最近忙しくて執筆が中々進んでいませんでしたもので……
え、言い訳するな?
仰る通りでorz
そしてまさかの16000文字越えしてたよ(;・∀・)
「はぁああぁあぁぁぁあああぁああ!!」
「ふっ!!」
境内の中央で壮絶な乱打戦を繰り広げる母さんと私。
既に一刻程打合っているのだが、私はそれでも母さんから一本たりとも取れていないのが現状だ。
息も絶え絶えに、私は母さんに何とか喰らい付こうと迫る。
「椛、そんなに呼吸を乱しては駄目です」
「ガっ!?」
「ほら、腹が浮いていますよ」
「ぐぅ!?」
訂正
一瞬でも安直に喰らいつこうと思ってしまった自分が愚かだったのか。
私の腹に母さんの容赦のない左回し蹴り。
それをまともに受けた私は惨めに境内の端まで吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられた私はすぐさま受け身を取ってその場から離脱するのだが
ズドンッ
私がコンマ一秒前まで倒れていた場所に、母さんのスタンプが入ったのを見て私はぞっとする。
母さんはこういう事に関しては本当に容赦がない。
私は改めてそう思った。
さて、一度仕切り直しとなった乱打戦。
息をすぐさま整え、私は勝利を引き寄せる為に母さんをじっくりと観察する。
母さんは左拳を前に、右裏拳を顔の横に寄せ、重芯は深く下ろして少し後ろに来るような構えを取っている。
母さんが大昔に習っていた少林武術というものの構えの一つであるとこの前言っていたが、その構えには一切の隙が見当たらない。
そして呼吸も常に一定の間隔を維持し、一切の乱れも見られない。
只一滴の汗さえ……
そんな母さんを見て、改めて母さんの強さを実感する。
やがて私は母さんから見て左側の方に駆けだす。
隙の無い敵の正面に飛び込むのは下策。
ならば母さんの背に回る様に動き、正面を合わせざる負えないあちらが動いて、できるであろう僅かな隙を見極め、飛び込む。
私はそのつもりで駆けだすが
「遅い!!」
「な!?」
その場から母さんは一歩も動かずその場からスライドしてくるように私との距離を詰めて来る。
そして顔面に飛んでくる右ストレート、私はそれを両手を使って寸での所で防ぐが、お腹に鈍痛……
見れば、左拳が綺麗に鳩尾に決まっていた。
確か、山突きと言われる技である。
「せっ!!」
トドメとばかりに右上段回し蹴り。
咄嗟に私は蹴りの軌道上に腕で防ごうとするが
ドッ
「!!?」
母さんの蹴りは守りの為に回した筈の腕をすり抜けて私に直撃。
蹴り飛ばされた私は為すすべなくゴロゴロと地面を転げまわってしまう。
やがて回転は止まり、私は軋む体に鞭を打って懸命に立ち上がろうとするがすぐにその場で倒れてしまった。
「椛、ここまでにしましょうか」
そんな私を見かねた母さんが、本日の鍛錬の終了を告げた。
鍛錬の終了の言葉を受けた椛は少し悔しそうに顔を滲ませながら地に伏せる。
丁度体力の限界だったようだ。
そんな彼女に私は歩み寄り、濡れタオルと水を差しだす。
「くっ、やはり母さんには敵いません」
「当然です、そんなすぐに私を越えられては困ります」
「母さんと私の違いは何でしょうか?」
「年期、経験、努力した時間、挙げればいくらでもあります……椛、何事も千里の道も一歩からです」
「……頑張ります」
「さて、先ほどの乱打戦について質問はありますか?ああ、寝ころんだままでいいですよ。少し骨に罅が入っていますからそのままで」
「すみません」
それらを受け取った椛が一通り汗を拭き終ったのを確認して、私は椛に手を翳して治療を開始する。
「えっと……それじゃあ予備動作無しでのあのスライド跳躍、あれってどうやってしているんですか?」
「あれですか?なんて言いますか、あれは足の裏……いや、足の指ですね、そこをこう、クッと」
「……」
またまた御冗談を。
椛の視線は明らかにそう語っていた。
「そんな疑うような眼は止めなさい」
「ご、ごめんなさい。それでは次に、最後のあの回し蹴りについて聞かせてください。どうしてもあれが分からなくて……幻術の類では無いですよね」
「ああ、最後の。あれはですね」
その場で構えて上段回し蹴りをピタリと私の肩辺りの高さで静止させる。
「幻術ではなく緩急を使った種も仕掛けもある手品、腕の守りが間に合うか間に合わないかのタイミングで蹴りの速度を一気に上げて、相手の腕の内側に蹴りを入れているだけですよ」
そう言い終えてから蹴りを再開、そして途中からはトップスピードの蹴りを見せる。
「緩急による錯覚?」
「緩急は大事ですよ、同じスピードだと相手がこちらの攻撃に慣れてしまいますし。あと至近で腕で身体を守る形になるので目で捕えづらい、というのもありますね」
「成程」
それから二、三質問を受けながら治療を行い、椛の傷を癒す。
改めて椛を眺めていると時が経つのは早いものだと感じた。
椛の容姿はここ数百年で女子高生くらいに成長し、お転婆だった性格も成りを顰め、冷静沈着な聡い子に育ってくれた。
私も胸を張って木花の墓前に報告が出来るというものだ。
「終わりましたよ、椛」
「ありがとう……あれ、姉さん?」
後ろを振り向けば、いつの間にかルーミアがぽつんと俯いたまま立っていた。
というか、いきなり黙って後ろに立たないで。
怖いよマジで……
「母さん……」
スカートの裾と片腕を抱えて声も、身体も震えているルーミア。
息さえ少し荒いところを見るに、そろそろか。
「そろそろ……でしたね、少し家の方で待っていてください」
「(コクリ)」
覚束ない足取りで家へと戻っていくルーミア。
恐らく相当我慢していたのだろう。
あれ程我慢せずともよいと言ったのに……
