遥か東方に生きる   作:NoRAheart

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一話だけのつもりが構想が膨らんで……

9月10日タイトル変更


白狼に捧ぐはかくも悲しき誕生歌

―――人妖大戦は神と人類側の大勝に終わり、早十年が経った。

この間、天照大御神様によって穢れ絶滅宣言が為された。

 

 

 

この事は、その後の地上に暮らす生き物達にとってこれ以上ない朗報だったに違いない。

無論、我々の領地でも連日のお祭り騒ぎだった。

この時ばかりは柄にもなく酒を飲み過ぎてしまったがーーー

 

(途中から掠れて読めない)

 

―――さて長々と最近起こった事を書き連ねたが、そろそろ本題に入ろうと思う。

今まで穢れの瘴気は生き物の活動範囲を狭め、進化を妨げていた。

しかしそれらの障害が無くなった今となっては、この世の生き物たちを脅かす大きな脅威は皆無。

これから先、生命は大きな進化を迎えるのは必定と言えよう。

それは我々人類にも当てはまる事では無いのか。

今この時、この瞬間こそ我々人類が他の生物よりいち早く躍進し地上に君臨する絶好の好機だと思わないか?

幸運な事に我々は技術と知識、そして何よりも絶対なる加護を神々より受けている。

貴方が宜しければ、そちらの仲間を連れて我々の領地に移ってこないか?

こちらへの移民にはそちらの民は色々不安に思うかもしれないが、こちらには受け入れや護衛の派遣等の準備は出来ているのでそこら辺は心配しないでほしい。

では、貴方の色よい返事を待っている。

 

 

                       ―――冷泉アサギが友人に宛てた手紙より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い戦いが終わった。

あの時、私の穢れ絶滅宣言を聞いた時の幻想郷に響いた神々の鬨の声を私は忘れないだろう。

世界中の神々がその場で一斉に鬨を上げたものだから、本当に耳がおかしくなるかと思った。

事実、隣に並んでいたチルノは耳を抑えながら「う、うるさいよぉ……」と涙目になっていたし。

 

 

ただ、私の仕事がこれで終わりと言う訳では無かった。

次に迫られたのは神々の人事決定である。

これはこれで色々問題が発生して大変だった。

まず担当していた各方面の長、デウスたちにそれぞれの担当していた地域をそのまま安堵してそれぞれの部下に分配するように指示…………そうすると日本を担当していた神々が貰える土地の少なさに文句があがってきたのだ。

まあ文句を言ってきたのは最近生まれたばかりの若い神々ばかりだったので、日本と言う複雑怪奇な土地を抑える重要性を理解していないのだろう。

少しばかり説明すると、日本と言う土地は余りにも厄介な所の上に成り立っている事が昔の調査で判明している。

 

例えば霊脈。

霊脈は地球自身が持っているエネルギーを貯めこまない様に、ある程度のエネルギーを逃す為の言わば抜け穴みたいなものなのだが、何故か日本には世界の霊脈の半分近くが集中している。

出来ればこの霊脈をいくらか閉じて、代わりの霊脈を世界各地に開くという方法で分散させたいとは思ってはいるがそんなにすぐに出来るものでもないし本当に何年掛かるか分かったものでもない。

その間、日本各地の霊脈は気を付けて管理せざるを得ない。

霊脈から漏れるエネルギーの量はその都度猫の気まぐれの様に異なるが、漏れる量が多すぎるとただでさえ多い火山や「イジメか!!」って思えるほど折り重なった大陸プレートが膨大なエネルギーに誘発されて……簡単に結論を言うと日本は沈没します、はい。

 

例えばその日本と言う土地

日本の国土の約70%は山地、その上国土の大半を森林で覆い隠している。

例を挙げればキリがない要因によって入り組んだそれらの土地は管理を更に困難にする。

例え地図の平面上では狭く感じても、実際にそこを管理するのはヨーロッパや中東の土地とは違ってとても困難だと思う。

 

他にも色々あるが、ともかくそのような理由でこのような割り振りになってしまう事を彼らに伝え、何とか納得してもらった。

 

 

