Sword Art Online: Well-Done Knight   作:TM-303

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1 ブルーローズ・アゲイン
#01 リアルワールド


[2026/08/11 10:30 | ラース六本木支部]

 

 カタカタ、カタカタ、カチッと、リズミカルに軽い音が響く。

 音源はといえば、メカニカル式のフルキーボードだ。アイボリー色のそれは、IT技術が発達した二〇二六年の今となっては古めかしい。いかにも業務用です! と言わんばかりの様相を示している。

 

「それで、その(あと)はどうなったの?」

 

 キーに触れていた指が止まる。質問に対する返事がない。空調設備の駆動音、ただそれだけが響く。

 キーボードを操っていたのは黒髪の女性。

 女性の服装は水色のシャツにグレーのスキニージーンズ。

 とりわけ、立派な白衣が彼女の研究者という職業・キャラクターを印象付ける。

 まとまったショートカットの髪型もあいまって、女性研究者はとてもクールな雰囲気を漂わせていた。

 

大杉(おおすぎ)君……?」

 

 一方、女性が声をかけた人間は口を開かない。うつむいたまま、動かない。

 女性はますます心配になって、眉をひそめた。

 

悠地(ゆうち)君、大丈夫かしら?」

 

 今度は下の名前で呼んでみる。

 すると、やっと相手が動き出す。彼は大げさに肩をストンと下げ、深呼吸を一回。

 

「すみません。たぶん……もう大丈夫です。凛子(りんこ)博士」

 

 青年が口を開くと、部屋がテノールボイスに包まれた。平坦だが、透き通った綺麗な声だ。

 

 次に下を向いていた顔が上がる。そうして、彼の顔がゆっくりとあらわになる。

 まず目を引く部位は、髪。ゆるやかなウェーブを描いたくせ毛——ふんわりとボリュームのある髪型が、穏やかそうで優しげな雰囲気をかもし出す。

 とりわけ注意を引くのは()()の方。

 

 亜麻色

 

 名曲のモチーフにもなったヘアカラーは、青年の印象をまたたく間に形作る。日本人に珍しいそれは、ひと目で外国の血が入っていることを感じさせてしまう。

 青年は爽やか系に分類されるようなイケメンだった。

 

 しかも、あざやかブルーの五分袖スウェットシャツ、ネイビーブルーのアンクルパンツ、同じくネイビーブルーのスニーカーというファッション。

 コーディネートを青系統の夏服で統一しているため、よけいに爽やかに見える。

 

 とはいえ、青年の()()に関しては、やわらかなイケメン男子とは程遠い。

 青年——大杉(おおすぎ) 悠地(ゆうち)の表情は変化に乏しい。ニヒル・無表情に近く、どこか淡白(たんぱく)な印象を与える。

 まるで、凛子(りんこ)博士のメカニカル式キーボードやパソコンが乗っている事務机——例えば学校の職員室に置いてあるスチール机の冷たさみたいに無機質だ。

 とはいえ、ひるむわけにはいかず。悠地(ゆうち)と向かい合っている大人の女性、神代(こうじろ) 凛子(りんこ)博士は話を戻す。

 

「じゃあ、さっきの続きを聞かせてちょうだい」

「アリスが、会見を開いた時の話ですか?」

 

 ただでさえ抑揚のない青年の声が、トーンごと低くなった。

 

「ええ」

「分かりました……」

 

 その前に悠地(ゆうち)はペットボトルをとって、スポーツドリンクを飲む。一呼吸おいて、それから。

 

「……動悸(どうき)が始まったんです。嫌な汗もたくさん出て。

 彼女が話し始めたとたん『ああ、彼女はあの誇り高い騎士なんだな』って実感したら」

「……そう」

「それで、結局最後まで聞けなくて。気づいたらソファで寝込んでて……」

「これが、その結果というわけね」

「はい……」

 

 凛子(りんこ)博士は事務机に目線を移す。机のはじっこに置かれたスマホが状況を物語っているから。

 液晶画面がバキバキに割れたスマホが——

 二〇二六年八月一日。アリスが会見を開いた日。この日ばかりは湧き上がる()()()()に任せて、どこかへ投げつけたのだろう。

 