「私は家の方に戻りますが、椛はどうしますか?」
「私は……もう少ししてから戻ります」
「そうですか、それでは私は先に」
「はい、ありがとうございました」
椛は察してくれたのか、ここに止まる事を告げる。
私はそれに感謝しつつ、少し早足で家に入る。
「只今、ルーミア」
返事は……ない。
早々と先に奥の間に行ってしまったのだろう。
私も履物を脱いで奥の間に。
奥の間は神社の本殿を意識し、家の中央の長い廊下を経て行きつくその部屋は、神秘性を感じさせる為にわざと密閉空間にした部屋だ。
故に外部からの光は届きにくく、部屋に備えてある蝋燭を頼りにする事が多いのだが、今は昼だというのに暗闇が本殿を支配していた。
暗い、暗い、その部屋の隅っこ。
膝を抱え、コントロールできないのか、闇をその身より漏らしているルーミアがこちらを見上げ、立ち上がり、覚束ない足取りで私に寄って来る。
「母さん……」
「大丈夫よルーミア、さあ」
私は目の前まで寄って来たルーミアに左手を持ち上げ、差し出す。
その手をルーミアは大事そうに握って、そのまま
「ん……くちゅ」
口に含んだ。
暗い室内にぴちゃぴちゃと指のゆっくりと舐められる事で発生している淫猥な音が鳴り響く。
一本。
また一本。
じっくりと。
味わうように。
しばらく指を舐め続けたルーミアが、とろん、と上目づかいに私を見上げる。
そんな彼女に私は静かに頷くと、今度は少し大きく口を開いて私の手の中ほどまで口に咥えて
私の左手を食いちぎった
「っ!?」
彼女はその後、先ほどの態度とは打って変わって乱暴に私の左腕を食いちぎっていく。
どんどんと、どんどんと私の左腕を食いちぎっていくルーミア。
彼女はその身体を私の血で真っ赤に染め上げながら、それでも彼女は気にすることなく、私を思うがままに食い散らかす。
痛みはない。
予め痛覚が切ってあるので私には感覚が元よりない。
そうして左肩のあたりまで食らいつくしたルーミア、私を見上げてこう告げる。
「モット、モットカアサンガホシイ」と。
私はすぐに左腕を再生させつつ、今度は彼女に右腕を差し出すと、すぐさま彼女は私の右腕に噛り付く。
そんな彼女の頭を、髪を、私は再生したての左腕を使って慰める様に、許しを与える様にゆっくりと、しっかりと撫でる。
「ごめんなさい」
真っ赤な瞳を持った人食い妖怪は涙を流しながら静かに、ポツリと私に懺悔した。
ルーミアを穢れから救ったと思ったあの日、よくよく彼女の体を調べてみてそれが判明した。
長い時間穢れに体を乗っ取られた彼女の体は、穢れの意識こそ払うことが出来たのだが彼女の体の三割ほどが妖精から別の負のものに変異していた。
妖怪と呼ばれるものに。
七割妖精、三割妖怪という稀有な存在になった彼女。
普段こそ妖怪の側面は出ないのだが、数年毎に妖怪としての彼女が表に強く現れ、その都度食人衝動が彼女を襲う。
「ふぅ……」
正座に疲れた私は足を崩して肘掛けに体を傾け、扇子を口元に寄せ、溜め息を隠す。
この件に関しては、私は如何する事も出来ない。
母親として彼女を救う事が出来ないのは悔しい。
しかし私はそれで終わらせるつもりはない。
せめて……せめて彼女の納得する救済の一手はないのだろうか?
私がそんな事を考えていると、ふと顔を上げればそばに控えている椛が私の方をぼ~、と眺めていたので「何用か?」と問えば、彼女は顔を真っ赤にして慌てて「何でもないです」と首を大降りに振った。
おかしな椛だ。
「天照様、伊弉冉様の使いの者と月夜見様がお見えになりました」
襖の奥よりルーミアの声が此方に聞こえる。
やっと来たか。
私はルーミアらに入室を許し、私の前に伊弉冉の使いという呪詛の書いてある包帯で体をグルグル巻きにして、レストランのトレー程のサイズの鏡を抱えた男と月夜見がそれぞれ傅き、挨拶を述べる。
「遠路はるばる苦労である。それでは先に月夜見、貴女の用向きを述べてみよ」
「は!!」
月夜見からはこれまでと同じように現状の報告と問題に対する意見が用件で、問題解決の為の助言等を幾らか求められ、私はそれに丁寧に答える。
「問題に関しては以上になります」
「そうか、大分そちらは発展してきておるようだな」
「はい、いつか此方に足をお運びになって下さい。きっと我らの都市をご覧になられたら驚かれますよ」
「分かった、考えておこう……して月夜見、後ろにあるそれは何ですか?」
「あっ……申し訳ございません、失念しておりました」
月夜見の横に置いてある木箱。
それを一度ルーミアに預け、ルーミアが中身を取り出して私に中身を回す。
中身はどうやら一冊の本で……ちょっと待て、これは……
「終わりの書……」
私が生前に書き記した『終わりの書』だった。
中身は司法関係を記したものだったが、確かに私はこれを書いた記憶がある。
それにしても如何してこれがここに未だにあるのか?
疑問に思った私は一度ルーミアにそれを預け、これを手に入れた経緯を聞くことにした。
「それは都市のインフラ整備中に地中より発掘された書庫の様な場所に保存されていまして、恐らくその『終わりの書』は、我々が生まれる前に存在した知的生命体の遺した物だと推測しています。一冊一冊がかなり高度な内容が書かれていましたのでそれらを教本にし、人類の発展に役立てていました」
「しかしその口ぶりだと月夜見達にとってこの本の価値はかなり高いようだが、それを何故私に?そちらの手元に置いておいた方が色々人類の役に立つでしょうに」
「『黒歴史』……これらの技術があった前時代を我々はそう呼びますが、これは危険なものであると我々は判断しました」
「本が危険な物?何か危険な物でも書かれていたのですか?」
危険な物なんて書いたっけ?
