ロウきゅーぶ 下級生あふたー!   作:赤眼兎

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時間が空いてしまい申し訳ないです!
お仕事が忙しくなってしまいました。
久しぶりの投稿はなんか緊張しますね……。


■第十七話 平常心是道

 

 

 

 ミミが居候を始めてから、早いもので三週間近くが経過した。

 

 

 

 初めのうちは自宅に居候がいる、という状況に戸惑い、なんとなく落ち着かないような気分でいたのだが、同じ日々を繰り返すうちに次第に慣れていった。

 

 まず朝は妹二人とミミをたたき起こして朝練。———事前に宣言していた通り、ミミは朝がシャレになんないくらい弱かったので、結局ほぼ毎朝俺が起こす必要があった。

 朝練の内容は軽くフットワーク練をした後ドリブルやシュートなどの基礎練をして、最後に2on2をやる、という流れが多かった。ミミが朝練に加わって四人になったことで試合形式の練習が出来るようになったことは非常に喜ばしい。

 

 加えて、椿や柊にとってミミとの練習はいい刺激になっているようだった。

 

 ミミのシュートフォームやドリブルは年齢の割に洗練されており、一緒に練習をすればするほどそれが分かるのだ。それに影響された二人は、驚くべきことに今まで面倒くさがって手を付けてこなかったフォームの改善に積極的に取り組むようになっていた。俺があれだけ言っても手を付けようとしなかったっつーのに……。

 

 また、俺にとっても得るものが大きかった。単純に、実力の近い相手と毎日マッチアップを行えるというのが非常にデカい。加えてミミの奴、マッチアップして俺に勝利するとめちゃくちゃ嬉しそうな顔で、フェイクが分かりやすすぎる、だのドリブルが甘い、だの俺にダメ出しをしてくるのだ。悔しいから嫌でも修正しようという気になる。認めたくねーが、指摘自体はかなり的を射ていたように思う。実際ちょっと1on1の技術上がったような気がするし。

 お返しとして、俺も自分が勝った時にはミミに対して容赦なくダメ出しをし返してやることにしている。ちなみに、戦績は大体七対三くらいの割合で俺が勝ってたからな。年上舐めんな。

 

 朝練を終え、交代でシャワーを浴びた後は母さんを含めた五人で朝食を取る。朝飯はミミが率先して作りたがったので、任せることが多かった。なんだかんだ三週間ずっと継続して作ってくれており、律儀な奴だ、と驚かされた。

弁当についても俺と、仕事があるときは母さんの二人分を作ってくれている。朝は時間がないから夜のうちに完成させているようだ。

 母さんは『ミミちゃんのお弁当があるから最近仕事に行くのが楽しみなの~』と嬉しそうだった。おかげでここ最近ずっと機嫌がいい。いいぞミミ、その調子だ。

 

 朝食をとった後は四人揃って登校。………正直、この年になって妹とその友達と一緒に登校するのは若干恥ずかしい。しかもミミ目立つから、注目浴びちまってるし。

しかし、だからと言って別々に登校してくれ、と言うのもなんか感じ悪い気がするので躊躇ってしまう。そこで一度『あー、お前ら、俺と一緒に登校すんの恥ずかしかったらちょっと時間ずらしたりできるし、言ってくれていいからな』と遠慮がちに提案してみたのだが、三人からブーイングが帰って来たのであきらめた。そのため、三週間たった今でも結局四人揃って仲良く登校している、という訳である。……まあ、良いけどな別に。

 

 三人と別れ、教室に着いてからは真帆と紗季と三人で行動することが多い。残念ながら現時点でも同じクラスで友達と呼べるほど親しくなったやつが居ないのが現実だった。自分はこんなにも友達を作るのが苦手だったのか、と思わず愕然としてしまう。別に嫌われているとかそういう訳ではない気がするのだが、なんか誰も話しかけてこねーんだよな……。編入生とエスカレーター組の溝ってやつなんだろうか。

 

 放課後は部活の時間だ。

 火木土は男バスの活動に参加し、月水金は女バスの練習を見に行っている。

 

 今日は金曜日なので女バスの活動日である。部活の内容としては、明後日の日曜日に迫った五色中央との練習試合対策の総仕上げだ。

 