「すみません」

「謝らなくていいわ」

 

 一通りパソコンに悠地(ゆうち)の証言を書き込んで、凛子(りんこ)博士は小さくため息をつく。心のタスクマネージャーでは、脱力感アプリが重くなっていた。

 

 アリス・シンセシス・サーティ。凛子(りんこ)博士が面倒を見ている少女の名である。

 彼女はただの人間ではない。

 

 人間の脳神経内には《光粒子(フラクトライト)》が存在する。

 研究の末、《光粒子(フラクトライト)》は電子の世界に複製された。それら《人工フラクトライト》を持つ《キャラクター》は、現実世界(リアルワールド)の人間となんら変わらない。

 彼らを軍事力の(かて)とすべく、《プロジェクト・アリシゼーション》は官僚主導で進められた。

 

 アリスは、《人工フラクトライト》を集めた仮想世界《アンダーワールド》から来た人間だ。

 彼女そっくりのロボットに《人工フラクトライト》を組み込んで、今はリアルワールドで生活中。

 世界中にアンダーワールド人を見せつけるため、講演会、シンポジウム、パーティに出席する毎日を過ごしている。八月一日に行われた会見もプロモーションの一環だった。

 

「それは、()()()()()()()()()()()()を思い出した時に起こるものなのかしら?」

「いえ。『SAO全記録』を読んだ時は、こんなことありませんでしたから」

「……そうだったわよね」

「あいつが《黒の剣士》って知ったときは、なんか納得しちゃいましたし」

 

 青づくめの青年の表情は変わらなかったが、この一言だけはどこか声が(はず)んでいた。

 凛子(りんこ)博士も思わず苦笑い。脳裏には黒づくめの青年が思い浮かぶ。悠地(ゆうち)が『SAO全記録』という"黒歴史"を読んだと聞いたら、()()どんな反応を見せてくれるだろうか。

 とたんに、悠地(ゆうち)にもイジワルな質問を送りたくなった。

 

「それとも、()()()()()()だったから?」

「どうでしょうか……」

 

 悠地(ゆうち)は口をつぐんだ。

 アリスと名乗る人物に対して彼は複雑な感情を抱いているから。理由もある。

 

()は、()()()()()()()()()()。よくわからないです」

 

 大杉(おおすぎ) 悠地(ゆうち)は《プロジェクト・アリシゼーション》の当事者なのだから。

 アリス・シンセシス・サーティ——もといアリス・ツーベルクという人物の幼馴染・ユージオその人だから。ユージオの正体は、リアルワールド人だった

 でも、悠地(ゆうち)はユージオのことをそっけなく、まるで他人事のように語った。

 

「ごめんなさい。無理もないわよね」

 

 今度は凛子(りんこ)博士の声が沈んだ。ユージオについて触れたことを後悔する。

 彼はユージオじゃない。温厚な性格はあくまでユージオの特性であって、イコール悠地(ゆうち)ではない。

 

「あなたが人工フラクトライトになってくれたこと、感謝しているわ」

「まさか、父のコネじゃないですか。《アンダーワールド》にダイブした時、意識なんてなかったんですから」

 

 今日の面談ではじめて悠地(ゆうち)が笑った。自嘲的かつ乾いた笑い方だ。皮肉を語るときだけ、青年はいつも口を曲げる。

 

「それでも、あなたがいなかったら《コード871》だって分からなかった。

 だから、本当にありがとう」

「すみません……。よく分からないです」

 

 無理もない。

 青年の脳内には、自分として生きた十八年、そしてユージオとして生きた十九年間の記憶の二つがある。まったく違う人生を経験した人間なんて、悠地(ゆうち)とあと一人の青年くらいしか存在しない。

 ワケあって《アンダーワールド》の記憶を除去できなかった副作用として、いろんな葛藤を抱えているはず。

 だからこそ、凛子(りんこ)博士は定期的に面談を行っているのだ。

 ここで一つ、博士は提案してみる。

 

