Sword Art Online: Well-Done Knight   作:TM-303

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#04 湖の賢者

[2026/08/25 6:15 | 央都アルン]

 

 アルンに来る道中。湖に映っていた俺——《Eugeo》のアバターに、自分でもちょっと驚いた。

 リアルの自分と比べて、そこまで変わらない容姿をしているから。アバターはランダムで選出されるはずなのに。

 でも、当然違う部分もある。

 

 まず耳。アニメやゲームに出てくるエルフみたいに細長い耳は、俺がアルヴヘイムの妖精——ウンディーネ族の一人なのだと実感させてくれる。

 

 次にヘアカラー。一番うれしい変化かもしれない。

 それは亜麻色ではなく、ウンディーネらしい水色。ド派手な色だけど、この世界で不審がられたり、面白がられたりすることはないと思う。アルヴヘイムの中なら、みんな種族ごとの髪色に染められる——ウンディーネはみんな水色だから。ケットシーとかはアバターによって色が違うみたいだけど。

 

 最後は髪型で、これが地味にビックリしたポイント。前髪が上がっているんだ。ミディアム×アップバング……? 的なヘアスタイル。これだけで印象が変わるなんて、はじめて知った。ウンディーネの水色もあいまって、とても爽やか。

 

 アバターの話はここまでにして、もう一つ驚いた現象がある。キャラのステータスだ。

 試しにステータスウィンドウを呼び出してみよう。ALOのインターフェースは、当たり前だけどS字を描く《アンダーワールド》の《ステイシアの窓》とはぜんぜん違っていた。

 左手を上げて、人差し指と中指をそろえ合わせて下へ振ってみる。

 すると白地のホログラム——たくさんの円形アイコンが縦に並んで出てくる。

 

「やっぱり、直ってない」

 

 HPやMP、所持金はいたって普通の初期値という感じ。

 問題はその下の習得スキルの方。並んでいるのは《斧》や《片手剣》といった戦闘系スキル。熟練度がすごい。しかも、1000に達してマスター表示がついている項目もある。

 ALOはレベルよりスキルを重視するというコンセプトだけど、初心者・初期値にしてこの数値はおかしすぎる。

 

「バグか、な……?」

 

 真相なんて考えれば考えるほどわからないもの。

 さっきから困惑することばかりで疲れてきた。終わりにしよう。

 ため息をついて本題を思い出す。現実逃避に明け暮れている場合じゃなかった。

 

「そうだった」

 

 さあ、本筋に戻ろう。

 ただいま、俺は妖精の国の中心・世界樹の(ふもと)で栄える階層都市——アルヴヘイムの央都《アルン》にいる。それで、アルン市街のしがないベンチに腰かけてところ。

 アイテムストレージをタップして——あっ、ここにも《文字化けしたアイテム》が一つだけ格納されている。だけど、そのまま放置することにした。

 取り出したのは、とある冊子。情報屋プレイヤー有志が発行しているという、初心者(ニュービー)向けの情報誌だ。攻略サイトにも『ホームタウンに転移したらすぐに、できるだけ早く受け取るべき』って書いてあったアイテム。

 ゲットできたのは良かったし、すでに一読したあと。内容自体はとても詳しく、すごくためになった。だから価値ある本だとは思う。

 でも——。本日何度目か分からないため息をはき、目的のページを開く。

 

「どうしよう」

 

 氷を駆使する《青薔薇の剣》を探すなら、アルヴヘイムの地下——《ヨツンヘイム》だと目星はつけていた。

 冊子にはこう書いてある。

 

【氷の国——だったはずが、2025年の暮れに緑の楽園と化していた。邪神系モンスターがうごめいており、一撃で死ぬ高難易度エリア。

 央都アルン東西南北に位置する高レベル階段ダンジョンに移動し、高難度邪神系モンスターを倒せ。守護ボスあり】

 

「はぁ……遠い」

 

 本当は《ヨツンヘイム》の近道が載っているかな、と期待していたけれど、そう都合は良くなかった。

 必ず高レベル階層ダンジョンを通らないといけないみたいだ。

 さっきステータスウィンドウで見た通り、自分のスキルは高いことになってる。だから、がんばればダンジョンも制覇できると思う。

 でも、初期装備だからちょっと不安。ダンジョン攻略後に決行する《ヨツンヘイム》の探索を考えると、とにかく消耗したくないのも本音。

 あと、時間も圧倒的に足りない。ALOのトッププレイヤーが複数人で挑んでも、数時間はかかるんだ。

 

「おーい!」

 

 出口が見えず、また悩んでしまったから集中力が切れた。

 まわりの雑音が耳に入ってくる。今のかけ声は、男の人かな?

