Sword Art Online: Well-Done Knight   作:TM-303

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#05 望郷

[2026/08/25 8:02]

 

 体が重い。意識は覚醒しているのに、身体の末端が言うことを聞いてくれない。そういう感覚におちいって、ユージオは身動きをとれなかった。

 仮想世界の太陽は、豊かなぬくもりを提供してくれる。

 現在主流のフルダイブ型VRマシンには"現実(リアル)の感覚を強調し、五感に伝える"という特性があるから、ALOの日向(ひなた)ぼっこは本当に心地よい。また、名前を知らない小鳥たちのさえずりにも癒されて、まだまだ寝ていたい気持ちにさせてくれる。

 さっさとクエストを消化したい衝動もあるけど、仕方がないのでボーっと時間を潰していた。

 一瞬。思考の底から記憶が沸き上がるような感覚に襲われる。ALOにダイブするまでの経緯が、ひとつひとつ……水玉が現れては消えるかのように浮かんできた。

 

 ——なんで、ALOに来たんだっけ。

 

 六月。事故にあって意識不明の容態におちいった。

 外交官の父親が官僚のコネをフル活用した結果、総務省の窓際部署にたどり着く。父の後輩が在籍していたらしい。かくして大杉(おおすぎ) 悠地(ゆうち)は、しがない官僚が進めていた計画——《プロジェクト・アリシゼーション》に巻き込まれた。

 

 七月。悠地(ゆうち)改めユージオはそれまでの記憶をブロック、意識を人工フラクトライトに《変換》——《複製》ではなく《移植》された上で《アンダーワールド》にダイブした。数値では知りえない《アンダーワールド》の《情勢》を把握するための存在として。

 最終的にユージオは、壮絶な最期を遂げた上で現実(リアル)に帰還する。《アンダーワールド》の()()()()()()()()に。

 

 八月。青年は、悠地(ゆうち)の記憶とユージオの記憶との間で葛藤する。

 一日。()()()()()()()()、かつてのアリス・ツーベルク——アリス・シンセシス・サーティの会見を視聴。誇り高き騎士は、()()()()()()()に対する愛を高らかに語っていた。青年は体調を崩し、スマホに八つ当たりしてしまう。

 十一日。ラース六本木支部で、神代(こうじろ) 凛子(りんこ)博士と月に一回の面談に臨んだ。彼女は《アンダーワールド》の責任者で、アリス・シンセシス・サーティの面倒を見ている人でもある。

 二十四日。博士から思わぬメッセージが届く。()()()()()()()たる《青薔薇の剣》が、アルヴヘイム・オンラインにて実装されるというのだ。悠地(ゆうち)はいてもたってもいられず、アミュスフィアを購入した。

 

 そして、今日——八月二十五日。

 ALOのアップデート終了時間に合わせて新規登録を済ませ、妖精の国を探検中。プレイヤーネームを《Eugeo(ユージオ)》と名乗るアバターは、波乱に満ちた数々の現象に巻き込まれている。

 まずはALOの世界に突入した瞬間、ウンディーネ族のホームタウンに転移できなかったという問題。世界樹の近くを自由落下していたので、高等スキル《随意(ずいい)飛行》をとっさに習得し、なんとか対処した。

 次に央都アルンでクラインという社会人プレイヤーと出会い、ヨツンヘイムへの抜け道を教えてもらう。施錠されていたはずの木戸が開き、その先の秘密通路を通ってヨツンヘイムに挑んだ。

 ヨツンヘイムで出会ったのは、妖精に懐いた飛行型邪神。絶叫マシンのような飛行によって、地上へ送り届けてもらった。

 直近では巨大湖の湖畔(こはん)で首なし巨人《賢者ミーミ》に遭遇。《Eugeo(ユージオ)》は近接戦闘をしかけ、楽々と勝利する。

 しかし直後。湖の一角、《Eugeo(ユージオ)》の直下に円形の《陥没穴》が出現——! 《Eugeo(ユージオ)》は、ALOで通算二度目の落下体験に襲われ、ついに気を失って今に至る。

 

「そう、だったっけ……」

 

 このタイミングで、固まっていた体がようやく働きだす。今度は仮想の筋肉にきちんと力が入る。ホッと息をつき、目を開けた。

 どうやら自分はあお向けに落ちたようだ。澄みきった青空が視界に広がっている。

 そのまま左腕を上げてALOのメニューを呼び出した。デジタル時計は午前八時をちょっと過ぎた時刻を指している。生首巨人と戦ったのが六時後半だったから……。

 

「一時間も……気を失ってたの」

 

 寒気を感じて、唖然とした。ポカポカといい天気のはずなのに。

 

