リハビリ兼ねての一発ネタのようなものです。
「──ねぇ、メリー」
「んー……どうしたの?
清々しいまでに空を覆う青色と、点々と浮かぶ白色のキャンパスを背景にして、ある二人の少女はテーブルを挟んで顔を合わせる。
「もう、やっぱり聞いてない」
「聞いてる、聞いてる。ちゃんと聞いてるよ」
しかし、それが無駄なことだと直ぐに分かると蓮子は目の前に置かれたプラカップから伸びる、黒色のストローの先端を咥え中身を吸い上げる。
「蓮子。行儀、悪いよ」
「なぁーんで、こういうところはちゃんと見てるかね?」
プラカップを持たずに飲み物を啜る蓮子に、メリーは尚も視線を本に向けたまま注意を促した。
だが、蓮子にとってそれは追い打ちにしか過ぎず、更にふて腐れてストローを口だけで抜き取ると、テーブルに顎を乗せてストローの先端を揺らし始める。
「ねぇ、メリぃー。メリーったら」
「……はぁ、もう分かったから……
メリーは本を閉じると周囲を見渡す。
幸い、他の客は各々の会話しか注意を向けていなかった。
「それで、どうしたの? 蓮子」
「だぁーかーら、噂の真相を確かめに行こうよ」
「噂? ……ああ、
「そっ、あの雑居ビルの噂!」
蓮子は勢いそのまま口からストローを指に挟んで抜き取ると、指し棒のようにストローをメリーに向けた。
「はしたないよ、蓮子」
「いやいや、そうじゃないでしょ。そこは、こう、驚く──っていうか? 仰け反るところでしょ、ワトソン君?」
「……今日は、やけにテンション高いね」
何時にも増して変な行動をする蓮子に、メリーは苦笑いを携えてそう言った。
それを蓮子は知ってか、知らずか。
ストローを今一度プラコップの穴に差し込むと、クルクルと回し始める。
「そりゃあ、テンションも上がるよ。だって、ねぇ?」
「へぇ……どんな噂だったっけ?」
「ほら、やっぱり聞いてないじゃん」
どうやら、蓮子はここ──カフェに着いたぐらいから話し始めていたらしい。
それに、ついてはメリーも悪いと思ったのだろう。
両手を合わせて「ごめん、ごめん」と少しだけ口角を上げて、謝罪の言葉を口にする。
「じゃあ、一つ問題です。『人が消える』って、どういう状況だと思う?」
「人が消える? えっと、それは誘拐とか、行方不明とか、そういうこと?」
人が消えた、と言われてパッと思い浮かぶのはこんなところだろうか。
誰かに誘拐されたとか。
ふらり、と消えて行方不明になったとか。
所謂、失踪する、と言ったそういう類いならば総じて『人が消えた』と抽象的ではあるが、総称出来るのではないだろうか。
だが、蓮子は人差し指を立ててそれを横に振る。ついでに憎たらしい笑みを携えて。
「違う、違うよー、ワトソンくん」
「……蓮子、そんなにシャーロック・ホームズ知らないでしょ?」
「うん、ぶっちゃけ映画で見たぐらい。それも、一回だけ」
良くそれで、そのワードを使おうと思ったものだ。
「って、話しを反らさないで。メリー……そもそも、私たちがここに来た理由って、なに?」
何、と聞かれたメリーは少し顎を上げて考える。そして、「んー、カフェでのんびりすること?」と軽い口調で言えば、蓮子はガクッ、と肩を落とした。
「『
「えー、その質問で、その答えは出ないよ」
「嘘おっしゃい! 分かってたくせに」
勿論、メリーは分かっていた。ただ、少しだけ惚けて見せただけだ。
「はい、じゃあ、それを踏まえてもう一度、聞くよ?
「ああ、そういうこと……──『神隠し』ね」
「正解! まあ、私としては直ぐにでも思い当たって欲しかったけど」
山、森などいった自然──神域に入り込むことによって、忽然と人が消えることを『神隠し』と古くから言われてきた。
だが、それは神域だけでなく、こうした現代の街中でも突然起きるとも言われている。
無論、大半は誘拐や失踪。行方不明者などが多く、決して『神の仕業』などではないだろう。
だが、中には人では説明できてないような事もあるのは確かだった。
「じゃあ、その雑居ビルでは神隠しが起きるってこと?」
「そういう話しらしいよ。これは、行かないとダメじゃない?
