Sword Art Online: Well-Done Knight   作:TM-303

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#03 8:30

[2026/08/25 8:30 | 桐ヶ谷(きりがや)家]

 

「お兄ちゃん、これ見て」

 

 いつかと同じような声とともに、妹がタブレットを差し向けてきた。

 

「なんだよ……?」

 

 対する兄はぶっきらぼうに答える。

 深夜に及んだ休学分の復習と夏休みの宿題のせいで睡眠時間は削られ、ひどく眠気を引きずっている。しかも、昨夜はよく眠れず、中途半端なダルさが残ってしまった。それを濃いブラックコーヒーで無理矢理覚まそうとしていたところだ。

 夏休みが始まって早数週間。あるいは兄の退院から数えて一週間。すっかり崩れた生活リズムの最中(さなか)にあって、桐ヶ谷(きりがや) 和人(かずと)直葉(すぐは)の兄妹二人は朝食をとっていた。

 一方、直葉(すぐは)は元気があるらしく兄をせかす。

 

「MMOトゥモローだよ。いいから見てってば」

 

 前にもこんな出来事があった気がする。頭が回らなくとも強烈なデジャブを感じながら、和人(かずと)はしぶしぶタブレットを受け取った。

 ちょうど端末がスリープモードへ移行しようというタイミングで、暗くなりそうな液晶画面を急いでタップする。

 明度を取り戻したディスプレイに目を向けると、たしかに国内最大手のVRMMORPG系情報サイト《MMOトゥモロー》の一ページが表示されていた。記事ではなく、ALOの関連記事を集めたカテゴリーページの方だ。

 毎日欠かさず見ているサイトということもあり、特に新鮮味のある記事はない。

 それでも、ページトップのあたりにいけば、なにかしらの最新記事が追加されているはず。自然とスクロールを実行する。

 そこで和人(かずと)は衝撃に撃ち抜かれることになった。

 

「……は?」

 

 眠気なんてすぐに消えていく。和人(かずと)の体を強烈な寒気が襲う。

 見出しには、こう書かれていた。

 

【スクープ! 新たな伝説級武器"青薔薇の剣"、本日のアプデで実装か?】

 

 速報扱いでデカデカと取り上げられている。ご丁寧にも画像付きで特に目立つ。

 しかし、これは和人(かずと)にとって到底信じられるものではない。

 

「なぁ。スグ、これ……?」

「うん……」

 

 直葉(すぐは)は気まずそうに視線を落とし、黙りこんだ。

 

「……ぁあ」

 

 和人(かずと)は心ここにあらずという感じのまま、おそるおそるトピックへ手をのばす。詳細は気になるが、読むのは怖い。震える指先を必死におさえつけ、タップした。

 

 

ALO、新たな伝説級武器「青薔薇の剣」が実装?

2026/8/25 6:13

25日、人気VRMMORPG アルヴヘイム・オンライン に登場する伝説級武器(レジェンダリーウェポン)に、新たなアイテムが追加されることが分かった。

関係者によると"青薔薇の剣"という片手剣で、氷系スキルにおいて最強のレアアイテムになるという。2026年8月25日早朝のアップデートで実装される。

 

 

「なんだよこれ!」

 

 青年は衝動的に思わず叫ぶ。まるで切羽詰まったかのような雰囲気をまとわせて。

 それからしばらく、彼はフリーズした。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……?」

 

 妹の声により、ようやく兄の意識は《現実》——《リアル》に帰還する。

 

「あ、ああ……スグ、すまない。大声出しちゃったな」

 

 兄は取りつくろって苦笑いを浮かべた。家族からしてみれば、作りモノの笑顔なんてまるわかりだというのに。

 彼の童顔には影が落ちている。その表情を見るこっちまで辛くなって、直葉(すぐは)は思わず謝りたくなった。でも我慢して言葉を選ぶ。

 

「うんん。

 これって、もしかして前に話してくれた」

「そうだよ。《青薔薇の剣》は、ユージオの剣だ

 

 事実を告げる和人(かずと)の顔は、数秒前とはうって変わって笑顔になっていた。いたずらっ子のような無邪気な笑顔だ。それでも、目じりのキラメキを見れば、彼の複雑な心境が察せられる。

 

 《青薔薇の剣》。

 

 七月頃。桐ヶ谷(きりがや) 和人(かずと)は、仮想世界《アンダーワールド》に迷い込み、ユージオという親友と出会った。

 亜麻色の髪と心優しい性格が特徴で、幼馴染を取り返すのために戦った青年。《青薔薇の剣》とは、彼が最期まで愛用した剣のこと。

 

 記事に添付された画像には、青白く輝く長剣のCGモデルが写っている。

 とりわけ青薔薇の装飾が彫られた(つば)を見れば、どうしても和人(かずと)が見た()()()()()するのだ。

 

「なぜ……どうしてだよ……?」

 

