銀翼の下、芝青々と砂塵舞う。-蹄鉄飛行場の6ヶ月-   作:キルメナイム

8 / 13
第8話 哨戒任務(前編)

 観客たちが歓声に湧く。実況席のアナウンスや出走馬たちのインタビューがターフの上に響き渡り、無数のシャッター音がパドックに立ったウマ娘たちを包み込む。

「今年も始まるぞ!このレースが!」

「まさか、開催が叶うなんて……!」

「こんな大舞台を走れるなんて、夢みたい……!」

 その日、活気という概念を形にしたかのような熱気に包まれた東京競馬場で、一つのレースが行われようとしていた。

『さぁ、いよいよ始まろうとしております20XX年日本ダービー!今年もこの日を迎えることができて喜ばしい限りですね!解説の細見さん?』

『その通りですね。戦時特措法の影響で一時期は中止も危ぶまれた今年の日本ダービー。延期にこそなりましたが、開催へとこぎつけてくれた関係者各位には感謝の念に絶えません』

『まったくです。本当に多くの人々の献身の上にあるこのレース。ここで今から繰り広げられるドラマを、しかと見届けましょう。いよいよ、ファンファーレです……!』

 府中の空に、高らかなラッパの音色が響き渡る。

 

 

 同じ頃、東京の北方、高度6000メートルの空域を、第502航空隊所属の戦闘機2機が飛行していた。

『カカシ01よりHQ、定時報告。関東N1ブロック異常なし』

『HQ了解。引き続き、N2ブロックの哨戒を行え』

『カカシ了解』

 司令部への定時の報告を終えた一番機に対して、隣を飛ぶ僚機が無線を投げかけた。

『面倒だよなぁ。こんなところを飛んだって、何もないのは分かりきってるじゃないか。なぁ、隊長殿?』

『ぼやくな緒月。俺たちがこうして飛んでいる限りは、某国の連中も東京へは簡単に手出しできないんだ。俺たちの責務は……』

『分かってるよ。航空自衛隊の戦闘機が絶えず首都の周りを警備している、この事実を某国の衛星やら偵察機に見せつけて、本格的な侵攻を渋らせようってんだよな。しかし、こんなインチキが通用するのかね?』

『そこまで考えるのはこっちの仕事じゃない。俺たちは、ただ命令通りに飛ぶだけだ』

 加賀が、緒月が溢すぼやきに淡々と答える。その視線は、操縦席から見える東京の空や、各種計器類に注がれていた。

 開戦と同時に、自衛隊の防衛線は日本中に展開された。しかし、最低限の装備と数で整えられたそれは、某国との圧倒的戦力差を前にしては不十分と言わざるを得なかった。それ故に、自衛隊の防衛戦略は戦闘の発生を回避するための抑止や撹乱に重点を置いて策定されており、502航空隊に課せられている任務も、その一環としてのものだった。

『このまま東京外周をぐるっと周って、基地に戻るぞ』

『了〜解。そういえば加賀、もうそろそろじゃないのか?下であれが始まるのは……』

『そうだな。ニュースでも話題になっていた。なんでも……』

 緒月の切り出した新たな話題に対して加賀が答えようとしたその時だった。

『こちらHQ。関東方面に展開中の各機へ!』

 無線機から、ノイズと共にそんな声が放たれた。

「何だ?」

『情報速報、海上自衛隊からの通報。日本海を南下する某国航空部隊が確認された。目標の進路から予想される目的地、東京都と思われる』

 無線機から発せられた情報に、加賀は表情を強張らせた。

(また来たのか……!ブラフか?マジか?どっちだ!?)

 開戦してからというもの、某国の航空戦力は日本本土に対して頻繁に来襲していた。その目的は、日本の防衛戦力の偵察や防空部隊を標的とした陽動が主であったが、首都空爆を想定しざるを得ない自衛隊は、それらの行動に極度に警戒していた。

『防空作戦要綱に従って、敵機には第101飛行隊が対応する。当該空域に展開中の各機は、上空退避及び欺瞞邀撃に向けて行動を開始せよ!5分以内に関東地区全域に空襲注意報が発令される!』

 その瞬間、加賀の胸中を一つの懸念が駆け抜けた。今日は、あのレースが陸上で開催される日だったはず。基地の周りで見かける彼女たちも、ここ最近はそのことばかり話していた。おそらく、彼女たちにとっては相当に大切なレースなのだろう。だが、このままではレースは確実に中止になる。そうなれば、この一件を理由として、今後のレースが根こそぎ中止されるリスクも出てくる。それは、彼女たちにとってはあまりにも……。

 加賀は、競馬が好きな訳ではない。それに、ウマ娘に対して特別関心があるわけでもなかった。しかし、酷いと感じた。止めたいと思ったのだ。別に、子供への情けで戦争をしようという話ではない。ただ、国民の暮らしが理不尽に破壊されようとしているのだ。本来、それは未然に防がれなければならない事態だ。そして、今の自分たちにはそれを止める力があるのだ。

「やれることはやってみるか……」

 加賀は一つの決意と共に、無線機を送話モードに切り替えた。




前回投稿からかなりの時間が空いてしまい、申し訳ありません。後編はすでに執筆を開始しておりますので早めに投稿できるよう頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。