Sword Art Online: Well-Done Knight 作:TM-303
[2026/08/25 8:02]
体が重い。意識は覚醒しているのに、身体の末端が言うことを聞いてくれない。そういう感覚におちいって、ユージオは身動きをとれなかった。
仮想世界の太陽は、豊かなぬくもりを提供してくれる。
現在主流のフルダイブ型VRマシンには"
さっさとクエストを消化したい衝動もあるけど、仕方がないのでボーっと時間を潰していた。
一瞬。思考の底から記憶が沸き上がるような感覚に襲われる。ALOにダイブするまでの経緯が、ひとつひとつ……水玉が現れては消えるかのように浮かんできた。
——なんで、ALOに来たんだっけ。
六月。事故にあって意識不明の容態におちいった。
外交官の父親が官僚のコネをフル活用した結果、総務省の窓際部署にたどり着く。父の後輩が在籍していたらしい。かくして
七月。
最終的にユージオは、壮絶な最期を遂げた上で
八月。青年は、
一日。
十一日。ラース六本木支部で、
二十四日。博士から思わぬメッセージが届く。
そして、今日——八月二十五日。
ALOのアップデート終了時間に合わせて新規登録を済ませ、妖精の国を探検中。プレイヤーネームを《
まずはALOの世界に突入した瞬間、ウンディーネ族のホームタウンに転移できなかったという問題。世界樹の近くを自由落下していたので、高等スキル《
次に央都アルンでクラインという社会人プレイヤーと出会い、ヨツンヘイムへの抜け道を教えてもらう。施錠されていたはずの木戸が開き、その先の秘密通路を通ってヨツンヘイムに挑んだ。
ヨツンヘイムで出会ったのは、妖精に懐いた飛行型邪神。絶叫マシンのような飛行によって、地上へ送り届けてもらった。
直近では巨大湖の
しかし直後。湖の一角、《
「そう、だったっけ……」
このタイミングで、固まっていた体がようやく働きだす。今度は仮想の筋肉にきちんと力が入る。ホッと息をつき、目を開けた。
どうやら自分はあお向けに落ちたようだ。澄みきった青空が視界に広がっている。
そのまま左腕を上げてALOのメニューを呼び出した。デジタル時計は午前八時をちょっと過ぎた時刻を指している。生首巨人と戦ったのが六時後半だったから……。
「一時間も……気を失ってたの」
寒気を感じて、唖然とした。ポカポカといい天気のはずなのに。
——襲われなくてよかった。
ALOはPK推奨のゲームだから、こんなフィールドのド真ん中でノンキに寝ていれば、プレイヤーの手であっという間にキルされていたことだろう。モンスターに攻撃される危険もある。
ユージオはセーブポイントに立ち寄っていないから、蘇生できても当初の上空落下状態からリスタートするハメになったかもしれない。
でも、あたりからアバターやモンスターの物音は聞こえなかった。おかげで生きていられるのだから、ラッキーとしか言いようがない。
「そういえば、《ミーミ》のドロップアイテムってなんだろう」
メニューを眺めていたら思い出した。
ALOの初戦で獲得したはじめての報酬なんだ。心は踊る。すこしワクワクしつつ、
「——ッ!?」
しかし、結果はユージオにとって期待ハズレ。
震える口元を無理矢理押え込むように、唇をかんで。
「忘れよう」
とっととメニューを消滅させる。でも、おかげかこの場から動く決心がついた。右手を地面に置けば、芝生からチクチクという感覚が伝わってくる。そのまま右腕に体重をかけ、ゆっくり立ち上がった。そして、まわりを見回してみる。
「ここ、どこ……」
ここから見える青空は、
ヨツンヘイムでは、上を見上げればアルヴヘイムの地殻を天井として視認できた。
生首賢者との戦闘後、《陥没穴》に落ちたのならば
「もしかして、転移……とか……?」
ユージオが思いついた可能性は、これだった。
「あれ……?」
ふと、ユージオの胸の内に疑問が現れる。
「ここ、どこかで……」
——来たことがある。
この光景に、見覚えがある——。思い立って、三百六十度みまわしてみた。
「……まさか」
いつの間にか、肩が大きく上下している。自覚する以上に自分は緊張しているらしい。
