装甲スーツの脅威を逃れたカイジを待っていたのはまた、地獄だった。
破壊の跡に棲みついた貧困と窮乏。
皇国西領軍腐敗が生み出した、ソドムの街。
悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたここは、皇国西領のゴモラ。
「さぁ、さっさと働け!」
気が付けば……
カイジは地の獄……!
強制労働を課せられていたっ……!
「うっ、ゲホゲホッ」
過酷な労働に倒れる仲間。
「大丈夫か?」
「よせぇ、他人に構うんじゃねぇ……」
「おい、作業の音が聞こえなくなったがどうした? 転んで死ぬなら余所でやってくれよ。ここは引火するものが幾らでもあるからな」
今回も、カイジと地獄に付き合ってもらう。
第3話 ハリボテ装甲
そんなわけで損傷したATをエヒメの街のガレージに持ち込んだカイジたちは、
「修理の対価として、お手伝いで済ませてもらえるなんてありがたいことですね……」
とカイジの機体、スコープドッグ・ショーティにインストールされたAI、メイがささやくとおり、このガレージの主人、アイザックの雑務を手伝うことで修理を手伝ってもらえることになっていた。
「言われてみりゃそうだけど、なっ!」
カイジの機体の損傷は比較的軽く、しかしそれゆえに重機代わりにこき使われている。
他の互助会、第45班の面々は、特に機体損傷の激しかった石田たちは別の場所でひいひい言いながら生身での労働に従事していたりする。
学もスキルも無い彼らは、安価な単純労働に身体を売ることでしか修理の対価を払うことができないのだ。
それに比べれば別行動を取っているメイの本体、手のひらサイズの侍女型自動人形は別格で、アイザックの事務所で溜まっていた事務処理を行っていた。
実はアイザックがこの取引を了承したのも、メイの能力が目当てだったりするのだが……
その彼女だが、
「……今、本体から通信が入りました。装甲の張替えぐらいは自分たちでやれ、とアイザック様から指示が降りたそうです。ガレージに向かいましょう。本体も移動を開始しています」
「本体って…… あの短い脚で移動か?」
全高8センチ足らずのその姿を思い浮かべて首をひねるカイジだったが、
「問題ありません。大規模災害時対策モードに移行していることによりリミッターが解除された結果、.22LR弾に匹敵するキック力が確保されています。それこそ弾丸のようなスピードで地を蹴り移動することが可能です」
「はぁ?」
「海性動物最速の速さでパンチを繰り出すことができるというモンハナシャコと同程度、生物(なまもの)に出せて、我々に出せないわけが無いでしょう?」
モンハナシャコのパンチの加速力は.22LR弾に匹敵し、これで貝を割り、水槽のガラスも割って見せるというのは有名な話である。
「私の販売元である『センチネルグローリー』の技術は伊達ではございませんので」
メガコーポ、センチネルグローリーはトップシェア争いを繰り広げる大手『移動体通信事業者(キャリア)』であった。
自身についての記憶に欠落があるメイだったが、だからこそ判明している出自に相応しい能力を証明することにこだわる。
プライドを垣間見せるのだった。
「それにA.I.Doll-phone、通称D-phoneと呼ばれる全高8センチ前後の携帯秘書、パームトップ自動人形型携帯電話である我々は、3.5頭身から4頭身程度の体形を保持しています」
何故、この頭身になっているのかというと、
「人体比率、胴体に対する手足の長さなどを維持できる限界がここなのです。これ以上、頭身を下げると脚を短くするなどといった大幅な体形のデフォルメが必要不可欠で、苦労することになりますから」
エヒメの街で有名な人形使いと呼ばれるスカヴェンジャー。
カイジも見知った顔の彼が密かに所持している小型自律式情報端末、走狗(マウス)は運動が苦手だが、それはねんどろいど体形…… 2.5頭身で極端に手足が短いからだ。
まぁ、向こうは情報処理能力等がけた違いの高級品であり、その得意分野においてはD-phoneなどでは太刀打ちできないわけではあるが。
「あ、来ましたね」
「主」
スコープドッグ・ショーティの頭部バイザーを開けて、コクピット内に飛び込んでくるメイ。
共通記憶領域を使ってこの機体にインストールされた自分と情報を共有、並列化すると、
「さぁ、参りましょう」
とカイジを誘導する。
