Sword Art Online: Well-Done Knight   作:TM-303

2 / 6
#02 妖精の世界

[2026/08/25 3:15 | 大杉家]

 

 大きな窓からは大都市・東京の壮観を望める。正面は芝公園方面で、十二時頃までは東京タワーがルビーのように輝いていた。

 日付をまたいだ現在の景色はビーク時と比べれば暗い。それでも街灯はついているし、ところどころから絶え間なく明かりを確認できる。

 眠らない街・東京。暗闇に浮かぶ夜景は、まるで空中都市のよう。圧倒的な迫力を魅せてくれる。

 

 俺——大杉(おおすぎ) 悠地(ゆうち)がスマホで注文したVRマシン《アミュスフィア》を店頭で受け取り、自宅のタワーマンションに戻った時刻が二十三時半。

 そこからALOの攻略サイトを見ていたら、もう翌日の朝になっていた。

 でも大丈夫。両親は海外生活で不在だから、別に夜ふかししても怒られない。

 

 ここからが本題。ALO、正式名称をアルヴヘイム・オンラインというVRMMORPGは、今日の午前三時半までメンテナンス中。

 今回のメンテナンスで、ALOの新規《伝説級武器(レジェンダリーウェポン)》として《青薔薇の剣》が追加される。これが狙い。

 それは、現実世界(リアルワールド)に等しい仮想世界《アンダーワールド》においても《伝説(おとぎ話)の剣》だった。

 俺がユージオだったころの愛剣でもある。

 だから、取り返しに行くんだ。

 

 オシャレな高級タワーマンションの一室も、今は薄暗い。オレンジ色のダウンライトだけが照らしている。ここで、自分は場所に見合わない? 服を着ていた。

 

「ラフな服の方がいいって書いてあったし、これでいいかなぁ」

 

 中学校のジャージだ。青学年だったから白地に暗い青が配置されたデザイン。しかも、気軽に動かしやすい心理的ハードルの低さ。とにかくお気に入り。

 

「さて、と」

 

 自室のベッド前で一回深呼吸。ちょっと緊張している。

 ベッドボードに置いてある物体は、まだ新品独特のにおいが香る機械。さっき開けたばかりで、ほこり一つ被っていない。

 どら焼きとかUFOみたいな円盤状の物体をくりぬいたようなデザイン。これこそVRマシン《アミュスフィア》——ついに人間を現実(リアル)から引き離した文明の利器だ。

 今すぐ初期設定を済ませて、できればALOのメンテナンス終了後すぐに初期登録したい。

 

「あっ。トイレ、忘れてた」

 

 生理的な問題は事前に解消しておくように、って《アミュスフィア》のチュートリアルに書いてあった。自分の体と脳神経が切り離されるんだから、ちょっと神経質になってもいいと思う。

 

 トイレを済ませて時計を確認してみると、三時二十分だった。まだ時間は残っている。

 今度こそ、やっと《アミュスフィア》の初期設定に臨める。

 

「うん、これでよし」

 

 気合を入れて、俺はわざと乱雑(らんざつ)に《アミュスフィア》を取った。

 ベットに体をゆだねる。眠気はない。テンションは上がっている。

 正直、怖い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ソウル・トランスレーターで《アンダーワールド》にダイブした時は、意識不明で意志なんてなかった。しかも、悠地(ゆうち)の記憶は封印された状態。あの時は正真正銘のアンダーワールド人・ユージオだったと思う。

 自分の意識が現実(リアル)から離れるなんて想像できない。ユージオではなく、悠地(ゆうち)としての自意識を持ったまま仮想世界にダイブする実感が持てないのかもしれない。

 

「でも——」

 

 言い訳を並べたって仕方ない。

 今はただ《青薔薇の剣》の奪取に集中するんだ!