やっぱり、この世界はALOとちょっと違うみたいだ。アルヴヘイムの一日は十六時間周期で、さっきは正午ごろだった。でも、このフィールドの太陽はまだ顔を出したばかり。
傾いた陽射しが、東の方から木漏れ日になって入ってくる。構成するのは、草地を囲む針葉樹の幹や葉っぱ。
とりわけ、草地はきれいな円を描くような形をしている。ここに咲く様々な花とか、まわりの木々に宿る豊かな果実の香りが漂う。
そして、北の方角を見れば——。
「そんなわけ、ない……」
背の高い針葉樹を通りこして、まるで絶壁のように立ちはだかる存在。壮大な山々が連なる地形——《山脈》がある。しかも、この光景は
青年は否定するが、眼界に広がる世界はたしかに《果ての山脈》そのものだ。
「ここは《アンダーワールド》なのかい——?」
ごくり……と、《
『なあ……そろそろ戻ろうぜ。バレちゃうよ』
『まだ大丈夫よ。もう少し——もうちょっとだけ、ね?』
ふと。懐かしい……とても、
「嘘だ——!」
ユージオは叫ぶが、この円形の草地は
「《ルーリッド》に、帰って来たの……?
いや、でもALOのメニューだったし、違うはずだよ……」
青年は、己に言い聞かせるためにつぶやいた。
——そうさ。《アンダーワールド》にいるなら、《ステイシアの窓》が出てくるはず。
さっき、時刻を確認しようとメニューを表示した時——。UIは、ALOのデザインが使用された。
怖くなって、とっさに右手の指でS字を描いてみる。でも、《窓》は表示されない!
ホッとため息をつき、ひとまず安心する。
一応、この《アンダーワールド》に似た世界はALOのサーバーおよびシステムで動いているらしい。
また、ユージオは《青薔薇の剣》のありかも察した。
——果ての山脈の洞窟。白竜の
このワールドが《ルーリッドの村》の周辺を再現したのであれば、ルール湖の水源——《果ての山脈》に、
状況を把握できたし、さっそく行動に移そう。ユージオが背中に意識をむければ、自動的に妖精の
朝の冷気を感じながら、地面を駆けた。小さな草地を走って、なんとか離陸する!
「よかった……」
——ヨツンヘイムみたいに、飛行禁止だったらどうしようかと思ったけど……。
ウンディーネの青年は小さく微笑んで、一気に高度を上げた。見慣れた故郷があると信じて……。
ところが。
「《ルーリッド》が、ない!?」
彼の表情は驚愕に変わる。
ユージオの故郷があると思われた西のあたり——ルール川の対岸も、真っ暗な
パッと南の方角を見れば、そこにもユージオにとって衝撃の景色が広がっていた。
「《ギガスシダー》が、ある……!?」
この大木は
なんで——。
数年前、ユージオとキリトが《青薔薇の剣》で切り倒したはずの《ギガスシダー》という悪魔の木が、誰にも邪魔されず、悠々と生えているではないか。
「これじゃあ、まるで創世の世界じゃないか」
北の辺境《ルーリッド》が、まだ開拓されていない時代。
悪魔の木《ギガスシダー》に斧の傷が入っていない時代。
やはり、ユージオが知っているホンモノの《アンダーワールド》とはちょっと違う世界らしい。
——急ごう。
とにかく、どんな想定外の事象が待ち受けているかわからない。実際に青年はALOに新規登録してから、不可思議なイベントに遭遇し続けている。
力強く
[2026/08/25 8:24 | 果ての山脈? - 洞窟の入口]
今度の着陸はうまくいった。それでも、ユージオは自賛する気分になれない。
妖精の
無理矢理コンクリートで狭められた用水路のように、ルール川は驚くほどか細い水流と化している。
川の流れは、岩肌を見せる山の
アリスを失った日——。
セルカが消えた日——。
そういう日は、必ずこの洞窟の入り口を通った。
どれも大切な思い出だ。でも、素晴らしい記憶なんかじゃない。ただ、悲しい記憶で——。
口元を小さく開けたまま、ユージオは恐る恐る踏み出した。いつしかグーにした両手は震えている。ようやく洞窟に片足を踏み込んだ時。
「システム・コール。
ジェネレート・ルミナス・エレメント。アドヒア……」