武器関係とか危険な物は一応考えられる範囲で載せてはいなかった筈なのだが……と私は首を傾げる。
自分が書いた物だけにそこら辺が気になって少し前のめりになって月夜見に聞き返す。
「それは……ルーミア様?」
何かを言いかけ、何故かルーミアに声を掛ける月夜見。
何事かと思い、私も彼女に目を向けると『終わりの書』を開いたまま硬直しているルーミアが居た。
眼には何故か涙。
「ルーミア!?」
ルーミアから返事は無く、只々彼女は本を瞬きもせずに眺め続ける彼女は異様に見える。
私はそれを『終わりの書』に問題があると当たりをつけて、彼女から本を引き離そうとするが
「引き……剥がせない!?」
押しても引いてもビクともしない本に私は驚いていると、月夜見が後ろから私を抑える。
「天照様落ち着いて下さい、ルーミア様なら恐らく大丈夫です。ルーミア様は『黒歴史』を覗いているだけなのです」
「月夜見、それは一体?」
「『終わりの書』を見た者、その中で資格を持つ者はこれを書いた者の記憶の断片を覗く試練を与えられ、それに耐えきれた者は……」
「ちょっと待って下さい。「耐えきる」とは何にですか?」
「『黒歴史』が滅んだ訳、戦争、破壊、血だまりの地獄、そして再生。今、断片とは言え膨大な記憶が一気にルーミア様に流れ込んでいるはずです。常人の持つ精神力なら一秒と持たずに発狂しますが、ルーミア様は発狂せずただ涙を流している。これは我々が確認した唯一これに耐え切った者の状態と類似しています」
「私の……記憶を」
「『私』?」
「いえ……何でもありません」
失言を漏らした私は慌ててその場を取り繕う。
月夜見もそれ以上の言及をしてこなかった事に内心で安堵する。
それにしても、どうして私が良かれと思って書き綴った『終わりの書』が今回の様な事態を起こしたのか?
そして、月夜見の語った私の記憶について。
何故この本はあんな地獄を態々他人に見せる必要があるのか?
……遥か昔の事とて鮮明に覚えている。
あのコンクリートの上に所狭しと倒れている死屍累々を。
その死屍累々から流れ落ちる、血の海を。
赤。
そう、赤だ。
あの時、あの世界は赤しか存在しなかった。
赤、赤、赤しかない世界。
赤に支配されたあんな世界を見せられて、発狂しない方がおかしい。
「それ以上見ては駄目です、ルーミア!!」
私は今一度、彼女の手に持つ本を強引に引っ張ろうとして
スポッ
「へっ……きゃ!?」
先ほどとは打って変わって呆気なく取れてしまったそれ。
私は勢い余って尻餅を着く。
「あ、あれ、私は一体……というか、なんで母さんが尻餅着いているの?」
「姉さん、大丈夫なの?」
「大丈夫?ええ、大丈夫よ椛」
「ルーミア様、ご無事で何よりです」
「月夜見まで、いったい何なのよ」
「ルーミア、貴女覚えてないの?」
「言われてみれば確かに何かを忘れている気がするけど……だめ、思い出せない」
「そう……ですか」
途中で妨害できたおかげか、恐らく見たであろう私の記憶について欠落しているみたいである。
私は彼女が覗いたであろう記憶を覚えていない事に内心ホッとする。
あんなもの、覚えているのは私一人で十分である。
「母さん……」
「どうしましたルーミア?やはり体調が……」
「いや、違うの母さん」
「?」
「もしかして……ルーミア様、能力が」
「はい、何故か能力が……」
分かったように語る二人。
しかし要領を得ない私には、二人が何を話しているのかさっぱり分からない。
「能力が、どうしたのですか?」
「天照様、落ち着いて聞いて下さいね」
月夜見の真面目な切り出し方に緊張する私。
能力が如何したというのだと私は不安を募らせる。
まさかとは思うが、ルーミアが持っている能力『闇を操る程度の能力』、これが無くなったとは言うまい……
「実は」
「実は?」
「ルーミア様の能力が」
「能力が?」
「この度―――
めでたく一つ増えて、能力が二つになりました~」
ワ~、パチパチ、ドンドン、パフパフ~……ゴンっ!!
