遥か東方に生きる   作:NoRAheart

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今回はルーミア視点


汝は人狼なりや?

「母さん、遅いな~」

 

 

夕暮れの空を鳥居の上から眺めていた私はポツリと漏らす。

ブラブラと、只々ブラブラと足を彷徨わしながら暇を持て余す。

何故私が鳥居の上でこんな事をしているのかと言うと、最近はチルノ姉さんやウカノ姉さんの手伝いにつきっきりでいたので母さんとまともに食事を共にしていないなと思って早めに帰ってきたのはいいのだが肝心の母さんは家にいなかったからだったりする。

一応麓の畑や工房にも顔を出してみたのだがそこにも母さんの姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さんが何処にいるのか知らない?」

 

 

仕方なく、畑で作業をしていた母さんの人形たちに母さんの居場所を聞いてみると、人形たちの中の一体が身振り手振りで私に何かを伝えようとしている。

人形が一生懸命に何かを伝えようとしてくれるのはとてもありがたいが、私は失礼にも彼らをあまりにも微笑ましく思った。

彼らは本当に人形なのか?

分かっていてもそう思えてしまう程、彼らの動作はあまりにも人間のそれに近く、まだ妖精と言われた方が合点のいく程生気が篭っているのだから、作り手であり、操り手でもある母さんの技術の高さが窺い知れる。

 

 

「―――」

「そう、ありがと」

 

 

さて、人形の話(?)によると、母さんは西の森の中に向かったようだ。

西の森と言えば、少し前に幻想郷に移住してきた白狼たちが暮らしている筈である。

そこに態々母さんの方から向かったという事は、妊娠して出産の近い白狼の長の様子を見に行ったのかもしれない。

私はそう思って家に戻る事にするが

 

 

「……?」

 

 

鼻を擽る何か鉄のような匂い。

風上から仄かに香るそれを探る様に吸い込む。

 

 

「血?」

 

 

血だ。

どうして血が?

それにここまでそれが香る程だ。

風上……西の方で、どれ程の流血があったのだろうか?

そしてあの方向は

 

 

「母さん!!」

 

 

私は慌てて母さんのもとに向かおうとするが、それを阻むように人形たちが立ちふさがる。

 

 

「どいて」

「―――!!」

 

 

またも身振りで何かを伝えようとしている人形たち。

私は一度落ち着いて彼らの話に耳を傾ける事にする。

 

 

「―――」

「何?」

「―――、―――!!」

「来なくていい?」

「――」

「終わったから心配するな?」

 

 

そう言って空を指さす人形たち、見上げると

 

 

「ァァァァァーーーー……!!?」

 

 

人の形をした何かが空へと打ち上げられて遥か星となった。

成程、母さんが既に問題を解決済みだったのかと理解する。

流石は母さん、解決が早い。

私はそんな母さんに感心しながら一足先に家に戻る事にする。

先に戻って夕飯とお風呂の支度でもして母さんを迎えよう、きっと母さんは疲れているだろうから。

それに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ以上血の匂いを嗅ぐと我慢できなくなっちゃうから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から聞こえる、白狼たちの遠吠え。

その遠吠えは歓喜にも嘆きにも聞こえる、何とも中途半端なもの。

私はその遠吠えを聞いて、クスリと笑う。

中途半端……それはまるで私の様ではないか、と。

 

 

「?」

 

 

チョコンと私の肩の上に乗る何か。

ふと見ると、そこにいたのは先ほどの人形であった。

肩に乗った人形は、まるで私を慰めるように私の頭を撫でる。

まるで子どもをあやすかの様な慈愛に満ちたそれ。

そういえば、かつて母さんが言っていた。

人形たちは母さん自身に直接繋がっていて、彼らの行動は母さんの深層心理に基づくものだって。

ならば、この子のこの行動は……

 

 

「ありがとう、母さん」

 

 

胸に温かい何かを感じながら、私は家に続く長い階段をゆっくりと登っていく。

見上げた空は快晴。

今日も綺麗な星空が宵闇に広がっているのだろう。

もしそうなら、偶には母さんを誘って星見でもしようか?