青年は、はっきりしないカスレ声で術式を口にする。
ユージオ本人も、なぜ《神聖術》を口に出したのか——自分でもわからない。
ただ。はっきりしている事実は"ユージオが自分の右手の人差し指に《光素》を作りだそうとした"という事実だけ。
このワールドはALOのシステムに基づいて動いている。メニューもALOのUIが使用されていた。
神聖術はアンダーワールドの超常現象であって、ALOのシステムに与えられた超能力は、あくまで魔法である。だから、神聖術は発現しない、はず……。
なのに——。
「なんで……!?」
ウンディーネの人差し指に、小さな光が出現した。
シャボン玉ぐらいのサイズ。
パステルイエローのブローが付与された球体。
まさしく《光素》のエレメントだ。暖かくおだやかな光が、洞窟のなめらかな岩を明るく照らす。なぜ神聖術が発動したか、わかるはずもない。でも、見慣れた光に励まされた。少し歩行のペースを上げる。
奥に立ち入るにつれて、キーンと肌を突き刺すような冷えが強くなった。
——本当にそっくりだ。
そうさ、何回も経験した記憶じゃないか。この寒さも、岩壁の圧迫感も、洞窟の景観も、なめらかな岩肌の感触も、岩壁の圧迫感も、たどたどしい気持ちも、ぜんぶ覚えている。だから気にしない。曲がりくねった通路を小走りで進む。
だんだん水たまりが増えてきた。しかも——。
「凍ってる……」
エコーのエフェクトがかかったようなユージオの声が、洞窟にこだました。
水たまりの表面に、薄い氷の層を確認できる。青年の《光素》の灯りに反応し、青白く反射してくれる。
『間違いない、氷だよ。この先にもっとあるはずだ』
またもや、思い出が
——そういえば、アリスとキリトと洞窟に入った時も夏だったな。
いまの
幼馴染の三人で洞窟へ行ったのは、昼食を冷やす氷を確保するため。でも、根本的な原因は夏が天命の減りやすい季節だったから。
そしていま、自分はよく似た洞窟を探検している。
思わぬ一致にいざなわれて、記憶庫から当時の細かな状況が引き出された。鮮明に。
『外は夏だけど、この洞窟の中は冬なんだわ』
『ねえ、ほんとに白竜に出くわしたら、どうするの?』
『できれば
『あ……なんか、いっぱい光ってる』
間違いない。あの日——アリスが連れ去られた日の——
時系列はバラバラ。でも、洞窟で三人が語ったいろんな言葉が、洪水のように押し寄せてくる。
泣きたくなる気持ちの高ぶりを抑えたくて、ユージオは走った。地面がすべりやすいことなど忘れて、地面を駆けた。息はいっそうホワイトに染まる。寒い。
——たぶん、この先に!
アバターに威圧感を与えてやまない左右の岩壁が消えた。いや、岩壁までの距離が遠くなった。視界が開けたのだ。
「やっぱり……!」
当然のように、ここも記憶通り。
ユージオの正面には、ドキュメンタリー映画とかに出てきそうな絶景が待ち受けていた。
地下洞窟とは思えない、ドーム状の巨大な空洞。四方の幅は五十メートルぐらい。
ツララのようなカタチの岩が無数に集まっている。
岩石の隙間を埋めるオブジェクトは、無数の氷だった。固く冷たく分厚く凝結した湖と、無数に垂れ下がるホンモノのツララ、地面からたくさん生える水晶みたいな六角柱が、どこまでも続いているのだ。
しかも氷が反射し合うことで、透明な青色が磨かれ、より深い色に調色されている。幻想的としか言い表せない景色を形作っていた。
ついにユージオはたどり着いたのだ。《白竜》の巣に——。
『——なあ、奥の方に行ってみようぜ』
一言、キリトの誘い文句が脳裏に再生された。その思い出は、かつての幼きユージオだけでなく、景観に見
コツ……コツ……と、初期装備のブーツがそっと氷を踏んだ。湖の中央に向かって歩いていく。
ユージオを待ち受けたのは、山を成した財宝の山。金色に光り輝くオブジェクト群は彼の腰に届くほどの高さだ。
「わ、ああ……」
無意識に、感嘆の声がもれた。
先の大冒険の際に見た《実物》よりも量が多い気がする。
山の上に視線を向けると、黄金にあふれた中で一つだけ異質だとわかるオブジェクトが、無造作に置かれていた。
——あった!