 

 チュートリアルを見ながら、まずは指示通りに《アミュスフィア》の正面に立った。すると、《アミュスフィア》の赤外線センサーが光る。俺の全身をスキャンしたんだ。キャリブレーションという段階だってさ。

 

 次に《アミュスフィア》を目元から耳に合わせて装着。

 網膜スキャンが完了すれば、自分の生体情報が《アミュスフィア》に記憶される。これでハードウェアのセットアップは終わり。あとは電子の世界で設定するだけ。

 まだドキドキしてるけど、思いきって仮想世界に飛び込もう。

 ついでにお決まりのセリフも叫んでみる。地味に声を出して読みたい言葉上位。

 

「リンク・スタート!」

 

 最後に見た光景は自分の前髪だった。亜麻色の髪は、俺にとって——

 現実(リアル)に別れを告げる時間はない。思考を邪魔するかように、視界は突然のタイミングで闇に陥る。これこそ、視神経からのインプットがキャンセルされた証拠。

 デジタルによる意識のコントロールがスタートした。

 

 眼界に虹色の光がはじける。ぼんやりとしていた光の残像が、だんだんクリアに視認できるようになると、視覚接続OKのメッセージが小さく表示される。脳の視覚野との接続が確立された。

 

 次はどこか遠くから、いびつなシンセサイザーの効果音が近づいてくる。ピッチが調整されるような過程の後、音はだんだんと近づいてマッキントッシュの起動音みたいに壮大な音に変わった。最後に現れるは、聴覚接続OKのメッセージ。

 

 そのあとは体表面感覚。

 次の重力感覚テストではベッドの感覚や体の重さが消えていった。

 こんな感じで、いろんな感覚の接続テストが次々と遂行されていく。

 最後のOKメッセージがフラッシュすると視界がリセットされる。

 

 新しく現れたウィンドウは初期設定。

 最初の項目は規定言語の選択だった。日本語を探し出して選択する。

 ラストはゲーム内課金の支払い方法。なんだか現実(リアル)に引き戻された気がしてゲンナリしつつ、デビットカードの情報を入力した。これで初期設定もフィニッシュ。

 

 また暗闇に投げ出される。

 でも、今度は感覚が一緒だった。ふんわり落下していく感じ。今まで経験したことのない非現実的な気持ち悪さに襲われながら、下方向の虹色の光に吸い込まれる。

 虹色リングを潜るとやっと地に足がついた。本当の足ではない。アバターの体で。

 

 ついに俺は、仮想の世界に降り立ったんだ!

 

『アルヴヘイム・オンラインへようこそ』

 

 といっても、ここはまだアルヴヘイム・オンラインの登録ステージ。

 

「やっと来た……」

 

 無事にたどり着けた。メンテナンスが長引いたらどうしよう……。なんて心配していたけれど。

 ただいまの時刻は午前三時三十二分。

 ここまでは良し。

 

『ゲームの購入方法を選んでください。すでにコードを持っている方は、入力してください』

 

 女性の柔らかい合成音声に導かれるまま、初期登録シーケンスが開始される。

 胸の高さに青白く光るホロキーボードが出現した。

 ハードと合わせてALOのオンラインコード版も購入しておいたから、リンク済のスマホを呼び出し、確認メールを見ながらライセンスコードを入力する。

 次は新規IDとパスワードの設定。まだ順調。

 

『性別とキャラクターの名前を設定してください』

 

 ここで止まってしまった。

 もともと《Eugeo》はコンシューマーゲームやスマホゲームで使用していたプレイヤーネームだった。慣れている名前だし、別に使ってもいいんだけど……。

 でも、『SAO全記録』を読んで、"ユージオの親友"がALOをメインにプレイしていることを知った。もしアイツに見つかったら……?

 正直、大杉(おおすぎ) 悠地(ゆうち)としてアイツに会いたくない。だって……。

 

 ——()()は違うから。

 

 幻滅させたくない。

 ……いや、そんなのは言い訳だ。自分が幻滅したくないんだ。

 《青薔薇の剣》を扱うのなら、剣士ユージオでなきゃいけない。そんな気がするから。

 結局、迷いを押し切って《Eugeo》と入力した。

 性別は迷わず男を選ぶ。

 

『それでは、種族を決めましょう』

 

 アルヴヘイム・オンラインの世界に存在する全九種族の妖精が、ターンテーブルに乗るような姿で登場した。

 すでに種族は決めてある。水魔法が得意な《ウンディーネ》を選んだ。青薔薇の剣の使い手として、氷をマスターしたいから。あと、水をイメージさせる淡いパステルブルーが素敵だから。

 

『《ウンディーネ》ですね?