 ——襲われなくてよかった。

 

 ALOはPK推奨のゲームだから、こんなフィールドのド真ん中でノンキに寝ていれば、プレイヤーの手であっという間にキルされていたことだろう。モンスターに攻撃される危険もある。

 ユージオはセーブポイントに立ち寄っていないから、蘇生できても当初の上空落下状態からリスタートするハメになったかもしれない。

 でも、あたりからアバターやモンスターの物音は聞こえなかった。おかげで生きていられるのだから、ラッキーとしか言いようがない。

 

「そういえば、《ミーミ》のドロップアイテムってなんだろう」

 

 メニューを眺めていたら思い出した。

 ALOの初戦で獲得したはじめての報酬なんだ。心は踊る。すこしワクワクしつつ、一次的(テンポラリ)ストレージのアイコンに手を伸ばす。ここにドロップアイテムは格納されているはず。

 

「——ッ!?」

 

 しかし、結果はユージオにとって期待ハズレ。

 震える口元を無理矢理押え込むように、唇をかんで。

 

「忘れよう」

 

 とっととメニューを消滅させる。でも、おかげかこの場から動く決心がついた。右手を地面に置けば、芝生からチクチクという感覚が伝わってくる。そのまま右腕に体重をかけ、ゆっくり立ち上がった。そして、まわりを見回してみる。

 

「ここ、どこ……」

 

 ここから見える青空は、現実世界(リアルワールド)とか《アンダーワールド》のように、宇宙まで透き通っている。手をのばせば太陽に届きそうな空だ。

 ヨツンヘイムでは、上を見上げればアルヴヘイムの地殻を天井として視認できた。

 生首賢者との戦闘後、《陥没穴》に落ちたのならば()()()()()()()()()()()()可能性が高い。それなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。でも、それ以前に高所落下ダメージで死んでしまうはずで——

 

「もしかして、転移……とか……?」

 

 ユージオが思いついた可能性は、これだった。

 

「あれ……?」

 

 ふと、ユージオの胸の内に疑問が現れる。

 

「ここ、どこかで……」

 

 ——来たことがある。

 

 この光景に、見覚えがある——。思い立って、三百六十度みまわしてみた。

 

「……まさか」

 

 いつの間にか、肩が大きく上下している。自覚する以上に自分は緊張しているらしい。

 やっぱり、この世界はALOとちょっと違うみたいだ。アルヴヘイムの一日は十六時間周期で、さっきは正午ごろだった。でも、このフィールドの太陽はまだ顔を出したばかり。現実世界(リアルワールド)と同じ位置にある。

 傾いた陽射しが、東の方から木漏れ日になって入ってくる。構成するのは、草地を囲む針葉樹の幹や葉っぱ。

 とりわけ、草地はきれいな円を描くような形をしている。ここに咲く様々な花とか、まわりの木々に宿る豊かな果実の香りが漂う。

 そして、北の方角を見れば——。

 

「そんなわけ、ない……」

 

 背の高い針葉樹を通りこして、まるで絶壁のように立ちはだかる存在。壮大な山々が連なる地形——《山脈》がある。しかも、この光景は()()()()()()()に保存されていて……。

 青年は否定するが、眼界に広がる世界はたしかに《果ての山脈》そのものだ。

 

「ここは《アンダーワールド》なのかい——?」

 

 ごくり……と、《Eugeo(ユージオ)》は嫌なものをのみこんだ。

 

『なあ……そろそろ戻ろうぜ。バレちゃうよ』

『まだ大丈夫よ。もう少し——もうちょっとだけ、ね?』

 

 ふと。懐かしい……とても、(いと)おしくて、辛い……誰かの声が、聞こえた気がする。

 

「嘘だ——!」

 

 ユージオは叫ぶが、この円形の草地は()()()()()()()()()、幼馴染のアリス・ツーベルクやキリトと過ごした東の森の秘密基地《妖精の輪》に違いない。

 

「《ルーリッド》に、帰って来たの……?

 いや、でもALOのメニューだったし、違うはずだよ……」

 

 青年は、己に言い聞かせるためにつぶやいた。

 

 ——そうさ。《アンダーワールド》にいるなら、《ステイシアの窓》が出てくるはず。

 

 さっき、時刻を確認しようとメニューを表示した時——。UIは、ALOのデザインが使用された。

 怖くなって、とっさに右手の指でS字を描いてみる。でも、《窓》は表示されない!

 ホッとため息をつき、ひとまず安心する。

 一応、この《アンダーワールド》に似た世界はALOのサーバーおよびシステムで動いているらしい。

 また、ユージオは《青薔薇の剣》のありかも察した。

 

 ——果ての山脈の洞窟。白竜の住処(すみか)。そこしか……ない!