 こぼれ落ちる言葉はどうしようもない疑問だけ。

 誰かを責めるワケでもなく、ただのひとり言になってしまう。

 

「《ラース》がALOの開発元を買収したからじゃない?」

 

 そんなひとり言に返答してくれたのはスグだった。和人(かずと)が悩む姿を横目に、少女はトーストを手に取っている。

 スグが言ったベンチャー企業《ラース》。正体は仮想世界《アンダーワールド》を作り出し、他国が介入するほどの陰謀にまみれた《プロジェクト・アリシゼーション》の元請だった企業。

 

「そうか!」

「えっ。どうしたの、お兄ちゃん!?」

 

 ちょうどイチゴジャムをつけていた途中らしく、スグの両手でトーストが飛び跳ねた。

 しかし、和人(かずと)はおかまいなしに思考の海へ潜る。辻褄があうのだ。《ラース》がALO開発を買収した真意はわからないが、少なくとも《青薔薇の剣》に関しては納得できる。

 自社開発かつ非公開をいいことに《アンダーワールド》からデータを発掘し、ALOにレアアイテムとして投入する……。ありえる話だろう。

 特に《青薔薇の剣》は《アンダーワールド》のおとぎ話に出てくる《神器》なのだから、《伝説級武器(レジェンダリーウェポン)》と言われても、なんら違和感がない。

 運営が積極的にゲームを盛り上げることは、ユーザーからしてみれば歓迎すべき話だ。

 

「でも、簡単に割り切れることでもないよな……」

 

 思わずつぶやいた。

 ユーザーではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まったくもって納得いかない。

 ユージオだけではない。仮想世界《アンダーワールド》で起きた数々の犠牲が無視されているようで、感情論とはいえ気にくわない。だからこそ「なぜだ?」と《ラース》に聞いてみたい衝動に駆られる。

 とはいえ、和人(かずと)はALOの一ユーザーでしかない。

 

 ——俺にできることはあるのか?

 

 いつしか脳内会議の議題は移り行き、体感数秒の間に思い浮んだアンサーをふるいにかける。散々迷って、和人(かずと)の中に残った結論は一つ。

 思考の海から浮上して、直葉(すぐは)と向き合う。

 

「お兄ちゃん……な、なに……?」

 

 和人(かずと)の表情は、直葉(すぐは)が引くぐらい強い険相のようだ。妹は目をパチパチさせている。

 急に恥ずかしくなって、兄は目をそらして言う。

 

「なぁ……《青薔薇の剣》、探しに行ってもいいか……?」

 

 兄が決死の覚悟でお願いすると、妹はジト目になった。

 和人(かずと)は嫌な予感に襲われながら、スグの返事を待つ。

 

「夏休みの宿題も、一学期の復習も残ってるのにー?」

「んぐっ……。おっしゃる通りでございます……」

 

 容赦なく通告された正論を前に、兄は轟沈(ごうちん)した。

 和人(かずと)が仮想世界《アンダーワールド》に閉じ込められたり、入院中のリハビリに励んだりしたうちに、一学期後半の学業がおろそかになってしまったのだ。それで夏休みの残りは、勉学の猛特訓で埋め合わせすることになっている。

 こうなれば、なんとかしてスグを懐柔(かいじゅう)するほかあるまい……。

 

「キャリバーの時と違って、別にレアアイテムを追い求めたいってワケじゃないんだ。

 ただ……あの剣は、ユージオが生きていた証だから、さ……」

 

 実際、かの《アンダーワールド大戦》の折には《青薔薇の剣》に残るユージオの残留意識が発現したのだ。

 ALOにおける《青薔薇の剣》が、あくまで今も《アンダーワールド》に置かれた剣とは別物であること。頭ではわかっている。

 でも——相棒の剣の()()()()であれば、たとえALOであっても、いても立ってもいられない。

 

「お、お兄ちゃん……もういいよ」

 

 とうとう直葉(すぐは)が口を開けたと思ったら、その声はとても寂しげだった。

 

「ごめんね。お兄ちゃんがユージオさんのこと、どれだけ大事な親友かわかってたのに……」

 

 親友の話だからか、和人(かずと)は真剣に語りすぎたらしい。

 妹に変な心配をかけてしまったのだろうか。兄は焦る。

 

「いや、いいんだ。スグ……」

「だからそんな泣きそうな顔、しないでよ」

「えっ。俺の顔が?」

「うん、思わず笑っちゃいそうになるくらい」

「おい……」

「で、どーするの。お兄ちゃん?」

 

 スグの問いは、和人(かずと)の望みが聞き入れられた証拠なわけで。

 

兄は嬉しさを包み隠さず、無邪気な笑顔で答えた。

 

「ヨツンヘイムの探索から始めようかと思う。氷と言えばそこだし」

「うん。メンバーは」

「スグ、お前今日ヒマ?」

「……まあ、今日……部活は休養日だから休みだけど」

「よしっ!」

 