 キャラクターの容姿はランダムで生成されます。よろしいですか?』

 

 立ち上がったポップアップボックスには、ウンディーネの簡単な説明が載っている。

 加えて、アバター生成の注意事項。自動音声が語った以上に細かい文面だった。

 一通り読んでから、OKボタンをクリック。

 

『それでは、ウンディーネ領のホームタウンに転送します。

 幸運を祈ります』

 

 自動音声に見送られ、俺の視界はホワイトアウトに覆われた。あまりのまぶしさに目をつぶる。

 白一色に包まれたわずかな時間で、自分の服装の変化を感じた。感触も重さも変容していくから。初期装備なんだと思うけど、これだけでも《異世界》を体感できる。

 

 画面越しのキャラクターを三人称視点で眺めるだけじゃない。自分の体と変わらないアバターを使って、文字通り肌でゲームを楽しめる。これほど"リアルな体験"はあるのかな。いや、ないと思う。

 

 まぶしさが消えた。転移が終わった……?

 ゆっくりと目をあける。

 

「え?」

 

 床の感覚が消えて、直後に感じたのは()()()。やがて、視界はじょじょにクッキリしていく。

 眼前に広がる光景は、青空。十六時間周期のALOでは、今は日中らしい。

 問題は俺が上空にいること。空のただ中に。

 

 ——種族のホームタウンに転移するはずじゃ!?

 

 状況に気づいた時は、すでに落下感覚がスタートしたあと。

 衝撃的な出来事に思考が追い付かず、平衡感覚がつかめない。俺の体は自然と真っ逆さまに、逆立ちの状態になってしまう。頭が下になったからか、果てしなく怖い。

 今、俺の体は重力に引き付けられている。猛烈な落下スピードで、地面に向かって落ち続けていく……。

 

 

 

 

 

[2026/08/25 3:42 | ユージオ]

 

 だんだん意識が遠くなっていた。頭から下へ落ちているから、緊張しっぱなし。

 今まで体験したことがないシチュエーションだらけ。VRに慣れていないからか、どうしたらいいのか分からない。

 だって、転移したら空の上ってどういうこと?

 落下ダメージとか大丈夫!?

 幸い? 高度が高いから、まだ地上に衝突してはいない。

 でも、早くなんとか……地上に突き刺さる前にどうにかしなきゃ……!

 

「あっ!」

 

 急にどっかから飛んできた風が、俺の体を横軸上に百八十度回転させた。

 さっきまで背中の後ろだった方向が今度は正面になる。

 

「え……?」

 

 視界いっぱいに、壁が広がってる! こんなに高くて大きな壁が、仮想世界では存在を許されるというのか。

 いや、壁じゃない!?

 よく見れば、かすかにゆるやかな曲線を描いていることに気づいた。目の前のオブジェクトは、おそらく俺の視界におさまらないほど巨大な円柱で——

 

「これが《世界樹》!? すごい!!」

 

 強烈な風きり音のせいで、自分の声は聞こえない。それでも、叫びたかった。

 俺はアルヴヘイム・オンラインの中心——《世界樹》の近くを落ちているんだ!

 種族のホームタウンからは遠いであろうここにスポーンできたことは、むしろ幸運かもしれない。特に央都《アルン》に行けば、アイテムや情報も手に入るだろうし。

 でも、その前に着陸しなきゃ。

 方法はたったひとつ。

 

「飛ばないと!!」

 

 空高く、遠くまで飛行できるという《体験》がALO最大の売り。

 本当はALOの操作に慣れてから練習する予定だったけど、今やるしかない。

 そうと決まれば、まずは初心者用の補助コントローラーを実体化させよう。

 

 ——あれ?

 

 あっ……。

 

 ——コントローラーの出し方がわかんない!?

 

 自分では気づかないくらい、俺は相当、かなり、とても焦ってるみたい。

 完全にテンパっている。ヤバい!

 

 ——どうする……。どうすればいい?