あともう一つ特筆すべき問題と言えば派閥の問題か。

私自身がこれに気づかなかったのが悪いとしか言いようが無いが、流石にこの問題には程々呆れた。

これが問題として挙がってきた時点で私はそれぞれの派閥を秘密裏に調査を指示。

調査結果や自らも人形を使って探りを入れた結果を元に派閥整理を始めた。

良い意味での派閥(協力、連携を綿密にする為の派閥等)は存続。

逆に自分らに都合の悪い神を蹴落とし、自分らの地位の向上を図っていた派閥もあったので、その様な派閥は無論解体し(一派閥につき正味八時間程)厳重注意と程度によっては罰を与え、余りに酷い派閥は構成員の神の力を剥奪して人間と変わらない状態に堕として極寒のロシアの荒れ地にポイしてやった。

私が一番呆れたのは、いつの間にかトップに担ぎ上げられて本人たちの与り知らない所で望まない争いをされていた伊弉諾と月夜見の派閥だ。

これについては前述したような酷い事態になっていなかったので(正味十時間程)厳重注意を言い渡し、トップの伊弉諾と月夜見には監督不備があったとしてこれまた(正味十五時間)厳重注意だが、今度同じような事が起こった場合は彼らにも即断罪も辞さないと公に伝えた。

まあ二人にはそれぞれ重要なポスト、伊弉諾には日本にいる神々と国土の管理総括の任を、月夜見には私の代わりとして行っている現在の人類の守護の代理を、改めて正式な守護に任命(人類側もこれを承認済)する事が既に初期の人事会議で決定しているので、部下の管理位ちゃんとしなさいという意味と、いくら地位の高い神でも等しく罰せられるという事を他の神々に知らしめる為の、つまりポーズなのだが伊弉諾はこれを聞いて顔を真っ青にした挙句正座したまま気絶、月夜見に至っては泣いて土下座してきたので内心かなり困惑したのはここだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光陰矢の如し」とはよく言ったものである。

 

 

あれからもう五十年程か?

それ程の時間が既に過ぎ去ってしまった。

神々で溢れかえっていたこの幻想郷も、神々が再び世界各地に散らばった事で騒がしかったあの頃とうって変わってとても静かで長閑なものである。

漸く元の幻想郷のあるべき姿に戻って私はホッとしていたり、寂しかったりと色々複雑な心境である。

 

因みに私は神々の長であるが、特に何もしなくてもいい……と言うかこれ以上天照様のお手を煩わせるつもりはないので心配無用と神々全員から迫られた。

君臨すれども統治せずってやつか?

彼らにやる気があるのはそれはそれで良い事だけれども、流石に私だけ何もしないというのは気が引ける。

それとも私に何もさせないのは彼らにとって私は役立たずと暗に言っているのだろうか?

そんな事を思わず漏らしてしまい、偶々私の傍で仕事していてそれを聞いた神々がそろいもそろってその場で号泣した時には流石に引いたが。

 

そんなこんなで手に入れた私の役職は、彼らの御意見番。

この役職、仕事を貰えたのはいいが、正直暇で暇でしょうがない。

月夜見は人間の統治等の意見を聞く為によく私に意見を求めに来てくれるが、それ以外の神々は中々来てもらえない。

何と言うか……まさに息子が一人立ちして中々連絡を寄越してくれない親みたいな心境である。

 

 

「よいしょっと」

 

 

畑に座り込んで雑草をプチプチと毟る。

 

 

「全く、少し目を離した隙に……」

 

 

やる事が無くなってしまった私は以前の様に農業に勤しんでいる。

今まで穢れ討伐に時間を掛けていたせいで少し管理が疎かになっていた畑も今では元通り。

因みに私が今チャレンジしているのはトマトの生産だったりする。

 

 

「かみさま、かみさま?」

 

 

そんな私の裾を誰かがちょいちょいと引っ張っている。

振り向くと、一m程の妖精がいた。

最近よく畑に来てくれるようになった妖精の一人だ。

 

 

「あら、おはよう」

「おはよ~」

「今日も手伝いに来てくれたの?」

「うん、きた。ともだちもつれてきた」

「きたぜ!!」

「……ねむねむ~」

 

 

何故大妖精でない普通の妖精である彼らと会話が出来るのか?

それは神々が居た頃の副産物か、膨大な神気を受けた妖精たちは私が気づいた時には会話等が出来るまでに知能が上がっていたからだったりする。

こちらとしてはこうして農作業を手伝ってくれる妖精もいるので大助かりなのだが、ウカノやチルノは彼らの教育に奔走していて本当に大変そうである。

見かねた私も彼女たちの手伝いを申し出たのだが「千鶴さんはこの前まで大変だったので今回は休んでいてください!!」と言って断られた。

まあ私の代わりにルーミアが手伝いに行ってくれているので大丈b…………あれ?

