転生先がエロザルってまじっすか!?(改訂版) 作:二斗島甚兵衛
要るかどうか分かりませんが、どぞ。
拙い文章ですがご容赦を。
釈迦堂の場合
「こいつぁすげぇな」
素直に感心した。
いや、感心させられたというべきか。
最近この川神院に入ってきたガキ。
名を福本 育郎というらしいガキを見て、独り言を呟く。
恐らくまだ、本人は気付いてはいないであろう。
この気を感じ取れる俺達にしかわからないはずだ。
そのガキは一見普通の子供のように見えて理知的であり理性的で、大人のような顔をする。
ガキのくせに大人みてぇな喋り方をするへんなガキだが、まだ川神院に入って間もないが努力を惜しまないルーと同じタイプだと言えるであろう。
少なくとも表面上は、であるが。
表面上しか見れねぇ、壁を超えている者にしか分からねぇこともある。
それが、気の判別。
大なり小なり気には量、質というものが伴う。
それを種類として捉え、認識することが可能だ。
気は一人につき1種類。
そして研ぎ澄まされればされるほどそれぞれの個性、色のように変化する。
こればっかりは共感覚って言うやつなのかもしれねぇが俺には分かる。
だが、このガキには2つの気が未だ混じり合わずに混在しているように感じる。
1つは俺にはない研ぎ澄まされた正の気。
もう1つは正の気よりも大きな完全なる邪気。
決して交わることない2つの気が渦を巻いて中国の陰と陽のように別れあって存在している。
これはおかしな話だ。
取り込まれもせず、されど交じり合おうとしない完全なる同居。
1つの身体に2つの気。
これでは身体と精神が乖離して内側から壊れる方が身体が成長し切るより早いだろうと感じるほどに、異様であり異質。
それを見ておもしろいと感じた。
ある日謹慎処分で坊主が一月くらいの間が空いた後、急に坊主が気の使い方を知りたいと教えを請ってきた。
俺はこれ幸いと坊主の訓練を引き受けて。
坊主に気の使い方を教えてやった。
するとどうだろうか。見事に生の気のみにストローで吸うように使いやがる。
邪気には一切手を出さない。
それを見てことさら面白く感じる。生の気を使い切り、それを持って疲れているような顔をしている坊主。
未知との対面であった。
その使われない邪気が何のトリガーを持って開くかは定かではないが、もう暫くこの未知との対面を楽しもう。
これでも、最初に見てやった一人目の弟子だ。
「一人前になるまでは面倒見てやるとするかぁ…。」
釈迦堂は黒い笑みを浮かべながらまた独り言を発した。
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私は川神百代。
最近新しく年下の弟弟子ができた。
見た目は私より子供であると判別出来るような容貌ではあったが、いかんせん話し方も、態度も、大人び過ぎでいる。
この歳でこのように完成された精神を持っている子が存在しているのだろうか。自分よりも小さな子供が?
そんなこと有り得るのか?と疑問に思う。
未知との遭遇だった。
自分の周りを見てもそんな子供は存在してはいない、だが大人ぶっているようにも感じない。
劣等感を感じながら目を見て寒気がする。
黒く濁った気が渦巻いて見える。
これだけ精神が完成されているのに、理性があるように見えるのに、その中に渦巻いている気は、余りにもその存在のあり方を否定していた。
これまた更なる未知との遭遇。
それを感じてしまうと一気に気味が悪く感じてしまう。
その気味の悪さは恐怖と同等のものであった。
見てはいけないものを見たと思い、早々に見ないふりをした。
特段姉弟子と弟弟子であっても合同で訓練をする事などない。
何故なら私はここでは上から数えた方が早いくらいには強いのだ。
到底ついてくることなど不可能だと決め付け、気味の悪い存在から目を逸らすように修行に励んだ。
それからまた二、三年ほど経ったある日、どうやらあいつが問題を起こし、謹慎処分というものを下されたらしい。
じじいにそこまでされるとは何をしたのだろうか、と思い師範代に質問してみると、同級生を怒りに任せて殴ったらしい。
それを聞いてびっくりした、何だかんだ腫れ物の様に扱っていたが、根はやはり子供なのだと。
安心したのだ。
今はじじいと精神修行に励んでいるらしい。
精神修行なんて、なんの役に立つか…何て考えながら安堵する。いっぱしに大人の顔をしていると思ったらぶってただけなのかと、未知は既知であったのだと。
「今度からはもう少し構ってやるか…。私は姉弟子だからな!」
と一人自分に言い聞かせる様に独り言を発した。
こういう説明会って定期的に設けたほうが良いかなって思ったんですけど皆さん的にどうですかね?