い。
「田中さん、ここって……」
「激辛ラーメン専門店ー」
俺が辛いのを苦手と知ってのことか……! これが俺へのお仕置き……! なるほど、納得だ。人の苦手なもので利用するのは常套手段。
「すいませーん。蒙古タンメンと超絶激辛ハバネロラーメン一つずつでお願いしまーす」
何だその小学生が付けたみたいな雑な名前。名前の時点で全てを察するラーメンだな。俺が食うのハバネロラーメンの方だろ絶対。
「因みにハバネロラーメンは30分以内に完食するとお代無料でアイスくれるんだってー」
「そうなんだ……」
「クリアできれば許してあげたりあげなかったりー」
やっぱり俺が食うのは確定なのね。ていうか、肝心の部分を曖昧にするのか……。でも、田中さんの言葉が嘘にせよ本当にせよ、俺は30分以内で食べ切らなきゃいけない。苦しい戦いにはなるだろうけど、それでも成し遂げなきゃいけない。なら、俺はやる。来るなら来い。相手になってやる。
待つことおよそ10分後。遂にその時はやってきた。
「超絶激辛ハバネロラーメンになりまーす!」
店員が例のラーメンを持ってきた。どんなものか、とテーブルに置かれたそれを見て言葉を失った。
「……?」
え? これがラーメン? このスープの色は何なんだ? 血の池地獄か? 俺が今見てるのは現実なのか? 幻じゃないのか?
「それでは、スタートです!」
店員が笑顔でタイマーのスイッチを押した。ここから30分、俺はこの地獄みたいなラーメンと向き合うのか……。
「……いただきます」
手を合わせて、食前の挨拶。割り箸を割り、麺を掴む。血みたい色をしたドロドロのスープが麺に絡んでいる。避けることはできなさそうだ。覚悟を決めて、口に入れる。
「ガッ! ゲホッ、ゲホッ……何だ、これ……!?」
口が痛い。舌が痛い。全身が熱い。汗と涙が噴き出てきた。これ、食べ物という名の劇物だ。この世全ての辛い物質を悪魔合体させて完成したような化け物だ。タバスコなんて比べ物にならない。こんなこの世のものとは思えないような料理を30分以内に食えって言うのか……?
「ふふー」
田中さんは完全に他人事みたいに笑ってる。その上で美味しそうに蒙古タンメンを食べている。でも、これは約束を破った俺への罰だ。甘んじて受け入れなきゃいけない。
「ヴェッ……」
イカれた辛さのせいで変な声が出てきた。これ、本格的にヤバいやつでは? 命の危険感じてきた。
それでも、必死に食べ進める。口から胃までの全部が痛い。身体を内側から焼かれてる気分だ。
「やっと……!」
意地で具を全部食べ切ってやった。残りはスープだけだ。ここでタイマーを見る。24分経ったところだった。あと6分、時間は殆ど残っていない。
ここからはレンゲを使って少しずつスープを飲んでいく。喉が燃えそうなくらい熱い。ついさっきまで食べてた具の何倍も辛い。純粋な辛味の暴力。いよいよどうにかなりそうだ。
ここで、手が止まった。ダメだ、これ以上は本当に危ない。脳がそういう信号を出してる。
「折角ここまで食べたのに諦めちゃうのー?」
「田中さん……」
「完食できなかったら、もう漣とは絶交するねー」
「えっ」
「私と友達でいたいなら、どうするべきか考えなくても分かるでしょー?」
これでもかってくらい俺の考えてることを理解されてるのが怖い。本当にズルい、そういうの……! そんなこと言われたら、何が何でも完食しなくちゃいけないだろ!