私、実は皆からはぶられていない?

 

 

「かみさま、だいじょうぶ?」

「ぶ~?」

「え、ええ大丈夫ですよ……良かったらトマト食べますか?」

「たべるぜ!!」

「うん、たべる。そのまえにおててあらってくる~」

「お~……ぐぅ」

「寝た!?」

 

 

寝ながらユラユラと、手を洗いに行った妖精の後をついていく妖精に私は驚きながらも、彼らが戻ってくるまでに畑の作物の見回りを済ませておく。

 

 

「あっ」

 

 

見回りをしていく中で畑の端の方、トマトの一部が獣によって齧られているのを見つけた。

別に食べられるのはいいのだが、無遠慮に齧りまわるのは本当に止めて欲しいものである。

言い忘れていたが、穢れを殲滅できた事で明らかな外敵が無くなった事で『クナト』の存在価値が無くなり、このまま張っていても動物たちが出入り出来ないでいたのもあったので『クナト』は解除している。

おかげで今まで見る事が無かった種類の動物たちが幻想郷に顔を出す様になったが、この様な被害も偶に出ているので困り果てている。

しかし彼らを再び締め出すのもどうかと思い黙認していたが……

 

 

「あ~、まだ青いものまで齧られている」

 

 

今度から畑の周りに獣対策に柵でも建てようかな。

そんな事を思いつつ、私はふと視線を感じて森の方に目を向ける。

茂みの中からひょっこりと顔を出したのは白い毛並みが特徴的な狼、所謂白狼である。

彼らは普通の狼と違い私との会話が成立できる程知能が高い。

そんな彼らがこの幻想郷に移り住んできたのはおおよそ三十年前。

私が彼らと初めて出会った時、彼らの群れ全体が食べ物に飢えていた。

そのせいか、私の畑を食い荒らそうとしていたので少しばかりOHANASIをした後にちゃんと作物を分けてあげた。

それに恩を感じたのかそれ以来、彼らは西の森に住み着いて畑の周りを巡回してくれているので助かる。

最近は彼らの長、犬走木花(このはな)が妊娠したので群れ総出で彼女を護っているとの事らしいのでこのところ見かけなくなったけどね。

……今度精のつくものを持って行ってあげようかな。

 

 

「どうしたのですか、こちらに来ないのですか?」

 

 

いつもとは違って中々茂みから出てこない白狼を不思議に思って声を掛けると白狼はヨタヨタと茂みから出てきた。

 

 

 

 

 

傷だらけの身体を私に晒しながら

 

 

 

 

 

「何事か!!」

 

 

思わず声を荒げながら白狼に駆け寄るが、その前に力尽きたのか、白狼はその場に倒れこんでしまった。

私は駆け寄って白狼を胸元まで抱え上げる。

 

 

『は……白嶺様……』

「喋るな。今、治してやる」

『私の事は構わず……そ、それより……皆が……犬走様が……お願いです……皆を、犬走様を助けて……』

 

 

そこまで言って私の腕の中でガクリと倒れこむ白狼。

慌てて私は脈をとってみる。

……生きてはいるが脈が薄いな。

 

 

「かみさま?」

「あ~!!しろおおかみさん、けがしてる!!」

「いたそう……」

 

 

いつの間にか私の傍で飛んでいた妖精たち。

心配そうに私と白狼の周りを飛び回っている。

 

 

「良いところに来ました、今すぐウカノを呼んできてください!!それとこの子をお願いします!!」

「うん!!」

「まかせろ!!」

「……お~」

 

 

私は妖精たちに白狼の事を任せ、犬走達がいるであろう森の中、群れの住処へと駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風上から仄かに香る血の匂い

最悪な事態が私の脳裏に過る

 

 

犬走木花

 

 

白狼の長にして最強、勇敢にして誠実さを兼ね備えた狼。

彼女は確かに仲間との連携を駆使して私が本気では無かったとはいえ、私を梃子摺らせる程強かったのはよく覚えている。

しかし今はお腹に子を抱えて普段通り動けないだろう。

もしかしたら……

 

 

「まさか、ね」

 

 

脳裏に過った想像を払いのけ、私は『縮地』の応用『瞬歩』で先を急ぐ。

木々を避け、草を払い、森の中を駆け抜ける。

そうして駆け抜けた先、白狼たちの住処である森の中でも開けた場所に私は飛びこんだ。

 

 

「っ!?」

 

 

そこで私が見たのは、血まみれで倒れている多くの白狼たちと

 

 

「弱いねぇ、期待外れだ」

『ぐっ……』

 

 

角を付けた人型の何者かに踏みつけられている犬走の姿であった。

 

 

「犬走!!」

『は、白嶺様……』

「何だいあんたは?」

 

 

それはこっちのセリフだ!!

