モモンガさんはナザリックでスローライフをおくるようです 作:名無しちゃん
「スゲー……」
目を開いた俺の開口一番出た言葉はため息まじりのものだった。荘厳で華麗なまさに白亜の城を思わせる広大な空間は、揺らめく燭台の炎ひとつひとつすら高貴さを感じさせた。
天井は遥かに、ぐるりと曲がって降りていく階段の下にもまるでホールのように広大なスペースが拡がっている。
俺は思わず立ちあがり両手を広げた。
「……スゲーな……」
感嘆が収まると同時にひとつの疑問が不安と共に込み上げてきた。
──何処だ? ここ……
胸の奥から沸きだした不安は全身に拡がり、俺を満たしていく。
──俺は誰? イッタイオレハナニモノダ?
俺の中はカラッポだったのだ。
不安、焦燥、恐怖、混乱……それらの感情がまっ白の闇に溶けている、そんなものが俺を満たしていたのだ。
記憶喪失……というよりも『無』。つまり俺は自分自身を喪失していた。
「いかがされましたか? モモンガ様」
俺は美しい女の声を間近に聞いて振り向いた。そこにはまさに妖艶という言葉がふさわしい絶世の美女が首をすこし傾けながらこちらをじっと見ていた。
「……え、えーと……アナタハドチラサマデショウカ?」
俺の言葉に彼女の金色の瞳が大きくなる。まるで信じられないとでもいった面持ちで数秒間俺の顔を見つめていたが、やがて目をつぶると息を吐き口もとで小さく呟きだした。
「……えっと……」
気不味い空気の中、俺がさらに説明しようとしたら彼女が遮った。
「申し訳ありません。わたくしはこのナザリック地下大墳墓の守護者統轄の任をまかされておりますアルベドで御座います。なんなりとご命令くださいませ」
「……ナザリック……?」
アルベドの表情が曇りだす。
「……あの、モモンガ様?」
「……モモンガ? 誰のこと?」
アルベドの金色の瞳が驚愕に膨らんだ。俺は彼女の瞳を眺めながらなんとなく蛇を思い起こしていた。
◆
「──以上がモモンガ様及びアインズ・ウール・ゴウン、そして拠点となりますナザリック地下大墳墓についての簡単な説明でございます」
「……あ、ああ。ありがとうアルベド。助かったよ」
突然アルベドがしゃがみこむ。肩が細かく震えているが大丈夫だろうか?
「──くふー! モモンガ様。このわたくしに全てお任せください」
その後、アルベドの案で第六階層の闘技場に階層守護者を中心に主だった配下を集め、状況を説明する事になった。
◆
モモンガがセバス及びプレアデスと共に立ち去った第六階層ではアルベド、デミウルゴス、コキュートス、アウラ、マーレ、シャルティアといった階層守護者達が残っていた。
「……モモンガ様が記憶喪失とは……アルベド、間違いないのですか? もしやモモンガ様が我々の忠義を試される為に芝居をしている、という事はないのでしょうか?」
「おそらく間違いないわ。モモンガ様の記憶は失われているのは間違いないと思うわ。わたくしも最初は疑ったのだけれど断言できるわね」
「確かに以前は、あの、モモンガ様はもっと怖い方だと思っていました。ぼ、ボクはやさしいモモンガ様も、あの、ありだと思います」
「そうでありんすか? 妾はやはりゾクゾクする支配者然としたモモンガ様の方が……考えるだけで濡れてくるでありんす」
「……全くシャルティアは……あたしはマーレの意見に賛成だね。というか至高の御方は態度がどう変わろうがあたし達にとって変わらない存在だと思うけどね」
「……ウム。アウラガ正シイ。我々ニトッテハ至高ノ御方ガソコニ存在スルダケデソレハ絶対的存在トイエヨウ……」
皆がコキュートスの言葉に首肯く。
「確かにコキュートスの言うとおりだね。我々はこれからも至高の御方、モモンガ様に変わらぬ忠義を尽くしていくだけだ。それはこれまでと何もかわらない」
デミウルゴスがその場をまとめる。そしてそれぞれがこれまで通り各階層守護者としての役目を果たしていく事を確認する。
「では、わたくしはモモンガ様の右腕としてお側につく事にするわね。頑張らなくては……」
第六階層の守護者のアウラとマーレ以外の階層守護者がそれぞれの拠点に戻っていくのを確認すると、アルベドは一人つぶやく。アウラが訝しげにみるが、彼女はその視線に気づかないように軽い足取りで第六階層を後にするのだった。
◆
モモンガは第十階層の自分の部屋にいた。大きな姿見に自身を写してため息をつく。
(……骨、だな。いやいやいや。なんとなく、そうじゃないかとは思っていたさ。視界に入る手が骨なんだからな。たぶん手だけが骨ってわけはないとは思っていたさ……でもさ……こうして改めて自分の姿が骨だとわかってみるとショックだよな……しかもだ。アレもきれいさっぱりなくなっているしな。セバスの話では俺は|オーバーロード〈死の超越者〉らしいが……)
モモンガは姿見の前でクルリと回ってみる。豪華なロープが翻った。
「……うん? カッコイイ……とも言えなくもないかもしれないな……」
モモンガが姿見の前で様々なポーズをとっていると、何ものかが扉をノックした。
「……モモンガ様。アルベドでございます。よろしいでしょうか?」
「……コホン。あ、どうぞ」
「失礼いたします」
部屋に入ってきたアルベドを見てモモンガは緊張する。モモンガと彼女達は絶対的な主とその配下だという事は先程説明されて理解していたが、美女と二人きりというだけで緊張してしまうのだった。
「……え、えーと……ナニかな? アルベドさん」
アルベドは一瞬だけ金色の瞳を大きくしたが、すぐに普段通りの表情に戻した。
「モモンガ様。このアルベド、モモンガ様の手足としてなんなりとお使いください」
うやうやしくひざまづく彼女のうなじを見下ろしながらモモンガは飲み込めない唾を飲む。
「……な、なんでも……」
モモンガは震える指先でアルベドの守護者顎をあげてじっと瞳を見つめる。
アルベドの金色の瞳が妖しく揺らめいていて、モモンガは吸い込まれそうになる。
「……あ、いや……イマノトコロハ大丈夫です」
何が大丈夫かはよくわからないが、そんな答えしか出来ない自分につい情けなくなる。
「……かしこまりました。ではご用が出来ましたらお呼びください」
アルベドが去った後でモモンガは誓う。いつかはヘタレな自分から卒業しよう、と。そしてこのよくわからない世界を楽しく満喫するのだ、と。