 少し前まではディフェンスの練習や速攻の練習、セットプレー時の動きの確認等チームでの新たな動きを覚えるための練習がメインだったが、ここ一週間は五対五のゲーム形式での練習を増やしている。練習で身に着けたことを実戦で発揮できるようにするための特訓だ。そのため、ここ最近は下級生たちにも対戦相手としてゲームに参加してもらっている。下級生たちも基礎的なことはあらかた身についてきてたしな。そろそろ試合やらしてみたいと思ってたし、丁度いい。

 ただ流石に下級生五人対上級生だと実力差が違い過ぎて試合にならないので、下級生三人+俺と美星、というチーム編成で何とかチーム力に釣り合いを取らせようとしていた。

一応俺が仮想クロエ、美星が仮想荒巻という役所なのだが、美星かげつより身長低いし、俺もスタイル的にクロエ感があんまないので割と無理やり感は否めないが、この際ゼータクは言ってられない。

 

 上級生チームは、初めのうちは新しい戦術に慣れずぎこちなかったが、現時点ではなんとか形にできているようだった。微妙に付け焼刃感あるし、スケジュール的に今から新しいこと試すの無理がある気がして若干心配だったが、戦ってみた感じ実戦でも割と通用しそうだ。………コーチとしては一安心なんだが、思った数倍吸収力高くてバスケ選手としちゃ嫉妬モンだ。

 

 兎にも角にも、練習段階でやっておきたいと思っていたことは全て達成できた。勝てるかどうかは高く見積もっても五分五分だが………後はあいつらの頑張り次第だな。

 

 

 

****

 

 

 

「い、いよいよ明後日ですね。緊張してきました………」

 

 部活が終わり、俺と椿、柊、ミミ、雅美、かげつの六人揃って下校中。俺の隣を歩くかげつは不安げにそう呟いた。

 

「あーちょっとわかるな。なんか、ついに来たか! って感じでドキドキするもん、ボクも」

 

「ね、なんか、やることやってたら思ったよりあっという間だったしね」

 

 すぐ後ろを歩く椿、柊もかげつに同調する。いつも威勢のいいこいつらが緊張って珍しいな。まあでも、そんだけ真剣に練習してきたってことだろーし、悪いことじゃねーんだろうけどさ。

 

「二日前から緊張っていくらなんでも気が早すぎない?」

 

 そんな三人に対し、前を歩く雅美が振り返り、ツッコミを入れる。

 

「で、でも最後の練習終わっちゃったし………。うう、やり残したこととか無かったかな………」

 

 尚も弱音を漏らすかげつに、雅美はやれやれ、と呆れたように頭を振って、

 

「ハア………そんな調子じゃ先が思いやられるわね。私たちはチームとして、既にやれることは全てやったのだから堂々としてなさいよ、みっともない」

 

「ノン、そう言うましゃみも今日の部活前カナリ落ち着き無かったデス。バスケの教本片手にウロウロしながらブツブツ言ってマシタ」

 

「ちょ……ミミ!?」

 

 自身の醜態を暴露され、慌てた様子で叫ぶ雅美。暴露した当の本人は雅美の抗議など何処吹く風、と言わんばかりにシレっとした表情を浮かべている。相変わらずマイペースなヤツ………。

 

「あーボクも見た見た。かなりキョドウフシンだったよねー」

 

「なーんだ、ましゃみもしっかり緊張してんじゃん。なのに一人だけカッコつけちゃって」

 

 俺とかげつの後ろを歩く椿と柊も囃し立てるような調子で茶々を入れる。

 

「ぐ、ぐぬぬ………。しょ、しょうがないでしょ………! ポイントガード実戦でやるの初めてなんだし、色々考えること多くて大変なんだから………」

 

 悔しそうな表情で言う雅美。

 

 流石に不憫だし、仕方ねえからフォローしてやるか、と思い、俺も口を開く。

 

「まあ、実際大変だと思うぜ。ポイントガードは仕事多いポジションだしな」

 

「で、ですよね! さすが、竹中さんは私の大変さを分かってくれてて――」

 

「明後日の勝敗は雅美の完成度次第と言っても過言じゃねーな」

 