私はそんな事を考えながら帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が地平線を撫で、星々が青白いキャンパスの上に光を散りばめ始める頃合い。

私は鳥居の上で待つのを止めて、夕食の準備に取り掛かっていた。

流石に日の暮れるころには帰ってくるだろうと踏んでいたのだが、未だに帰ってこない母さんが少し心配になってきた。

 

 

「只今帰りました」

 

 

そう思っていた矢先に玄関より帰宅を告げる声。

母さんが返ってきたのだ。

私は料理を中断して玄関へと駆け足で向かう。

 

 

「母さん、お帰りなさ……ウエェイ!?」

「あら、ルーミア。只今」

 

 

誰!?

思わずそう叫びたくなる程、母さんの姿はとんでもない物であった。

お蔭で素っ頓狂な声が口から漏れたのを見て母さんは驚いた顔をする。

いや、母さんの表情自体はピクリとも動いてはいないのだが、私にはそう見えた。

 

 

「おや、どうしましたか、ルーミア?」

「どうした……じゃないでしょう、母さん!!」

 

 

なんで全身そんな血だらけで帰って来ているのよ!!

そう、母さんの身体は頭のてっぺんからつま先まで全身血で朱色に染まっていたのだ。

それなのに血の匂いが全くしないのは母さんが私に気を遣って匂いを絶っているからだろう。

 

 

「怪我は……怪我は無いよね!?」

「ええ、無いですよ。ルーミアは心配性ですね」

「当然じゃない!!」

 

 

私がそう言って怒ってみせると、母さんは少し考える素振りを見せて「失言でしたね、ごめんなさい」と謝る。

 

 

「とにかく、お風呂湧いているから入ってきて」

「ふふ、気が利きますね。それではお言葉に甘える事にしましょう……っとその前に」

 

 

母さんは手元に大事そうに抱えていた布に包まれた何かを私に差し出し「少しの間、頼みましたよ」と言って、お風呂場に去っていく。

はて、これは何だろう?

布の中身が気になった私は、そっと布を開いてみる。

 

 

「……はぁ!?」

 

 

そこにいたのは白狼の赤ちゃん。

しかもどう見ても生まれたてである。

なんで白狼の赤ちゃんを母さんが……

私がそう首を傾げていると、ふと白狼の赤ちゃんと目が合う。

 

 

沈黙

 

 

こんな時に何と声を掛けたものか、私には分からない。

ウカノ姉さんなら、こんな時にも上手く対応できるのだろうが……

 

 

「こ、こんにちは?」

 

 

一先ずニッコリ笑顔で挨拶を……って、赤ちゃんに挨拶して分かるものなのか?

 

 

『ふぇ……』

「ん?」

 

 

そんな私の挨拶に初めて反応を見せる白狼の赤ちゃん。

そして……

 

 

『うぇぇええええぇぇえぇぇぇぇええぇえぇえぇぇぇぇぇんんんんんん!!』

「アイエエエエ!?泣くの!?泣く、なんでぇ!?」

 

 

白狼の赤ちゃんは泣き出した。

これに対して赤ちゃんなど見た事も触れた事もない私は、母さんがお風呂からあがってくるまでの間、情けない事にその場を右往左往する事しか出来なかったのは言うまでも無いもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?」

「はて、それで……とは?」

 

 

私はお風呂より上がってきた母さんに泣き止まぬ白狼の赤ちゃんを突き返し、私は早速この子の事について問い詰める。

今の母さんの姿はいつもの淡い着物姿ではなく、純白の薄い浴衣一枚羽織っただけ。

所謂、寝間着姿と言うやつである。

しかし寝間着なのに、少し濡れた髪と日焼け知らずの真っ白な肌、そして母さんのゆったりとした振る舞いも相まって、とても優雅に見える……って今はそんな事を考える時ではない。

 

 

「その白狼の赤ちゃんの事よ」

『うえぇええぇぇええええぇえぇぇええんんん!!』

「あ、少し待ってくださいね」

 