深呼吸して、心身を落ち着かせる。覚悟はできた。この際もうどうなっても構わない。タイマーは26分30秒。3分で決着をつける。
どんぶりを持ち、直接スープを胃に流し込む。熱と苦痛が際限なく襲ってくる。自分でもなぜ耐えられてるのか分からない。こんな大量の劇物を飲んでいるにもかかわらず死んでない理由が分からない。俺が思っている以上に俺の身体が丈夫なのか。アドレナリンの効果なのか。それとも、精神が肉体を凌駕したのか。どれでもいい。今はこのスープを飲むことだけを考えろ。
時々吐きそうになりながらも、死ぬ気で血みどろの液体を飲み干す。遂に、この時が来た。
「ごちそう、さまでした……!」
空になったどんぶりをテーブルに置く。直後、タイマーを止める。時間は────29分57秒。
「……よし!」
ギリギリ、残り時間はたったの3秒。ほんの少し覚悟を決めるのが遅かったら完食できなかった。地獄のような30分だったが、何とか乗り越えることができた。こんなチャレンジもう二度とやりたくない……。
「おめでとうございます! 完食したのでお代は無料で、アイスを差し上げます!」
店員の拍手と共に、テーブルにアイスが置かれた。こっちはめちゃくちゃ美味しかった。
※※※
「まだ痛いや……」
ラーメン屋を後にして、休憩の目的で近くのカフェに入った。とにかく甘い物を摂取したかったからチーズケーキとチョコソースとキャラメルソースを乗せたフラペチーノを頼んだ。これら2つはアホみたいに甘いのに、それでも超絶激辛ハバネロラーメンの後味は消えない。本当に何なんだよアレ。料理じゃなくて兵器とかの類だろ……。
「まさか完食するとは思わなったなー」
「自分でも不思議なくらいだよ」
カップ焼きそばのからしマヨネーズすらダメな俺がなぜアレを食い切れたのか今でも理解が追い付かない。あるとしたら、田中さんの絶交という脅迫だろうか。あれは効いた。
「別にそんなことしなくても問題無かったんだケドー」
「どういうこと?」
「漣が子どもとそのお母さんと話してるところ、しっかり見てたからぁ」
「え……?」
「人助けバカの漣なら仕方ないなーって思って見てたよー」
「……田中さん?」
じゃあ、田中さんと合流した直後の会話は嘘だったってことか? 手の中で踊らされてたのか?
「それを見てたならさ、今までの流れは何だったの?」
「いや、怒ってるのは本当なのでー。こんなに可愛い女の子との約束よりも優先することがあるんだなって思うとちょっと許せないよねー」
「う、それは本当に悪かったよ……」
それを言われると何も言い返せない。
「まぁ、次からはちゃんと約束守ってくれればいいよー」
「ごめん……ありがとう」
一応許してはくれたようだ。こんなカスみたいな俺を許してくれるなんて、田中さん良い人……だけど待て。だとしたらアレはおかしくないか?
「いや、でもさ、やっぱりあのラーメン食べる必要無かったんじゃないかな?」
「だってぇ、ああした方が面白いじゃーん。こんなに良いものをもらえたしー」
「いつの間に撮ってたんだよ!?」
田中さんが見せてきたのはラーメンを食べてる俺の写真だった。それも一枚だけでなく、複数枚。泣きそうな表情だったり、鬼気迫る表情だったり、妙に上手に撮られている。
「ふふー、アレを食べてる時の漣、凄く面白かったよー」
「田中さん、それ消して……!」
「消す訳ないでしょー」
「……だったら条件がある。写真を消さないなら、俺はもう田中さんに対して怒らないし、イタズラにも反応しない。それでもいいかな?」
そっちのがその気なら俺もこうなったら心理戦に持っていくしかない。人が誰かと話す際に一番嫌がるのはそもそも相手が反応しない、ノーリアクションだ。田中さんも例外ではない筈。
「…………」
田中さんは何も喋らない。あれ、意外と効果ある?
「漣の癖にこんな心理戦してくるなんて……」
「癖にって、酷い言われようだな」
当たりが厳しい……もしかして怒ってるのか?
「そういうこと言うの、良くないから。私は悪い子なので、ちゃんと叱ってくれないとー」
「え、あ、怒らせたなら、ごめん……」
それはいつもの気怠そうな声じゃなくて、真剣な声だった。俯いていて、その表情は分からない。でも、明らかに様子がおかしい。地雷踏んじゃったのか?
「漣にはもっとキツいお仕置きをしなきゃダメだねー」
「今度は一体何を……?」
「ふふー、そうやっていっぱい困ってねー」
すぐに普段通りのイタズラな笑みを見せる田中さん。でも、さっき見せた明らかな違和感が頭から離れない。何か抱えてることがあるのか? 話してくれれば全力で助けるんだけど。でも、田中さんはそういうことは絶対に言わないよな。どうすればいいんだ……?