風呂から上がったヨミが四人が今の今まで話し込んでいた息吹の部屋に戻ってきた。
「ふぃ~、いいお湯でした」
「顔赤っ」
「ヨミには入る前に、ぬるめのお湯で長湯するようにこっそり言ったからね」
その意外な進言のもとに珠姫が反応する。
「そうなの?」
「そうだよ」
「こういう時カラスの行水は怪我の元になりかねないわ。といっても、芳乃がお湯張ってくれたんなら最初からぬるめだったんでしょ?」
春李が芳乃の方を向きながら尋ねる。
「そうだよ、試合後のお風呂はぬるいお湯で長湯が鉄則」
そう言いながら芳乃はヨミに寝転ぶようジェスチャーで促す。
「柔らかくていいねぇ、故障もしにくいし。球速も上がると思うよ」
「ほんと?やったー」
「珠姫ちゃん、今日のヨミちゃんどうだった?」
一瞬、ヨミちゃんじゃなくて私に聞くの?と思った珠姫だったが冷静にヨミのピッチングを回想する。春李は再びスコアブックとノートに目を通す。
「4回の1点は余計だったね。あの球要求したのにただのカーブがくるし」
「アイタッ」
息吹の心配していた、『痛い』マッサージが始まる。
「序盤は好投してるように見えたけど、追い込んでからのあの球はイマイチだった」
「アイタタッ」
芳乃の『痛い』マッサージは続く。
「私が振り逃げでも許すと思ってたのかな。でも、終盤は良かったかな。あのままずっと受けていたかった」
マッサージの仕上げに芳乃と息吹から両肩を揉まれるヨミ。珠姫へと目をやると珠姫は恥ずかしそうに飲み物をすする。その脇で春李が不思議そうな表情で四人を見つめている。
「はいっできたよ!」
「すごい!軽くなった!さっそく投球練習しよう!」
「今日はだめだめだよ!それに、春李ちゃんのマッサージも残ってるし」
「ねぇ、ほんっとに私もアレ受けなきゃだめ?」
「だぁめ」
芳乃が屈託のない笑顔で答える。
「う~ん、わかった!その笑顔に免じて受けてあげよう!」
「ありがとう!」
「タマちゃんも受けたいよね」
「うん、ちょっとだけなら・・・」
「仕方ないなあ、10球だけだよぉ。ハイ、ボール」
「終わったら素振り500回ね。みんな
「私は芳乃を手伝うわ。私は打ったしいいでしょ?」
「春李ちゃん料理できるの?」
「ちょっとくらいなら、普段はメイドさんにやってもらってるけどこういう時は自分の身体に入るものは自分で作らなきゃ」
「メイドまでいるとは流石鱒川家・・・」
「500・・・」
まあ毎日やってるけど・・・
苦い顔をしている珠姫と息吹に向けて春李が言った。
「私は毎朝500、毎晩1000振ってるわよ」
「せ、1500!?」
「さすが春李ね・・・」
近くの公園に五人が集まりヨミの10球だけの投球練習が終わるとヨミ、珠姫、息吹の三人は素振りを始め、春李と芳乃は料理とマッサージのため川口家へ戻った。
それは、料理中の事であった。
「ねえ、芳乃」
「なに?あっ、そこの棚にお塩入ってるから取ってもらっていい?」
「はい、これね。ヨミのことなんだけど・・・」
「ごめん、これお砂糖。お塩は隣の青いフタだよ」
「悪いのはこっちよ、これね」
「そうそう。で、なんだっけ?」
「ヨミのことなんだけど」
「ヨミちゃんが、どうかしたの?」
「昔、野球で何かあったの?」
その一言に芳乃が固まる。
「えっ?そ、それは・・・」
「だってさっき珠姫が『あの球要求したのにただのカーブがくるし』とか、『私が振り逃げでも許すと思ってたのかな』とか言ってたじゃない?」
春李が珠姫の声真似をしながらそう言うと、芳乃は静かに鍋に目を落とした。
「普段の二人の関係性を考えたら、ヨミは珠姫に全幅の信頼を置いてただミット目掛けて投げそうだと思ったけど・・・」
芳乃が自らの考察を交えながらその重い口を開いた。
「ヨミちゃんの『あの球』・・・春李ちゃんから見ても凄いんだよね?」
「?、ええ、ヨミの『あの球』はこの私の目から見ても一級品よ」
「ずっとトップでやってきた春李ちゃんには縁が薄いと思うけど、野球って一人じゃできないから」
「しっつれいしちゃうわね。さっきの話聞いてなかったのかしら?私だってチームのこと考えてるわ」
「そういうことじゃなくてね・・・野球をやるっていっても色々な野球があるから・・・」
そこまで芳乃が言うと春李がしびれを切らす。
「もう!どういうことかはっきり説明しなさい」
「私も詳しいことは聞いてないんだけどね、ヨミちゃんのいたチームっていつも1回戦負けで、多分チームの雰囲気も・・・」
芳乃がそう言うと春李はある程度話を理解した。
「ははぁん、なぁるほど。部活って形だけの草野球同好会で『あの球』捕ってくれるキャッチャーいなかったって訳ね?」
「本当に詳しくは聞いてないんだよ。だってもしそうだったらヨミちゃんに辛いこと思い出させることになりそうだから・・・」
「分かったわ。じゃあ、私もヨミに詳しいこと問いただすのはやめるわ」
そう言うと二人の間に沈黙が流れ、目の前の鍋やフライパンを見つめるだけの時間がしばらくすぎる。
「私も、」