 

泣き止まぬ赤子を、母さんはヒョイと上に持ち上げて、程なくして下ろす。

そして胸元に赤子を抱き上げて、目を合わせる事数秒。

 

 

「……」

『ふぇ……、ふぇ……、みぅ?』

「……」

『う~?』

「……」

『みぅ』

 

 

泣き止んだ。

そればかりか白狼の赤ちゃんは、母さんの顔をペロッと舐めて母さんの胸元に潜っていく。

流石は母さんである。

 

 

「……成程、ご飯ですか?」

『みぅ』

「え、母さん。分かるの?」

「なんとなくですけどね」

 

 

私の問いにそう答えた母さんは、自らの胸を浴衣より肌蹴出そうとする。

 

 

「まってまってまって!!?」

「?」

「そこで不思議そうに首を傾げないでよ!!それより、今何をしようとしていたのよ、母さん!!」

「いえ、この子にご飯をあげようかと……」

「母さん、お乳出ないでしょ!?」

「ふ、ふ、ふ、神様ですからお乳を出すぐらい訳無いのですよ」

「なんでドヤ顔なの!?いやそれ以前に神のお乳じゃなくて、ちゃんと白狼の赤ちゃんには白狼のお乳をあげるべきなのよ」

「…………あ」

 

 

今更気が付いたのか、あからさまに落ち込む母さん。

そしてふらふらと赤ちゃんを抱えたまま立ち上がると、「ちょっと行ってきます」と言って外に出掛けようとする。

 

 

「待って母さん!!今、夜よ!!」

「うっ、そうでした」

 

 

へなりと床に座り込む母さん。

赤子の方もお乳が貰えない事に気付いたのか、どんどん泣き出しそうな顔になる。

さてどうしたものかと私は考えていると、玄関より『御免くだされ』と訪問を告げる声が響く。

未だに落ち込んでいて、対応できそうにない母さんに代わって玄関に向かって表を開く。

 

 

『夜分に失礼を、お手数ですが白嶺様にお取次ぎ願えますか?』

 

 

境内の闇夜に光る青白い光、光、光。

私はそれに驚きながら、目の前に座っている白狼に目を落とした。

少しばかり老いの入った白狼。

しかしその佇まいはしっかりとしており、老いを全く感じさせない。

 

 

「承知いたしました、少々お待ちを」

『や、忝い』

 

 

一先ず母さんにその事を伝えに行こうと向かうと、丁度向こうから母さんが出向いていたので要件を伝え、共に玄関に向かう。

 

 

「犬童ですか、何用で?」

『いえ、椛様のお乳に関して困っているかと思いまして丁度赤子を産んで乳の出ている者を連れて参りました』

「助かります、丁度その件で困っていた所です」

『なんの、寧ろこちらの配慮が足りずに申し訳ございませんでした』

 

 

母さんは抱えていた赤子を、椛を犬童と言われた白狼に預けて椛がお乳を飲む瞬間を見守り、椛が問題なくお乳を飲むところを見てホッとしたようだ。

 

 

「ところで、この白狼の群れは何ですか。それだけの理由ならば群れ総出で来る必要などないはずですが?」

『ああそうでした。この度、白嶺様に従心を誓うにあたって我々が一番近くの山に住まう事をお許し頂きたく思いまして』

「構いません。従心を誓った者を遠くに置いておく道理もありませんしね」

「従心?母さん……白狼を統率していた木花殿はどうしたの?」

 

 

残念ながら、亡くなりました。

母さんの言葉に私は絶句する。

何故?