「私の、不安を、煽るな、阿呆が!!」
「御免なさい!!」
『あの~天照様、私をお忘れになっていませんか?』
私が月夜見と少しばかりO・HA・NA・SIしている最中に、包帯男が抱えていた鏡から戸惑いの声が投げかけられる。
「ごめんなさい伊弉冉、其処許の阿呆のせいで待たせてしまいましたね」
『いえ、私は大丈夫なのですが、月夜見が、その……』
「月夜見か?あんな奴、もう知らん」
真っ白に燃え尽きた月夜見に「ご愁傷様です」と、口元に手を当て上品に笑う女性、伊弉冉。
今現在、彼女が管轄しているのは「根の国」と呼ばれる、死者の魂が三途の川を渡った後、魂を黄泉の国か地獄かを割り振る為の裁判を行うために49日留まる特殊な所である。
しかし元々この地は別にそういった役割を持っている訳では無かったし、それ以前に何故このような場所に彼女がいるのかというと、端的に述べると伊弉冉が死んでしまった事が全ての始まりだったりする。
事の発端は伊弉諾との間に為した子ども、カグツチの出産まで遡る。
伊弉冉がその身に宿したカグツチが火の神として性質が備わっているのは子宮に宿った時点で分かっていたのだが、出産が間近に迫ったある日、伊弉冉の子宮の中で突如カグツチは発火したそうだ。
その知らせを受けた私が現場に到着した頃には伊弉冉の身体を燃やし尽くし、その中から産まれたであろうカグツチを伊弉諾が手に掛けた後だった。
そうして死んでしまった伊弉冉だったが、ある日私が新たにあの世とこの世の狭間にあると昔から存在が指摘され、偶然発見されたという「根の国」に私が伊弉諾らを引き連れて査察に来たところ、バッタリ彼女と会ってしまった。
但し、かつて美しかった頃の彼女は見る影もなく、蛆やら蛇やらを身体に這わせた姿で。
それを見た伊弉諾達。
情けない事に、変わり果てた彼女の姿に悲鳴を挙げて、伊弉諾に至っては髪飾りやら櫛やら桃の実やら色々持ち物を落として逃げて行ったものだがら、そんな彼らに私は呆れ果てたのは言うまでも無い(その後ろを何やら老婆らしき死者が「オヤ、イイオトコ!!」と言って追いかけて行った様に見えたのだが、きっと気のせいだ)。
とはいえ嘗ての知り合いの変わり果てた姿をいつまでも見るのは此方としても、そして見られているあちらとしてもつらいものがある。
そう思った私は、まずは彼女の身体から湧いている蛆を片っ端から払い、穢れた部分を三途の川の水を浄化して丁寧に洗い落とし、蛆や腐敗のせいで欠損してしまった所を再生して生前の彼女の姿に戻した。
ただ、彼女の身体に巻き付いている八匹の蛇だけ彼女から簡単に引き剥がす事が出来なかったのだが、それを彼女に伝えると彼女は苦笑いで
「問題ありません。この子たちはこの土地でできた私の家臣たちです。身体に纏わりついているのは、その……護衛の為ですよ」
と宣った。
それを聞いて「そうなのか?」と少し彼女を疑ってしまったのだが、その時偶々目の合った八匹の蛇、八雷神がご丁寧に頭を下げて来たので少なくとも悪い奴らには見えなかった。
その後、何故私たちがここに訪れたのか、何故伊弉冉がここにいるのか等の情報交換を行ったのだが、彼女の「根の国」での話……と言うより武勇伝にはかなり驚いた。
カグツチに殺された後、三途の川の畔で目覚めた彼女があてもなくフラフラと「根の国」を彷徨っていると、一人の魔人とエンカウント。
そしてその魔人に襲われた彼女は容赦なくそいつをフルボッコ。
その後ボコボコにした魔人にこの土地の詳しい話を聞き出し、此処が「根の国」だと分かった彼女だが、それ以外にもこの土地が死者にとって黄泉の国に行く為の通過点である事や、先ほどの魔人などが此処を通る死者たちを捕食している事、そのせいで黄泉の国に行きつく死者は一割もいない(まず三途の川を渡河するのに三割の死者が川の内の化け物に引きずり込まれて喰われ、残りの六割強が「根の国」で魔人などに喰われて殺される)事を聞き出した彼女は「それは拙い」と考え、「根の国」を支配する八人の魔人全員(さっきフルボッコしたのはその内の一体)をこれまたフルボッコして力づくで従わせたつもりが何故か懐かれたそうだ。
そうして「根の国」の支配者となった彼女は死者を喰らう穢れた者たちを片っ端から蹴散らし、三途の川に船と彼女の配下となった良識のある者の中から船頭を、三途の川から此処を通る死者の為の道を整備し、死者を無事に黄泉の国に行けるようにしたのはいいのだが、ここで新たな問題が生じた。
黄泉の国に直接行けない、詰り現世で罪を犯した者たちである。
さてどうするかと彼女たちは考えて、考えて、考え抜いた末に思いついたのが地獄制度。
そこで罪を清算、浄化して黄泉の国に行けるようにする制度である。
そして彼女は現在、死者の黄泉の国か地獄かの行き先の決定、また地獄行きの決まった者が何年地獄で罪を清算する必要があるのかを決定するヤマナラカ裁判所、サンスクリット語で「魔界の閻魔」という意味を表す裁判所で彼女が従えた八人の魔人と共に死者を裁く毎日を送っているそうだ。
そんな多忙な毎日を送っていた彼女は、「根の国」に来てから自身の姿に無頓着だったせいで蛆が湧いている事さえ気づかなかった事に驚き、穢れてしまった身体を落とすために三途の川まで来たところで私たちと偶然出会ったという訳である。
「それで、今回は何用ですか?」
元の上座に戻った私は咳払いを一つして伊弉冉に要件を聞く。