私は内心でそんな事を思いながら犬走救出のために駆けだす。

犬走達を助けようにも目の前のこいつを何とかしないと治療も出来ない。

まずはこいつを殺……退かさないと。

 

 

「無視かい?いいね、言葉はいらねえ、拳で語らえってやつかね!!」

「ここから今すぐ去りなさい。具体的には飛んで行きなさい!!」

「は、飛んでくのはどっちかね?」

 

 

踏んづけていた犬走を蹴っ飛ばし、拳を握って迫る角付き。

それを見て、私は無意識に歯ぎしりする。

 

 

こいつ絶対殺……ぶっ飛ばしてやる!!

 

 

狙うは相手の初擊の隙。

振りかぶる角付きの突きの予想軌道上をそのまま突き進む。

私の事を捕えたとでも思っているのだろう。

ニヤリと彼女の口元が歪むのを見、私は内心でほくそ笑む。

私から言わせれば彼女の突きは武道家の洗練された突きでなく喧嘩殺法の様な力に任せた突きだ。

その様な工夫のない無骨な突きで私を捕えられる筈がない。

鼻先まで迫る彼女の突き。

私はここでカードを切る。

 

 

「『時の解釈・倍速(ダブルアクセル)』!!」

 

 

四次元理論の研究の一端、時間の解釈を心得ている私が編み出した、自身の身体と周囲の時間を弄って倍速で動かす荒業。

モデルは某聖杯を巡る戦いに出てきた、「切」って「嗣」ぐという起源が名前の人の使っていた技だったりする。

それを使って彼女の突きを回避、私はそのまま無防備な懐に潜り込む。

見上げれば彼女の驚く顔。

 

 

「ふっ!!」

「ぐっ……ごはっ!?」

 

 

何の変哲もない、いたって普通のグーパンチ。

しかし私が放った突きは彼女の鳩尾を深く捕えてミシミシと音を立てる。

徐々に、徐々に食い込んでいく私の拳はきっと耐え難い苦痛を与えているに違いない。

続いて私は拳を捻って、より拳を彼女の身体に食い込ませていく。

そして骨が軋む音は次第にバキバキと折れる音に変わっていく。

彼女の吐血したモノが私の顔に掛かって汚れる。

 

 

さようなら

 

 

仕舞に私は拳を振り切った。

 

 

「アアアァァアァアアァァアァアアアアァァアァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーー…………!!?」

 

 

絶叫

みっともないエコーを空に残して角突きの彼女は遥か彼方へと飛ばされて行く。

まあ流石にこれで彼女は死ぬ……まではいかなくとも恐らく胸部骨折で重傷にはなっているだろうから当分彼女がここに来ることは無いだろう、って言うか来るな。

それはさて置き、今は白狼たち、特に犬走を治療しないといけない。

私はすぐさま犬走に近づいて治療を施そうとするが、犬走の身体は既にどうにもならない程のダメージを負っていて、これでは手の施しようがない。

 

 

「犬走!!」

『白嶺様……皆は?』

 

 

己の事より仲間を心配するか阿呆、どう見ても犬走が一番重症じゃないか。

ざっと見た感じ、他の白狼たちも重傷を負っているが犬走ほどではない。

こうして私が犬走に寄り添い、話しかけている間にも一斉に治療術を掛けて傷を癒しているので数刻したら問題なく彼らは歩くことが出来るまでに回復するだろう。

その事を伝えると、犬走は安心したのか頭を地に着けた。

 

 

「しっかりしろ、今助けてやる」

『私はもう……駄目でしょう……』

「諦めるな馬鹿者!!」

 

 

弱気な言葉を吐く犬走を叱咤しつつ、私は治療を施す。

最も成功率の高い治療法を脳内で模索しながら、手探りで、手当たり次第に傷を癒していく。

 

 

診断……

結果、治療を施しても患者の体力は既に限界域に達しており、回復は見込めず

故に治療困難……訂正、治療不可

 

 

「煩い」

 

 

再診断……治療不可

 

 

「煩い」

 

 

再診断……治療不可

 

 

「煩いぞ!!」

 

 

並列思考で下った判断に「役立たずめ」とぼやきながら私は治療を続ける。

 

 

『げほっ……私がもう、助からない事は、私がよく……よく分かっていますから……だから……げほっ』

「お腹の子はどうする?貴女が死ねば、子どもは……」

『妊娠して……時も大分経って、出産も間近……白嶺様なら……自然出産以外の出産の方法を……知っている、のでしょ?』

「それは……」

『よくよく考えれば貴女様には頼ってばかりで……ちっとも恩を返せなかった……そんな下賤な私の最後の願いを……哀れと思ってくださるなら……どうか聴いて下さい』

 

 

何の為に生前、医療の知識を学んだのか?

