銀翼の下、芝青々と砂塵舞う。-蹄鉄飛行場の6ヶ月- 作:キルメナイム
唐突な敵機の本土襲来。空襲注意報の発令を目前にして、加賀は一つの決心をする。
『5分以内に関東地区全域に空襲注意報が発令される!』
司令部からのそんな無線に対し、加賀は僅かな躊躇いを見せながら応じた。
『HQ、こちらカカシ01……』
『カカシ01、どうぞ』
『意見具申。いま展開中の502空の2機も、戦列に加わりたい……』
加賀の言葉に対して、司令部からは僅かに動揺の滲んだ声が返された。
『カカシ01、そのような行動は作戦要項に無い。貴機の意図を問う』
『502空も防空部隊に参加しての、防衛線の押し上げを提案する。そうすれば、関東圏に到達する前に敵機に対処できる』
『カカシ01へ。貴隊の任務は、敵機への欺瞞邀撃と首都防空に定められている。不用意な配置の変更は、部隊間の連携に影響を与えかねない』
加賀の意見具申に対する司令部の反応は、やはりと言うべきか芳しくなかった。
『502空の現在位置に装備、練度に鑑みて、十分に対応は可能だ。首都を敵の射程に収めさせる事態はどうしても避けたい!どうか……』
加賀は粘る。このまま時が経てば、地上の彼女らに降りかかるのは悲劇的な結末だ。それをなんとか避けようと、彼は苦心していた。
『カカシ01、加賀一尉!今の貴官は感情的になっているように感じられる。その提案は、自衛官として客観的で公正なものか?』
『……ッ!』
声に焦りが垣間見える加賀に対して、司令部の通信員が一括した。加賀が押し黙る。こう言われてしまっては、もうどうしようもない。結局の所、加賀の考えていることは戦場においては一個人の我儘でしかなく、司令部の言葉に対して反論の余地はないのだ。司令部が明確な拒絶を示した今、加賀には選択肢は無かった。
(せめて、手の届く範囲のものは守ってやりたかったんだがなぁ……)
加賀は、歯噛みしながら司令部へと欺瞞邀撃任務受諾の報を送ろうとした。
その時だった。
『司令部へ、こちらは特第3飛行場……』
無線の会話に、何者かが割り込んだ。柔和な声色で、司令部を呼び出している。
『AP3、こちらHQ』
『突然呼び出して申し訳ない。第502航空隊司令の秋月二佐です』
なんと、声の主は502空の司令の秋月だった。突然の高級幹部からの呼び出しに、司令部の通信員も狼狽の色を見せる。
『し、失礼しました。それで司令、どのようなご要件でしょうか……』
『先程の加賀一尉、もといカカシ01の意見具申についてなのですが、あれは彼の独断ではありません』
『……と、言いますと?』
『私の入れ知恵だったんですよ、アレはね。私が思うに、今の日本の防空体制は弱腰に過ぎます。敵機の接近を許しすぎている……』
『現状の作戦要項が最も現状に即しているというのが、司令部の判断です。本土には幾重もの防空ラインと、十分な航空戦力が配置されています……』
『指揮系統や部隊の連携が一つ狂えば、あっという間に浸透されますよ?敵は寄せ付けないに越したことはありません』
司令部と秋月の間で巻き起こる議論。加賀は、状況を理解できずにいた。
(なんだ!?何が起こっている?なぜ司令が出てきたんだ?そもそも、司令の入れ知恵ってどういうことなんだ?)
502空が前進しての防衛線の押し上げ。加賀の咄嗟に吐いた繰り言が、いつの間にか秋月の戦略思想の話へと昇華されている。航空隊の司令が出てきたということで、司令部の方も先の提案を無碍にできなくなったようで、議論は短時間にして加速していった。
『とにかく、首都を敵の射程に入れるというのは悪手もいいところだ。現状の502空なら、万全の状態で迎撃に当たれます。どうか司令部にてご一考いただけませんか?』
秋月が力強い声色で迫った。司令部の通信員が、唸るような吐息を漏らす。
『これ以上は、私には対応しかねます……上の者に確認を取りますので……』
通信が一時的に切断され、操縦席を束の間の静寂が包む。
『……加賀一尉、聞こえますか?』
『は、はい!感度良好です!』
秋月が加賀に呼びかけた。それに応じる加賀は、まだ思考に混乱が残っていた。
『申し訳ない。出来れば君の手助けをと思ったのですが、予想以上に話が大きくなってしまいました……』
『……!』
この時になって、加賀は遅まきながらに秋月が自身を庇ったということを理解した。秋月は、加賀の懸念と立場を慮って、司令部へ掛け合ってくれたのだ。
『司令、申し訳ありません……とんだご迷惑を……』
『何を謝ることがあるのですか?君は、一飛行機乗りとして首都を案じての意見具申をしただけでしょう?』
『……!はい!』
やはり、秋月は全てを理解している。加賀の述べた建前だけでなく、その裏の真意までも。
その時、司令部からの無線が再び繋がった。
『カカシ01、こちらHQ』
『カカシ01、感度良好』
『命令を達する。第502航空隊は、第2防空ライン前方まで前進。第101飛行隊の援護にあたれ』
『……!了解!』
司令部が折れた。これで、加賀の案ずる事態はひとまず回避される。少なくとも、時間稼ぎにはなるはずだ。加賀は、噛みしめるように無線に応えた。
『行ってきなさい。首都の平穏を……国民の暮らしを守ってきなさい』
『了解!これより、敵機の迎撃に向かう。第502航空隊、行くぞ!』
『加賀、よかったな。……お前は本当に優しい奴だよ』
『……これは、あくまで首都防空だ』
『分かってるよ』
2機の戦闘機は、北の空へと一直線に飛ぶのであった。
その後、加賀と秋月による防衛線の押し上げは見事に成功し、自衛隊の迅速な初動を見た某国軍機は東京を射程に収める前に撤退した。関東圏への空襲注意報の発令は取り消され、地上の営みは守られたのである。
この日の502航空隊の活躍と加賀の想いがトレセン学園において知られるところとなるのは、まだ少し後の話だ。
そして、この日の出来事は後の502航空隊の運命を大きく変えることになる。
設定紹介
第502航空隊について
正式名称:第5即応航空群第2特設航空隊
運用機体:F-35A改戦闘機×1機、F-15J改戦闘機×4機、F-2AⅡ戦闘機×4機、F-4EJ改ニ戦闘機×1機
開戦に伴い、某国軍との圧倒的な戦力差を埋めるために編成された即応部隊。新型戦闘機の導入に際して第一線を退いていた旧型機などを主として運用している。
投稿が大変遅くなりました。申し訳ないです。次回の投稿は1月の上旬を予定しています。
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