 

 このワールドが《ルーリッドの村》の周辺を再現したのであれば、ルール湖の水源——《果ての山脈》に、()()()白竜が住んでいた洞窟があるはずなんだ。

 状況を把握できたし、さっそく行動に移そう。ユージオが背中に意識をむければ、自動的に妖精の(はね)が出現する。徒歩で行くよりも飛んだ方が早い。

 朝の冷気を感じながら、地面を駆けた。小さな草地を走って、なんとか離陸する!

 

「よかった……」

 

 ——ヨツンヘイムみたいに、飛行禁止だったらどうしようかと思ったけど……。

 

 ウンディーネの青年は小さく微笑んで、一気に高度を上げた。見慣れた故郷があると信じて……。

 ところが。

 

《ルーリッド》が、ない!?

 

 彼の表情は驚愕に変わる。

 ユージオの故郷があると思われた西のあたり——ルール川の対岸も、真っ暗な()()()()()()()()()()()()のだ。

 パッと南の方角を見れば、そこにもユージオにとって衝撃の景色が広がっていた。

 

《ギガスシダー》が、ある……!?

 

 この大木は()()()()()()()()()で《悪魔の木》と呼ばれていた。専門の木こり《刻み手》が、七代……実に三百年という途方もない時間にわたって斧を入れ続けた木だ。

 なんで——。

 数年前、ユージオとキリトが《青薔薇の剣》で切り倒したはずの《ギガスシダー》という悪魔の木が、誰にも邪魔されず、悠々と生えているではないか。

 

「これじゃあ、まるで創世の世界じゃないか」

 

 北の辺境《ルーリッド》が、まだ開拓されていない時代。

 悪魔の木《ギガスシダー》に斧の傷が入っていない時代。

 

 やはり、ユージオが知っているホンモノの《アンダーワールド》とはちょっと違う世界らしい。

 

 ——急ごう。

 

 とにかく、どんな想定外の事象が待ち受けているかわからない。実際に青年はALOに新規登録してから、不可思議なイベントに遭遇し続けている。

 力強く(はね)を震わせれば、一瞬で《果ての山脈》に向けて加速した。

 

 

 

 

 

[2026/08/25 8:24 | 果ての山脈? - 洞窟の入口]

 

 今度の着陸はうまくいった。それでも、ユージオは自賛する気分になれない。

 妖精の(はね)を閉じてから、かれこれ五分は過ぎている。

 目前(もくぜん)の景観を前にして、ユージオは立ちすくんでいた。この景色は青年の記憶と変わっていない。

 無理矢理コンクリートで狭められた用水路のように、ルール川は驚くほどか細い水流と化している。

 川の流れは、岩肌を見せる山の(ふもと)——そこに開いた巨大な割れ目に吸い込まれていた。山の内部へ続く暗闇は、まるでユージオの重苦しい心境のようだ。

 

 アリスを失った日——。

 セルカが消えた日——。

 

 そういう日は、必ずこの洞窟の入り口を通った。

 どれも大切な思い出だ。でも、素晴らしい記憶なんかじゃない。ただ、悲しい記憶で——。

 口元を小さく開けたまま、ユージオは恐る恐る踏み出した。いつしかグーにした両手は震えている。ようやく洞窟に片足を踏み込んだ時。

 

「システム・コール。

 ジェネレート・ルミナス・エレメント。アドヒア……」

 

 青年は、はっきりしないカスレ声で術式を口にする。

 ユージオ本人も、なぜ《神聖術》を口に出したのか——自分でもわからない。

 ただ。はっきりしている事実は"ユージオが自分の右手の人差し指に《光素》を作りだそうとした"という事実だけ。

 このワールドはALOのシステムに基づいて動いている。メニューもALOのUIが使用されていた。

 神聖術はアンダーワールドの超常現象であって、ALOのシステムに与えられた超能力は、あくまで魔法である。だから、神聖術は発現しない、はず……。

 なのに——。

 

「なんで……!?」

 

 ウンディーネの人差し指に、小さな光が出現した。

 シャボン玉ぐらいのサイズ。

 パステルイエローのブローが付与された球体。

 まさしく《光素》のエレメントだ。暖かくおだやかな光が、洞窟のなめらかな岩を明るく照らす。なぜ神聖術が発動したか、わかるはずもない。でも、見慣れた光に励まされた。少し歩行のペースを上げる。

 奥に立ち入るにつれて、キーンと肌を突き刺すような冷えが強くなった。

 

 ——本当にそっくりだ。

 