 再び直葉(すぐは)の目線がジト目に転じたことは気にしない。

 

「ほかのメンバーだけど、ユージオを知ってるヤツだけにしたい。

 だから俺とスグ、アスナ、アリスってところだな」

「トンキーは?」

「ああ、もちろん一緒だ。トンキーがいないとヨツンヘイムの空は移動できないからなぁ」

 

 とたんに根っからのトンキー好き——スグの機嫌が好転する。

 最初こそトンキーを気持ち悪いと言っていた和人(かずと)も、エクスキャリバーをはじめとする冒険で親睦を深め、絆を育んできた。精鋭を集めたこのパーティなら《青薔薇の剣》も見つかるはずだ。

 ——必ず。

 

「そうと決まればログハウスに九時集合で」

「りょーかい。あとお兄ちゃん、朝ご飯はちゃんと食べてねー」

「あぁ、任せとけって!」

 

 腹が減っては戦はできぬ。和人(かずと)は精一杯の気合を入れ、コーヒーとトーストを急いで口につめるのであった。

 

 

 

 

 

[2026/08/25 9:00 | 新生アインクラッド 二十二層 - ログハウス]

 

 夏休みの平日ということもあり、アスナは簡単に誘えるしOKも頂ける。

 アリスも先日の"脱走事件"によって休みを取得しやすくなり、この誘いを快諾してくれた。

 発案者・和人(かずと)……もといプレイヤーネーム《キリト》、加えて彼の妹・直葉(すぐは)改め《リーファ》も、もちろん参加している。

 百の階層から構成される浮遊城(ふゆうじょう)《新生アインクラッド》の二十二層——アスナとキリトが所有するログハウスにて、四人は集まった。

 いつもはこのほかにリズ、シリカ、シノンという女子プレイヤーが来るが、今日はそろって予備校があるらしくお休みだ。さらに一人、クラインという男はそもそも会社に拘束されている時間だろう。

 集合時間の九時を過ぎた時、言い出しっぺのキリトが言う。

 

「まずは礼を言わせてほしい。俺の個人的な話に乗ってくれてほんとにありが……」

「何を言うのです、キリト。

 ユージオはアリス・ツーベルクの幼馴染なのですから、私にも関係があるはずでしょう」

 

 黒づくめのスプリガンの言葉を遮ったのは誇り高き女騎士だ。金髪がまばゆい。

 種族はケットシー。特徴たる猫耳が可愛らしさを強調しているが、彼女の場合、それ以上に大人っぽさが勝つ。表情は険しい。

 仮想世界《アンダーワールド》の人界を守護する《整合騎士》の一員だった彼女——アリス・シンセシス・サーティは、アリス・ツーベルクという少女の記憶を封じ、()()()()()()()()()()()()存在である。

 アリス・ツーベルクは《アンダーワールド》の辺境《ルーリッドの村》の生まれ。キリト、そしてユージオの幼馴染だった。——つまり、かつてユージオが追いかけた幼馴染はアリス・ツーベルクその人。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ってアリス・シンセシス・サーティはまぶたを閉じた。少女の瞳——サファイアのような深い蒼が隠れていく。ユージオを思い起こし瞑目しているのだ。

 

「ああ、そうだな……」

 

 キリトも同じように目を閉じる。ユージオが最期を迎えようとしていた時、アリスは気を失っていた。

 しかしキリトは立ち会ったのだ。たしかにユージオの遺言を聞いたのだ。黒づくめの青年の脳裏には、それが生々しく残っている……。唇をかんだ。

 空気が重い。

 

「そのユージオ君って人、うらやましいな」

「アスナ……?」

 

 キリトのカノジョ、青い髪のウンディーネが場を打ち砕く。

 アスナは慈悲深い笑みを浮かべて、キリトに言う。

 

「だってそこまでキリト君の心をつかんだんだもの」

 

 青年は一瞬だけ驚くと、クシャッと寂しげな笑顔を見せる。それはとても儚い。

 

「ああ、ユージオは俺の最初で最後の……大切な親友だよ」

「じゃあ、早く《青薔薇の剣》を取りに行こうよ」

 

 キリトをうながすアバターは、金髪三つ編みがポイントのシルフ——リーファである。

 対して黒のトレンチコートをまとった剣士はごほんと咳払い。

 

「それじゃあ、改めて。

 今日のミッションは新規《伝説級武器(レジェンダリーウェポン)》、《青薔薇の剣》の探索だ。

 みんな、頑張ろう!」

 

 おー! という唱和は、キャリバーの時とは違う。

 ユージオと《青薔薇の剣》を前に、四人の気持ちはそろっていた。

 

「あっ、アスナとアリスは、ケンカしないでくれよ」

 

 余計な一言がなければ。




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