なんでもっと学ばなかったのか?

その事ばかりが悔やまれる。

過去を悔やんでも今が変わる筈が無いのに……

 

 

「……分かりました、聴きましょう」

 

 

だから私は彼女の最後の言葉を受け入れる事にした。

私の力不足故に助けられなかった彼女の言葉を聞くことが私の出来る唯一の贖罪だから。

 

 

『子どもの事を、仲間たちの事を……』

 

 

そこまで言った犬走が、そこから先を私に告げる事は無かった。

私は静かに彼女の瞼に手を寄せて、彼女の瞼を閉じさせる。

 

 

『嗚呼、何という事……犬走様が』

 

 

一匹の白狼がヨタヨタと近寄って彼女の死を嘆く。

 

 

「まだ動くな。いくら治療を施し、見た目は治っていようとも体力が続かんぞ。今はそこで寝ていろ」

『我らが主が死んだというのにどうしてのうのうと寝ていられようか!!』

「嘆くことは何時でも出来ると言っているのです、今は休みなさい。それと危ないですから近寄らないでください」

 

 

四次元空間より刀を取り出して犬走の下腹部に添える。

 

 

『な、何をなされるか!!』

『いくら大恩ある白嶺様と言えど、我らが主の亡骸を辱める事は許せませぬ!!』

「『黙って見ていなさい』!!」

 

 

言霊を使って彼らに一喝。

このままでは作業中に彼らに飛び掛かられ、手元が狂いかねない。

彼らが静止したのを確認して、改めて私は犬走の下腹部に集中する。

診断して分かった事だが、犬走の下腹部に、子宮に変形等は見られない。

恐らく彼女は何としてでも子を護ろうとしたのだろう。

お腹の子は、確かに今も生きていた。

 

 

「下腹部、深さ32.2㎝……御免!!」

 

 

犬走の亡骸に刀を突き立てて、丁度32.2㎝の深さでピタリと静止させ、そこから刀を横に一気に掻っ捌く。

勢いよく吹き出す血がまたも顔に、全身に振りかかって私の身体全身を朱色に染め上げていく。

私は開かれた彼女の腹に、躊躇いなく腕を差し入れる。

どろりと、ぬちゃりと、一々邪魔をしてくる内臓と血を掻き分けて目当ての子宮を見つけ、それすら開いて子どもを見つけ出し、掬い上げた。

 

 

『おお!?』

『何と……』

『死者の腹より子を掬い上げる……これが神の為せる御業か』

 

 

外野煩いぞ。

掬い上げた子どもの臍の緒を斬り、すぐさま綺麗な布を四次元空間より取り出して包んであげるが、初めて子どもの顔を見て私は気づく。

 

 

「産声は?」

 

 

サッと私の顔が青ざめていくのが分かる。

口元に手を当てて、私の懸念が現実のものだと確信した。

 

 

「クソ、新生児仮死か!!」

 

 

子どもを慌てて地に置いて、すぐさま顔の羊水を拭き取って人工蘇生法を試みる。

仮死の原因は分娩時の低酸素状態等による低酸素症、それによる代謝性アシドーシス(酸血症)。

それによって起こる産声の遅延や呼吸障害を新生児仮死と言う。

これを蘇生するには人工蘇生法による呼吸の確立、ショックからの回復、酸血症の是正等を行わないといけない。

最初の以外は治療術で何とかなるとして、後の呼吸の確保は自分でしないといけない。

呼吸の出来ない患者に対しては間欠的陽圧、詰り外部から圧を加えて空気を肺に送り込む事で患者の自発的呼吸を待つ。

普通は人工呼吸器で行うものだが、此処にそんなものは無いのでマウストゥーマウスで行うしかない。

 

 

「すぅ―――ぷはっ。死ぬな!!」

 

 

心臓は動いている。

 

 

「お願い!!」

 