 そうさ、何回も経験した記憶じゃないか。この寒さも、岩壁の圧迫感も、洞窟の景観も、なめらかな岩肌の感触も、岩壁の圧迫感も、たどたどしい気持ちも、ぜんぶ覚えている。だから気にしない。曲がりくねった通路を小走りで進む。

 だんだん水たまりが増えてきた。しかも——。

 

「凍ってる……」

 

 エコーのエフェクトがかかったようなユージオの声が、洞窟にこだました。

 水たまりの表面に、薄い氷の層を確認できる。青年の《光素》の灯りに反応し、青白く反射してくれる。

 

『間違いない、氷だよ。この先にもっとあるはずだ』

 

 またもや、思い出が(よみがえ)った気がした。

 

 ——そういえば、アリスとキリトと洞窟に入った時も夏だったな。

 

 いまの現実世界(リアルワールド)の季節も夏だ。

 幼馴染の三人で洞窟へ行ったのは、昼食を冷やす氷を確保するため。でも、根本的な原因は夏が天命の減りやすい季節だったから。

 そしていま、自分はよく似た洞窟を探検している。

 思わぬ一致にいざなわれて、記憶庫から当時の細かな状況が引き出された。鮮明に。

 

『外は夏だけど、この洞窟の中は冬なんだわ』

『ねえ、ほんとに白竜に出くわしたら、どうするの?』

『できれば()げたウロコの一枚くらいほしいよなあ……』

『あ……なんか、いっぱい光ってる』

 

 間違いない。あの日——アリスが連れ去られた日の——()()()()()()()だ。ユージオと、キリトと、アリス・ツーベルクの大冒険。

 時系列はバラバラ。でも、洞窟で三人が語ったいろんな言葉が、洪水のように押し寄せてくる。

 泣きたくなる気持ちの高ぶりを抑えたくて、ユージオは走った。地面がすべりやすいことなど忘れて、地面を駆けた。息はいっそうホワイトに染まる。寒い。

 

 ——たぶん、この先に!

 

 アバターに威圧感を与えてやまない左右の岩壁が消えた。いや、岩壁までの距離が遠くなった。視界が開けたのだ。

 

「やっぱり……!」

 

 当然のように、ここも記憶通り。

 ユージオの正面には、ドキュメンタリー映画とかに出てきそうな絶景が待ち受けていた。

 地下洞窟とは思えない、ドーム状の巨大な空洞。四方の幅は五十メートルぐらい。

 ツララのようなカタチの岩が無数に集まっている。鍾乳洞(しょうにゅうどう)特有の光景だ。

 岩石の隙間を埋めるオブジェクトは、無数の氷だった。固く冷たく分厚く凝結した湖と、無数に垂れ下がるホンモノのツララ、地面からたくさん生える水晶みたいな六角柱が、どこまでも続いているのだ。

 しかも氷が反射し合うことで、透明な青色が磨かれ、より深い色に調色されている。幻想的としか言い表せない景色を形作っていた。

 ついにユージオはたどり着いたのだ。《白竜》の巣に——。

 

『——なあ、奥の方に行ってみようぜ』

 

 一言、キリトの誘い文句が脳裏に再生された。その思い出は、かつての幼きユージオだけでなく、景観に見()れていたウンディーネ族の《Eugeo》さえも後押しする。

 コツ……コツ……と、初期装備のブーツがそっと氷を踏んだ。湖の中央に向かって歩いていく。

 ユージオを待ち受けたのは、山を成した財宝の山。金色に光り輝くオブジェクト群は彼の腰に届くほどの高さだ。

 

「わ、ああ……」

 

 無意識に、感嘆の声がもれた。

 先の大冒険の際に見た《実物》よりも量が多い気がする。

 山の上に視線を向けると、黄金にあふれた中で一つだけ異質だとわかるオブジェクトが、無造作に置かれていた。

 

 ——あった!

 

 アバターのほほがリンゴのように熱くなる。

 見つけた! ALOにログインしてからわずか数時間。ついにお目当てのアイテムを見つけたんだ!

 透明感のある白銀のブレイドに、傷は一つも存在しない。思わず、心を見透かされているかのような冷酷さを感じる。

 対して、(つか)(さや)の方は驚くほど精巧な細工が施され、高貴で優雅な雰囲気に包まれていた。

 細工……青薔薇をかたどった彫り物は、氷のような深い青を反射して、素晴らしく気品のある輝きを放つ。

 本当に、ため息が出るほど美しい片手剣。——《青薔薇の剣》。

 かつてユージオ自身がアンダーワールドで折ってしまった剣が、一振りの剣として完全な状態で彼の目の前にあった……!