「なんでこれ以上ハードル上げようとするんですか!?」

 

 信じられない、とでも言いたげな表情で噛みついてくる雅美。いけね、フォローのつもりがつい言いたくなって雅美弄りに便乗しちまった。

 

「あ、ちなみに明後日の試合、紗季も見に来るっつってたぜ。よかったじゃねーか。練習の成果見せつけてやれよ」

 

「な………!?」

 

 愕然とした表情で言葉を失う雅美。くくく、想像通りのリアクションだな。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ………余計なコトを……!」

 

 不満げに呻く雅美。そんな彼女に対し、俺は挑発するようにニヤリと笑ってみせ、

 

「自分の方が上って分からせてやるんだろ? いい機会じゃねーか」

 

「くっ………も、もちろんです! わ、私が紗季に負けるわけないですから………」

 

 威勢よく宣言した雅美だが、よく見ると目が泳いでいた。………まあ、けしかけといてなんだが紗季と雅美じゃポイントガードとしての年季ちげーし、さすがに現時点で上回るのは無理があるだろうがな。雅美も一応自覚はしてるんじゃねーかな。まあ、ベストを尽くしてくれれば文句ねーさ。

 

 そんな風に雅美とやり取りをしていると、後ろから椿と柊が俺の肩を叩いてきた。なんだ? と思って振り返ると不安そうな表情で、

 

「に、にーたん………? 見に来るのは紗季だけだよね? まさかとは思うけど――」

 

「ん……? あーいや、真帆も来たいっつってたから多分来るんじゃね?」

 

「ぎゃー!!」

 

「なんで呼んだのさにーたん!!」

 

 大声で抗議する二人。いや、そんなこと言われてもな。

 

「呼んだっつーか、クラスであいつら二人に練習試合のこと話しただけだぜ」

 

 思いのほか反発があったので面食らいつつ返答する。椿と柊はやはり納得がいかない、といった様子で、

 

「真帆に話したら来たいって言うにきまってるじゃん!! にーたんのばか!」

 

「そーだよ! そんなの分かりきってたじゃんか」

 

 いや、確かにそうかもしれんが別に隠すようなことでもねーしな………。あいつらも一応女バスOGなわけだし、見に来る資格はあると思うが。

 

「別に見られて困るようなもんでもねーだろ」

 

「「うー………でもでも」」

 

 尚も食い下がる椿と柊。うーむ、こいつらが真帆に苦手意識持ってんのは知ってたが、プレイを見られるのを嫌がるのは少し意外だ。『あほ真帆にボクたちの華麗なプレーを見せつけてやる!』くらい言いそうなモンだっと思ってたが。

 

 ………………そう言えば、最近椿と柊が真帆に食って掛かる姿をあまり見なくなった気がする。どちらかと言うと単純に接触を避けてるって感じだ。よく分からんが、様子見るに真帆に見られてると緊張しちまうってことなんだろう。なんか心境の変化でもあったのか? まあともかく——。

 

「はあ………あのなあ。誰に見られてよーがカンケイねーだろ。プレイすんのは自分と、チームメイトと、相手チームだけなんだから、観客なんて気にしてんじゃねーよ。………それとも、真帆に見られてたから全力出せなかったって言い訳すんのか?」

 

 言い聞かせるように二人に向けて言い放つ。

 

「うー………」

 

「最近のにーたん、説教臭くなったよね………」

 

「余計なお世話だっつの。………とにかく、どんな状況でも平常心を保てるようになんねーと、一人前のプレーヤーになんてなれねーぜ。雅美、お前もな」

 

「う………」

 

 言葉に詰まる雅美。三人はぶー垂れつつも、『………はーい』と返事を返した。ったく、一人前のスポーツマンとはなんるたるか、こいつらは微塵もわかっちゃいな——。

 

 

 

「あ、それで思い出しましたけど、ひなた姉様も来ますよ。お呼びしたら来たいって言ってたので」

 

 

 

「な——」

 

 思わず言葉を失う。一瞬にして頭の中が真っ白になる。

 

「ひ、ひなた来るのか………?」

 