「まあ、一応はオカルトサークルだしね……二人しかいないけど」
「良いじゃない、べつに。というか、二人だからいいんでしょ?」
「んー、そういうものかな?」
何なら、そう言った活動を表立ってしていないが故に、不良サークルなんて言われてたりするが、二人は全く気にしていない。
「そういうもの。だから、ほら、行こ?」
「その流れで行っちゃあダメな気がする」
「ええい、つべこべ言うなぁ! 三分で支度しな!」
「なんで、三分?」
何とも言えないタイムリミットを指定してきた蓮子に急かされ、メリーは広げたノートや本を片付けると、蓮子と一緒に会計を済ませる。
そして、カフェを出ようとした瞬間。
視界の端に見たことがある人物の顔が映り、ふと足が止まった。
「ん? どうしたの、メリー?」
「……ううん、何でもない。同じ専攻の人がいただけ」
見知った顔がいた。見たことがある人がいた。
──ただ、それだけ。
蓮子と一緒に歩き始めたメリーは、もう完結した話しであり、興味も無ければ、思考の片隅にすら残らなかった。
「そういえば、蓮子。まだ真っ昼間だけどいいの?」
青空が広がる中に浮かぶ白昼の太陽。
目的地である雑居ビルまで、そこまで遠くない。正直、会話を楽しみながら徒歩で行ける距離まである。
着いた時には、多少なりと傾いているだろうが、それでも十分に昼間と言える時間帯だ。
「夜じゃないとダメっていうルールなんて無いし、真相を探るだけなら昼でもいいでしょ? それに、『神隠し』に時間は関係ないらしいし」
「ふーん……確かに、それなら夜に行く必要はないね。正直、夜だったら怖がってたかも」
「もう、相変わらず怖がりだねぇー。大丈夫、何かあったときは私が守ってあげるから」
「その自信はどこから来るの?」
胸を軽く叩いて、自信満々に歩く蓮子に、メリーは苦笑いをしながらそう言った。
「──あっ、そうだ。蓮子、聞いたよ」
「何が?」
唐突に何かを思い出したメリーは、ちょっとだけ悪戯心を覗かせた表情を見せて、蓮子に問いかける。
「えっと、あの人……なにさんだっけ? ほら、あの……あの人だよ」
「いや、全然分からないんだけど?」
あの人、と言われても思い当たる人物が蓮子の中では該当しなかった。
そもそも、あの人と言われて分かるのは、ごく最近話題に出たとか、何かしらあったとか……とにかく、記憶の中で一番新しい者で無ければ伝わらない。
ただ、それも絶対その人という確証は無いだろう。
「もう名前も、顔も忘れたけど、その人から告白されたんでしょ?」
「……ああ、
「だって、興味ないもん。興味ないことなんてずっと覚えてられないでしょう?」
「まあ、そうだけどさ。でも、話題に出すならせめて名前ぐらいは覚えてようよ」
「じゃあ、蓮子は覚えてる?」
「…………覚えない」
「……やめよっか、この話題」
蓮子が同じ大学の男性に告白されたのは、ここ最近の出来事ではあるのだが、二人とっては顔も名前も思え出せないほど、どうでもいいごく最近の出来事でもあった。
それで、会話の話題になるかと言われれば、否と答えざるを得ないだろう。
「人を好きになるって、どういうことなんだろうね」
「いや、専攻。『相対性精神学』じゃあ何を学んでいるの?」
「分類としては含まれるけど、『心理学』じゃないよ。この前、話した夢のこと、覚えてない?」
「あー、なんだっけ。夢と現実がどうたらこうたら……」
「蓮子も聞いて無いよね。人の話し」
実際、そんなものだ。
話している本人にとっては重要な事でも、聞いている人にとっては所詮、他人事。
何かしら関連性が見出せれば、共感を得られるかも知れないが、それでも話している本人ほどの強い感情はない。
人は頷いていたり、相づちを打っていたとしても、心の中では無関心であることが多い。
「夢って、本当に夢だと思う?」
「えっ? 夢は夢でしょ?」
「でも、夢って『観測』出来るよね? 実際に見ているし、実際に覚えていたりする」