 

 ——ALOでも俺の相棒になってよ。

 

 でも、その前に。《青薔薇の剣》を獲得する前に、やらなければ、済ませておかなければいけないことがある。

 ユージオはドームを見上げた。自分の顔が、()()()()()()()()()()()()ということが(わか)る。

 

 ——とてつもなく大きい……。俺は勝てるのかな……?

 

 アンダーワールドでは骨と化していた《白竜》だが、ALOにいたってそんなことはない。

 お目当ての《青薔薇の剣》と同じように、薄い青がうっすらとキラキラ光る、白い巨体。

 竜は宝石の山に足をつけ、翼をはためかせる。これだけでも、とてつもない振動がユージオを襲う。

 次に怪獣のように恐ろしく、迫力のある鳴き声を叫んだ。まるで己の存在を主張するかのように。

 目の前の竜は眠ってなどいない。アルヴヘイム・オンラインの世界で()()()()()のだ。

 記憶では整合騎士ベルクーリ・シンセシス・ワンの剣技で傷だらけにされていたウロコも、ALOでは完全体。ホワイトパールに塗装されたスポーツカーのような、ツヤのあるまばゆい白が特徴的だ。

 この世界では、《青薔薇の剣》はいまだ《白竜》の持ち物なのである。

 

「おい。そこの青年、なにをする気だよ?」

 

 首無し巨人《ミーミ》と同じく、《白竜》も言葉を操った。

 いや——当然か。《白竜》はたしかに実在した《人界の守護者》であり、数々のおとぎ話では登場人物と会話もしていたのだ。

 当然ながら、竜の声は《ミーミ》とは全然違っていた。売れっ子声優のような芯があって、それでいて明快な低音ボイス。すこしのヤンチャさを感じられるような——そんな口調で。

 

 ——え、めっちゃ雰囲気若くない?

 

 思わずユージオはツッコミを入れた。

 この性格なら、《ルーリッド》の衛士長ベルクーリを執拗(しつよう)に追い詰めた《昔話》にも納得できる……ような気がした。《白竜》は、おだやかな性格ではないらしい。

 しかし、洞窟全体に響いたことでエコーした音には、この場を震わせるほどの威厳もある。己の巣に無断侵入された罪に対する憤りが宿る! 言うなれば、映画館以上に迫力ある音響——

 それでも、立ち向かう青年はこの程度ではおびえない。《白竜》を見据えて、声を張った。

 

「俺は、《青薔薇の剣》を貰いに来たんです!」

「……ほぅ、いいねぇ。気迫が増した。なかなか面白い人間じゃねえか」

 

 ——すごい、伝説の《白竜》と会話できてる……!

 

「でもさぁ、青年君。どうやって《青薔薇》を奪うつもりか?」

「あなたと、戦って——」

 

 初期装備たる片手剣の(つか)に手を置いて、一瞬だけ目を閉じて己に問う。覚悟を貫け!

 次に目を開けた時には、もはや青年に迷いは残っていなかった。《Eugeo》は高らかに宣戦布告を行ったのだ。

 対する《白竜》は首を引き、しばし思案してから答えた。

 

「いいぜ、おもしろそうだからよ。

 まずは青年君からかかってきたら?」

 

 快諾。

 瞬間、《白竜》のカーソルがレッドに変わる。ここまでは《ミーミ》の時と同じだが、問題は次。生首巨人など比べ物にならないほど横に長いHPケージが出現。しかし、最も深刻なのはHPケージが縦に三本積み重なっている、という点だった。

 

 白き伝説の《竜》は、《善性の象徴》などではすでにない。

 とあるクエストの《ラスボス》——《ドラゴン》に過ぎなくなったんだ。

 

 人間が《青薔薇の剣》を巡って《白竜》と対決する——。まるで『ベルクーリと北の白い竜』の世界じゃないか。違いを挙げるとすれば、衛士長ベルクーリは逃げようとしたが、剣士ユージオは立ち向かっている……という点。

 

 ドラゴンは「かかってこい」と言った手前、先制攻撃はしないらしい。むしろこちらの攻撃を待っている。なんて優しいんだろう。

 だったら。

 ユージオは初期装備の剣を素早く(さや)から引き出す。金属がかすれるような、それでいてSF映画にありそうな独特の効果音が心地よい。

 とっさに両足の立ち位置を調整し、剣を持つ右手を気持ち下に向ける。アンダーワールドにいたころ、何度も練習して体にたたきこんだ《アインクラッド流》の型……。必奥義(ひつおうぎ)——《ソードスキル》をまずはこの、いつもの体勢で繰り出す。

 

「セイ——ッ!」

 

 気合の一声と同時に一発目の《ソードスキル》として選んだのは……!