「ええ、楽しみにしてるって言ってました。姉様にご満足いただけるように頑張りたいです。………そう考えると、緊張どころではなかったかもしれませんね」

 

 そう言って、ふんす! と気合を入れるかげつ。そんな彼女とは対照的に、俺の頭はひなたが試合を見に来る、という事実に稲妻に打たれた様な衝撃を受けていた。

 

 ………………………………。

 

 ………ひ、ひなた来るのか、そうか。クラス変わっちまってから最近全然会ってなかったし、会うの久々だな………元気してっかな。くそ、どうせなら俺が試合してるとこ見て欲しかったな。だけどひなたに見られてるって思ったら緊張してプレーに支障出るかも知んねーし、正直よかったかもしれな——。

 

「………竹中さーん??」

 

「はっ!?」

 

 抑揚のない声で雅美に呼びかけられ、空想世界から現実世界へと帰還する。

 

 見ると、にっこりと笑みを浮かべる雅美が目に入る。後ろからは『にーたんも全然人のこと言えないじゃん………』と呆れたような柊の呟きが聞こえてくる。

 

 どう取り繕ったらよいか分からず固まっていると、雅美は顎に指を当てて右上に視線をやり、わざとらしく何かを思い出そうとするかのような表情を浮かべると、

 

「えーっと………なんでしたっけ? どんな状況でも? 平常心を保てないと? 一人前のプレイヤーになんてなれねーぜ、でしたっけ?」

 

あからさまにすっとぼけたような声色でそう言う雅美。そして目をスッと細めて射貫くように俺を見つめ、

 

「エラソーに私たちに説教垂れたってことは、トーゼン竹中さんはどんな状況でも保てるってことですもんね? 平常心」

 

「………くっ、あ、当たり前だろ」

 

 そう言って俺は雅美から目を逸らす。それを見て雅美はハン、と鼻で笑うと、

 

「どーだか。ひなたさんの名前聞いてだらしない顔して鼻の下伸ばしてたクセに」

 

「は、鼻の下なんか伸ばしてねーよ!!!」

 

 伸ばしてないハズだ。………………………の、伸ばしてなかったよな?

 

「お、俺はただ、あいつに会うの久々だなって思って、あったら何話すかな、とか考えてちょっとぼーっとしてただけで………別に、ひなたに会うからって今更緊張とかしねーっつーの!」

 

「ふーーーーーーーーーん………。本当ですかあ?」

 

「ほ、本当だっつの!!」

 

 訝しむような目つきでジロジロと俺の顔を探るように眺めてくる雅美。無性に後ろめたい気分に苛まれた俺は直接目を合わせないように注意しつつ、必死で顔を背け続けた。くそ、母さんに隠したテストの答案が見つかった時みてーだ………。

 

 そんな俺たちの様子を見てかげつは不安そうに、

 

「あ、あの。………もしかして竹中先輩、姉様のこと、苦手なんですか?」

 

「………………………………………。はい?」

 

 突然、予想だにしなかった質問を投げかけられ、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。………………………俺が、ひなたのことがニガテ? 何がどうしてそうなった?

 

 俺が呆けていると、かげつは慌てて言葉を付け加える。

 

「あ、いえ。竹中先輩、姉様が来るって聞いてびっくりしていたようなので、苦手意識あるのかなと。思い返してみれば、姉様と会った時の竹中先輩、いつも少し居心地悪そうにしてた気がして………。あわわ……わ、私としたことが、もっと早く気が付くべきでした……!」

 

「あー………………えーっとだな」

 

 愕然とした表情でワナワナと両の手を震わせるかげつ。声をかけてみたものの聞こえていないのかスルーされちまった。かげつはなおも言葉を続ける。

 

「竹中先輩には普段お世話になっていてとても感謝しているので、お二人の仲が悪いのは私としてもちょっと悲しい、といいますか………。あ、そうだ! もしよかったら私がお二人の間を取り持ちましょうか? 姉様はとても魅力的な方ですので、きちんと知っていただければ苦手意識など一瞬にして消えてなくなるハズです!」

 

 興奮した様子でそうまくし立てるかげつ。………相変わらず、姉のひなた関連の話になるとなんつーか、走り出したら止まらないといった感じだ。クセの強い女バス面子の中で比較的常識人寄りだから忘れちまいそうになるが、そう言えば思い込みが激しく暴走しがちなキャラでもあったな………。

