猛禽類の眼をした男であった。
背丈は並だが、がっしりとした体格をしている。
肉が厚く、鍛えた鉄のような肉体をしていた。
闇色の髪を、肩まで垂らしている。
よれよれのシャツに、シミだらけのズボン。
小汚い男であった。
男は、公園のベンチで横になっていた。
月を眺めている。
青い月だ。
月の青さが、夜天に染み出していた。
涼しさをたっぷりと含んだ風が、男の身体を包み込む。
すばらしい夜の世界であった。
村井と岡本は、夜の公園に入って行った。
組長の命令で、この公園をねぐらとしている男を捕まえにきた。
生け捕りが難しいようであれば、殺してもかまわないということになっていた。
4日前の夜、組の幹部と若い組員が、ぶちのめされた。
しかも、公衆の面前でだ。
幹部の岩倉は、両肩を脱臼させられ、さらには舌まで引っこ抜かれた。
岩倉のガード役の二階堂は、フルコンタクト制の空手を学んでいた。有段者ではない。
わざと段を取らなかったのだ。
有段者かそうでないかで、罪の重さが違う。
だが、二階堂は、三段に匹敵する実力を保持していた。
この世界に入ってから、刃物相手に闘ったこともあるし、素手で人を殺したこともある。
そんな二階堂も、あっさりとやられた。
右腕をへし折られ、気絶させられた。
これを聞いた組長の竹田が、他の幹部たちを集め、会議をした。
それが、3日前の早朝。
二階堂の証言により、襲った相手の情報を掴むことができた。
性別は男。
年齢は40前半くらい。
肩幅が広い。
酔っぱらったルンペンのような男で、汚い身なりをしている。
どんな些細なことでも話させた。
見つかるとは思っていなかった。
だが、幹部がやられたんだ。
見つかる可能性は限りなく低いが、それなりのことをしておく必要がある。
似た特徴を持つ人間を、何人か探し出した。
二階堂を連れ、ひとりずつ確認する。
4人目の男が、まさにそうであった。
これが、今日の昼の話だ。
村井と岡本は、組の中でも、一目置かれている存在である。
ふたりとも、暴力の専門家であった。
公園に入り、すぐに例の男を見つけた。
ベンチに横になって、天を見上げている。
警戒している様子が一切感じられない。
楽勝だ。
ふたりは思った。
男が突然、立ち上がった。
「よう」
男が言った。
「なんか用かい?」
「あんたを連れてきてくれと頼まれてね」
「大人しく着いてきてくれ」
村井と岡本は、平坦な口調で言った。
「抵抗されると、それなりのことをしないといけなくなるからね」
岡本が、懐に呑んでいたナイフを引き抜いた。
大ぶりのゾーリンゲンのナイフであった。
「へえ、あんたらプロだね」
村井は、男に近づき、腕を掴もうとする。
男は抵抗した。
村井の膝を蹴った。
それだけで、村井の膝が、くの字に曲がった。
そして、男は、村井の喉に、人差し指と中指を突き込み、喉仏をつまみ出した。
「てめえ!」
岡本がナイフを振るう。
それを、いつの間にか握っていた暗器──寸鉄で受けた。
鋭い金属音がした。
左足を跳ね上げ、岡本のナイフを蹴り飛ばす。
ナイフは、くるくると光の輪を作りながら、地面に落ちた。
岡本は、一瞬何が起こったのか分からないような表情をしていたが、すぐに動き出した。
男に向かって、前蹴りを放った。
かなりのスピードだ。
当たれば、あまりの激痛にもがき苦しむことになる。
男が動いた。
両手を前に出し、優しく包むように、岡本の右足を捕らえた。
刹那、靭帯のねじ切れる音がした。
「むげげげげげっ!」
岡本は、地面に倒れた。
顔を上げると、男と眼が合った。
猛禽類のような眼で、こちらを、じっと見つめている。
それが、たまらなく怖かった。
一刻も早く、この妖怪じみた男のもとから立ち去りたかった。
しかし、今の足では、走ることはできない。
それどころか、立つこともできない。
岡本は、男に背を向け、四つん這いになって、公園の出入口へと向かった。
男は、そんな岡本に近づくと、容赦なく、股間を蹴り上げた。
岡本の肛門が、ぶっつりと裂けた。
豚に似た声を上げ、岡本は倒れ伏した。
「ふふん。いい金づるができたかよ」
男は、口元に怖い笑みを浮かべた。
美しい顔立ちの男であった。
童顔である。
肌が、異様なほど白い。
人の肌とは思えない、雪のような白であった。
どこか、すっきりとした表情をしていた。
くせのない漆黒の髪をしている。
服と靴は、黒色で統一されていた。
龍王院弘──それが、この男の名であった。
龍王院弘は、東京にいた。
現在は、小田原の菊水組を離れ、東京の玄武会にいる。
今夜は、玄武会が経営しているバーで用心棒をしていた。
いわゆる、ぼったくりバーというやつだ。
会計で、法外な金額を吹っ掛ける。
払えなかったら、財布やポケットから、名刺やら携帯電話やらを取り出し、それで脅す。
それでも効かなかったら、あとは暴力だ。
だが、大抵の客は、そこまでいくことはない。
ただし、例外もいる。
脅しや暴力を恐れていない人間だ。
今、龍王院弘の前で、店員と揉めている客も、その例外のひとりだ。
レスラーのような大男だ。
筋肉質で、ごつい体格をしている。
荒事には慣れていそうな感じがする。
こういうときは、龍王院弘の出番だ。
酒の入ったグラスをテーブルに置き、大男のもとへゆく。
「龍さん」
大男の対応をしていた店員のひとりである戸次が言った。
「こいつが、代金を支払う気がないと──」
「なぜですか?」
龍王院弘が訊ねた。
「あんたも分かっているだろう? ここは、 ぼったくりバーだ。そんな店に払う金はないよ」
「ですが、実際にこの店で飲食しましたよね? その分は払ってもらわないといけません」
「どうしても払ってほしいなら、あんたがおれと寝てくれるなら、考えないこともない」
「生憎と、ぼくには、そういった趣味はありません」
「おれだってそんな趣味はない。だが、あんたの、その女みたいな顔を見たら、気が変わっちまったよ」
「お断りいたします」
「そうかい。なら、こうするしかないだろう」
巨大な拳が、龍王院弘に向かって繰り出された。
その拳を、横から軽く撫でる。
たったそれだけで、拳がそれていった。
「脚一本」
「なに?」
「落とし前です」
龍王院弘は、大男にローキックを放った。
物凄い速度である。
それは、大男の左脚にヒットした。
たった一撃で、大男の脚が折れた。
みっともない声を上げながら、大男は倒れた。
後始末を戸次たちに任せ、テーブルに戻って酒を飲む。
扉が開き、ひとりの男が入ってきた。
細身の男であった。
身長は175cm前後だろう。
無精髭を生やしている。
黒いズボンを穿き、白いシャツの上から、革ジャンを着ていた。
磯村露風であった。
「おやっ? お取り込み中だったかい」
「いえ、先程終わったところです」
そうかいそうかい、と言いながら、磯村露風は龍王院弘の前に座った。
「龍さん、こちらの方は?」
戸次が訊ねてきた。
「磯村露風さん。ぼくの師匠の知り合いです」
龍王院弘は、戸次に磯村露風を紹介した。
「それで、露風さん。今夜はどのようなご用件で」
「用件がなきゃ来ちゃだめだった?」
「そういうわけではありませんが······」
「冗談だよ。実は、おもしろい話を持って来たんだ」
「なんでしょう」
「『ゆうえんち』に興味はあるかね?」