 突進系ソードスキル《ソニックリープ》。一瞬にして敵とのマージンを縮められるこの技は、とても使い勝手が良い。

 これなら、圧倒的な速度で《白竜》に詰め寄ることができる……!

 

 ——カァン!

 

「なッ!?」

 

 ところが、まだ《白竜》に届かない距離で技は邪魔される。

 初期装備の剣を遮ったのは()()()だった。

 突然。湖の氷が隆起して、天然の防護壁となったのだ——。

 

 ——また、これかッ!

 

 数時間前に戦った《ミーミ》も、このたびの《白竜》も、水由来のブロックを武器として攻撃してきた。技量は圧倒的に後者が勝る、が。

 いや、《青薔薇の剣》は絶対零度の永久氷塊(ひょうかい)——つまり氷、元をたどれば《水》が深く関係している。だから、クエストに現れるモンスターが氷や水に強いのは当然と言えば当然なんだ。

 

「青年君さぁ……。君の剣は届かねえよ」

 

 竜は勝ち誇るワケでもなく、バカにしているようでもなく。なぜか(さと)すような言い方で。

 

 ——あれ、これって……。

 

 今日二度目の"見覚えがある体験"。

 

 ——あの整合騎士に、似てる?

 

 昔話に出てきた衛士長ベルクーリ。

 つまり、その成れの果て……整合騎士ベルクーリ・シンセシス・ワンに。

 元の世界で《白竜》から逃げまどい、(のち)に今度は《白竜》を殺した男に。

 

 ——似た者同士だったってこと……?

 

 ユージオの脳裏に、記憶の一つが垣間見える。

 

『僕は……あなたたちの、そういうところが許せないんだ!』

『あなたは……僕の剣に、見覚えがあるはずです』

『殺した……だって……?』

 

 これが、青年のシャクに触った。憤りが……()()()()が、空しさが、(よみがえ)った。

 

「ぐっ……う!」

 

 とはいえ、《白竜》の攻撃は厳しい。

 氷の壁は竜に操られて宙に浮き、ジワジワとユージオを押し込んでいく。攻めていく。今は初期装備の剣でなんとか拮抗状態に持ち込めているとはいえ、一瞬でも気をぬいてしまったら、足をすべらせてバランスを崩すことだろう。

 体積の暴力がユージオを襲う。このままでは力負けしてしまう!

 

 ——このままじゃ危ない。わかってる……でも!

 

 相手は《白竜》。水素系神聖術の権威とも呼べる存在。高位の技を繰り出されたらヤバい……。

 

「でも、諦めるもんか……!

 ——絶対に《青薔薇の剣》を手に入れるんだ!!︎︎」

 

 ユージオは気を引き締めると同時に、(つか)を握る手にいっそう力をこめる。

 

 ——本気で行かなきゃ!

 

 先に仕掛けたのはユージオの方だった。氷壁と繰り広げていたある種の鍔迫(つばぜ)り合いを一方的に断ち切り、いったん飛ぶように後退する。

 しかし、氷は竜の指示により今もユージオめがけて突進し続けているのだ。むしろユージオの剣が離れたことでブレーキがゆるみ、スピードを上げて一直線にこちらへ向かってくる。

 でも、大丈夫。それがねらい。

 腰を落とし、肩をひねった。同時に剣を後方から真横へスイングすれば、ソードスキルが発動する。力強い水色の《ライトエフェクト》が輝いた。

 

「うおおおおおおおああああ!!︎」

 

 単発水平斬り《ホリゾンタル》。《アンダーワールドのユージオ》がはじめてキリトに習い、《ギガスシダー》を切り倒す折に用いた思い出のソードスキル。

 すべてが落ち着いた時。ユージオが見たのは、右から左にかけて真横に切断された氷が、液体に戻る瞬間だった。

 とはいえ、安堵(あんど)するのもつかの間。

 

「甘いんだよな」

 

 竜から不穏な一言が放たれた直後、ゴゴゴゴゴ……と地鳴りが響く。

 なにをする気だ、とユージオが警戒心からあたりをキョロキョロ見回していると。

 

 ドオオオオオ!

 

 爆発のような轟音(ごうおん)と同時に、また湖から氷壁が浮かび上がってきた……!