そんな私の疑問を察してか、母さんがその疑問に静かに答える。

要約すると、角突きの女に襲撃を受けて木花殿は亡くなったそうだ。

 

 

「それは……お悔やみを」

『いえ……ただ、木花様は子の誕生を楽しみにしていらっしゃった分、さぞかし無念だったでしょう』

 

 

悲しげに告げる犬童、後ろに控えている白狼たちも嗚咽を漏らしている。

 

 

『しかし我らはそれを受け止め、進まねばなりません。過去に執着せず、未来に生きる。それが、我々が穢れの跋扈する世界で生き延び、得る事の出来た我々の共通の認識であります』

 

 

なんと強く、誇りの高い者たちであろうか。

私は只々彼らの言葉を、そのあり方に感銘を受けるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『かーさま、ねーさま、見て見て。ネズミ一杯捕まえたよ?』

「おや、流石です椛。偶に食料を荒らしていたのでほとほと困っていた所です。それでは彼らを遠くに連れていきますね」

『私も行く~』

「はい、では一緒に行きましょうか」

 

 

あれから十年が経った。

椛は私たちの許ですくすくと順調に育っている。

ただ、十年経っても一般的な狼と違って成長のスピードは大分遅く、背丈や精神は一般的な狼の子どもに毛の生えた程度である。

恐らく総じて白狼という種族は狼と違って長命故に成長が遅いのであろう。

 

 

「待って、私も行くわ」

「ルーミアもですか?それでは家族そろって行きましょうか」

『お~、行こ~』

 

 

私も腰を上げ、母さん達のネズミを逃がす為の外出についていく事にする。

因みにネズミを殺さず逃がすのは、椛に無駄な殺生をせず不殺を常に心得る様にする事と、殺すより生け捕りの方が難易度が高い為、狼として生きる為の経験を積ませる目的があるそうだ。

最初こそ椛もネズミを生け捕りに出来ずに殺してしまい、泣きながらネズミのお墓を共に作ったのを覚えている。

それが今では生け捕りどころか大量に捕まえてくるのだから私が驚くのは無理ないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川のせせらぎが心地よい。

私たちは夏の暑さを避ける為に近くの川にやってきた。

また森も近い事もあるので、ネズミたちを逃すのには絶好の場所である。

 

 

『もう勝手に家の食べ物を漁ったら駄目だからね?』

『ちゅう』

『ちゃんと欲しいって言わないと駄目だよ?』

『ちゅう』

『じゃあね~』

『ちゅう!!』

 

 

果たしてネズミに椛の言葉が伝わっているのか心配な所ではあるが、ネズミの一匹がちゃんとお辞儀して去っていったところを見ると、少なくともあのネズミは椛の言葉をちゃんと理解したのだろう。

……最近のネズミはよく分からないと思うのは私だけであろうか?

 

 

「さて、今から何をしようかしら?」

『むしとり~』

 

 

私の問いに、間髪入れずに答える椛。

虫取りって……何この可愛い妹。

今すぐその尻尾……いや、尻尾と限らず全身隈なくモフモフしたい!!

 

 

「ルーミア、涎が出ていますよ……」

「おっと、じゅるり」

『?』

「まあ、ルーミアの気持ちは分からないでもないですが……将来嫌われたくないのなら程々にしなさい」

「う……善処します」

 

 

椛に嫌われる。

本当にそれだけは勘弁願いたいものである。

 

 

「虫取りですか。それなら……」

 

 

空中に手を翳す母さん。

虚空に神気を放ち、それを複雑に絡め、構成して出来上がったものは棒に円形の網が付いた物と監獄を小型化した物であった。

母さんにそれらの意味を聞いてみると、網の方が虫網、監獄の方が虫かごというもので、どちらも虫取りに使う物らしい。

 

 

「分かっているとは思いますが、捕まえたものは逃がす様に心得てくださいね」

「分かったわ。ところで、母さんはどうするの?」

「私ですか?そうですね……」

 

 

母さんはポチャリと背後の川で何かが跳ねた音に視線を送り、「それでは、川釣りと洒落込みましょうか」と告げた。

どうやら今、川で跳ねたのは魚だったらしい。

 

 

「川釣りって……母さん、お婆ちゃんですか?」

「あら、私は十分お婆ちゃんですが何か?」

 

 

しまった、と思った時には時すでに遅し。

母さんの優しげな声色とは裏腹に目が笑っていなかった。

思いっきり地雷を踏み抜いた事を後悔しつつ、「それじゃ」と言って逃走をはかる。

 

 