 思いきっていったん思考をやめて、あたりを見回してみた。

 

「あれ……?」

 

 違和感がすごい。あまり人がいない……? 平日の早朝だから……?

 もしかして。

 

「そこの兄ちゃん!」

「お、俺ですか!?」

 

 あっ、彼は自分を呼んでいたんだ。

 とっさの出来事にビックリして、ベンチから立ち上がった。

 

「その装備、あんたニュービーだろォ?」

「ま、まあ、そうですけど……」

 

 話しかけてきた男性プレイヤーを観察してみると、赤髪をはじめレッドが大部分をしめる風貌——サラマンダー族だろうか。

 印象に残るポイントは頭に巻いている赤いバンダナ。白い武田菱(たけだびし)がアクセントになっている。

 装備は和服の上に着こんだ鎧だ。日本的なデザインの武者鎧は、ヨーロッパ然としたゲームの世界で少し浮くはずが、なぜか似合っていた。

 とにかく、気さくな日本武士という感じの雰囲気。

 

「オレはクライン。《風林火山》っちゅうギルドのリーダーをやってる」

 

 自身を指さし、自信ありげに自己紹介するクラインさん。

 クラインさんのアバター上部に表示されたカーソルを見ると、ここにもギルドのアイコンとして武田菱(たけだびし)が表示されている。そして《風林火山》というギルドネーム。なんだか武田愛に満ちている人だ。

 とりあえず「よろしくお願いします……」と無難に応答した。まだプレイヤーネームは言わない。

 するとクラインさんは。

 

「おめぇ、まだ登録したばっかだろぉ? よくホームタウンからアルンまで来れたなァ」

 

 うっ……。なかなか鋭い人だ。

 ここで「ホームタウンに転送されなかったんです」と言っても、信じられないだろうな……。結局、無難に苦笑いを作る。

 

「まあいいぜ。おめぇ、おもしろそうだしよぉ」

 

 クラインさんは、なぜか追求しないでスルーしてくれた。

 俺も気になったことをぶつけてみる。

 

「なんでクラインさんは、こんな朝早くにプレイしてるんですか?」

 

 央都アルンのまばらな人通りを見るに、この時間帯にログインするユーザーは少ない気がする。

 

「ン? あー、オレみたいな人間は、昼間は仕事だろ?

 だから早起きして狩りをやってんだよ」

 

 そういうことか、と納得してうなずく。

 社会人という言葉とアバターから漂う雰囲気から推察すると、クラインさんの歳は二十代なかばあたりか。

 

「あとは人がいねぇから、狩り場も独占できるしよぉ。早起きは気持ちいいぜ」

 

 クラインさんは笑顔でつけ加えた。

 

「そ、そうなんですか」

「そりゃあそれとして……

 おめぇ、アルンまで来て今から何しに行くつもりだ?」

「あ、《ヨツンヘイム》に行きたくて」

「マ、マジかよォ!? その初期装備でかァ……。

 おめぇ、コンバート組かぁ?」

「あ、いえ。ALOが初期登録で、す……」

「そっかァ」

 

 嫌な汗が、ゆっくりもみあげを流れ落ちた。

 クラインさんは、目玉が飛び出るような勢いでリアクションをとってくれる。ただ、この驚き方からすると、なにか口をはさまれるのだろうか。例えば「やめとけ」——とか。

 

「いやなぁ、おめぇみたいに無茶するヤツを知ってるわァ。

 お前からもソイツと同じニオイがするんだわ。だからとは言わんが、止める気はねぇぜ」

「えっ……」

 

 今度はクラインさんが苦笑いを見せた。

 ちょっと話しただけだけど、クラインさんは明るくて面倒見のいい性格らしい。悪い人……ではないと思う。

 つっこまれると思ってたから、まさかの止められない展開に安心した。この人なら、質問しても真面目に答えてくれそう。ベテランっぽいし。

 

「あの、なので《ヨツンヘイム》に最短ルートで行きたいんですけど、クラインさんはどっか知りませんか?」

 

 俺の問いを聞いて、クラインさんは真顔——真剣な表情に変わる。笑顔が続く人だったから、ちょっと困惑。彼は俺の両肩にドシッと手をのせた。

 

「おめぇ、《ヨツンヘイム》に行って何する気だ?」

 

 ここは、俺もちゃんと答えないといけない場面なんだと思う。

 

「探し物が、見つかる気がして……」

 

 数秒の沈黙後、クラインさんは答えた。

 

「あい分かった!