 だけど、様子がおかしい。

 

「なに、これ……」

 

 さきほどの氷壁がかわいく思えるほど、バカみたいに……サイズがデカい。目測とはいえ、四方はおよそ二十五メートルはある。——ついては巨大な長方体が登場したのだ。

 それに……。

 

「俺を取り囲んでるの……?」

 

 巨大空洞の中央にいたユージオを閉じ込めるかのように、上から見ればひし形に見えるように現れ——()()()()()()()()()()()()()——自分が立っている()()が、()()()()()()()()()()()ような気がする。

 

 ——でも、迷う時間なんてない……!

 

 ユージオは歯を食いしばり、眉をひそめ、目を見開いた必死の険相で目の前の壁と対峙する。

 もし、なんのアクションもとらなかったら、行き着く結末は圧死。まさしく危機一髪の状況!

 打開策はないように思えた。

 

 ——もしかして……あれなら!

 

 ひとつ、青年の脳内に保存されている。

 とっさに剣を持ち直し、両手で握る。そして、壁が、剣先に届く距離にたどり着いた時——。

 

「これしか、ないッ!」

 

 彼が剣を引くやいなや、緋色の閃光が走った。

 緋色という言葉の通り、火風のようなライトエフェクトが舞う。片足を軸として、体ごと方向を転換する。反時計回りと、回転に伴う水平斬りを——堂々と()()。普通は後方から敵が襲ってきた場合に繰り出す技だから、半周回ればいい程度。だけど応用すれば、こんなシチュエーションでも使える必奥義(ひつおうぎ)だ。

 名を《激浪(ゲキロウ)》という。

 そう、必奥義(ひつおうぎ)……この技を《アンダーワールドのユージオ》に教えた人物は、キリトではない。彼が修剣学院にいたころに《側付き練士》として仕えていた剣士である。青年は「ありがとうございます。ゴルゴロッソ先輩……」と心の中で言うのであった。

 技が終わる頃には四枚の巨大な壁は綺麗に裂かれ、一直線の切り傷に沿って崩れていった。ユージオの視界に絶景が戻ってくる。

 ホッと息をつくが、次の瞬間には逆に大きく息を吸っていた。次いで思い切り氷を踏みこむ!

 

 ——今なら!

 

 まだ終わってなどいない。気を抜いてもいない。

 自分がいま、氷の上にいるなんてことを忘れて、軽快に走る。右手に剣を持ち、素早く地底湖を蹴った。

 

「届けェ————!!︎︎」

 

 正面の《白竜》が驚愕のうちに、攻撃を忘れているわずかながらの隙を狙って、一気に攻める!

 次こそ、

 

 ——今度こそ、《ソードスキル》を決めてやる……ッ!

 

 剣が、鮮やかなライトグリーンに輝いた。彼は突進系ソードスキル《ソニックリープ》を使いこなしていた。

 ()()()に己を加速させたのだ。そのため、最後に地面を飛んてから、()()()()()()()()()()()()()。氷の上を飛んでいるのだから。

 して、ユージオは《白竜》の(ふところ)になんなく突進する。ライトエフェクトがひときわ強く輝いた時……剣尖(けんせん)は最高のタイミングで、ドラゴンの腹に到達してみせた。

 

 パリンッ!

 

 なにかが割れる音がした。竜のウロコが割れたのだ。ユージオの手で、《白竜》に一つ、斜めの切り傷が刻まれたという現実。

 はじめて、《白竜》のうめき声を聞いた。

 

 ——そうさ。デカい図体を持つドラゴンなんて、近接戦を仕掛けたらなにも手出しできないんだ!

 

 その証拠に、元いたアンダーワールドの洞窟で、整合騎士ベルクーリの剣に容赦なく切り刻まれていたじゃないか。

 

「まだです……これからです……」

 

 竜に語りかけるように、ユージオは言った。

 当たり前だ。自分自身で冷たく言い換えてみれば、一回——たった一回、攻撃が通ったというだけ。《白竜》のHPはまだまだ残っている。

 油断しちゃいけない。

 さっさと次の攻撃をしよう。

 

「ハアアアアア——!!︎」

 

 今度は思いっきり剣を上げる。ライトブルーのライトエフェクトが光り、精一杯斬り下ろすッ!

 できるだけ、広範囲に傷を入れる。肩の限界に挑戦だ。

 

「く……ッ!」

 

 手ごたえは、ある。

 肉を切っている——料理をする時にも感じる不快な感覚が、たしかに自分の右手から伝わってくる……!

