銀翼の下、芝青々と砂塵舞う。-蹄鉄飛行場の6ヶ月-   作:キルメナイム

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第5話 燻り

 空襲注意報が解除されたのは、その日の夕方のことだった。

『こちらは防衛省です。空襲注意報は解除されました。繰り返します……』

そんなアナウンスが街に響き、辺りに満ちていた緊張感が解けていく。自衛隊も戦闘用意を撤収したようで、学園はいつもの雰囲気を取り戻しつつあった。

 校舎から出てきたウマ娘たちが、夕焼け空を何とも言えない表情で見上げていた。彼女たちの胸中にあるのは、深い悲しみと怒りだ。皆が、今日という日を目指して己を鍛えていた。このレースで自分の力を示すはずだった。それなのに……。

「なんで……!どうしてなのよ……!」

誰かの吐き捨てるような呟きが小さく響いた。

 その後、ウマ娘たちには寮への帰宅指示が出され、実施できなかった模擬レースは、別日の体力測定と振り替えられることとなった。これは、学園側が取れた最大限の救済措置であったが、当のウマ娘たちにとってはレースの中止に等しい決定であった。彼女たちのやり場のない怒りと悲しみは、目の前の滑走路へと向けられることとなる。

 

 

 

 その日の夜、トレセン学園のグラウンドに一人のウマ娘の姿があった。時刻は夜10時を回り、校舎や寮の電気は消されて辺りは暗闇に包まれている。

「まだ……あと一本……!」

 彼女は、息を切らしながら走り込みを繰り返す。そうでもしなければ、自分の中で燻る感情を振り払うことができなかったのだ。しかし、走れば走るほどに思考は乱れ、フォームが崩れてタイムは落ちていく。

「全然ダメ……これじゃ、アイツになんか到底届かない……」

 そんな彼女を、眩しい光が突然照らし上げた。

「そこにいるのは誰だ?」

 彼女が咄嗟に光の方へ振り向くと、そこには懐中電灯を手にした迷彩服姿の二人組が立っていた。飛行場所属の警衛隊員だ。

「……見ての通り、トレセン学園の生徒ですケド……」

 彼女は、そう言いながら足元の鞄から取り出した生徒手帳を二人に差し出した。

「拝見します。栗東寮のナイスネイチャさんですね……」

隊員の一人が、生徒手帳の内容を一つずつ確認していく。

「問題ありません。ご協力ありがとうございます」

「はぁ……ところで、あなた達は?」

「申し遅れました。私は、第702設備守備隊の警衛2班の康井士長、こちらが上官の永倉2曹です。今は飛行場周辺の巡回をやってたんですが、人影が見えたもので……」

「はぁ……夜遅くまでご苦労さまです……」

 康井の言葉に適当に応じるナイスネイチャに対して、永倉が問いかけた。

「お嬢ちゃん、こんな時間まで何やってたんだい?今は灯火管制A法が発令されてるし、何よりも学園の消灯時間を過ぎてるだろう?」

「見ての通り、トレーニングですけど……走っていないとやってられなくて……」

「そうは言ってもな嬢ちゃん……」

「……さい」

「ん?」

「うるさい!一体誰のせいで、アタシがこんな思いしてると思ってるのさ!?」

「……!」

 しつこく話してくる隊員たちに苛立ちを隠しきれなくなったナイスネイチャは、思わずそう怒鳴った。しかし、自分が筋違いなことを言っているとすぐに気付き、その場で俯く。隊員たちはというと、動揺のあまりその場で目を見開いていた。

「ごめんなさい。訳分かんないこと言って……もう、帰りますから……」

 ナイスネイチャは、そう言いながら帰り支度を始める。そんな彼女の姿に戸惑いを見せた二人だったが、やがて永倉が口を開いた。

「分かった。それじゃあ、このヤスに寮まで送らせよう」

「へ!?」

 永倉からの想定外の申し出に、ナイスネイチャは困惑した。

「いやいや、大丈夫です!寮くらい、一人で帰れますから!」

「今は灯火管制中で街灯が落ちてるから、夜道の独り歩きは危険だ」

「私、ウマ娘ですし!変なのに遭遇しても走ればなんとか……」

「万が一があってからじゃ遅いんだよ?」

「それは……」

 永倉の申し出を即座に断るナイスネイチャだったが、永倉も一歩も引かない。二人の間で問答が続き、時間が経っていった。康井が、困り顔で二人の様子をうかがっている。

 5分ほど経って、どちらかが折れなければ話が進まない、とナイスネイチャが考え始めたところで、永倉がこう切り出した。

「実はな嬢ちゃん、俺たち自衛隊って国民からは案外嫌われててな?ちょっとトラブルがあると猛烈に怒る人が多いんだよ……。もし嬢ちゃんがこの後にトラブルに遭ったら、当日の当直員は何してた、って話になって基地や他の隊員に迷惑がかかっちまう……。頼む!俺たちの保身のためと思って、ここは折れてくれねえかな?」

「うーん……そういうことなら……」

 結局、ナイスネイチャは自分が折れることにした。永倉が自分の身を案じてくれたことには素直に感謝していたし、二人に理不尽な理由で怒鳴ってしまったことに負い目を感じていたからだ。

「ありがとうな」

 永倉は、ナイスネイチャに優しい声色で謝礼を述べると、康井の方へ向き直った。

「ヤス、この娘を寮まで送ってやってくれ。基地の方には、俺から報告しとくよ」

「了解しました!」

 康井は、永倉の言葉に対して背筋を真っ直ぐに伸ばし、敬礼と共に答えた。

「では、行きましょうか」

「えっと……よろしくお願いします……?」

二人は、寮へ向かって歩き始めたのだった。




作者の質問回答
Q:この世界線に早期警戒網はないの?
A:あります。ただ、この世界線の防衛省は某国による数に任せた力押しを想定しており、早期警戒網は将来的に突破されると考えています。そのため、保険として特設飛行場が作られました。

Q:この世界線の対空火器ってどんなの?
A:基本的には、陸上型のCIWSや陸自から供与された専用車両、携帯型誘導兵器を運用しています。

感想や質問、アドバイスなど募集中です。送ってくれると作者のモチベが上がる気がしますm(_ _)m
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