銀翼の下、芝青々と砂塵舞う。-蹄鉄飛行場の6ヶ月- 作:キルメナイム
今回のお話、当初の予想より遥かに長くなってしまったので、前後編に分けて投稿させていただくことにしました。進展の都合で前編にはウマ娘が出てきません……(_ _;)ちゃんと後編で重要な出番を設けてあるので御容赦ください……
『銀蝶03、敵機に狙われてるぞ!ブレイク、ブレイク!』
『分かってる!畜生め、流石にしつこいな……!』
ある昼下がりのこと。某国空母『東寧』を母艦とする彼らは、日本本土の強行偵察を命じられて新潟県上空にまで進出したものの、航空自衛隊の戦闘機による激しい迎撃を受けていた。特に、隊の3番機を務めていた彼は運悪くも敵に目をつけられ、執拗な追跡を受けていた。
『クソ、何だコイツ!?引き離せない……!なんで……俺のJ-30は、連中の老いぼれ機よりも速いはずだろうが!?おい、誰か!誰か助けてくれッ!』
『銀蝶03、編隊から離れ過ぎだ!空戦を避け、敵と距離を取れ。そんな飛び方をされちゃ、助けにも入れんぞ!』
隊長のそんな言葉も、彼の耳には半分も入っていない。真後ろの敵から放たれる冷たい殺気が、彼の理性を揺さぶり、今まさに破壊せんとしていたのだ。
『聞いてねぇ……!こんなの聞いてねぇぞ!』
右に左に、手前へ奥へ。彼は操縦桿を滅茶苦茶に振り回す。すると、機体は鋭い旋回や急降下などと激しい回避機動を次々に繰り出す。しかし、そのレーダーは自機の真後ろを張り付いたように占位する敵機の存在を依然として示し続けていた。
『そんな……!』
彼は、震える声で呟きながら操縦桿をさらに激しく操作した。早く敵の射線から逃れなければ、そんな一念が彼を駆り立てる。早く、早く!
しかし、その瞬間に彼の機体が激しく振動した。
(しまった!失速……!)
彼の機体は、度重なる回避機動によって高度と推力を失い、遂に限界を迎えてしまったのだ。そして、それを彼が理解したときには、全てが手遅れだった。それはたった一瞬、しかし戦場ではあまりにも致命的な隙。
刹那、コックピットに警報音が鳴り響いた。次の瞬間、機体に空対空ミサイルが突き刺さる。
『隊長ぉぉぉぉぉ!』
彼の悲鳴を、無線のノイズと爆発音が掻き消した。
『銀蝶03……!』
一番機のパイロットは、重力に抱かれ地面へと吸い込まれていく僚機を見ながら叫んだ。
『まさか、日本にこんなパイロットがいたなんて……』
二番機のパイロットも、思わずといった調子で呟く。いくら地理的不利を背負う偵察任務の最中とはいえ、旧式の敵機相手に味方が惨敗を期した事実を、彼は受け入れられないでいた。
その時、彼らのレーダーに複数の光点が現れた。件の敵機の他にも、複数の戦闘機が彼らに急速に接近していたのだ。
『隊長、どうする?』
『敵の防空体制が整いつつある。これ以上の浸透は不可能だな。銀蝶02、偵察を打ち切り撤退する。続け!』
『了解!』
2機の某国機は、そのまま新潟の空を去ったのだった。
新潟の空でそんな戦いが起きた翌日の夕方、特第3飛行場の滑走路に4機の戦闘機が降り立った。着陸を終えたパイロットたちは、機体から降りると整備員たちに乗機を預け、装備を解きながら指揮官の元へ報告に向かう。
「いやぁ〜、キツかったな。今回は」
一人のパイロットが、歩きながらに呟いた。
「全くだ。現地部隊の機体に故障が出たからって哨戒の代行に回されたと思ったら、そのタイミングで敵機来襲だもんな」
隣を歩いていたパイロットが、ため息混じりに応じる。二人は、昨日の戦闘の様子を思い返して再びため息を吐いた。
「敵は強行偵察の機体だったみたいだが、随分と入り込まれたな」
「ああ。しかし、首都圏に入る前に撃退できたのは良かった。この戦争の要は、首都機能の維持にあると言っても良いだろうしな」