アバターのほほがリンゴのように熱くなる。
見つけた! ALOにログインしてからわずか数時間。ついにお目当てのアイテムを見つけたんだ!
透明感のある白銀のブレイドに、傷は一つも存在しない。思わず、心を見透かされているかのような冷酷さを感じる。
対して、
細工……青薔薇をかたどった彫り物は、氷のような深い青を反射して、素晴らしく気品のある輝きを放つ。
本当に、ため息が出るほど美しい片手剣。——《青薔薇の剣》。
かつてユージオ自身がアンダーワールドで折ってしまった剣が、一振りの剣として完全な状態で彼の目の前にあった……!
——ALOでも俺の相棒になってよ。
でも、その前に。《青薔薇の剣》を獲得する前に、やらなければ、済ませておかなければいけないことがある。
ユージオはドームを見上げた。自分の顔が、
——とてつもなく大きい……。俺は勝てるのかな……?
アンダーワールドでは骨と化していた《白竜》だが、ALOにいたってそんなことはない。
お目当ての《青薔薇の剣》と同じように、薄い青がうっすらとキラキラ光る、白い巨体。
竜は宝石の山に足をつけ、翼をはためかせる。これだけでも、とてつもない振動がユージオを襲う。
次に怪獣のように恐ろしく、迫力のある鳴き声を叫んだ。まるで己の存在を主張するかのように。
目の前の竜は眠ってなどいない。アルヴヘイム・オンラインの世界で
記憶では整合騎士ベルクーリ・シンセシス・ワンの剣技で傷だらけにされていたウロコも、ALOでは完全体。ホワイトパールに塗装されたスポーツカーのような、ツヤのあるまばゆい白が特徴的だ。
この世界では、《青薔薇の剣》はいまだ《白竜》の持ち物なのである。
「おい。そこの青年、なにをする気だよ?」
首無し巨人《ミーミ》と同じく、《白竜》も言葉を操った。
いや——当然か。《白竜》はたしかに実在した《人界の守護者》であり、数々のおとぎ話では登場人物と会話もしていたのだ。
当然ながら、竜の声は《ミーミ》とは全然違っていた。売れっ子声優のような芯があって、それでいて明快な低音ボイス。すこしのヤンチャさを感じられるような——そんな口調で。
——え、めっちゃ雰囲気若くない?
思わずユージオはツッコミを入れた。
この性格なら、《ルーリッド》の衛士長ベルクーリを
しかし、洞窟全体に響いたことでエコーした音には、この場を震わせるほどの威厳もある。己の巣に無断侵入された罪に対する憤りが宿る! 言うなれば、映画館以上に迫力ある音響——
それでも、立ち向かう青年はこの程度ではおびえない。《白竜》を見据えて、声を張った。
「俺は、《青薔薇の剣》を貰いに来たんです!」
「……ほぅ、いいねぇ。気迫が増した。なかなか面白い人間じゃねえか」
——すごい、伝説の《白竜》と会話できてる……!
