銀翼の下、芝青々と砂塵舞う。-蹄鉄飛行場の6ヶ月- 作:キルメナイム
「日本のため、全力で皆さんをサポートします。生活の上で不具合があれば、遠慮なくお伝えください」
第502航空隊の隊長の加賀蒼一と握手を交わすシンボリルドルフ。一見穏やかに振る舞う彼女だが、その挨拶とは裏腹に凄まじい警戒心を持って加賀の立ち振る舞いを観察していた。
(服装に乱れは無い……立ち振る舞いも特におかしな所は……。見たところ、実直な自衛官サマ、といったところか。しかし、まだ油断は出来ん……)
シンボリルドルフの胸中に渦巻くのは、自衛隊への強い不信感。その根源は、学園が基地化する前に彼女に伝わったある情報であった。
トレセン学園の基地化が決まった際、シンボリルドルフは様々な地域のウマ娘育成施設と連携を取り、自衛隊の即応部隊に関する情報を収集していた。元々は、自衛隊を効率よくサポートしつつ、ウマ娘たちの育成に影響が出るのを防ぎたい、という思いからだった。彼女はその過程で、陸上自衛隊に土地を供出していた地方のウマ娘育成校の情報に目を止めたのだ。
しかし、その情報というのは自衛隊に対する痛烈な批判、愚痴とも言えるような内容のものだった。
曰く、授業やトレーニングの最中に騒音を伴う作業や訓練を連発する。休憩時間には食堂を占拠して大騒ぎする。挙句の果てには、彼らの振る舞いを指摘したウマ娘に対して度を越したセクハラをする。
「こんな連中が……学園に来る……のか……?」
シンボリルドルフは、この情報を目にしたに際に目眩すら覚えたという。無論、自衛官の全員がそういうロクでなしという訳ではないだろう。しかし、そのロクでなしが学園に来てしまったら……。そう考えると、彼女は不安に押しつぶされそうになったのだ。
(もし連中が学園で面倒を起こそうものなら、嘆願でも直訴でもして追い出してやる……)
もし本当に彼らを追い出すようなことになれば、国を相手に喧嘩を売ることになり、彼女自身もただでは済まない。それでも、生徒会長として、学園に通うウマ娘たちのためにあらゆる行動を取る。シンボリルドルフは、密かにそう覚悟を決めたのだ。
かくして、シンボリルドルフの胸中に暗雲を渦巻かせたまま、トレセン学園の特第3飛行場としての活動が始まったのだった。
トレセン学園が飛行場として稼働を開始してから一週間が経った。学園内においては、今の所は自衛隊によるトラブル等は起こっておらず、とりあえずは穏やかな日々が続いていた。
そしてその日、学園では実力テストを兼ねた模擬レースが開催されていた。グラウンド上に、体操服姿のウマ娘たちの姿が見える。
「身内同士の非公式戦だが、新入生にとっては進路選択の材料にもなる大切なレースだ。ここでの結果は大きいぞ……」
シンボリルドルフを含む生徒会の面々も、後輩の成長を確かめるためにグラウンドを訪れていた。
そんな彼女の存在に気付いた一人のウマ娘が、グラウンド上から手を振って来る。
「カイチョー!今日も勝つからねー!」
「ふふふ……。今回も期待しているぞ、テイオー」
トウカイテイオー。抜群のレースセンスと『テイオーステップ』と呼ばれる足捌きを駆使し、幾つものレースを制してきた『最強』の名に相応しいウマ娘だ。そんな彼女はシンボリルドルフに対して強い憧れを抱いており、日々猛烈なアピールを行っている。
トウカイテイオーに手を振って答えたシンボリルドルフは、他のウマ娘達にも目を向けた。
「アタシが一番を取るんだから!」
「カサマツの皆のためにも、ここで結果を残して見せる……!」
「南無南無ほうれん草〜!!シラオキ様、どうかご加護を〜!」
レースに参加するウマ娘たちは、皆それぞれの覚悟や思いを胸に勝負の時を待っていた。
「皆、いい具合に仕上がっているようだな……。発走が楽しみだ」
シンボリルドルフは、そう呟きながら今度はグラウンドの外側に目を向ける。そこには、カメラを構えた人間たちの姿があった。
「報道関係も来ているな……。毎度のことながら、熱心なことだ」
その年の注目馬を見つけるためにマスコミが取材に訪れる。ウマ娘育成校ではありふれた光景だが、トレセン学園は特にその数が多い。そのため、マスコミが学園に入る際には手空きのトレーナーや教員が警備に当たっていた。
「皆さん、取材ではカメラのフラッシュは焚かず、グラウンドには入らないようにお願いいたしまーす!」
そんな教員たちの声が響いてくる。
もはや恒例となった光景を見守るシンボリルドルフだったが、ふと違和感に気付いた。見物人の中に、見慣れない顔が多数混じっているのだ。
「そういえば……今回は記者が多いな……」
「来ているのは記者だけではないようですよ、会長」
シンボリルドルフの呟きにエアグルーヴが答える。シンボリルドルフが改めて見物人に目を凝らすと、記者の中に迷彩服を着た男たちが混ざっていることに気付いた。
「あれは、航空隊の……」
「どうも、ウマ娘のレースを間近で見られるのが珍しいようで……」
「見学については何も言わんが、レースの邪魔をしないだろうな……」
エアグルーヴの説明を受けて、隊員たちに怪訝な目を向けるシンボリルドルフ。その時、彼女の後方から話し声が聞こえてきた。
「おうヤス、せっかくだから見ていこうや」
「また寄り道して……先任に怒られますよ?」
聞き慣れない男たちの声。おそらく航空隊の者たちだろう。シンボリルドルフは、あえて振り向かずに二人の会話に耳をそばだてた。
「おやっさんの中で、注目株とかいるんですか?」
「ああ。あの、サイレンススズカっていう娘だ」
「その名前、聞いたことあります!たしかテレビで……」
「以前、レース中の骨折が原因で一度は競走馬引退が噂されたが、その後に執念のリハビリで現役復帰を成し遂げたんだ。すごい娘だよ……」
おやっさんと呼ばれている中年らしき隊員は、隣のヤスとかいう隊員よりはウマ娘の知識があるようだ。元からレースが好きだったのだろうか……?シンボリルドルフは、そんなことを考えながら二人の会話に耳を傾けていた。
「でも、おやっさんって元々レースとか興味なかったじゃないですか?なんでいきなりサイレンススズカを応援し始めたんですか?」
「実はな……俺の娘が、サイレンススズカのファンなんだ」
「おやっさんの娘さんって……」
「ああ、今も病気で入院してる。治療が難航しててな……。でもな、あるとき彼女のレースを見てから、私も頑張る、って前向きに明るくなったんだよ。今は治療を頑張ってるよ」
「そんなことが……」
「それで、娘のために彼女のグッズとかを調べているうちに、俺も彼女のファンになっちまった、って訳だ」
二人の話を聞いたシンボリルドルフは、胸の内に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。彼女は、ある種の喜びを噛みしめていた。ウマ娘たちの走りが誰かに希望を与えていると実感できたことに。そして、これまで一種の敵のように認識してきた自衛隊員たちも、一人の人間であると気付けた事に。
「彼らに対する接し方を、変えるべきなのかもしれないな……」
シンボリルドルフの中に渦巻いていたどす黒い何かが、吹き飛ばされたような気がした。そして、彼女の胸の内を表すかの如く晴れ渡った空の下で、模擬レースがスタートした。