銀翼の下、芝青々と砂塵舞う。-蹄鉄飛行場の6ヶ月-   作:キルメナイム

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前回の続きです。
作者からのお詫び:今回のお話、執筆中にまたも予想以上に尺が伸びてしまい、三部構成で仕上げることとしました。また、中編だけ少し長めになってしまいました。度重なる方針転換で読者の皆様を振り回す形になってしまい、申し訳ありません。


第13話 価値を求めて(中編)

 夕焼けに照らされたトレセン学園の並木道を、二人のウマ娘が歩いていた。

「いや〜、すっかり遅くなってしもうたわ!スマンなクリーク、付き合わせてしもうて」

「いいんですよ〜。それよりも、タマちゃんは今日もたくさん頑張りましたね~。いいこいいこ〜」

「ちょっ!?こないな所で甘やかすなや!ホンマ、相変わらずやな〜」

 タマモクロスとスーパークリーク。トレセン学園において名コンビと名高い実力派のウマ娘達である。そんな二人は、間近に迫った目標レースのために、今日も遅くまでトレーニングに勤しんでいたのだった。

「こりゃ、帰ってからも落ち着かんなぁ。宿題やって、明日の準備やって、地元のチビどもに手紙書いて……」

「実家へのお手紙ですか?たしか、つい先日も出していましたよね?何かあったんですか?」

 スーパークリークの歩きながら放った何気ない問いかけに、それまで呑気な表情をしていたタマモクロスが小さく俯いた。

「あ〜……、ちょっとな。この戦争が始まってから、チビどもが不安がっとるらしくてな。東京は大丈夫なんか、敵に狙われとるんやないか、って……」

「タマちゃん……」

「それで、手紙でチビどもを安心させたることにしたんや。お姉ちゃんは大丈夫や、心配は要らんってな……」

 タマモクロスは、スーパークリークに対して笑顔を見せる。しかし、その表情からは内に隠しきれない不安が滲み出していた。普段から他者に弱みを見せない彼女だが、先行きの見えない情勢や戦時という異質な空気に対して怯えを抱いていたのだ。それでも、人生を賭けて栄冠を目指す彼女には東京を離れる、即ちトレセン学園を去るという選択肢はなかった。

「……タマちゃんは強いですね。本当に……」

 スーパークリークは、タマモクロスをそっと抱きしめた。

「わっ!?何するんや、いきなり」

 タマモクロスは、早々にスーパークリークの腕を振り払ってしまう。だが、口では乱暴なことを言っていても、その表情は先程よりも綻んでいるようだった。

「タマちゃん、きっと大丈夫ですよ。きっと……」

スーパークリークが、そう呟きながら空を見上げた。

 その時だった。一人の男が、二人の前を通り過ぎた。その姿を見たタマモクロスが、思わず顔をしかめる。

「タマちゃん……?」

「クリーク、ウチかて大丈夫やと思いたいんやけどな、頼みの綱の自衛隊にあんなのが混じっとるからな……」

「あんなの、ですか……?」

 スーパークリークは、タマモクロスの言葉を聞きながら男の方を見た。その男は、よく見ると航空自衛隊の飛行服を着用しており、どうやらパイロットらしかった。ただ、その立ち姿や雰囲気が、学園で見かける他の自衛官とは大きく異なっていた。

 その背は老人のように曲がり、歩を進める足は半ば引きずられ、白髪交じりの髪は乱れ、その瞳はどこまでも虚ろで焦点が曖昧だった。端的に言うなら、弱そうであった。枯れ木を思わせるような力無さが全身から感じられた。 

「あのパイロットな、最近やと学園のウマ娘たちの間で『幽霊サン』ってよばれてるんやで。あんな人が、いざという時にマトモに戦ってくれるんやろか?」

 ヒソヒソと話すタマモクロスだったが、当のスーパークリークはその内容の半分も聞いていなかった。そして、一言ポツリと呟いた。

「あの目は……」

「ん?どうした、クリーク?」

「私、あの目を知っています。いいえ、タマちゃんも知っているはず。あれは、心が折れてしまった、絶望した人間のソレです……」

 トレセン学園という厳しい勝負の世界に身を置く彼女は、勝者の笑顔の他にも、事故や怪我などの理由で走れなくなったウマ娘たちの絶望と悲しみに満ちた表情を幾度となく目撃してきた。そして、いま彼女の目の前にいるパイロットもまた、深い悲しみに沈んだ暗い目をしていたのだ。