「えーっと……どういうこと?」
「夢って、言い方を変えれば
「えっ、何それ恐い」
「……まあ、そうだね。恐いね」
はぁ、とメリーは疲れたように溜息を吐いた。
蓮子は決して馬鹿ではない。突発的な行動や発言に関しては馬鹿なんじゃないか、と思ったりするが、そういったものではなく。
物覚えは良い方だ。何なら、それをかみ砕いて説明できるぐらい柔軟な考えも持っている。
何が言いたいのかと言うと、今の話しを聞いて理解できないほど蓮子は馬鹿ではない、ということだ。
理解して、かみ砕いて、また違った視線から考えられるぐらい、彼女は頭が良い。
なら、何故それが今の蓮子に出来ていないのか。
単純な話しだ。ごく単純で、当たり前とも言っていいぐらい簡単なことだ。
理由として、これに勝るものは無いだろう。
「──って、ここ?」
「そっ、ここ」
蓮子が立ち止まり、それに追従してメリーも立ち止まる。
蓮子が目線を上に向ければ、メリーもまた目線を上に上げた。
入り組んだ路地を進み、周りには似たような建物が建ち並ぶ、模範的な通り道を抜けた先に、ちょっと開けた郊外。
そこにぽつんと一つだけある四階建ての雑居ビルが今回のお目当て。
確かに、雰囲気はある。
寂れた建物に、寄生するように生い茂った雑草。
だが、それだけだった。
よくある廃墟だとか、未開拓な土地にある工業団地だとか。
そんな定番でも無ければ、正反対なものでも無い。
なんというか……そう、表すのならば──
「──なんか、普通だね」
「うん、普通。でも、ここで間違いないよ」
蓮子は躊躇いも無く、その雑居ビルのガラス張りの入り口に手を掛けて、内部へと繋がる扉を押し開いた。
「あれ? なんか……思っていたのと違う」
「普通に、うん、普通……だね」
鍵が閉まっていないことに驚いたが、中を見てみればその理由が分かった。
そもそも、閉める必要性がほぼ無かったからだ。
確かに、壁の塗装が剥がれ落ちているし、置いて行った物が散乱していて、何より埃っぽい。
だが、床が抜ける。物が落ちる。壁が崩れる。そんな危険性なんてほぼ皆無な場所に、いちいち鍵を掛けることはない。
そもそも、こんな場所にある雑居ビルなど、誰も見向きしないだろう。
故に、ここの管理人……もしくは土地の所有者は鍵など掛けず、放っておいた。
それが、『神隠し』などと噂されるスポットになっているとはつい知らずに。
「うーん、期待外れかなぁ……まあ、ここまで来たんだし、予定どおり、ちょっと調べてみよっか」
そう言って、蓮子が雑居ビルの内部に入り、それに続いてメリーも一歩踏み入れた、その瞬間──どうしようもなく、震えが止まらなくなった。
蓮子も感じ取ったのだろう。咄嗟に両腕を抱いて二の腕をさすった。
「さむっ! ……この感じ、もしかしてアタリ?」
「……いや、違うよ。どっちかって言うとハズレ。それも大ハズレ」
震えが止まらない。そもそも、とてつもなく寒い。
真夏とは言わないけど、それでも寒いなんていう時期はとっくに過ぎている。
まるで、冷凍室に入ったみたいに雑居ビル内は気温が低かった。
「メリー、大丈夫? てか、そんなにヤバイの? ここは」
蓮子は少し肌寒いぐらいなのか、メリーほど震えていなかった。
だが、しかし。
蓮子が言葉を紡ぐ度、その言葉と一緒に出た息は白くなって空気中に溶ける。
それが、何を意味しているのか。分からないメリーではない。
──異常だ。蓮子にも徐々に影響が出始めている。
きっと、霊感の無い人でも数分ここに居れば、色んなもの
それほど、霊気が強いナニカがこの雑居ビルにいる。
「直ぐにでも逃げよう、蓮子。きっと、『神隠し』なんてもんじゃない」
人が消える。人が失踪する。人が帰ってこなくなる。
それは、きっと『神隠し』だろう。『神隠し』と言えるのだろう。
理由はどうあれ、人が
「「ッ!?」」
ガチャンッ!