 

 ——でも、まだ……まだ……。

 

 口元を歪め、竜の腹をにらみつけながら、初期装備の剣に力を込める。

 できるだけ腰を低くし、できるだけ背中を曲げ、できるだけ右肩を出して前のめり。体が限界と悲鳴を訴えてくるまで、これでもかと自分でも言いたくなるほど曲げて、深く、深く、深く——下方まで斬ったと納得した時。

 

「……二連撃垂直斬り——《バーチカル・アーク》」

 

 正直、自分の声に驚いた。熱くなっているはずなのに、とても平坦で冷たくて……。

 

 ——ダメだ、余計なことを考えるな! 技に集中しろ!!︎

 

 今度は逆に斬り上げる! 「ぐわァ!」と、いっそう大きな《白竜》の悲鳴が上がる。

 元《人界の守護者》を斬っている。斬っているんだ。でも、気にしない……。

 

 ——気にするもんかッ!

 

 曲がっていた背中が、走り高跳びの選手みたいに反った。この動きに合わせて、右手の一部かと錯覚するようにある種の《同期》をして、初期装備の剣も、竜の腹を再び深くエグる。

 ライトブルーの閃光は、まるで神聖語の一文字——アルファベットで《V》の字を描くように走った。これこそ《バーチカル・アーク》という技。垂直に斬り下げる《バーチカル》の発展系だ。

 ユージオは《アインクラッド流》——いや。《ソードスキル》の特色たる《連撃技》を解禁したのである。

 ドラゴンのHPバーを見ると、一本目のバーが五割ほどまでに減っていた。目をまんまるに見開いて、内心驚いたのは事実。

 

 ——たった二撃で?

 

 仮にも《白竜》——アンダーワールドでは、最強の整合騎士が倒した相手なのに。《最強のドラゴン》と言っても不思議ではないというのに。

 自分の攻撃力が高いのか、竜の防護力が低くなっているのか、よくわからないというのが正直。

 でも、これが好機なのは違いない。

 再び剣を持ち直し、《白竜》の腹部を見据える。

 

「次、いきます」

 

 今回の攻撃では《ソードスキル》を使わなかった。

 

 ——速く。速く。速く。もっと速くするんだ!

 

 もっと、もっと、もっと!!︎ ユージオは何度も心の中で唱える。

 型も技も、そんな結構な力は……ない。

 ただ速く、ただ早く、敵——《白竜》のヒットポイントを削り取ること。そういう目標を決め、実現を目指して、本能的かつ衝動的な連続攻撃をガムシャラに繰り返す。とは言っても、デタラメというワケではない。

 かの《アンダーワールドのユージオ》は才能を持っていたが、同時に努力家だったから。ひたすらひたすら、地道に剣術を練習し、習得し、己を鍛え上げていた。だから彼のモーションにムダはない。一回……また一回と斬るごとに、たしかに、確実にドラゴンのHPを減らしている。

 いったい何分……どれくらい経過したんだろう。

 トランス状態を打ち破るように「ぐおおおおお!」と、ドラゴンは今までよりも大声で、すこしばかり長く叫ぶ。

 理由は簡単。三本のHPケージのうち、一本がゼロに到達し、ようやく消えたからだ。

 

 ——攻撃パターンが……変わる!

 

 嫌な予感がしてユージオはとっさに後退。

 ドラゴンはもがくように首を横に振っていたが、急に動作が止まる。ここまでの動きは、まさに怪獣のよう。

 でも、怖がってちゃいられない。自分は映画の観客じゃない。いま、自分が《戦っている》んだから。

 青年は再び剣を構え、《ソードスキル》を繰り出そうとする。

 ところが——。

 

 パリン!

 

「え……?」

 

 思わず《白竜》から右手に目を移して、青年は固まってしまう。

 

 剣が、初期装備の剣が、壊れた。

 

 クラッカーが割れるみたいに、ポリゴンのカケラに還って……消滅。

 ユージオはフリーズした。嫌な汗がほほから首を流れる。

 いや……納得はできる。ただでさえ初期装備の剣なんだ。激戦で酷使したんだから、耐久値が低い剣が壊れても、無理はないんだ。

 でも、タイミングが最悪すぎる。

 次の攻撃パターンが分からぬ最強のドラゴンの前で、隙を見せてしまった。これを竜が見逃すはず、ない。

 

「あ、ぁ……!」

 

 にぶい音と同時に、自分の意思と反してはるか後方へ飛ばされた。ユージオは《白竜》の前足になぎ払われたのだ。

 急激な加速に喉がつまる。

 ドサッ! と、巨大地下空洞の岸壁とアバターの背中がぶつかった。

 痛みと同時にユージオを襲った感覚は、キーンと冷えるような寒さ。

 自分のHPケージを見れば、満タンと比べて七割ほどまで量が減少していた。たった一撃で三割も削られたことになる。

 どうしよう。どうすれば……という焦りの声が、頭につのる。冷えもあいまってガンガンという痛みがひどい。

 絶体絶命。形勢は逆転してしまった。




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