「あの人、このままだと取り返しがつかない位に潰れてしまうかもしれない……」

スーパークリークは、不安げにそう呟いた。

 

 

 

 

 第502航空隊のパイロットである松島茂は、トレセン学園の自販機の前に立っていた。彼は、いつも任務の後や当直員に指定された日などには、ここにコーヒーを買いに来ていた。飛行場にも自販機は設置されていたものの、補給関係の混乱のためか最近は満足な補充がなされていなかったのだ。特に、コーヒーは様々な部署の当直員が愛飲するためか品切れが続き、一種の貴重品として扱われる始末だった。

 松島は、ポケットから取り出した小銭を投入してボタンを押す。すると、ゴトリという重厚な音とともに自販機がコーヒーを吐き出す。彼は、それを取り出すために地面へしゃがみ込んだ。

「ハァ……」

 その瞬間、松島の口から深いため息が漏れた。彼の脳裏には、新潟での戦いの様子と加賀の叱責の言葉が蘇っていた。

「何やってんだろうな、俺は……」

 命令違反の独断先行に、上官への反発。戦場での自身の行いが自衛官としてはあまりにも不当であることを、彼自身も理解はしていた。それでも、自身を駆り立てる衝動に彼は抗えなかったのだ。

「元から欠陥品だとは分かっていたが、遂にパイロットの任務すらこなせなくなったか……」

 松島の手にしたコーヒーを、水滴が濡らす。それが自身の涙であるということを、彼はしばらく理解できなかった。

「俺は一体、何のために今日まで生きてきたんだ……?これからも、こんな思いをしながら、無様を晒して生きていかなきゃいけないのか……」

松島が、虚ろな目から涙を零しながら呟いた。

 その時、何者かが松島に声を掛けたのだった。

「あの〜……」

「ん……?」

 松島が振り返ると、そこには制服に身を包んだ一人のウマ娘が立っていた。

「ああ、邪魔でしたね。申し訳ない、すぐに退きますんで……」    

 彼は、足早にその場を立ち去ろうとする。しかし、そんな彼の背中をそのウマ娘が呼び止めた。

「あの……!自販機じゃなくて、貴方に用件があって……」

「はぁ……?」

「私、スーパークリークっていいます。トレセン学園の……」

「ああ、生徒さんか。学校ご苦労さま」

 松島は、目の前のウマ娘に対してなんとか言葉を返していく。しかし、それは非常にぎこちないものだった。

(トレセンの生徒が、自分なんかに何の用だろうか。もしや、自分が気付かない内に何か不手際があったのか……?)

 松島の頭は、そんな懸念に支配されていた。そうでなければ、ウマ娘と自分の間に接点などあろうはずがない。何より、自身の無能さは他ならぬ自分が誰よりも知っている。自分に何らかの瑕疵があったに違いない。松島は、スーパークリークに対する謝罪の言葉を考え始めていた。

 次の瞬間、そんな彼の思考をスーパークリークの言葉が断ち切った。

「あの、突然お声掛けしてしまって申し訳ありません。ただ、貴方がとても辛そうだったので心配になって……」

「辛そう、ですか……?私は負傷もしていませんし、体調も良好ですよ……?」

「その、そうではなくて……。貴方が、とても疲れているように見えて、何かお悩みなんじゃないかなと……」

「あ……」

 その時、松島はこの戦争が始まったときに当時の上官から受けた訓示を思い出していた。

(お前たち、この時局において誰よりも怖い思いをしているのは、他ならぬ国民だ。そんなときに、頼みの綱の自衛官が狼狽えたりしていたら、国民はどう思うだろうか?いいか、お前たちには今から終戦までの間、負の感情を抱くことを禁止する!自分の立場を弁えて振る舞うように!)