 あぁ、でもよぉ。一応知ってるんけどさぁ、あんま期待すんなよぉ?」

「い、いえ! 教えていただけるだけでも十分ありがたいです」

 

 再び苦笑いをつくり、照れながら頭をかくクラインさん。

 俺はクラインさんに九十度のお辞儀を向けた。お礼はきんとしなきゃ。

 

「やめろって、オレそういうの苦手でよぉ。頭あげろって。

 んじゃ行くから、ついてこいよ……って、そーいえばおめぇの名前を聞いてなかったなァ」

「あ、ユージオです。よろしくお願いします」

「……似てるって言ったけど、アイツとは態度がぜんぜん違うわ。

 ま、今度こそついて来いよ」

 

 クラインさんの後ろを追っていくと、俺の知らない央都アルンの街並みを探検できた。

 表通りを通って、裏通りらしい狭き路地に入っていく。こういうところは、詳しくないと通れないんだろうな。しかもメニューを呼び出して、マップタブを読み込んでも表示されないほどの場所だ。

 やがて階段が見えてきたので、そこを上り下り。次いでなぜか民家の庭に入った。

 そこにあったのは、なんの変哲もない円形の木戸。

 

「なんですか、これ?」

「木戸だぜ?」

「いや、『木戸だぜ』ってドヤ顔で言われても……」

 

 この扉の裏にはギルドメンバーが待ち構えていて、俺はリンチされる——という最悪すぎる展開が思い浮かんだけど、クラインさんに限ってそんな結末は信じたくない。

 

「あァ——ここまできたはいいんだけどさ、この扉の持ち主は俺じゃねぇ。別にいンだよ」

「そうなんですか……」

 

 ここまで来て意外な事実が発覚——!

 ……急に不安になってきた。

 

「持ち主に連絡できればいいんだろうけどよ……。六時半だったら寝てるだろうしよぉ……ン——」

 

 クラインさんは空き家の庭で、あっちいったりこっちいったりしながら悩んでいる。

 それがなかなかシュールに思えてきた。自分にできることはなさそうなので、木戸の横でおとなしくしとここう。

 

 カチャン!

 

「あれ……?」

 

 今、なんか音が響いたような。

 聞き覚えがある音だ。たしか、金属の音——鍵が回る音。

 

「クラインさん!」

 

 自然と前のめりになって、叫んだ。

 

「たぶん鍵あきましたよ!」

「ンなこと言ったってよぉ」

 

 クラインさんがこっちを向いたとき、鉄の輪っかを握って左右に引く。

 すると、キイッという金属の鈍い音と一緒に、扉が左右に開いた!

 

「うおぉあい、マジかよォ!?」

 

 叫んだのち、口を開いたままフリーズするクラインさんを置きざりにして、扉の奥をのぞいてみる。

 そこには、下り方向のらせん階段が続いていた。幅は二メルほどのトンネルで、左右等間隔に続くランタンの青白い光が、薄暗く通路を照らしている。

 

「すごい……。本当に"秘密の地下通路"って感じだ……」

「おめぇもすげえなぁ、ユーの字よぉ。

 ここを通れば、《ヨツンヘイム》の真上に行けるぜ」

 

 感動のあまり階段を眺めるだけだった自分に、クラインさんが声をかける。

 振り返ると、クラインさんは腕を組んでカッコつけていた。

 

「クラインさんは、どうするんですか?」

「オレがついてったら、会社に間に合わねぇよォ。気にせず行っちまえ」

「……わかりました。じゃあ、俺行ってきます。

 本当に、ありがとうございました!」

「おぅ、おめぇも最後まで生きろよ!」

 

 俺は振り返らず、迷わず木戸の中へ入る。

 

「クラインさん、やっぱり良い人だった」

 