「穴の開いた腰部装甲を交換してしまいましょう」
機体のユーザー向け取説、そしてサービスマニュアルが丸ごと記憶領域に入っているメイの指導の下、まずは腰の部分を守る5分割されたスカート状の装甲の被弾箇所を修理することにする。
「隅のボルトを外してください」
そう指示され作業を始める面々だったが、
「逆、スパナの向きが逆です! ナナメ掛けもダメ! アイザック様に知られたら叱られますよ」
「俺が何だって?」
「ひっ!?」
工具の正しい使い方から指導が必要だった……
まぁ、アイザック愛用のこだわりの品ではなく、こちらが持ち込んだ自前の工具だったので呆れられこそすれ、怒られることは無かったのだが。
ともあれその辺、丁寧に説明した上で腰部装甲の隅にあるボルトたちを外すのだが、
「なにっ……!」
絶句するカイジたち。
「バカな……!」
「だってこれ……」
「これは……!?」
表面の薄板を外して現れたのは、ただの枠。
スッカスカのフレームだった。
「何だと言われましても、ボルトオンフレーム式装甲ですよね?」
首をかしげるメイだったが、カイジたちが何にショックを受けているのか思い当たり、
「ああ、この厚みのムクの装甲板だと思っていたのですね」
それが、実際には厚みの大半がただの取付枠であって、実際の装甲は表面の薄板だけだったということにショックを受けたと。
「思い出してみて下さい、スコープドッグの装甲厚は6ミリからもっとも厚いところでも14ミリ。この腰部装甲がムク材だったら完全にそれをオーバーしますよね?」
ということ。
しかし、
「バ…… バカなことを言うなっ……!」
「メチャクチャだっ……! 装甲には我々の命運がかかっている……! そんな気付いて当然、気付かない方が悪いなんてサギみたいな話でハリボテ装甲を当たり前のように思えだなんて……!」
「どうして……? ひどい……! ひどすぎるっ…………! こんな話があるかっ……!」
彼らには通じなかったようだ。
しかし、
「誤解があるようですね。この腰部装甲はこれでも20ミリ弾を想定して設計されているんですよ」
「は……?」
沈黙の天使が通った後、
「20ミリ弾に耐える……?」
「こんなので……?」
信じられないとつぶやくカイジたち。
「いや、そもそもスコープドッグの装甲は一番厚いところでも14ミリしかないんだぞ?」
それでどうやって、とメイに目を向けるが、彼女はセメント系冷静侍女風味に設定されたAIに相応しい怜悧な表情を崩さず説明する。
「ええ、繰り返しになりますが腰部装甲など一部では想定して設計されているという話です。第二次世界大戦中の独逸四号戦車が対戦車ライフルへの対応策として付けた増加装甲、シュルツェンと同じ理屈です。あれは厚さ数ミリの薄い、防弾処理もされていない軟鉄製だったという話ですが効果は十分でしたから」
そう言われても納得できずにいるカイジたちに、メイは語る。
「シュルツェンは独逸語でエプロンを意味する言葉ですが、この場合は戦車の砲塔や側面に追加された、対戦車ライフル向けの増加装甲を指します。戦車本体の装甲とあわせて空間装甲を形成でき、成型炸薬弾にも有効です」
「本体の装甲?」
「スコープドッグで言えば、腰部装甲の下には太ももの装甲がありますよね」
ということ。
「この空間装甲ですが、HESH、粘着榴弾なら外側の装甲に命中した際に起爆し、装甲間の空間によって衝撃波の伝播が弱められ、破片も主装甲で受け止められる上、機体内への衝撃波による被害もまた減少します」
また、
「火薬の力が産み出すメタルジェットで装甲を穿つ弾頭、成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)でも、外側の装甲に命中した際に起爆させれば、そのメタルジェットは減衰します。装甲車に金網を追加したスラット装甲などを見ても分かるようにこの目的では、強度は必要とされませんから薄板でも十分です」
まぁ現代のHEAT弾は著しく性能が向上しているので多少離して爆発させても効果は薄い。
ただ元々スコープドッグが想定しているのは20ミリ、火砲としては小口径な砲弾で、弾頭直径に比例するメタルジェットの有効距離も短いため、これに対しての防護としては十分とされた。
それ以上の火砲に対する防護は考えられていないし、歩兵が使うミサイルやロケットなどで弾頭が大きく炸薬量が多いものについては、歩兵に肉薄攻撃を許すほど近づけるのが悪い。