と、後ろで強く扉が閉まった。
「……風?」
「さっきまで風なんて吹いて無かったよ」
二人は顔を見合わせると、扉へと近づいて取っ手の部分に手を掛け、そのまま体重を前へと押し込む。
だが、いくら力を加えてもビクともしない扉。
押してダメなら引いてみる。無論、無駄な行為に終わる。
鍵を触って見ても意味が無いと知る。そもそも鍵なんて内側からしか掛けられないし、最初から掛かっても無かった。
入り口が何かしらの重量物で塞がられた可能性。
まず、扉の近くにそんなものは無かったし、突然、降って湧いたわけでも無いだろう。
結論から言えば……どうやら、何らかの力で出口を塞がれてしまったらしい。
「……うわー、B級ホラー映画も真っ青なぐらい定番のヤツ」
「この後も、B級ホラーみたいな展開になるのかな?」
「メリー……それ、私たち死んじゃうヤツだよ」
冗談を言い合う二人だが、その身体は寒さと恐怖に震えていた。
ただ、そんな冗談を言えるぐらいの冷静さを保てているのは、似たような経験があるから。
こんな時、焦って行動しても徒労に終わることばかりだ。
冷静に、ただ冷静に対処する。
視界を広く、耳を澄ませ、感覚を鋭くさせる。
ちょっとしたことでも見逃さない。
「……立ち止まっているより、他の出口を探した方が良いよね?」
「うん、それが得策……だと思いたい」
「えぇ、そこは自信持っていって欲しかったなぁ」
「そんなこと言われても……分からないよ」
二人は周囲を警戒しつつ、一歩、また一歩、と怯えながらもしっかりとした足取りでフロアを散策し始めた。
全体的に広くは無い。目指すは出口とは反対側にある扉。
その上には光ることを止めた誘導標識が見える。
だが、二人は余り期待していなかった。
どうせ、ここも閉まっているだろう。──そう思っているからだ。
ここまで定番というか、普通というか……在り来たりで、ある意味、その界隈では
だからこそ、二人の予想に反してドアノブはすんなりと回り、キィーという音を立てながら扉が開いた時には驚いた。
ただ、その驚きと淡い期待は溜息へと変わる。
「……まっ、分かってたし」
「昇る……しかないよね」
扉を開けば出てきたのは、上への
「もういっそのこと屋上に行く?」
「閉まっているのに一票かな」
メリーの言うとおり、屋上へと続く扉は閉まっていた。何なら南京錠やら鎖やら巻き付けて、厳重に封鎖されていたほど。
二人は肩を竦めて、そのまま階段を降りる。
そして、三階へと続く扉のドアノブを捻った。
「あっ、開いた」
期待してなかった。
どうせ、閉まっているだろうと思っていた。
そして、余りにも音沙汰無しだったため、恐怖感が薄れ、警戒が緩んでしまっていた。
「────ぁっ」
普通に、そこにいるのが当然と言わんばかりに、ソレはいた。
座っていた。立っていた。寝ていた。
昆虫のような、獣のような、軟体生物のような……。
どれも当てはまるようで、当てはまらない。
だって、ソレは人の理解の範疇を越えたバケモノだったから。
「──蓮子ッ!!」
メリーは咄嗟に蓮子の手を引いて、階段を駆け下りる。
全身から冷や汗が止まらない。
鳥肌が止まらない。
身体が震える。
喉元が締まる。
叫びたいのに声が出ない。
ただ、我武者羅に。
ただ、無我夢中に。
掴んでいる蓮子のことも忘れて、メリーは一階のフロアへと転がり込んだ。
「はぁ……はぁ……っ! なに、あれっ……!?」
息が詰まる。上手く呼吸が出来ない。
ちょっと階段を駆け下りただけで、この疲労感だ。
マラソンを走った後でも、ここまで酷い過呼吸にはならないだろう。
「やば、い……って! あんなのっ……に、逃げないとっ!」
同じく息を絶えさせた蓮子が唯一の出口を見ながらそう言った。
全くもって同意見だ。
だが、果たしてそれを許してくれるほど、
「っ……分かってたけどっ! ふざけんなっ!」
ビクともしない扉。
それは、最初から動かなかった扉。
そもそも、こうなった原因はこの唯一の出口である扉が動かなかったから。
蓮子は悪態を吐きながら渾身の力を、それこそ、火事場の馬鹿力とも言えるぐらいの勢いで扉をこじ開けようと必死に力を込める。
「どいてっ、蓮子!」
いくら押しても、引いても、動かない扉と格闘していた蓮子の背後から鋭いメリーの声。