「でもさぁ、青年君。どうやって《青薔薇》を奪うつもりか?」
「あなたと、戦って——」
初期装備たる片手剣の
次に目を開けた時には、もはや青年に迷いは残っていなかった。《Eugeo》は高らかに宣戦布告を行ったのだ。
対する《白竜》は首を引き、しばし思案してから答えた。
「いいぜ、おもしろそうだからよ。
まずは青年君からかかってきたら?」
快諾。
瞬間、《白竜》のカーソルがレッドに変わる。ここまでは《ミーミ》の時と同じだが、問題は次。生首巨人など比べ物にならないほど横に長いHPケージが出現。しかし、最も深刻なのはHPケージが縦に三本積み重なっている、という点だった。
白き伝説の《竜》は、《善性の象徴》などではすでにない。
とあるクエストの《ラスボス》——《ドラゴン》に過ぎなくなったんだ。
人間が《青薔薇の剣》を巡って《白竜》と対決する——。まるで『ベルクーリと北の白い竜』の世界じゃないか。違いを挙げるとすれば、衛士長ベルクーリは逃げようとしたが、剣士ユージオは立ち向かっている……という点。
ドラゴンは「かかってこい」と言った手前、先制攻撃はしないらしい。むしろこちらの攻撃を待っている。なんて優しいんだろう。
だったら。
ユージオは初期装備の剣を素早く
とっさに両足の立ち位置を調整し、剣を持つ右手を気持ち下に向ける。アンダーワールドにいたころ、何度も練習して体にたたきこんだ《アインクラッド流》の型……。
「セイ——ッ!」
気合の一声と同時に一発目の《ソードスキル》として選んだのは……!
突進系ソードスキル《ソニックリープ》。一瞬にして敵とのマージンを縮められるこの技は、とても使い勝手が良い。
これなら、圧倒的な速度で《白竜》に詰め寄ることができる……!
——カァン!
「なッ!?」
ところが、まだ《白竜》に届かない距離で技は邪魔される。
初期装備の剣を遮ったのは
突然。湖の氷が隆起して、天然の防護壁となったのだ——。
——また、これかッ!
数時間前に戦った《ミーミ》も、このたびの《白竜》も、水由来のブロックを武器として攻撃してきた。技量は圧倒的に後者が勝る、が。
いや、《青薔薇の剣》は絶対零度の永久
「青年君さぁ……。君の剣は届かねえよ」
竜は勝ち誇るワケでもなく、バカにしているようでもなく。なぜか
——あれ、これって……。
今日二度目の"見覚えがある体験"。
——あの整合騎士に、似てる?
昔話に出てきた衛士長ベルクーリ。
つまり、その成れの果て……整合騎士ベルクーリ・シンセシス・ワンに。
元の世界で《白竜》から逃げまどい、
——似た者同士だったってこと……?
ユージオの脳裏に、記憶の一つが垣間見える。
『僕は……あなたたちの、そういうところが許せないんだ!』
『あなたは……僕の剣に、見覚えがあるはずです』
『殺した……だって……?』
これが、青年のシャクに触った。憤りが……
「ぐっ……う!」
とはいえ、《白竜》の攻撃は厳しい。
氷の壁は竜に操られて宙に浮き、ジワジワとユージオを押し込んでいく。攻めていく。今は初期装備の剣でなんとか拮抗状態に持ち込めているとはいえ、一瞬でも気をぬいてしまったら、足をすべらせてバランスを崩すことだろう。
体積の暴力がユージオを襲う。このままでは力負けしてしまう!
——このままじゃ危ない。わかってる……でも!
相手は《白竜》。水素系神聖術の権威とも呼べる存在。高位の技を繰り出されたらヤバい……。
「でも、諦めるもんか……!
——絶対に《青薔薇の剣》を手に入れるんだ!!︎︎」
ユージオは気を引き締めると同時に、
——本気で行かなきゃ!
先に仕掛けたのはユージオの方だった。氷壁と繰り広げていたある種の
しかし、氷は竜の指示により今もユージオめがけて突進し続けているのだ。むしろユージオの剣が離れたことでブレーキがゆるみ、スピードを上げて一直線にこちらへ向かってくる。
でも、大丈夫。それがねらい。
腰を落とし、肩をひねった。同時に剣を後方から真横へスイングすれば、ソードスキルが発動する。力強い水色の《ライトエフェクト》が輝いた。
「うおおおおおおおああああ!!︎」
単発水平斬り《ホリゾンタル》。《アンダーワールドのユージオ》がはじめてキリトに習い、《ギガスシダー》を切り倒す折に用いた思い出のソードスキル。
すべてが落ち着いた時。ユージオが見たのは、右から左にかけて真横に切断された氷が、液体に戻る瞬間だった。
とはいえ、
「甘いんだよな」
竜から不穏な一言が放たれた直後、ゴゴゴゴゴ……と地鳴りが響く。
なにをする気だ、とユージオが警戒心からあたりをキョロキョロ見回していると。
ドオオオオオ!