『そのですね、この度天照様に折り入って相談がありまして』
「ほう、述べてみよ」
『はい。実は私が死者を管理するにあたって、閻魔帳に記した実際に死んだ者の数とこちらに来た数が合わない事が分かりまして、そこにいる愚息に頼んで調べてさせた所、魂がこちらに来ず、現世に留まる魂が幾らかある事が分かったのです』
「成程、こちら側で魂を回収する者が欲しいと」
『そちらの仕事に回す頭数は困っていませんですが、どうしても頭を任せられる人材がいないので、頭を任せられる、実力のある者が一人欲しいのです。それとその者に、現世で重罪を犯した者を処分する仕事も兼任させたいのですが』
「よ、欲張りですね」
『申し訳ありません天照様、しかし我々「根の国」側も人材不足でして……八大閻魔(八人の魔人たちの根の国での俗称)の誰かに任せようにも皆多忙でして任せられません。さりとて他の者にこの大任を任せられるような者はまだいませんし……今後の為と思いどうか御一考の程を』
「ふむ……」
前者の条件だけなら何とかなるかもしれないのだが、後者の条件は汚れ仕事に近い事なので率先してやってくれる神は中々いないだろう。
しかも上位の、実力が伴う神となると条件はかなり厳しい。
ここで私が鶴の一声で指示を出してもいいのだが、強権を使って嫌々させるのは気が引ける。
こうなったら私の子飼いの諜報部隊、そっちの荒事に馴れている「五行機関」から人材を引っ張って来て……いや止めておこう。
ただでさえ褒められもしない事を私の為にしてくれている彼らにこれ以上負担をかけるのも気が引ける。
私がそんな事をグルグルと考えていると、隣にいたルーミアが手を挙げて「私がやります」と静かに告げた。
「母さん、私がその仕事をするわ」
「ルーミア?」
突然そんな事を申し出る彼女に私は驚きながら、その理由を彼女に問う。
「一つ目は親離れ、いい年した私が仕事をせずにいつまでも母さんの許で甘えて過ごすのは前々からよくないと思っていましたのでいい機会だと思ったの」
「ふむ、他には?」
「二つ目は能力の関係、実はさっき手に入れた能力が『罪を暴く程度の能力』なので、きっと伊弉冉様のお役に立てるかと」
『そうですね、こちらとしてはそういった能力を持った方が来るのは大歓迎です』
「三つ目……その前に伊弉冉様、罪人の処分の手段については問いませんか?」
『そう……ですね、こちらに魂がしっかりと送られて来るのであれば問題はないかと』
「ルーミア、貴女……」
罪人を自らの糧とするつもりか。
私のその問いに彼女ははっきりと頷いて答える。
「私は母さんにこれ以上私に関して迷惑が掛からなければ、これ以上負担を掛けなければそれ以外の生き物がどうなろうと知った事ではないわ」
「しかしルーミア……いえ、何でもありません。ルーミアの好きにしなさい」
さりげなく爆弾発言を漏らすルーミア。
その考えが、例え彼女がこれから喰らうであろう者たちが罪人であろうと、それが正しい事なのかはどうかは長く生きた私でもはっきりとは分からない。
人の感性は十人十色、ならば人の答えもまた然り。
故に私は、私の価値観を押し付けるつもりはない。
ルーミアがそれでいいというのなら、正しいと言うのであれば、私もこの件に関して口出しはしない、出来ない。
私はそう結論づけて伊弉冉に三つ指をついて頭を下げる。
「伊弉冉、そういう事になりましたので、くれぐれも娘を宜しくお願いします」
『頭をお上げになってください。私の様な者に天照様が易々と頭を下げられては御立場が』
「天照ではなく一人の母親として頭を下げているのです。どうか受け取ってはくれませんでしょうか?」
『……分かりました。こちらとしても、ルーミア様ほどの実力者が来て下さるのはありがたいです。以後宜しくお願いしますね、ルーミア様』
「はい、こちらも若輩者で何かと至らない点がありますでしょうが、ご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願い致します」
その後、魂などをこの世で集める者達、後に死神と呼ばれる者たちの現世における魂の回収の仕方、罪人の処分する為の細かい規則などを、折角なので月夜見や椛たちの意見も交えながら話し合って、草案を詰めていたのだが
「犬走様、少しよろしいでしょうか?」
襖の裏から小声で椛を呼ぶ声が聞こえた。
恐らく白狼だろうとは思うが何かあったのだろうか?
「天照様」
「構いません、私たちのことは気にせず行きなさい」
「それでは失礼します」
そう言って退出する椛。
彼女が襖を閉じた後、私は遠方の方で身に覚えのある微かな妖気を感じた。
「来たか……」
私は誰にも気づかれないように小さく呟いて、妖気の感じた方角を睨んだ。
「犬童、それは本当ですか!!」
家の外で待機していた白狼からとある報告を受けた私は、すぐさま現場に駈け出しながら途中で合流した犬童に事実の真偽を問いただす。
とある報告。
それはこの幻想郷に敵意を持った侵入者が出たというものである。
ただの、最近ちらほらと見かけるようになった妖怪程度の侵入者なら私まで報告が上がる事無く犬童が処理してくれるのだが
『間違いありません、『角付き』です。木花様の敵の顔を私が見間違えるはずありません』
もう一人の母さん……木花母さんの敵である『角付き』が現れたのだ。
母さんたちが襲われたというあの日、私はお腹の中にいたのでそいつがどういった奴なのかは分からない。