言われた通り横へ避ければ、扉へと叩きつけられるコンクリートの石。
恐らく、壁の一部が欠け落ちていたのだろう。
大きな音を立てて砕け散ったのは──投げつけたコンクリートの石。
本来、割れるはずのガラスは表面に傷と白い粉が付いただけ。
「っ、物理法則を無視すんな!」
思いもしない結果に悪態をつける蓮子。
苛ついているのだろう。
憤慨しているのだろう。
だが、それは所詮、恐怖を隠すための防衛意識の一つでしかない。
蓮子は近くにあった錆びが浮かぶパイプ椅子を手に取ると、勢いよくガラス張りの扉へと叩きつける。
何度も、何度も、叩きつけ、そして──糸切れたように床へとへたり込んだ。
「ごめん、メリー……私がこんなこと言い出したばっかりに……」
「蓮子……」
初めて見る蓮子の弱気な……否、何時もは隠していた年相応の姿。
泣いて、笑って、怒って……当たり前に笑いあっていたけど、何処か達観していた蓮子。
他の人とは決定的に違う『ナニカ』を持っていた彼女。
メリーも同じだった。だからこそ、気が合ったし、彼女との時間は居心地が良かった。
似た者同士とも言えたが、意見が合わないこともあった。
お互いに別の視点、違う価値観、正反対の考え。
だが、それもまた二人にとっては上手く噛み合っていた。
「……もうっ、本当に映画がみたいなこと言って」
「だって……もう、詰みじゃない?」
開かない扉。逃げ道の無い屋内。
そして、何より──敵うはずも無いバケモノ。
何時、降りてきたかも分からない。
何時、そこにいたのかも分からない。
ソレは、そこにいた。
ソレは、自分たちのいるフロアの中央でこちらを見ていた。
いや、ソレは──嘲笑っていた。
自分たちを見て、滑稽だと。馬鹿な奴らだと。
表情なんて、感情なんて、ソレにあるかも分からないけど、嘲笑っているように見えた。
でも、何だろう。
本当に、これがテンプレと呼ばれるような型どおりの物語ならば。
「……私たちって、ヒロインに足りうると思う?」
「えっ……メリーどうしたの? てか、最後の言葉がそれでいいの?」
「嫌だけど……最後じゃない気がするから」
「ちょ、はぁ? メリーこんな時にふざけるなんて、天然にも限度があるよ?」
「えっ、天然なの、私?」
もし、これが物語ならば……きっとここが終わりじゃない。最後じゃない。
それで、もし自分たちのどちらかが、ヒロイン足りうる存在ならば……きっと────
「──んっ? えっ? ……どういう状況?」
……出来過ぎな物語にしては、何とも間抜けな登場をした
普通に先ほどまで絶望の象徴だった扉を押し開けて、入ってきたのは季節にあったカジュアルな服を着た一人の青年。
ワックスで跳ねさせた茶髪に、状況が読めていない呆けた表情がミスマッチして、何とも言えない残念なヒーロー。
町中ですれ違えば、きっと記憶にも残らないであろう平凡で、平凡を極めたような彼は、後頭部に手を当てながら気まずそうに中に入ってきた。
「えっと、その、助けに来た……的な?」
苦笑いを浮かべてそう言った彼に、蓮子は口をパクパクさせてはいるが、肝心の言葉が出ていない。
かくいうメリーも似たようなものだった。
まさか、本当に現れるなんて。
まさか、本当にテンプレどおりなんて。
だが、何処かで見たような……結構最近、それも何時間か前に見たような………
「……あっ、さっきいたカフェで……」
メリーは記憶の奥底を刺激したその見た目に、ふと思い出す。
そうだ、カフェにいた同じ専攻の──
「──……誰くんだっけ?」
「えっ!? 覚えられてないの、俺!?」
自身を指さし、心底驚いたように叫ぶ彼。
それには、蓮子も同じだったのか、流石に同情の視線を彼に向けていた。
「いや、俺も人のこと言えないけどさ……せめて、同じ──」
それは、唐突だった。
いや、寧ろ、こうして会話していることが異常だったのだ。
「ッ!!」
うるさいぞ、と。
脆弱な人間風情が、自分を無視するとは何様だ、と。
怒りが籠もった、その攻撃……否、命を刈り取る凶刃は寸分違わず彼を捉えた。
鞭のようにしなり、ゴムのように伸びた、腕のような触手。
綺麗に研いだ刃物のような金属光沢を見せながら、振るわれたその腕の触手。
だが、彼は咄嗟に腕を上げて、ガードの体勢を取っていた。