爆発のような
だけど、様子がおかしい。
「なに、これ……」
さきほどの氷壁がかわいく思えるほど、バカみたいに……サイズがデカい。目測とはいえ、四方はおよそ二十五メートルはある。——ついては巨大な長方体が登場したのだ。
それに……。
「俺を取り囲んでるの……?」
巨大空洞の中央にいたユージオを閉じ込めるかのように、上から見ればひし形に見えるように現れ——
——でも、迷う時間なんてない……!
ユージオは歯を食いしばり、眉をひそめ、目を見開いた必死の険相で目の前の壁と対峙する。
もし、なんのアクションもとらなかったら、行き着く結末は圧死。まさしく危機一髪の状況!
打開策はないように思えた。
——もしかして……あれなら!
ひとつ、青年の脳内に保存されている。
とっさに剣を持ち直し、両手で握る。そして、壁が、剣先に届く距離にたどり着いた時——。
「これしか、ないッ!」
彼が剣を引くやいなや、緋色の閃光が走った。
緋色という言葉の通り、火風のようなライトエフェクトが舞う。片足を軸として、体ごと方向を転換する。反時計回りと、回転に伴う水平斬りを——堂々と
名を《
そう、
技が終わる頃には四枚の巨大な壁は綺麗に裂かれ、一直線の切り傷に沿って崩れていった。ユージオの視界に絶景が戻ってくる。
ホッと息をつくが、次の瞬間には逆に大きく息を吸っていた。次いで思い切り氷を踏みこむ!
——今なら!
まだ終わってなどいない。気を抜いてもいない。
自分がいま、氷の上にいるなんてことを忘れて、軽快に走る。右手に剣を持ち、素早く地底湖を蹴った。
「届けェ————!!︎︎」
正面の《白竜》が驚愕のうちに、攻撃を忘れているわずかながらの隙を狙って、一気に攻める!
次こそ、
——今度こそ、《ソードスキル》を決めてやる……ッ!
剣が、鮮やかなライトグリーンに輝いた。彼は突進系ソードスキル《ソニックリープ》を使いこなしていた。
して、ユージオは《白竜》の
パリンッ!
なにかが割れる音がした。竜のウロコが割れたのだ。ユージオの手で、《白竜》に一つ、斜めの切り傷が刻まれたという現実。
はじめて、《白竜》のうめき声を聞いた。
——そうさ。デカい図体を持つドラゴンなんて、近接戦を仕掛けたらなにも手出しできないんだ!
その証拠に、元いたアンダーワールドの洞窟で、整合騎士ベルクーリの剣に容赦なく切り刻まれていたじゃないか。
「まだです……これからです……」
竜に語りかけるように、ユージオは言った。
当たり前だ。自分自身で冷たく言い換えてみれば、一回——たった一回、攻撃が通ったというだけ。《白竜》のHPはまだまだ残っている。
油断しちゃいけない。
さっさと次の攻撃をしよう。
「ハアアアアア——!!︎」
今度は思いっきり剣を上げる。ライトブルーのライトエフェクトが光り、精一杯斬り下ろすッ!
できるだけ、広範囲に傷を入れる。肩の限界に挑戦だ。
「く……ッ!」
手ごたえは、ある。
肉を切っている——料理をする時にも感じる不快な感覚が、たしかに自分の右手から伝わってくる……!
——でも、まだ……まだ……。
口元を歪め、竜の腹をにらみつけながら、初期装備の剣に力を込める。
できるだけ腰を低くし、できるだけ背中を曲げ、できるだけ右肩を出して前のめり。体が限界と悲鳴を訴えてくるまで、これでもかと自分でも言いたくなるほど曲げて、深く、深く、深く——下方まで斬ったと納得した時。
「……二連撃垂直斬り——《バーチカル・アーク》」
正直、自分の声に驚いた。熱くなっているはずなのに、とても平坦で冷たくて……。
——ダメだ、余計なことを考えるな! 技に集中しろ!!︎
今度は逆に斬り上げる! 「ぐわァ!」と、いっそう大きな《白竜》の悲鳴が上がる。
元《人界の守護者》を斬っている。斬っているんだ。でも、気にしない……。
——気にするもんかッ!