「とはいえ、アレはやばかったな……」
「アレには、俺も肝を冷やしたぞ。隊長の怒りも凄まじかったし……」
二人は、そう言いながら顔を見合わせる。その時だった。
「松島ッ!お前分かっているのか!?」
滑走路に男の怒声が響いた。二人が声のする方を見てみると、今回編隊の指揮を執っていた加賀が、一人のパイロットの胸ぐらを掴んで詰め寄っていた。
「なぜ、あの時編隊から離れた!?独断で敵機に攻撃した!?」
「……当時の状況を見て、自分が仕掛けるのが最善であると判断した……」
「だからと言って、独断先行が許されるわけがないだろう!?その勝手な行動が、僚機を危険に晒すということを、お前は分かっているはずだッ!」
「偵察機を逃せば、本土の防空網の弱点が敵に伝わるかもしれなかった。落とせるのなら落とすべきだ。それに、敵の位置も動きも把握していた。問題はなかったはずだ」
「そういうことじゃないだろう……!お前、以前のスクランブルのときにも独断先行をやっていたらしいな。最近のお前の飛び方は、危なくて見るに耐えない。何故そうする?何がお前を追い詰めているんだ?このままでは、お前はここに居られなくなるぞ……?」
激しい怒りを露わにする加賀に対し、彼は覇気の無い声で答える。その目は虚ろで、視線こそ加賀の瞳に向けられてはいたが、その実どこも見ていないようだった。
「松島、お前は……」
しかし、突如として男の目つきが変わった。まるで、それまで失念していた重要な何かを思い出したかのように。
「いや、違うな……。加賀一尉、さっきの発言を取り消す。今回の件は自分の行動が軽率だった。今後は改めるつもりだ。申し訳ない」
唐突に男の口から発せられた謝罪の言。加賀は僅かに困惑した。しかし、目の前のパイロットに自分の真意が伝わったのだと安堵もしていた。だが、男の続けた言葉が、それを瞬く間に否定した。
「大切な機体に負荷を掛けすぎた。あんな飛び方はするべきではなかった。すまない」
「……ッ!松島ァ!」
次の瞬間、加賀は激昂して拳を振りかぶった。荒い呼吸と歯ぎしりの音が、周囲の空気を震わせる。二人は、その後の光景を想像して思わず顔を伏せた。
そこへ、この騒ぎを聞きつけた緒月が駆け付けてきた。
「加賀、それ以上はダメだ!服務事故になるぞ!?」
緒月は、息も絶え絶えにそう言いながら、加賀の腕を掴んだ。加賀は、そんな緒月の声を聞いて幾らか冷静になったようだった。
「……そうだな。すまない、緒月」
落ち着きを取り戻した加賀は、松島の胸ぐらを掴んでいた手を降ろし、深い深呼吸を挟んで言葉を続けた。
「松島、報告には俺一人で行く。とりあえず、お前は先に戻って休め。お前の今後は、上と相談して決める。鷹居と飛驒も、分かれて良い。装備を収めて休め」
この騒ぎを前にして唖然としていた二人のパイロットだったが、加賀の指示を受けて我に返った。
「……!はい、分かれます。お疲れ様でした!」
鷹居と飛驒は、加賀に敬礼をしてから装備保管庫の方へと走り去っていった。加賀はそんな二人に答礼を返して振り返る。すると、一方の松島はフラフラとどこかへ歩き出そうとしていた。
「待て。松島、どこへ行く気だ?」
「学園の自販機に、コーヒーを買いに行ってくる。基地の自販機は、どうせ補充がまだだろう?」
松島は、加賀の問いに答えを返すと衛門の方へと消えていった。
「やはり、今のアイツに空での任務は厳しすぎる……」
加賀は、彼の弱々しい後ろ姿を見て呟きながら、司令部のある仮設庁舎へと姿を消したのだった。
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