被害も千鶴母さんがすぐに駆けつけてくれたおかげで木花母さん一人だけで済んだ。
しかし白狼の皆は木花母さんを殺した『角付き』を親の仇のごとく恨んでいるし、私も親を殺された事に関して、思うところが無い筈がなかった。
「戦況は?」
『膠着状態と言えましょう。我々だけでは勝てないことは以前の戦いで明白ですので撹乱して時間稼ぎに、足止めに徹底しております』
「上々です」
そうして駆け抜けていった先、その『角付き』と白狼が戦っている場所は偶然か、はたまた必然か、木花母さんが殺された、私が産まれた、かの場所であった。
その場所の中心、長身の体躯に赤い衣を纏い、その額から飛び出る一角。
『角付き』は確かにそこにいた。
私はすぐに犬童に皆を下げる様に指示し、皆の安全を確保する。
「おやおやおや、あんたがこいつら犬っころの大将かい?」
「だったらなんです?」
「臆病者達の大将なんざ底が知れてんだ、そこをどきな。私はこの先にいる野郎に用があるんだ」
臆病者
こいつに勝てない白狼たちの賢明な時間稼ぎのための戦い方を、それを侮辱するとは……
同族を馬鹿にされた事に私は怒りを静かに高める。
しかし感情として表に出せば思考が単調になるのは自明の理。
ならば怒りは表に出さず、只々己が力にして同族の無念を晴らせばいい。
「お断りします」
「へえ、なら私とやろうてか?」
狼ごときが身の程を知れと、鼻で笑ってそう語る『角付き』
私は腰に差した、以前母さんから下賜されたクレイモアと呼ばれる類の剣を引き抜き、左手に持った大型の、十字型の盾に剣をカンッ、と当ててそれに応える。
「無論です。これ以上主神様の御前を預かる我らが、貴女のような無法者に荒らされる訳にはいきません」
「は、いい度胸だ。その気概に免じてこちらから名を名乗ってやろう。鬼子母神の
「幻想郷白狼衆筆頭、蔵人頭、犬走椛……貴女に殺された犬走木花の腹の中にいた者だ!!」
「なっ!?」
何故か私の言葉に驚く覇利照威に構う事無く私は容赦なく彼女に斬りかかる。
それでも私の一太刀を彼女は寸での所で回避するが、彼女の表皮を撫でる事に成功する。
「ちっ、これは拙いねぇ……そいつは神具か。どおりで私の皮膚に傷が……」
「我らが主神自ら打った剣、魔の者は悉くこれに触れれば即滅、只では済まないのですが……」
「あたしゃこう見えても一応神の端くれさ。まあ神は神でも妖怪の、なんだけどねぇ。そういうお前も妖怪だろう。ならなんでそれを持てるんだい」
「何故と言われましても、ただ私は持てる様に訓練を積んだまでです」
「まあいいさ……『鬼の金棒はここにあった』!!」
覇利照威が手を掲げてそう叫ぶと、不思議な事にいつの間にやら彼女の手には私の背丈ほどの金棒が握られていた。
私はそれを見て
「勝った」
小さくそう呟いた。
金棒を握った彼女は力一杯私にそれを振るう。
それを危なげなく回避するが、勢い余った金棒のせいで地面にはかなり大きい穴が出来る。
言ってしまえばそれだけ、当たらなければどうってことはない。
回避した私は剣を彼女に向けて突き出すが彼女は金棒を振るって生じた遠心力を利用して金棒を支点に反対側に飛んでそれを回避、着地と同時に金棒を横に薙いできたのを正面から受け止めずに身を屈めて盾でそれを逸らしてその隙に斬り込もうとしたところを彼女は金棒を慌てて戻して柄でそれを弾く。
金棒は確かに強力な武器だ。
その重さ故に使い手こそ選ぶものの、彼女の様に力のあるものが使えばそれこそ「鬼に金棒」。
しかし、どうしても重さ故に金棒は大降りになってしまうのが欠点だ。
対して私は両手持ちが常であると言われるクレイモアと大盾を装備しているとはいえ、母さんが自ら鍛え、軽量化を思案したものだ。
クレイモアと盾は羽の様に軽く、強度に関しても彼女の金棒と打合っても刃こぼれ一つしない折り紙付き。
攻めは強力だが、守りと速さに欠点のある覇利照威。
素早く動き、攻守共に隙の無い私。
何方が有利か自明の理。
故に彼女が金棒を使い続ける限り、斬り結んでいる限り私の勝ちは揺るがない。
そして
「はぁ!!」
「ぐっ!?」
彼女の振るった金棒を剣で逸らして盾で彼女を殴りつける。
吹き飛ばされ、しかしそれでも膝こそつかない彼女だが、格下だと思っていた相手に押されている状況が気に入らないのだろう、私を凄い剣幕で睨み付ける。
「まさかお前に能力を使う事になるなんてねぇ」
そう言って覇利照威は金棒を投げ捨て、拳を構えて私に迫る。
……迫る拳を盾で逸らして懐に飛び込み、避けられない距離で一刺し。
私はその様な勝ち筋を立てるが
「『私の打撃は盾を弾く』」
「えっ?」
彼女が寸前で呟いた言葉に驚き、それが能力の類だと理解して避けようとするが既に時遅し。
彼女の拳が盾に当たると、しっかりと構えていた筈の盾は不自然な形で私の手から離れ、私は無防備に。
そして
「がっ!?」
腹部に彼女の拳。
私は無様に吹き飛ばされる。
「ちっ、手応えがあまりない……喰らう寸でで後ろに飛んだか」
「ゲホッ……今のは、一体」
「私の能力『嘘を真にする程度の能力』だよ。今からは、これからは私の独壇場さ!!」
『嘘を真にする程度の能力』……千鶴母さんの能力の下位互換と思えばいいのだろう。
しかし下位互換とは言え、厄介な事には変わりない。
現に私がすぐに残った剣で彼女に斬りかかったところ、「『私にそれは当たらない』」と言われて剣の軌道が変わったものだからどうしようもない。