 最後まで笑顔な人だった。それにしても、彼の「生きろ」という言葉——なぜか説得力があったような。とにかく、また会ったら今度はちゃんとお礼しよう。

 階段に足を踏み入れると自動的に後ろの扉が閉じて、自動的にカシャンと施錠される。これで《アルヴヘイム(妖精の国)》とはお別れ。でも《ヨツンヘイム》に入ってからが本番。気を引き締めよう。

 どれくらい時間がかかるかわからないけど、また《青薔薇の剣》を手にするまではログアウトしないと決めたよ。——ユージオ、キリト。

 

 

 

 

 

[2026/08/25 6:30 | ヨツンヘイム - 上空]

 

 トンネルは約五分くらいで走破できた。

 今はトンネルの出口——アルヴヘイム地下断崖の上にたどり着いて、ヨツンヘイムの広大な大地を一望中。

 真横に目を向ければ、至近距離に巨大な世界樹の幹がある。ここはアルン直下だから、上にいるときと同じように迫力ある世界樹を見れる。

 

 下を見ると、世界樹は幹から根へと種類を変えて、まるで富士山のように四方八方に広がていった。ちょうどヨツンヘイムの中心に位置する巨大湖に、たくさんの太い根が絡まっているんだ。

 情報屋の解説書によると、この一キロ半におよぶ巨大湖も、以前は底なしの《中央大空洞(グレートボイド)》だったらしい。

 そして、世界樹の根や大地を彩る豊かな緑……! 草木が数えきれないくらい生えていて、おかげで仮想の空気もおいしく感じる。

 

「すごい……!」

 

 この空間が八ヶ月前まで氷に閉ざされた極寒のエリアだったなんて、すぐには信じられない。

 

「でも、どうやって降りるんだろう……」

 

 あいにく、俺はここに観光客として来たワケじゃない。秘宝《青薔薇の剣》を探す冒険者として挑むんだ!

 そのためには地上に降りないといけない。でも、問題があった。ヨツンヘイムでは、ALOの醍醐味ともいえる飛行が禁止されている。

 俺が立っている場所は、アルヴヘイムの地下かつヨツンヘイムの天井。(みさき)のように出っ張っている場所というだけであって、飛び降りたら問答無用——高所落下ダメージで死んでしまう。

 たしかにクラインさんが言った通り、俺は《ヨツンヘイムの真上》に出たんだ。

 

 "くおぉぉぉ——————ん"

 

 それにしても、妖精の少ないヨツンヘイムは邪神たちの楽園なんだと思う。たった今も風の音に交じって、彼らの遠吠えが聞こえた。

 鳴き声の主を探したくて景色に目を凝らしてみたら、白い影が上昇してくる姿が見えた。

 あれ……? 邪神は、こっちに向かって飛行している気が……。

 

「くぉーん!」

 

 やっぱり。

 不思議な邪神は、らせんを描きながら急上昇。やがて姿に観察できる距離まで近づいてきた。

 回転寿司に出てくるつぶ貝みたいな胴体から、クラゲのような触手が無数に垂れ下がっている。

 背中からは、魚のヒレみたいな翼が左右四枚ずつに広がっていた。この器官を使って飛ぶんだと思う。

 ユニークとしか表現できない頭部は六眼で、ゾウのような長い鼻がのびる。

 不思議な《邪神級モンスター》は、ちょうど俺のアバターの正面ギリギリでホバリングした。

 

「くぉおぉん……」

 

 うっ、なんか犬が甘える姿に見えてきた。

 問題はサイズが巨大っていう点なんだけどね……。

 それにしても、《邪神級モンスター》はビーストテイマー職でもテイムできないというのに、人間——いや、妖精に懐いているように見える。クラインさんが言っていた《鍵の持ち主》に懐いているのかな。

 飛行型邪神は長い鼻を動かして、俺の頭上に持ってきた。

 ギシッ、ギシッという音が鳴って、俺のアバターが邪神の影に覆われる。

 

「俺を乗せてくれるのかい?」

 

 自分の頭が、彼? 彼女? の鼻の先につかまれる。吸盤にくっついたみたいな感覚だ。

 そのままクイっと持ち上げられて、どこかに投げつけられた。思わず閉じていた目を開けてみると……。

 

「ここ……邪神の背中!?」

 

 白い毛がフカフカとしきつめられている。思ったより乗り心地がいい。——そう思っていたその時。

 

「えっ……? うわぁあ……!」

 

 俺を襲った感覚は、加速Gの働き。飛行型邪神は飛行を再開して、とたんに急降下を繰り返す!