さもなくば機動力で狙いを付けさせるな、弾速が遅いのだから撃たれても避けろ(当たらなければどうということは無い)、という考え方である。
「最後に運動エネルギーで貫くタイプの徹甲弾ですが、これは小口径…… 砲としては小口径の20ミリや、重機関銃、アンチマテリアルライフルに用いられる.50口径、12.7ミリ弾では、表面の装甲を貫通した後、主装甲への命中角が変わって浅くなり貫通力を落とす場合があります。これは先に挙げた独逸戦車のシュルツェンが対戦車ライフル対策で効果を上げているものですね」
つまり、
「スコープドッグの腰部装甲のような空間装甲では、外側表面のものはシュルツェン同様、強度はさほど必要としない、ということです」
だから薄板で十分なのだ。
「ただ、薄板をそのまま吊り下げると周囲に引っ掛けるなどして簡単に曲がり、障害になる恐れがあります」
独逸戦車のシュルツェンではこれにより履帯や転輪に絡まることがあり、戦車兵には嫌われたという。
「だからしっかりとした強度のある枠、フレームを用意して、それにボルトで取り付けるようにしてあるのです」
そういうことだからハリボテではないし、別に騙そうとしているわけでもないということだった。
「あと、この腰部装甲には様々な種類があります。前後装甲に多いボルトが無いタイプや、主のスコープドッグ・ショーティの側面のものは、フレームを排した箱型装甲ですね」
「何だって?」
「フレーム無しの薄板単体でも、箱型に成型することで歪みを防ぐというものです」
まぁ、それこそ見た目は総菜や弁当の上げ底容器みたいな感じにはなるのだが……
一方、
「主のスコープドッグ・ショーティの側面のものには隅にボルトがありますが、これは裏側にバックプレートを固定するためのものですね。そうすることで本体、太もものものと合わせ3重の空間装甲として働きますし、内部空間に衝撃吸収材を充填するなどして耐弾性能向上を図ることが容易になります」
ということだった。
性能、軽さ、生産性、どれを取ってもボルトオンフレーム式より上。
損傷時には丸ごとの交換が必要になるが、それでも安いので問題は無いだろう。
こうして自前で装甲の張替えを行った後、内部の機器の修理についてはアイザックの手並みを、メイの解説を聞きながら全員で見せてもらう。
「修理手順を実際に見せてもらい、覚えさせてもらえるというのは有り難いですね」
「ああ、あとは消費した弾薬の補給だが……」
メイに手伝ってもらい作成した報告書により互助会からは最低限の補給は受けられていたが、今後、またこのような事態があった場合を考えると、もう少し余裕が欲しいのだ。
互助会内部通貨、ペリカ。
かき集めたこれを使って弾を買うか、それとも……
「また官営武器店に行って、お手伝いをするか」
メイが言っているのは不良在庫の30ミリ弾からサビ弾をより分ける作業のことだ。
軍では傷やへこみがあったり腐食のある弾は使用しないことになっているが、ではそれがパッケージに混じっていることが発見された場合、一発一発確認するかというとそんな面倒なことはせずに丸ごと官営武器店へと払い下げる。
官営武器店ではそのまま安値でスカヴェンジャーたちに売ってもいい。
実際、互助会に供給されるのはこのようなサビ弾混じりのもので、事前に各自がチェックしてあまりにもまずいものは除いておかないと銃がトラブルを起こすことになる。
一方で、このエヒメの街の官営武器店の主人は、客側が承知の上であっても不良混じりの品を売ることには難色を示しており適当な人間が居るなら、より分け作業を頼むわけだ。
そうやってはじかれた廃棄されるサビ弾をタダでもらって、その中でも比較的マシなものを磨いて使うという気の遠くなるような、しみったれた作業だが、
「石田さんの集中力が凄かったですよね。それでサービスしてもらえた70ミリグレネード、熱煙幕弾が主たちを救ってくれた、とも言えます」
互助会という吹き溜まりで中年になっても班の副官どまりという、うだつの上がらないおっさんの代表格とも言える石田だったが、意外なことにこんな単純作業については過集中とも言える力を発揮した。
飽きずに黙々と、何時間でも集中力を切らさずに作業ができる。
そもそも彼は真面目だ。
ただ、とっさの出来事に弱く、立ち回りが決定的に悪い。