それからの戦いは先ほどと打って変わって今度は私の防戦一方。
徐々に溜まっていく疲労に、ダメージに、私の心は折れかける。
「これで、仕舞だよ!!」
「ぐっ!?」
殴られ、蹴られ、吹き飛ばされ、私はゴロゴロと地を転がって、背中が何かにぶつかって漸く止まる。
「なんだ、死なんのか。まあいい、今度こそ止めを刺してやろう」
朦朧とする意識の中で、覇利照威の声を聴く。
足音がする。
彼女が私にゆっくりと迫るのが見なくても分かる。
「あっ……」
死にたくない。
私がその時思ったのはそれだけ、ただそれだけの事。
母さん達に対する謝罪、覇利照威に対する怒りや憎しみを思うのではなく、ただ死にたくないと私は願う。
「母さん……」
呟いた言葉がどちらの母さんを指すのか私にも分からなかった。
ただ……
ただ、母さんが命がけで守ったこの命が
母さんが掬い上げ、育ててくれたこの命が
何も恩返しもしていないのに
まだ何も返せていないのに
この命を失うのが怖かった
だから……
「ほう……未だ立つのか」
「……」
私は立ち上がる。
こんな所で私は死ぬつもりはないから。
「ならば沈めてやろう、今度こそ、な!!」
迫る覇利照威の拳。
私は……
スカッ
「はっ?」
後ろから聞こえる、彼女の驚く声。
拳は私に当たる事無く、彼女は空ぶったのだ。
「貴様……ふざけているのか!!」
「何が、ですか?」
「ここで奥の手だと……私を馬鹿にしているのか!!」
彼女が何を怒っているのか分からない。
ふと、私は尻尾の方に違和感を覚え、そちらの方を見ると
「尾が……二つ」
私の尻尾がいつの間にか二つに増えている。
それに尾が増えた事による影響か、私の内より溢れ出る妖力の量が上がっていた。
そして
「能力?」
私の脳裏に徐々に浮かび上がっていく能力の名前。
私はそれを理解し、歓喜する。
私の能力は『千里先を見通す程度の能力』。
一見遠見程度の使い道しか無さそうな、この場において何の役にも立ちそうに無いこの能力。
しかし先ほどの覇利照威の攻撃を避けたあの時、これの能力のおかげか、避けるべき道が線として私には見えていた。
これを思うに、もしかしたらこの私はこの能力を使って「避けるべき道」を見通していたのかもしれない。
もしそれが出来たのなら、
「私は、勝つ!!」
「させるかよ!!」
私は上空に剣を投げ上げ、覇利照威に殴りかかる。
無論「
続けて吹き飛ぶ彼女の顔面に右ストレート。
「『拳は私に当たらない』!!」
また能力で私の拳を軌道から外すが
「ガハッ!!」
左拳が彼女の腹部を捕える。
そう、山突きである。
彼女の能力の弱点。
気づいてみれば、彼女の能力は千鶴母さんの様に一度宣言すればその効果が持続する訳でなく、能力を使うためには一々宣言しないといけないという弱点があった。
そして宣言を行う為に必要な時間は0.5~1秒。
「嘘」を吐いているその間は二つ目の「嘘」を吐けないという訳だ。
言うのは簡単だが、能力開花前の私なら流石にその間に二撃目を入れるのは難しかっただろうが、動くべき道を千里先まで見通している今の私なら、三撃、四撃程入れられる道を見通すだって出来る。
「くそ、くそ!!ふざける……げふっ!?」
……文句を言っている暇があるのなら「嘘」を紡いだ方が建設的だと思う。
そんな事を考えつつ、ボロボロになっている彼女に止めの上段回し蹴りを繰り出す。
既に能力を紡ぐ体力が残っていないのか、彼女はただ腕を構えようとする。
しかし
「がっ!?」
千鶴母さんから教わった緩急を使った回し蹴りが彼女の顔面に決まり、そのまま仰向けに倒れた彼女が立てないように首元を膝で押さえつけ、漸く私の頭上に落ちて来た剣をキャッチして首の傍に剣を突き立てた。
「私の勝ち……ですね」
ポツリと呟いた後、私たちは沈黙する。
あと少し、ほんの少し剣を横に滑らせれば彼女の首を掻っ切れるというのに、私の腕は動かない。
何故だろう。
何故私は彼女を殺さないのだろう。
憎かった筈だ。
殺したかった筈だ。
私のあるべき人生を、木花母さんを殺したのは彼女の筈だ。
「言い残す事はあるか」
せめて、せめて私に貴女を殺す口実が欲しい。
私はそう思って彼女にそんな事を聞くが、これが誤りだと気付く。
「済まなかった」
「……なに?」
「知らなかったんだ、妊娠していたことを」
「だから?」
「私は強い奴と戦いたかった、私が最強である事を証明する為に。だから彼女を襲った」
そんなくだらない事の為に私の母さんは殺されたのかと怒りを通り越して私は呆れた。
「殺せ、それが強者の特権だ」
「……だが断る」
「何?」
「私は……無用な殺生は嫌いです」
「この私に情けをかけるのか!!」
「違いますよ。それと一つ、貴女に言いたいことがあります」
「なんだ?」
「最強、最強と言いますが、何を基準に最強と言うのですか?」
「は?それはお前、一番強い奴の事を言うのだろう?」
「一番強い奴……ではその方を倒せば最強なのですか?」
「ああそうだ」
そう答える彼女を、私は鼻で笑う。
「何がおかしい?」
「この広い、広い世の中、強い人、最強と言われる人など幾らでもいます。最強を謳う驕れる愚者や最強と言われている強者、皆が皆、世界の全てを知る者などいないからこそ、あっちもこっちも最強、最強、最強だらけ」
では本当の最強とは誰なのか?