「待ちなさい、ルーミア」

 

 

しかし、母さんは私を逃さない。

しっかりと私の肩を捕まえた母さんの手は、「逃さないぞ」という意思表示に思えてならない。

母さんの説教を覚悟して母さんの言葉を待つ。

しかし、次に起こったのはポムッと頭に何かをのせられるというだけであった。

何だろうと思って頭の上をさわさわ。

ざらざらと、たまにチクチクとしているそれ、見上げてみればそれは

 

 

「麦わら帽子……」

「これで少しは暑さを避けられればいいのですが」

「あ、ありがとう。母さん」

 

 

顔が熱くなっていくのが分かる。

決して暑さのせいではない。

母さんが私の事を心配し、見ていてくれる事がとても、とても嬉しかった。

 

 

『ね~さま。行かないの?』

「い、今行くわ」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

 

 

母さんの言葉を背に受け、恥ずかしさから逃げる様に森の中に入っていく私たち。

そういえば、このままでは母さんを一人にしてしまうのでは?

そう思って私は一度振り返ってみる。

 

 

「あ~千鶴姉ぇだ。久しぶり!!」

「おや、チルノにウカノ。久しぶりですね?」

「お久しぶりです千鶴さん、こちらには何をしに?」

「私は魚釣りでもしようかと」

「私たちは避暑を……千鶴さん、よかったら一緒にいませんか?」

「ええ、構いませんよ」

「やったぁ!!」

 

 

よかった、ウカノ姉さんたちがいるのなら問題ない。

私はそう思って先に駆けて出してしまっている椛を慌てて追いかけていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『む~しとり、む~しとり♪』

 

 

ご機嫌に、スキップでもしだしそうなまでにご機嫌に私の前を小さな四足でトコトコと進んでいく椛。

そんな椛の後姿を見、私は自然と頬が緩んでいるのが分かる。

 

 

「さて椛、ここら辺にしようか」

『お~』

「さてさて、虫さんはいるかな?」

 

 

キョロキョロと辺りを見回す椛に倣って、私も辺りを見回して虫を探す。

すると、ぶ~んと私たちの前で舞うように飛んでいる蝉を見つける。

 

 

『あ、蝉さんだ』

「よし、任せろ!!」

 

 

母さんから貰った虫網を構えて横に薙ぐ。

しかし蝉は虫網など屁でもないと私を小馬鹿にするが如く避けられた。

 

 

『あ~あ、逃げられた』

「ふ……ふふ」

『ね~さま?』

「貴様のその態度、私に対する挑戦状と受け取った!!」

 

 

見てなさい、絶対に捕まえてやる!!

私は既に上空に昇っていってしまった蝉を見上げた。

 

 

『お~?よく分からないけど、ね~さま頑張れ~』

「任せなさい!!」

 

 

私は目の前の長身の木に向かって駆け出し、あわや木にぶつかる寸前で地面を蹴って木を駆けあがる。

そして蝉の飛んでいる高さまで駆け上がると、木を蹴って跳躍。

 

 

「とったぁあぁぁあああぁあ!!」

 

 

先ほどとは比べ物に成らない程、力を入れた横薙ぎ。

私は蝉が網に入ったのを確認するとそこから一気にスピードを落として手首を返す。

こうする事で、網の入り口は閉じて蝉は逃げられなくなる。

そして虫網を地面にぶつけない様に腕をあげながら華麗に着地を決めた。

 

 

「私に掛かればざっとこんなものよ!!」

『すごいすごい!!』

「でしょう?」

 

 

椛の褒め言葉に有頂天になる私。

そんな私にふと、椛が疑問をぶつけてくる。

 

 

『ね~さま、椛思うんだけど……』

「ん、何?」

『ね~さま飛べるんだから、飛んで捕まえた方が早いって椛ね、思うの!!』

「あ……」

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そんな事はさて置き」

『あ~、ね~さま逃げた~』

「う、うるさいわよ!!」

 

 

私は椛の追及を逃れつつ、先ほど捕まえた蝉をつまんで椛に見せる。

 

 

「ほら、椛。蝉だぞ~」

 

 

じじじいじじじいじっじじい!!