上手に立ち回ることができずに失敗するということで底辺にくすぶっている。
「私見ですが、あの方は偏った能力をお持ちになっていますね。それゆえに苦しみ、しかし特定の状況下、はまれば強いというタイプです」
そのはまった状況下で得られたものがカイジたちを救い、それにより班員たちの石田に対する評価もまた上がった。
それで自信が持てたのか、今もまた個人用に複製したマニュアルと首っ引きでアイザックの作業を見守り、必要な箇所にはメモを取っている。
口頭で説明されただけで、すぐにその場でこなしてみせるような即応性、器用さは彼には無い。
ならば紙に書いて、紙面で残し、マニュアル化する、定型的なマニュアル作業にまで落とし込む。
これが彼に向いている方法であり、とっさの対応力で劣り戦闘時にはお荷物になることがあっても、整備補給などといった定まったことを決められたとおりにやることについては、任せることができるのかもしれない。
その辺を改めて納得し、今後に生かすことにするカイジだった。
しかし、
「お前ら、人に作業させといておしゃべりとは余裕だな」
「あ……」
「次からは自分たちでやらなきゃならんってこと、分かってるか?」
「すいません……」
「申し訳ございません……」
アイザックにツッコまれ、慌てて謝るカイジとメイだったが、
「まぁいい、差し入れだ。仮にもウチで働いている最中に脱水症状を起こされても困るからな」
と様々な種類の混ざった缶やボトルの飲料たちを差し出される。
先日のコーヒーで酷い目に遭ったカイジは透明の飲料なら大丈夫なはず、と考え、早い者勝ちとばかりにボトルを選んで口にする。
カポン、と消えて行く透き通った液体。
そして、
「っ?!?!?!」
カイジの口内へ、唐突に襲い掛かる刺激!
最初それが何なのか、カイジには分からなかった。
舌が、そして脳が拒絶するそれは、喉を痛め、鼻から突き抜ける痛みとなってカイジに叩きつけられる。
「げはぁっ! ぐはぁっ!?」
カイジは見開いた瞳から涙を流しながら口の中の液体をぶちまける。
しかしそれでも口の中は、喉は痺れたまま。
ここに至ってカイジはようやく理解する。
口内を侵すこの刺激、これは苦味だと!
「かひぃ……! あひぃ……!」
ゴロゴロとその場を転げまわるカイジは、涙と鼻水を垂れ流しながら、口腔内に染みついた苦味に、むせる。
「主!? アイザック様、いったい何を飲ませたんですか?」
慌ててアイザックに迫るメイだったが、
「ちょっとした伝手で押し付け…… いや、もらったIAI食品部門のプラント産飲料の詰め合わせでな。比較的安全な…… いや、マシなものから消費されていったら残りが……」
アイザックの誤魔化しきれない本音が滲み出た答えに珍しく表情を引きつらせる。
「主!」
カイジの選んだ飲料のラベルを確かめるメイ。
そこには、
「にがりサイダー?」
容器にプリントされた『ニガリ走った憎いヤツ』というキャッチコピー。
ダジャレか! とツッコみたくて仕方が無いのはこれを考えたコピーライターの思惑通りにハメられているということか。
これを飲ませたアイザックはというと、
「いや、互助会の人間なら持ち前の抵抗力で大丈夫かと思ったが、やはりIAI食品部門のプラント産飲料…… その外れ枠には勝てなかったか」
と感心したようにうなずいていた。
「あ、当たり前ですよ」
呆れ顔のメイ。
見れば、まだ選ばれていないドリンクの中には『飲む麻婆豆腐 14万スコヴィルを貴方に』などといった、皮膚に触れただけでも火傷並にかぶれてしまうという、対人兵器レベルの危険物まで混ざっている。
蟲毒のツボ並みに濃縮されたIAI食品部門プラント産の外れ枠は、罰ゲームで済むようなものではない禍々しい気配を放っていた……
「み、水……」
カイジの飲むエヒメのサイダーも苦い……
スコープドッグの装甲についてでした。
なお独自設定というわけではなく書籍『マスターファイル アーマードトルーパー ATM-09-STスコープドッグ』で唱えられていた説に、実際の効果を想定して追加してみたものです。
確かに外見どおりの厚みがあったら最大でも14ミリという設定を大幅に超えてしまうわけで、このように解釈しないと問題が出るということですね。
みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
今後の展開の参考にさせていただきますので。