 

症状も改善している。

頼むから……

 

 

「呼吸をしなさい!!」

 

 

最初は私の周りでわめいていた白狼たちも固唾を飲んで子どもの蘇生を見守る。

私も必死に息を吸って子に送り込む。

犬走が繋いだ命を死なせはしないと必死になってまた息を吸っては送り込む。

そして

 

 

『ぐぅ……かはっ』

「っ!?」

 

 

羊水を吐いた。

 

 

『けほっけほっ……みゅう……みゅう……』

 

 

呼吸を始めて、鳴き声をあげる子ども。

弱弱しい鳴き声だが、この子は確かに産声をあげている。

 

 

「生きてる……良かった……」

『みゅう』

 

 

ゆっくりと子を抱えて犬走の亡骸に寄って、そっと子を犬走に近づける。

 

 

「犬走……見ろ、元気な女子だぞ」

 

 

返事は勿論無い。

しかしよく見れば、木花の表情は笑っている様にも見えた。

どうか、安心して逝って欲しい。

 

 

「貴女が繋いだこの命、約束通り責任もって私が面倒を見るからな」

『みゅ』

 

 

さて肝心の名前なのだが、私が勝手に決めてしまってもいいのだろうか?

後ろで沈黙を守っている白狼たちに視線を送っても返事は返ってこない。

これは私が付けろと言う事か。

ならば

 

 

「犬走木花の命を受け継いだ貴女には、彼女の名前を繋ぐのが相応しい!!」

 

 

――椛

 

 

私は地面に大きく刀でなぞり、白狼たちに彼女の名を知らしめる。

 

 

「そう、貴女の名前は椛だ!!」

『みゅ~!!』

 

 

私の宣言に、白狼たちは合わせる様に一斉に遠吠えをあげる。

幻想郷に響き渡る白狼たちの遠吠えは、椛の誕生を祝うように、木花の死を悲しむように

 

 

誕生歌を

 

 

鎮魂歌を

 

 

只々空に向かって捧げるのであった。

 




ども、bootyです。


椛の誕生、謎の角突きの女性と来ましたが、いかがだったでしょうか?
この話は一話で終わる幕場のつもりでしたが構想を考えていくうちにどんどん構想が膨らんで……はい、あと二、三話くらい続くかと。

Q、えーりんはまだか!!

A、まだです、ごめんなさい!!





さて、今回も本編の補足説明をしようかと思います。


・白狼

真っ白な毛並みが特徴的な狼の突然変異体。
平均的な大きさはゴールデンレトリバーの1.3倍で人と会話が成り立つほど高い知能を持っている。
幻想郷にいる個体の数はおおよそ300体程が確認できている。
穢れが跋扈している中で生き延びる為にただでも少ない食べ物をえり好みする事が出来なかったので、肉食ではなく雑食で、生き延びる為に知能が発達したと思われる。
性格は忠実、一度主を決めると絶対に裏切らない忠誠心を持っている。
詰りは忠犬。
現在幻想郷にいる白狼は木花死亡に伴って千鶴の傘下に入っている。

・犬走木花

幻想郷に現れた白狼の群れの長。
白狼の中で最も長寿にして最強、更に知恵者でもあった。
身体の大きさは「もの〇け姫」の山犬程度もある。
彼女は能力持ちで、『群を司る程度の能力』で仲間と共に千鶴を翻弄した事もあるが、最終的に千鶴に惨敗。
しかし最終的に食べ物を恵んで、群れを餓死から救ってくれた事に恩義を感じて千鶴の軍門に下って忠誠を誓う(因みに軍門に下って忠誠云々には千鶴は関知していない)。
椛を妊娠中、住処に角突きの女性の襲撃を受けあえなく死亡。
享年は294歳。


・千鶴の治療術

彼女の治療術は神々のそれとは違い、生前学んだ医療の再現。
理論に基づいた治療術は他の神々の様な傷だけを癒すものでは無く、癌などの体内の治療まで可能としている。
更には生前の最終研究、生命創造を基に欠損した部位の回復まで行うことを可能としている。
この治療術を行使するには針の穴に象を通す様な集中力を求められる。


・瞬歩

『縮地』の応用。
縮地を連続で行う事でかなりのスピードで駆け抜ける事が出来るが、『縮地』
よりは遅め。
例えるなら『縮地』が短距離走、『瞬歩』が長距離走。



以上になります。
それでは、またの日のあとがきにて……




六月三十日に本文を若干訂正
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