 

 

『わっ、うるさいよ!!』

「はは、仕方ないわよ。蝉だもの」

『う~』

「もういいかな……それ!!」

『あっ』

 

 

捕まえた蝉を私は宙に逃がしてあげた。

 

 

「知ってる、椛?蝉は幼虫で六年過ごしてやっと成虫になっても、一か月しか生きられないんだ」

『へぇ~……だから逃がしたの?』

「そうよ、椛は賢いわね」

『えへへ』

 

 

私に褒められた椛は尻尾を嬉しそうに振る。

本当に可愛いなぁ、椛は!!

椛をこの場でギュッとしたくなる衝動に駆られるが、母さんの言葉を思い出して流石に自重する。

 

 

「さて、虫さんは何処にいるのかな~」

『かな~』

「……そういえば、母さんが木の樹液に虫がよく居るって言っていたかな?」

『樹液ってあれ?』

 

 

椛が駆け寄っていく一本の木、確かにその木の中ほどから黄金色の液体が垂れだして、それに集る様に虫たちが集まっていた。

 

 

「でかしたわ、椛。樹液よ!!」

『やったぁ』

 

 

私は樹液を吸っている虫の中から一匹をつまんで椛に差し出した。

 

 

「ほら、カブト虫」

『わ~、カッコいい』

 

 

カブト虫を見て興奮する椛。

私も獲る、と勇んで木によじ登ろうとするが

 

 

ズル~

 

 

『あれ……もう一回だ!!』

 

 

ズル~

 

 

『う~、昇れないよ~』

 

 

幹の太さが太いせいか、椛は上手く登れないようだ。

見かねた私は先ほど獲ったカブト虫を椛に差し出す。

 

 

「椛、このカブト虫あげようか?」

『やだ、自分で獲らないと意味ないもん!!』

 

 

そう言って何度も木登りに挑戦する椛。

しかし何度やっても椛が樹液の所まで登りきる事は無かった。

樹液の部分を見上げて唸る椛。

さてどうしたものか?

私は静観を決めていると、椛は昇るのを諦め、私の所に駆け寄る。

 

 

「どうしたの、椛?」

『ね~さま、それを貸して!!』

 

 

椛が指したものは、私の手にある虫網。

しかし、果たして椛にこれが使えるのであろうか?

一先ず私は承諾し、虫網を地に置く。

椛は地に置かれた虫網に駆け寄って、器用に前足を使って持ち上げようとするが

 

 

つるっ

 

 

『あれ?』

 

 

つるっ

 

 

『……』

 

 

明らかに落ち込む椛。

私は椛に掛ける言葉か見つからない。

 

 

「椛、他の所に行きましょうか。きっと他にも樹液はある筈よ」

 

 

私がそう椛に言うと、椛は俯いたまま小さく『ずるいよ』と呟いた。

 

 

「え?」

『ずるいよ、ね~さま達だけ……おててがあって、足があって……椛には無いのに』

「それは……」

『なんで?どうして椛だけね~さま達みたいなそれが無いの?不公平だよ!!』

 

 

失敗

私たちの失敗は、椛を白狼の群れの中ではなく、私たちの中で育ててしまった事だ。

幼いころから私たちだけしか見てこなかった椛にとって、自分だけ四足で歩くことはきっと異端な事だと思っていたのだろう。

 

 

『教えてよ、ね~さま。どうした……ら、ね~さま達みたいになれる……の?』

「椛……」

『いい子に……椛、いい子にするから……もっといい子にしてるから……教えてよ、ね~さま……』

「椛、残念だけど……」

 

 

それは出来ない、と椛に告げようとした時、私は椛の息がどんどん荒くなってきている事に気づく。

 

 

「椛?」

『ハア、ハア、ね……ね~さま……』

 

 

一歩、二歩とふらつき、その場に倒れこむ椛。

私は一瞬、何が起きたのか分からずに、その場に呆ける。

何で?