「今、ちょうど裏の部屋でアリスが充電中なの。会ってみない?」

「えっ?」

 

 ブルーな青年がついに皮肉以外のリアクションを見せてくれた。こんな表情は凛子(りんこ)博士の前でははじめてだ。

 口はアーモンドみたいに広がり、ツララのように鋭かった目は大きく見開かれている。

 もっとも数秒後には、苦いコーヒーを飲んだ時のような表情に戻ったが。

 

「たしかに、俺がユージオのままだったら……嬉しかった、かも……しれない、です……。でも、やっぱり俺はユージオじゃないから。

 それに、()()アリスとはそんなに関わらなかったし……だから、やめておきます」

 

 青年はところどころ言葉に詰まりながら、苦しそうに語る。

 

「そう、わかったわ」

 

 凛子(りんこ)博士は口をつぐみ、あからさまに"残念だ"と主張した。

 でも、皮肉以外の感情を見せてくれただけでもいい傾向だと思う。

 機械的な青年がいつもと異なる一面を見せてくれた。それだけでも、凛子(りんこ)博士にとっては満足のいく《研究成果》だ。

 ディスプレイに目を止めれば、タスクバーのデジタル時計がキリのいい時刻を指していた。

 

「それでは、今月の面談はおしまいにします。アリスの会見の件は、カウンセラーに聞いてみて」

「はい、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

[2026/08/24 21:30 | ラース六本木支部]

 

 今日の悠地(ゆうち)はいつもと違った。

 

「どうなっているんですか」

 

 氷みたいに透き通った声は変わらない。

 それでも、今日の悠地(ゆうち)には、氷の中に石が埋め込まれたような芯がある。

 

悠地(ゆうち)君、申し訳ないわ……」

 

 一方、凛子(りんこ)博士の顔には影が落ちていた。

 臨時面談のキッカケは今日の午前。十一時ごろ、博士から悠地(ゆうち)宛にメッセージが送信された。

 

 

   ALOに青薔薇の剣があるの  11:01

 

 

 《青薔薇の剣》。

 

 悠地(ゆうち)がユージオだったころ、何年も連れ添い、激戦を共に闘った愛剣。それこそ、相棒に等しい片手剣。

 それがALO——《アルヴヘイム・オンライン》というVRMMORPGに現れたという。悠地(ゆうち)はいても立ってもいられず、すぐに凛子(りんこ)博士の元を尋ねた。

 

「ALOの開発は別の部署が管轄しているので、私も知らなかったのよ。

 知らされたのは昨日だったわ」

 

 仮想世界《アンダーワールド》を開発したベンチャー企業《ラース》は、加熱するVR業界競争のはざまで、ALOのデベロッパーを買収していた。

 つまり、《アルヴヘイム・オンライン》と《アンダーワールド》の開発元は一緒なのだ。

 

「そうですか。でも、どうして……?

 《アンダーワールド》の事象は口外厳禁だったじゃ」

 

 ふだんはクールな青年が今日は感情的だ。落ちて転がる氷のように、今にでも割れそうな勢いが言わずとも「納得できない」と訴えている。

 

「最終負荷実験の時にALOのユーザーがたくさんコンバートした。アリスの件も含めて《アンダーワールド》はゲーマにも、世間にも知られてしまった……。

 いまさら機密なんてあってないようなものよ」

「そんな……」

 

 青年は、ガックリと肩を落とした。

 

「私も抗議したの。でもテストも終わって今すぐ実装できそうな段階だった」

 

 悠地(ゆうち)は押し黙る。眼は亜麻色の前髪に隠れ、ため息の直後みたいな呆然(ぼうぜん)とした顔になった。

 

「ごめんなさい。ラースの人間として、私も悠地(ゆうち)君に謝ることしかできない」

「すみません。俺も感情的になってしまいました」

 

 それっきり会話は途切れた。

 静寂の中、先に口を開いたのは凛子(りんこ)博士の方。

 

「ねぇ、悠地(ゆうち)君」

「なんですか」

「あなたがALOにダイブするというのは、どう?」

「え……?」

 