曲がっていた背中が、走り高跳びの選手みたいに反った。この動きに合わせて、右手の一部かと錯覚するようにある種の《同期》をして、初期装備の剣も、竜の腹を再び深くエグる。
ライトブルーの閃光は、まるで神聖語の一文字——アルファベットで《V》の字を描くように走った。これこそ《バーチカル・アーク》という技。垂直に斬り下げる《バーチカル》の発展系だ。
ユージオは《アインクラッド流》——いや。《ソードスキル》の特色たる《連撃技》を解禁したのである。
ドラゴンのHPバーを見ると、一本目のバーが五割ほどまでに減っていた。目をまんまるに見開いて、内心驚いたのは事実。
——たった二撃で?
仮にも《白竜》——アンダーワールドでは、最強の整合騎士が倒した相手なのに。《最強のドラゴン》と言っても不思議ではないというのに。
自分の攻撃力が高いのか、竜の防護力が低くなっているのか、よくわからないというのが正直。
でも、これが好機なのは違いない。
再び剣を持ち直し、《白竜》の腹部を見据える。
「次、いきます」
今回の攻撃では《ソードスキル》を使わなかった。
——速く。速く。速く。もっと速くするんだ!
もっと、もっと、もっと!!︎ ユージオは何度も心の中で唱える。
型も技も、そんな結構な力は……ない。
ただ速く、ただ早く、敵——《白竜》のヒットポイントを削り取ること。そういう目標を決め、実現を目指して、本能的かつ衝動的な連続攻撃をガムシャラに繰り返す。とは言っても、デタラメというワケではない。
かの《アンダーワールドのユージオ》は才能を持っていたが、同時に努力家だったから。ひたすらひたすら、地道に剣術を練習し、習得し、己を鍛え上げていた。だから彼のモーションにムダはない。一回……また一回と斬るごとに、たしかに、確実にドラゴンのHPを減らしている。
いったい何分……どれくらい経過したんだろう。
トランス状態を打ち破るように「ぐおおおおお!」と、ドラゴンは今までよりも大声で、すこしばかり長く叫ぶ。
理由は簡単。三本のHPケージのうち、一本がゼロに到達し、ようやく消えたからだ。
——攻撃パターンが……変わる!
嫌な予感がしてユージオはとっさに後退。
ドラゴンはもがくように首を横に振っていたが、急に動作が止まる。ここまでの動きは、まさに怪獣のよう。
でも、怖がってちゃいられない。自分は映画の観客じゃない。いま、自分が《戦っている》んだから。
青年は再び剣を構え、《ソードスキル》を繰り出そうとする。
ところが——。
パリン!
「え……?」
思わず《白竜》から右手に目を移して、青年は固まってしまう。
剣が、初期装備の剣が、壊れた。
クラッカーが割れるみたいに、ポリゴンのカケラに還って……消滅。
ユージオはフリーズした。嫌な汗がほほから首を流れる。
いや……納得はできる。ただでさえ初期装備の剣なんだ。激戦で酷使したんだから、耐久値が低い剣が壊れても、無理はないんだ。
でも、タイミングが最悪すぎる。
次の攻撃パターンが分からぬ最強のドラゴンの前で、隙を見せてしまった。これを竜が見逃すはず、ない。
「あ、ぁ……!」
にぶい音と同時に、自分の意思と反してはるか後方へ飛ばされた。ユージオは《白竜》の前足になぎ払われたのだ。
急激な加速に喉がつまる。
ドサッ! と、巨大地下空洞の岸壁とアバターの背中がぶつかった。
痛みと同時にユージオを襲った感覚は、キーンと冷えるような寒さ。
自分のHPケージを見れば、満タンと比べて七割ほどまで量が減少していた。たった一撃で三割も削られたことになる。
どうしよう。どうすれば……という焦りの声が、頭につのる。冷えもあいまってガンガンという痛みがひどい。
絶体絶命。形勢は逆転してしまった。
まずはお読みくださりありがとうございます。
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※当エピソードは諸事情によりいったん削除の上、再投稿に至ったものです。