 邪神の耳につかまったおかげで、なんとか落っこちないで済んでいるけど……向かい風が強すぎ! 俺の必死の悲鳴が、とてつもない風きり音に負けている。

 

 ——ほとんど垂直に近い角度だよ、これ!

 

 僕が《鍵の持ち主》じゃないことに怒っているのかなぁ……? なんて考えてしまう。

 

「はやく、終わっておくれ……!」

 

 アバターの叫びが飛行型邪神に伝わったのかはわからないけど、急にブレーキがかかった。ガクンと体が揺れる。

 邪神は水平飛行に戻ったんだ……!

 気持ち悪さが落ち着いた時、ゆっくり立ってみた。あたりを見回してみる。

 

「これが、ヨツンヘイム……」

 

 いま、はじめてヨツンヘイムの美しい大地を()()できた気がする。飛行型邪神は高度五十メートルあたりを進んでいる。

 はるか上の方で全景は見たけど、地上に近づいて詳細なディティールを鑑賞するのははじめてだ。

 例えるなら、地図アプリの航空写真とドローンが撮影した映像の違い——みたいな感じ。

 若木がいくつも生えていたり、草が絨毯(じゅうたん)みたいに広がっていたり、巨大湖から川が続いていたり。おだやかな気候や気温もあいまって、とても気持ちがいい。

 

 そのあと、邪神は巨大湖を一周してくれて、南側のあたりでゆるやかに降りていく。

 

「さっきもゆっくり降下してくれればよかったのに」

 

 着陸に成功した時、つい愚痴をこぼしてしまった。

 でも、アンダーワールドにいたころ——。整合騎士アリス・シンセシス・サーティに罪人として連行された時に比べれば特等席だったと思う。あの《飛竜》には、吊り下げられていたんだから。

 

「ありがとう」

 

 飛行型邪神の背中をポンポンと優しくたたくと、邪神は鼻をクネクネさせて答えてくれた。これ、喜んでるんだよね……?

 邪神から降りるのは簡単だった。すべるだけでいいから。俺という異物がいなくなると、邪神はさっさと飛び去った。見送ったら、俺はまた一人だ。

 

「これからどうすればいいんだろう……」

 

 あの邪神が巨大湖の湖畔(こはん)に連れてきたことには、なにか意味があるんだと思う。

 そうじゃなきゃ、湖沿いの地中海地方にありそうな白壁の家とか、正面に広がる世界樹の根の壮観をボーっと眺めているだけで時間が過ぎてしまう。でも、その時——。

 

 バッシャーン!

 

 突然、巨大湖の水が舞い上がった! 当然、俺のアバターは水に濡れてしまう。

 異常現象や服がビショビショに湿った気持ち悪さから、思わず顔をしかめて……水しぶきが上がった方向をにらんだ。水中に大型モンスターが潜んでいるのか、な……?

 

「なんだ、これ……」

 

 ——水面から出現したのは、巨人の生首。それが水面ギリギリのところに浮かんでいた。

 頭部だけのバケモノは、白人男性のような顔立ち。そして、いっさい毛が生えていない。テカテカな巨人。

 グロテスクな光景にいっそう気分が悪くなって、ちょっと吐きそうになる。

 生首はヨツンヘイム巨大湖の中で生きているらしい。顔色? は青白いけど、平気みたいだ。彼はそのまま口を開いて言う。

 

「私は《賢者ミーミ》。お主をこの地に呼んだ者だ」

 

 威厳のある低い美声を使って、巨人はゆっくりとしゃべりはじめた。

 

「俺を……呼んだ……?」

「そうだ。《アルヴヘイム》の戸を開けたのも私だ。

 欲しいのだろう……? 美しき氷の華を——

 

 美しき氷の華……? 《青薔薇の剣》のこと?