 

 必死に思考を落ち着かせる。こんな状況で考えつく策は……あった。

 でも、できるのか……? 不安になってしまう。

 思い浮かんだアイデアは《随意(ずいい)飛行》という高等技術。補助コントローラーを使わず、自分のアバターそのもので飛行するスキル。

 攻略サイトには「随意(ずいい)飛行は一流戦士の証」とあった。あれ? ……逆に言えば、一流戦士じゃないとマスターできないんじゃ?

 

 ——ニュービーの俺ができるのかな……?

 

 でも! はじめてALOにログインした今、プレイ開始そうそう地上に衝突して落下ダメージで死ぬなんてごめんだ!

 もし落ちたら最悪の思い出になるじゃないか。どうせなら気持ちよくALO生活をスタートしたいよ。

 

「やるしか、ない!!」

 

 ふと頭に思い浮かぶシーンがあった。たしか二十年くらい前のアニメだったはず。

 そのアニメも空を飛べる世界で、第一話は主人公が崖から落ちる展開だったと思う。まっすぐな主人公が気に入って、中学生時代にハマっていた。

 

 ——まさか自分が、ホントにそんなシチュを体験するなんて。

 

 人生、何が起きるか分からない。

 そうだ。彼になりきって空を飛んでみよう。俺に一目惚れした女の子なんていないと思うけれど、たとえば青薔薇の剣のために熱くなってみよう。

 

「アーイ!」

 

 空を滑空するような《イメージ》を浮かべて、両手を広げる。

 

「キャーン!」

 

 できる。俺はできる!

 念じながら、背中の肩甲骨(けんこうこつ)に意識を集中。そのあたりの筋肉から、チョウチョのような(はね)が突き出るイメージ!

 

 ——あれ……? ヒロインにこんなシーンが。

 

 あっ。なんだか人間が飛行する姿を完全に()()()()できた。

 アニメのシーンみたいに飛べばいいんだ。

 やっと確信できた。いける——、と。今なら飛べる……って!

 

「フラアァァァアァアアァァアァァァイッ!!」

 

 アイ・ワズ・フライング。

 いま俺は、遠く続く青空のただ中を《世界樹》の幹に沿って、鳥のように飛んでいる。

 今は爽快でしかたなくて、気持ちよくて。

 これでもかとツッコミたいくらい、容赦なく顔に当たり続ける向かい風。ちょっと寒いと感じるまでに時間はかからなかったけど、嬉し涙はあっという間に空へ流れて消えた。

 

 

 

 

 

[2026/08/25 5:02 | ユージオ]

 

 着地に失敗しながらも、なんとか生きたまま地面にたどり着いた。

 俺の落下死は阻止できたんだ……!

 まあ……着地と言っても、頭から大地に衝突して、そのままうつぶせに倒れただけなんだけど。

 

「……よかった」

 

 緊張状態が終わった安心感から、俺はしばらくここに寝転がり続けた。

 あお向けになってみれば、正面に青空が見える。

 虫の音と鼻をつく草の香り。植物を撫でゆく風。STLほどのリアリティはないけど、それでも十分に高度なグラフィック、五感を包み込むあざやかな情報量は、まさしく仮想世界の感覚。

 

「戻ってきちゃったなぁ」

 

 アンダーワールドではないけれど、まさか仮想世界に舞い戻るなんて。

 芝生に片手を置いて、上半身を起こす。ここは原っぱ。

 さっきは幹の一部しか見れなかった巨木の全貌(ぜんぼう)も確認できる。ただでさえ巨大な《世界樹》の全体像を望めるってことは、ずいぶん遠くまで飛んできちゃったみたいだ。

 頭上では、チョウチョのような妖精たちが、自由自在に飛び回っていた。

 

「きれいだ……」

 

 PKを申し込まれるんじゃ? ってヒヤヒヤしたけれど、俺の容姿から初期装備だとわかると素通りしてくれる。PK推奨のゲームだから、もっと殺伐(さつばつ)としていると思ってたんだけど、優しいユーザーが多いエリアでよかった。

 ともかく、たくさんの妖精が《世界樹》へ向かう光景。俺はこの神秘的な出来事の鑑賞に精一杯で、しばらくミトレテいたんだ。




まずはお読みくださりありがとうございます。
お気に入りになったよ! という時は、ぜひ[評価]や[感想]をお寄せいただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。