何で椛が倒れたの?

分からない、私には全くもって分からない。

 

 

『ね~さま……熱い……身体が熱いよ……』

 

 

私は椛のその言葉を聞いて、ハッと我に返る。

 

 

「椛!!」

『熱い、あつ……あっ、いたっ……痛い、痛い、いたい、いたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ、イタイィヨ!!』

 

 

叫び

椛はその場で叫び声をあげながら、その場で悶え苦しむ。

それを見た私はすぐさま椛を抱え上げ、母さんのいるはずの川の方に駆けだす。

 

 

『ああ!!?痛い、イタイ!!』

「椛、しっかりして!!」

 

 

何故こうなったのか皆目見当もつかない。

私にはただ、母さんの所に椛を連れていく事しか出来ない。

椛の身体は炎の様に熱かった。

しかし妹が苦しんでいるというのに、対する私は何もできない。

なんと歯がゆい事か。

 

 

「母さん!!」

 

 

森を全力で駆け抜け、母さんのもとへ。

母さんたちは駆け込んできた私を見て目を丸くするが、私の腕の中にいる椛を見て、母さんたちは事情を察知して駆け寄ってくる。

 

 

「ルーミア、これは……椛に何があったのですか」

「分からない、突然椛が倒れて……」

『う、うぁ、ああ!?』

「倒れる前に、なにか椛が口に含んだものはありますか?」

 

 

母さんの問いに、私は首を横に振った。

母さんはウカノ姉さんに水を汲んでくるように、チルノ姉さんには氷を作るように指示を出して、自身は苦しむ椛に手を添える。

おそらく、母さんは椛の現状を検査しているのであろう。

 

 

「何、そんな……そんな事ってあり得るのですか!?」

 

 

声を荒げる母さん。

椛に一体何があったというのか?

 

 

「どうしたの母さん、椛は大丈夫なの!?」

「大丈夫?こんなの大丈夫なはずが無い!!こんなのあり得ない!!そりゃあ痛いはずですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――身体の全ての構造が変化、変形しているのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生き物みたいに変形なんて聞いた事がない……」

「どうするの、母さん?」

「迂闊に手を出すのは拙いです……せめて、椛が苦しまない様に痛覚を抑える程度しか私には出来ません」

「そんな……」

「『我が言霊よ、千里を走れ』――犬童、今すぐ来てくれ」

「何故犬童を?」

「もしかしたら白狼特有の事なのかもしれません。もしそうなら彼の意見も聞いた方が良いでしょう」

 

 

徐々に痛がる素振りが無くなっていく椛。

母さんが痛覚を抑える事に成功したみたいだ。

 

 

『ハア、ハア……か~さま?』

「ええ、私はここですよ椛」

 

 

母さんはウカノ姉さんから汲んできた水に手ぬぐいを濡らして椛の汗を拭いてあげ、チルノ姉さんが作った氷を布に包んで椛の首や脇の下等に置く。

しかし……

 

 

『う、ああぁぁああぁあああぁぁぁぁぁああぁああぁあぁぁぁああぁぁあああ!!?』

 

 

椛の身体がどんどん激しく変形していく。

 

 

「しっかりしてください!!」

「椛ちゃん!!」

「椛、しっかりして!!」

「椛!!」

 

 

私たちは懸命になって椛に呼びかけるが

 

 

刹那

 

 

パーンと弾ける音がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あれ?手……おてて出た……」

「「「「……はい?」」」」

 

 

目の前で起こった現実をその場にいた全員が受け入れる事が出来ない。

椛の前足が弾けたかと思った瞬間、中から私たちの様な手が出てきたのだから。

 

 

「あ……足も出た……」

「「「「な、なんで!?」」」」

 

 

これが本当に現実なのか?