 

「はい。俺は《青薔薇の剣》という剣を探しに来ました」

「ほぅ……、そうか。お主、もしや()()の使い手だったのだな?」

「《アンダーワールド》を知っているんですか!?」

「あぁ、世界は星のように多いと聞く……。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

「落ちた、だって?」

 

 AIなのか? NPCのはずなのに、この《ミーミ》と名乗った生首巨人と自然に会話できている。賢者というだけあって知識も豊富なんだと思う。《賢者》……か。俺がお世話になった賢者は……。

 それにしても《ミーミ》は《青薔薇の剣》が落ちたと言った。彼の例えからすると、流れ星みたいに落下するイメージが頭に思い浮かぶ。

 

「どうして、そんなに詳しく知ってるんですか?」

「それは私が《賢者》だからだ。

 それよりお主、アレがある場所へ行きたいのだな?」

「はい」

ならば私と戦え。

 お主が勝利をつかんだ時、私は美しき氷の華にいずる道を開き、必ずや《必要なるアイテム》を与えよう

 

 俺に必要なアイテム……なにがドロップするんだろう……?

 この瞬間、俺が分かったのはクエストのフラグが立ったという事実だけだった。

 電子音と一緒にクエスト《青薔薇の探索》の開始を告げるウィンドウが表示される。OKボタンをタップすれば、賢者のカーソルは赤く変化し、一本のHPゲージが出現。もはや《ミーミ》は賢者ではない。ボスクラスの敵に違いなかった。

 

「……さあ、行くぞ」

 

 正直に言うと、《ミーミ》は首だけでどうやって戦闘するんだろう? って思う。

 やっと答えがわかった。賢者の周囲に満ちる水がスライムのように変貌(へんぼう)する。それが空中に浮かんだと思ったら、クネクネと形を造った。そうか、水を自由自在に操るスペシャリスト的な。

 賢者は《水の巨人》とも呼称できる存在なんだ。

 

「私の水魔法……とく見ておくがよいッ!」

 

 粘土みたいに水の(かたまり)が形状を崩すと、またたく間に弓矢へ変わる。早送りのタイムラプス動画を視聴しているかような感覚。

 

「行け——」

 

 貫禄ある《ミーミ》の命令に応えた水の弓矢は、超高速で空気を切り裂くように進みはじめた。

 俺の方角に向かって。

 

「くッ!」

 

 いくら水といえど、物理の法則に従ってコンクリートと同じくらいに固くなるってどこか聞いたことがある。つまり、あの弓矢が俺に当たれば、莫大な物理ダメージを受ける可能性があるんだ。

 でも、俺だって負けたくない! フィジカルに動体視力と俊敏力を割り当てて、軽く動くだけで回避する。そうすると、自分の後方で弓矢はただの水へ還った。

 

「フッ、よけたか。当然!

 しかし、次はない」

 

 首だけ巨人が言うように、今の弓矢はウォーミングアップみたいなノリだったんだ。

 でも、今度の攻撃は本気だ。巨人の背後から巨大な四角形——ただの長方形をかたどった水の塊が浮かび上がる。サイズは大型トレーラーのコンテナ一つ分くらいで、形は豆腐みたい。さっきの弓矢と比べたら、なんの工夫もないじゃないか! ブロックははるか上空に浮上すると、あとは重力に任せて落ちてくる。

 

 ドォオオオン!

 

 とにかく、今は回避行動に専念しよう。水のブロックは、走り去る俺の後ろに落ちた。鈍い効果音から推測するに、一撃でもくらえば圧迫死してしまうかもしれない。

 生首賢者はさらに同じブロックを生成して浮かせ、次々と俺の居場所に堕としてくる。

 回避しても、プラス1個。回避したら、またまたプラス1個と、ブロック攻撃が止む気配はない。

 

「しつこい……ッ!」

 

 気づいた時には、俺の周囲——湖のほとりは、すでに広大な水たまりと化している。

 さすがに回避ばかりで飽きた。いったん《ミーミ》が視認できない死角にまわりこみ、観察に切り替えてみる。……そういえば、さっきから巨人の攻撃は水ブロック。それだけ。

 

 ——攻撃パターンが()調()すぎる……?