「一番高い山を登ったつもりが、まだ高い山があって、其処を登って降りてみても、遠くにまだ高い山があって……そんな事をあなたは繰り返すのですか?」
まあこれは母さんの受け売りですけどね、と内心で呟く。
「私は……私が間違っていたのか?」
「知りませんよ、そんな事は。貴女の答えは貴女にしか出せませんから……だから」
私は地面に刺していた剣を引き抜いて立ち上がる。
呆然とする彼女。
つくづく私は甘い女だ。
私はそう思いつつ、言葉を続ける。
「だから……私は貴女を許します」
「なっ!?」
「これでいいのでしょう、母さん」
「……貴女がそれでいいのなら、ね」
上空から神気を解放した母さんが、ゆっくりと降りて来る。
太陽を背に神気を帯びて降りて来る母さんは「神々しさ」という言葉さえ足りない。
そして母さんの神気を直で受けた覇利照威は、その膨大な神気を前に大量の汗をかき、慌てて頭を地に着ける。
「汝、鬼子母神」
「は……」
「知らなかった事とはいえ、子を宿した犬走を無慈悲に殺した罪、甚だ許しがたき所業也」
「そ、その通りでございます」
「この度、犬走椛の赦免があったとはいえ犬走木花を慕う白狼らが受けた精神的損失は計り知れず……そして罪には罰をもって裁くのが道理。犬走椛の赦免があろうと、それから逃れる事能わず」
地に降り立った母さんは、一歩、二歩、そして三歩。
破利照威の傍まで歩き、手に持つ扇子で彼女の首を二度叩く。
母さんが示したその意味に私は思わず異議を唱えかけるが、母さんは手で私を静止する。
「汝のその命……に準ずる何かを差し出せ。それで手打ちとしましょう」
「命の次に……」
母さんの言葉に覇利照威は頭を抱えて半刻ほど唸り続けるが
「すみません、思いつきません」
「そうですか。ならば私が選ぶとしましょう」
まるで答えを予想していたかのような母さんの切り替えし。
そして母さんは扇子で覇利照威を指し
「『鬼は嘘が嫌いである、それは未来永劫不変の道理の事と知れ』」
と告げた。
つまり
「では鬼子母神、試しに一つ嘘を言ってみよ」
「分かりまし……?すみません、無理です。嘘を言おうとすると怒りが湧き上がって……」
「それがあなたの罰である」
嘘を言えなければ能力を使えない。
彼女の能力は無くなったに等しかった。
「では即刻立ち去るがよい、鬼子母神。仏の顔に三度目は無いぞ」
「は、はい!!」
母さんの言葉を受けて、森に向かって脱兎のごとく逃げ出す覇利照威。
そんな彼女の後姿を呆然と見つめていると、母さんが「よかったのですか?」と問うてきた。
「はい、これでよかったんです。無用な殺生は恨みの連鎖を引き寄せるだけですから」
「……だ、そうだ犬童。異論は無いな」
『椛様がそれでよいというのであれば、我々もそうしましょう。我々は未来にしか進めない生き物ですからね』
「良い事言いますね、犬童。さてそれでは椛」
母さんの呼びかけに私は「はい」と答えて、改めて母さんの方を見、母さんの言葉を待つ。
「よくやった……と言いたい所ですが、先にあれを片付けましょうかね」
母さんが指さす先。
そこには木花母さんの物と思われるボロボロになった石碑と、ぐちゃぐちゃになった供え物が散乱していた。
「うぁあぁぁあああ!?木花母さんごめんなさい!!」
私は慌てて石碑の下に眠っているであろう木花母さんに謝って、すぐさま石碑の修理と散らかった供え物の片づけに取り掛かるのであった。
ども、bootyです。
前回から時間が空いてしまい待たせていた方々には大変申し訳なく思います。
最近大学の方が忙しくて執筆の方に時間が取れませんでした。
次回からはいつも通り……とはいかないのが現実です。
今週(しかも明日)から来週まで大学の期末試験があって、恐らく次回は二週間後になりそうです。
しかし、次回からは漸くえーりん出せます、出せるんです!!
こんなに嬉しいことは無い……
いや別に私がえーりんloveと言う訳ではなく、一つの区切れを迎えられたことが嬉しいのでして……え、聞いてない?
それでは、今回も本編の補足をば
・伊弉冉
伊弉諾の妻、故人
本編で描かれているように、彼女の実力は神々の中で屈指の実力を誇る(無論伊弉諾よりも強い)。
彼女が強い理由は、彼女が千鶴の教えた学問が理解できたことが一番大きく、その為彼女の神術は本来の威力を発揮している事が一番大きい。
現在彼女の役職は、「根の国」の主兼ヤマナラカ裁判所の裁判所長官。
・包帯男
伊弉冉さんは彼の事を愚息と呼んでいましたが、はてさて誰の事でしょうね~(しらばっくれ
・ヤマナラカ裁判所
ヤマ=閻魔
ナラカ=魔界
ヤマザナドゥの語源を調べてみた所、サンスクリット語から来ているそうです。
このヤマナラカ裁判所は簡単に言うと最高裁と政府が合体した所で、伊弉冉たちはここで日々の死者の数を話し合ったり、死者を裁いたりしています。
・ルーミアのその後
十大閻魔(伊弉冉+ルーミア+八大閻魔)に名を連ねて現世の死神の総括担当として仕事をこなす。
彼女の新たな能力『罪を暴く程度の能力』は、罪を犯した者の早期発見に役立っており、閻魔帳の編纂スピードが格段に上がったと伊弉冉さんはホクホク顔だったとルーミア自身が千鶴に語っている。
・終わりの書
千鶴が生前の技術を多岐に渡って編纂した本。
千鶴が神と成った事でこの本自体も能力付加の能力を持つ神具と化した。
この本の一ページ目にはどれも「正しき者に正しき知識が渡らんことを」と書いてある。
・覇利照威
実在する鬼子母神の名前、ハーリティーから命名。
自身を最強だと証明する事に生きがいを感じ、その過程で犬走木花を殺す。
しかし犬走椛に赦免され、彼女に「最強とは何ぞや?」という問いに、今までの自分のあり方に疑問を感じ、この後色々苦悩する。
能力は『嘘を真にする程度の能力』を持っていたが、千鶴の言霊で嘘が吐けなくなって能力は形骸化している。
・五行機関
千鶴が以前、神々の派閥争いの時に信頼できる部下を集めて作ったものをそのまま組織化したものが「五行機関」。
主に神々の素行や世界の異変調査を行い、纏めた資料を千鶴に流す事を任務としている。
稀に悪行を働く神の処理なども彼らが秘密裏に行う。
彼らの担当は日本と東アジア、東南アジア辺りで、彼らのほかにもあと二つ、中東担当とヨーロッパ担当の別機関が存在する。
・蔵人頭
一般的に知られているそれと同じ役職。
簡単に説明すると千鶴に近侍して伝宣、進奏、雑務を行う役所の長官。
今回は以上となります。
それと感想や、分からない部分の説明、誤字脱字等のご指摘等々ありましたら、ぜひ感想欄かメッセージ等を送ってくださいね。
それでは、またの日のあとがきにて
7月30日 「五行機関」に関する項目を追記
7月31日 「蔵人頭」に関する項目を追記