疑った私は頬をゆっくり抓る。

……痛い。

 

 

それからも、椛の変化は止まらない。

全身の毛が抜け落ち、鼻が縮んでいく。

どんどん狼の姿が違うものに……

 

 

「うう、なんかくらくらして気持ち悪いよぉ……」

 

 

そして椛はとうとう、五歳児程度の人型になってしまったのだ。

 

 

「そんな事って……あるんですね」

 

 

呆然とそう述べるウカノ姉さん。

 

 

「う~ん……お、おめでとう?」

 

 

祝辞を述べるチルノ姉さん。

 

 

「も、も、も……」

「母さん?」

 

 

何故か「も」を繰り返す母さん。

 

 

「も、も、も、も、も、も、も、も、も……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもどもど…………」

「母さんが壊れたぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我ら白狼は、元は狼より突然進化したものたちという説が口伝に残っております』

 

 

その後、駆け付けた犬童は人型に変わった椛を見て、私たちに唐突にそう切り出してきた。

 

 

「進化……こんな急激な変形を、果たして進化と言えるのでしょうか?」

『口伝でも、当時の狼の何匹かが突然悶え苦しみはじめ、そして白狼となったとあります』

「しかし、流石に人型になる事を本当に進化と言えますでしょうか……」

 

 

犬童殿との議論の中で、ちらりと母さんが心配そうな視線で私の膝の上に乗っている椛を見る。

対する椛は真っ白な髪から飛び出ている耳をピョコピョコ、尻尾をフリフリ。

どう見てもご機嫌である。

 

 

「ね~さま」

「なぁに?」

「また虫取り行こうね?」

 

 

満開の笑顔で私にそう言ってくる椛。

ああ、本当に可愛い。

白狼の時も十分可愛かったが、人型はもっと可愛いものだ。

 

 

「ええ、必ず」

「やったぁ!!」

 

 

ピョンピョン飛んで、喜ぶ椛。

そんな椛を見て、私は図らずも人型になる事が出来た奇跡を、運命を、天に感謝する。

 

 

おめでとう、椛

 

 

私は心の中で静かにそう呟いた。

 




ども、bootyです

今回の話、実は金曜までに2000文字しか書けていなかったんです。
しかも金曜の夜に居酒屋で家族とかなりお酒を飲み合ってべろんべろんになっていたので「あ、今週の執筆、間に合わないかも……」って思いながら帰宅していた筈でした。
しかし朝起きたらいつの間にか机の上でパソコンの前で寝ていて、「え、なんで?」と思いつつ、何故かパソコンがスリープ状態で待機していたので立ち上げてみると、いつ書いたのか分からない第十話が……

お酒コワイ……
本当にこの時はホラーかと思いましたよ。




さて、今回のお話はいかがだったでしょうか?
上記にある様に酒に酔った勢いで書いた物が所々あるので一応推敲はしてありますが、もしかしたら誤字脱字等があるかもしれません。
その時はお手数ですがご報告ください。

さて今回も本編の補足説明をしたいと思います。


・犬走椛

本来この時代に産まれてくる筈では無かった子。
本来なら角突きの女性の襲撃を受けた犬走木花のお腹の中で彼女と共に死ぬ運命であって、それが数千年の時を経て転生して産まれるのが正史の椛となります。
しかし千鶴が介入した事で死なずに生まれた彼女は正史の椛とは大きく異なった運命を歩む事になります。
本文中であった、彼女の人化については千鶴と犬童の話し合いによって、恐らく進化ではなく最適化ではないかと彼女たちは推測が出ているが、はっきりとした事は分かっていない。
しかし、椛の人化したという事実は今後の白狼たちに大きな影響を与えるであろうと千鶴たちは考えている。


・犬童

元々白狼の群れの中で木花に次ぐNO.2の地位にいた白狼。
現在、彼が臨時で白狼の群れを纏めている。


・やたら賢そうなネズミ

これが後のナーズリ………んな訳無いか。


・もどもどもど……

ポ~〇ョ、〇~ニョ、ポ〇ョ、魚の子~♪
(この映画の作中に出てきた彼女のお父さんのセリフです。)








予告

この度私は戌眞呂★様とコラボをする事になりまして、そちらの執筆の為にこちらの執筆が一週間ほど遅れるかもしれない事を先にお伝えしておきます。



それでは、またの日のあとがきで
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