「とことん失敗作だな、俺は……」

 松島が、思わずそう呟いた。そして、スーパークリークはそれを聞き逃さなかった。

「どうして、そんなに自分を傷つけるんですか……?」

「……は?」

「さっきの独り言だってそうでした。なぜ、自分のことをそこまで否定し、蔑んでしまうのですか?私には、貴方がそこまで欠けた人物だとは思えません」

 スーパークリークが、先程までよりも強い口調で松島に詰め寄った。彼は、そんな彼女の姿に僅かに驚いた仕草を見せたが、自嘲的な笑みを浮かべながら口を開いた。

「それは買い被りだよ。君は、この服と階級章の分しか俺という人間を知らない。俺は自衛隊において……いや、もっと前から、無力で無価値な失敗作なんだよ」

「どうしてそこまで……」

 スーパークリークは、松島の言葉を聞いて悲痛な表情を浮かべた。目の前のパイロットは、今まさに音を立てて壊れようとしている。何故これほどまでに追い詰められているのか。何が彼をここまで傷つけたのか、と。

 そして、彼女は賭けに出ることにした。松島に対して、ある提案を投げかける。

「あの、良ければ私に話してくれませんか?何が貴方をそこまで追い詰めたのか、尊厳を壊してしまったのかを……」

「……気遣いはありがたいけど、遠慮しておくよ。子供に話すような内容じゃない」

 やはりというべきか、松島はスーパークリークの申し出に対して後ろ向きだった。しかし、スーパークリークも譲らない。そこから、暫しの間二人の押し問答が続いた。

「誰かに相談するということも、大人の取るべき選択肢の一つではないのですか……?」

「むぅ……」

 そんな押し問答の中で、松島に気変わりが起ころうとしていた。それは、これから自身に処分が下ることを半ば確信したからこその、一種の自棄だったのかもしれない。

「そうか……じゃあ、せっかくだから聞いてもらおうかな……」

「……はい!」

 松島の言葉に対して、顔を綻ばせるスーパークリーク。松島は、自販機の横のベンチに腰を下ろした。

「先に言っておくが、途中で飽きたら帰ってくれても構わないから……」

「そんなことしませんよ」

 松島は、スーパークリークにもベンチに座るように促すと、静かに口を開いた。

「むかしむかし、北方の飛行場で勤務していた一人の自衛官の話だ……」

 

 

 

 

 

 一方その頃、特第3飛行場の航空装備用具庫では、第502航空隊のパイロットである鷹居隼人と飛驒龍太が、自身の装備を片付けながら言葉を交わしていた。

「はぁ、まったくヒヤヒヤしたよ。こんな時に服務事故なんて、後が面倒だもんな」

「まったくだ。緒月さんが止めに来てくれて助かったな。まあ、自分たちが止められたらもっと良かったんだが……」

 鷹居の言葉に対して、飛驒が静かに答える。その声色には、加賀と緒月に対する後ろめたさのようなものが滲み出ていた。しかし、一方の鷹居は彼とは違うことに懸念を抱いているようだった。

「それにしても、松島2尉は大丈夫なのか?あんな状態で空を飛ばして、俺には事故が起こる予感しかしないな」

「そこは否定できないな。隊長や幹部組も、あの人を飛行機から降ろせないか検討しているようだし。ただ、国の意向があるらしいんだ。技能を持つパイロットを地上で遊ばせておく余裕なんて、今の日本にはないってことさ」

「それにしてもなぁ……。大体、あんな精神状態だったら航空適性検査で引っかかると思うが……?」

「ああ。だから、あの人はこの戦争が始まるまで飛行機を降りてたんだ。約3ヶ月くらいかな?」

「は!?」

 飛驒の口から発せられた衝撃的な事実に、鷹居は思わず目を見開いた。

「どういうことだ?そもそも、飛驒はあの人の経歴を知っているのか?」

「もともと、あの人とは同じ基地で勤務していたんだ。以前は、真面目で明るくて部隊でも人気のある人だった。だが、半年前にある事件があって、それから人が変わってしまった……」

「おい、ちょっとそれ詳しく話せ!」

 鷹居は、そう言って飛驒に詰め寄る。飛驒は、僅かな逡巡の後に答えた。

「そうだな……。あの人のためにも、この部隊の今後のためにも、話しておくべきかもしれない……」

 そして、飛驒は松島を襲った半年前の事件について語り始めた。




次回、松島2尉の過去が遂に明らかになります。

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