 

 もしかしたら、水ブロック以外の攻撃法を有していても、遠距離戦に特化しているのかもしれない。生首本体には持続力がないから、近接戦を避けたいのか——。

 

「それだ!」

 

 近接戦闘に持ち込もう。

 俺は決心した。一気に飛び出し、俊敏性に戦闘の結末をかける……! ってその前に、湖エリア内にいる《ミーミ》に近づくための細工を施さなきゃ。

 ウンディーネ族の青年は覚えたての水魔法で、水中歩行の術式をかけることを思いついた。でないと湖に立ち入った瞬間に《中央大空洞(グレートボイド)》という最果ての大穴に沈んでしまう。

 ちなみに、ALOの魔法スペルは《神聖術》の術式よりも複雑だ。それもそうだ。いま思い返せば《神聖術》はプログラミング言語に似て、ほとんどが英単語の集合体だったんだから。

 

「よし」

 

 水魔法を仕掛け終わったら、これで細工は完了。あとは()()のあたりから初期装備の片手剣を引き抜いて、息をひそめるだけ。

 アンダーワールドの剣は腰の(さや)に納まっていたけど、ALOの世界では背中に備え付けられている。

 あの時——《アンダーワールドのユージオ》が、キリトと出会った瞬間。黒づくめの青年は肩に手を置いていた。あの構えの意味が、ここに来て分かったんだ。

 

 ——君の世界で……いま、《俺》は戦ってるよ。

 

 戦闘に集中しよう。

 心の中でタイミングを決めて、三、二、一とカウントダウンをする。

 

 ——ゼロ。攻撃、開始……!

 

「おおおぉぉぉおぉぉおおぉおッ!」

 

 気合を入れるように思いきり叫び、死角から飛び出す。猛ダッシュしながら、横方向へ軌道を変えて《ミーミ》の正面へ。ねらい通り、巨人は口を半開けしてフリーズしている。安堵(あんど)しつつ、ブーストをかけてスピードを上げた。

 ここだ! 俺は《アインクラッド流》の《秘奥義(ひつおうぎ)》——いや、《ソードスキル》を繰り出す。

 突進系ソードスキル《ソニックリープ》。

 通常ならば、十メートル前後の距離を一瞬で後押ししてくれるソードスキル。でも、俺は足や体、腕を動かすことで通常以上のスピードを稼いでいた。これなら、俺と生首巨人の距離も一瞬で詰められる。

 

「セイ……ッ!」

 

 剣に願いをこめて《ミーミ》の頭上中心に当てた。

 お願いだよ、斬ってくれ……!

 

「やあぁああぁぁあぁあああ!」

 

 そのまま上段から剣を振り下ろす。

 すると、初期装備の剣だというのに《ミーミ》を縦方向に切断できた!

 予想通り《ミーミ》本体は豆腐のようにボロボロだったんだ。

 

「ぐっ、ああああああああァ!」

 

 賢者は断末魔を上げた。

 

『よくやった……。約束通り、褒美をやろう。

 道を開くぞ』

 

 口が裂け、もう物理的にはしゃべれない巨人が、直接脳内に呼びかけてきた。

 ちょっとビックリしたけれど、数秒後にはHPゲージがゼロパーセントを示す。

 

 パリン!

 

 ポリゴンが砕けるエフェクトと一緒に、アバターに無数の経験値が降り注ぐ。この輝きのどこかに《必要なるドロップアイテム》も入っているはず。絶え間なく続いたチャリンという効果音が消えたころには、生首巨人のモデルは、ポリゴンが砕けるようなエフェクトといっしょに消滅していた。

 

「なんだか、あっけなかったな……」

 

 あとは《青薔薇の剣》に繋がる道を探すだけだ。

 

「どこだろう……?」

 

 まわりを見回しても、目の前の風景は戦闘前と変わらないように思えた。

 でも、次の瞬間——不気味な浮遊感が俺を襲う。

 不安定な水の上に立っていたけど、たしかに水中歩行の効果をかけていたはず。しかも、効果が消える時間にはまだ早いと思う。

 嫌な予感がして、ふと()()を見た。

 そこに空いていたのは、大穴。元は《中央大空洞(グレートボイド)》と呼ばれていた巨大湖の一角——俺のアバターの直下に、《巨大陥没坑》とでも表現できる丸穴が出現していて。昔どっかで見たことがある、海や川、湖のド真ん中に突如(とつじょ)として穴ができて、水が吸い込まれる光景——そんな景色が目の前にあった。

 状況を把握した半秒後、俺に重力の感覚が戻ってくる。

 

「なんで今日は、()()()ばかりなんだ——!!︎」

 

 本日二度目の落下感覚・落下体験が、ALOの初陣にして初戦の結末だった。




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