 悠地(ゆうち)はパッと顔を上げ、キョトンとした表情を凛子(りんこ)博士に見せた。

 

「思ってもみなかった、みたいな顔ね」

「はい。そんなこと、ふつうに考えてなかったです」

「やけに素直じゃない」

「い、いえっ!」

 

 博士は思わず口元を上げてしまう。

 悠地(ゆうち)は素直とはいえ、自分の考えや感情は見せてくれない。ありふれた表現を使うと"他人と自分の間に壁を作る"——そういう性格だった。

 ところが、今日は思い入れのある《青薔薇の剣》の件で、悠地(ゆうち)の感情は外へ押し出されている。

 上手くいけば、この機会はチャンスだ。

 

「さっき『今すぐ実装できそうな段階』と言ったけれど、半分嘘よ」

「そうなんですか?」

「ええ、実装は明日」

「それは……急ですね」

 

 女性博士が狙っていた通りの展開になった。上手くいった。いつもは彼女の提案をすぐ断るのに、今日は聞き続けてくれる。

 だから、チャンスなのだ。

 

「ALOのサーバーにたった一つだけ存在する《伝説級武器(レジェンダリーウェポン)》として投入されるの」

「レジェンダリー。伝説……ですか?」

 

 再び青ずくめの青年は黙った。今度は腕を組み、静かに考えこんで。

 

悠地(ゆうち)君がALOにダイブして、誰よりも早く《青薔薇の剣》を手に入れるの。どうかしら?」

 

 ついに凛子(りんこ)博士は本題を語った。

 

「もういちど、かそうせかいに……」

 

 自分に言い聞かせるようにつぶやく青年。まだ迷っている。

 博士は我慢できない。最後の後押しだ。

 

「それは、あなたにしかできないことじゃないかしら?

 理由は、あなたが《青薔薇の剣》を操る剣士だから。そうでしょう?」

 

 瞬間。亜麻色の髪の青年の瞳が、湖の小波のように揺れる。エメラルドが煌めいた。

 

「あ、あぁ……」

 

 心の奥深くから叫び声が沸き上がる。炭酸水を飲んだ時のような、痛みや辛みを伴う、鋭くて尖った想い。

 

 ——そうなの? 認めたくないけど、さ……。

   わかったよ、ユージオ。行けばいいんだね?

 

 今度は迷ってなんかない。

 

凛子(りんこ)博士、分かりました。ALOにダイブしてみます」

 

 こうして会談は終了。

 二十二時すぎ、悠地(ゆうち)は小さなビル——《ラース六本木支部》を出る。

 

「疲れたし、今すぐ帰りたいところだけど……。

 あぁ、《アミュスフィア》を買わないと。今からでも買える場所は……アキバでいいか」

 

 夜遅くにも関わらず環状三号の車通りは絶えない。それどころか、まわりのビルにも明かりがついている。大勢の人間が起きている証拠だ。

 ユージオが見たら驚く光景だろうが、悠地(ゆうち)にとっては見慣れた風景でしかない。

 六本木は悠地(ゆうち)の地元だから。

 辺境の地《ルーリッドの村》がユージオの故郷だった。

 しかし、現実世界(リアルワールド)での故郷は国の中心・東京。

 ユージオとは真逆で、大杉(おおすぎ) 悠地(ゆうち)はシティボーイなのだ。




まずはお読みくださりありがとうございます。
お気に入りになったよ! という時は、ぜひ[評価]や[感想]をお寄せいただけると嬉しいです。

次回、いよいよALOの世界へ。
お楽しみに——!

さて、本作はユージオの最期に納得できなかった作者が、彼に生きてほしいという想いに駆られて執筆しているものです。
企画自体はTVアニメ『ソードアート・オンライン アリシゼーション』1期放送当時からありました。ようやく発表できてホッとしています。
私なりのユージオ生存IFをのんびり紡いでいきますので、どうか気ままにお付き合いください。
あっ、ユージオの生い立ちが異なるため、[性格改変]要素が含まれます。ご了承くださいませ。
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