そして、お手本のように吹き飛ぶ身体。
人とはあんな簡単に真横へと吹き飛ぶのか、と信じられない現実を見て、そんなことを思ってしまう。
次に来るのは衝撃と埃が混じった風。
彼が吹き飛ばされて壁にぶつかり、雑居ビル全体を揺らした。
巻き上がる埃に隠れて見えないが、きっと彼は見るに堪えない惨たらしい死体に──
「う、そ……」
思わずそんな言葉が零れた。
埃が舞う空間から飛び出てきたのは死んだと思っていた彼。
五体満足どころか、先ほどとは全く違う表情、雰囲気、そして、何より力強い瞳をバケモノに向けていた。
狭い室内に鎮座するバケモノに比べて小さい影が疾駆する。
姿勢を低く、振り回される触手が当たらないように、巧みなステップを加えてバケモノに近づき──殴打。
ミシリ、という骨や筋肉が潰れる音がハッキリと聞こえた。
とても人間技とは思えない殴打に、今度はバケモノが吹き飛び、壁へと激突した。
だが、それで彼は終わらない。
懐から長方形の小さい紙を取り出したかと思ったら、それが独りで動いて急速に形を成していく。
【形成符】と呼ばれるそれは、歪な小太刀のようなものへと形成し、彼の手に収まった。
構え、そして、向かってくる二本の触手。
目で終えないほどの速度を出している触手を、彼は弾き、躱し、時にはその紙の札で作られた小太刀で切り裂いていく。
その姿に、二人は見惚れた。
今なお、命の危険があるのにも関わらず逃げることも忘れて見惚れていた。
「凄い……」
蓮子のその呟きに全てが詰まっている。
人とは、こうも戦えるのか。
有りもしない、信じられやしない、空想の産物とされている魑魅魍魎のバケモノに、こうも戦えるのか。
触手を切り裂き、触手を弾き、触手を避けて、本体へと接近。
届く。バケモノの命に届く。その刃が届く──だが、違った。
バケモノの命を奪ったのは、【形成符】で作られた小太刀では無く。
新たに懐から取り出した奇妙で、珍妙。
そして、何より武器にしては、この状況にしては、余りにも異質な物。
襖にある引き手、襖を開くために指を引っかけるための、
それは、神具。
それは、神より授かりし物。
【引き手・
それを、彼は指に掛けると、そのまま──引いた。
文字通り、彼は襖を開くようにそれを引いたのだ。バケモノに合わせて。
ただ、それだけ。
ただ、それだけでバケモノは抉り取られたように身体半分が消失した。
余りにも圧倒的で、呆気ない幕引き。
彼はゆっくりと、こちらに振り返った。いや、彼の動きを見逃さないと意識を集中させ過ぎて、ゆっくりに見えただけ。
「あー、大丈夫?」
扉を入ってきた時みたいに、何処か気まずそうに苦笑いを浮かべる彼。
その背後にはゆっくりと消失していくバケモノの身体。
──コレだ。
コレなんだ。自分たちが求めていたのは。
鳥肌が止まらない。
昂揚が抑えられない。
身体が震える。
歓喜で身体が震える。
先ほどの恐怖なんて忘れた。
先ほどのことなんて忘れた。
「ねぇ、アナタ。名前は何て言うの?」
気が付けば聞いていた。
恥じらいも無く、頬を赤く染めて、詰め寄るように聞いていた。
「お、おお、えっと、
岐幸鷹。岐、幸鷹。
不思議な力を持つ平凡な彼。
平凡と言う皮を被った
「──うん、決まりだね」
「だね。……岐くん。一つ提案なんだけど、いや、もう確定事項なんだけど──」
何故か、怯えたような表情を見せてたじろぐ彼に、二人ずつ分け合いながら、彼の片手をしっかりと両手で握って言う。
「「私たちの『
現状に不満を覚えていたわけではない。
現実に不満を感じていたわけではない。
だた、退屈だった。
ただただ、窮屈で退屈過ぎた。
それを共感できる友が出来たのは僥倖で、運命だ。
だからこそ、この退屈に彩りを与えてくれる彼との出会いも────
きっと、運命だ。
・【形成符】
武具を模したものを形成したり、防ぐための壁として利用したり、その使い方は多種多様。他にも、偵察用や結界、防護符などなど……符自体にも様々な種類が存在する。
・【引き手・
岐家に代々伝わるの祭具、神具。『引き手・千引岩《ちびきいわ》』少し変わった襖の引き手。
それは常世への扉の引き手。開かれた先は異界。触れるということは、そこに踏み込むということを意味し、理の違いにより現世のものは消え失せるという。