 

「いやまあ、気持ちはありがてーけど、別にひなたのこと苦手じゃねーから安心しろよ。これでもそれなりに付き合い長いし………い、良い奴なのは知ってるって」

 

「で、ですが……」

 

「そうよかげつ、そんな事あるわけないじゃない。竹中さんはひなたさんのコト、苦手どころか寧ろ大好——」

 

「おおおおおおおい!!!! 何口走ってんだお前!!?」

 

「むぐぐっ……!?」

 

 慌てて右手で雅美の口を塞ぎ、引きずって道の反対側まで連行する。こ、コイツマジで余計なコト言いやがって………!

 

「だいす……? な、なんでしょうか」

 

「あ、アハハ! なんでもねーよ!」

 

 訝し気な表情でこちらを伺うかげつに対し、ひきつった笑みをうかべて取り繕う。

 

 あ、あぶねえ………危うく取り返しのつかないことになるトコだった。『俺がひなたのことが大好き』なんて万が一にでもかげつに伝わったら、ぜってー『姉様に近づくケダモノは許しません!』みてーなことになるに決まってる。去年の夏に長谷川に似たような理由で噛みついてんの見たことあるし、そうなったら最悪女バスに立ち入り禁止になる可能性がある。

 …………………い、いや。まあ、そもそも俺がひなたのことが好き、とかいうのが事実無根なんだけどな。あくまで誤解された時にかげつ相手だとそれを解くのがメンドクセーってだけの話で——。

 

「あ、あの………竹中先輩」

 

「おっおう! な、なんだ?」

 

 突然かげつに呼びかけられ、慌てて返事を返す。今度は何を聞かれるんだ!? と警戒心から思わず身構える。

 

「え、えっと………。姉様のことを苦手に思っているわけじゃない、というのは分かったんですけど………」

 

「お、おう、分かってくれたか」

 

 誤解が解けたことが分かり、緊張が解けて全身から力が抜ける。

 

「で、でもその………とりあえず、そろそろ雅美を解放してあげた方が良いんじゃないかな、と………」

 

「へ………?」

 

 かげつは遠慮がちにそう呟いて、俺の顔の右のあたりに視線をやる。恐る恐る顔を右に向けると、ギロリ、と至近距離から俺を睨みつける雅美と目が合う。手で口を塞がれた怒りからか雅美の顔は真っ赤に染まっており、目にはうっすらと涙すら浮かべていた。

 

「おわっ!! す、すまん」

 

 慌てて右手を放し、雅美を解放する。自由の身となった雅美は口を押えて少し俯いた後、そのまま顔を上げ、恨みがましい視線を俺に向ける。

 

「………ひ、ひどいです竹中さん。女の子の唇をいきなり触ってくるなんて………」

 

「く、唇ってお前………」

 

 も、もっと他に言い方あっただろ………。

 

「ひ、人聞き悪りーこと言うなよ。お前が急に変なこと言い始めるからフツーに口塞いでやっただけだっつの……」

 

「う、ウソです! 押さえられている時何回か指で唇押してきたじゃないですか!」

 

「は、はああああ!? してねーし!! お前の自意識過剰なんじゃねーの?」

 

 雅美の言いがかりに対し、声を大にして反論する。

 

 じ、実際してねーはずだ。かげつへの対応に必死でそれどころじゃなかったし、雅美のことは意識の外だった。………む、無意識にやっちまった可能性は否定できねーけど、そんなん言い出したらキリがねーだろ……。

 若干不安になって、本当のところどうだったか思い出そうとしているうちに、雅美の口を押えていた時の感触が若干右手に残っていることに気付く。

 

 ………………………。

 

 い、言われてみれば、なんか指に柔らかいものが触れていた気がしなくも無——。

 

「エイ」

 

「いっ………痛ってええええええええええ!! ちょ、急に肘つねってくんじゃねーよ!! おいこらミミ!!」

 

 右ひじに激痛が走り、思わず悲鳴を上げる。俺の肘をつねってきた犯人——ミミは例のごとくシレっとした顔で、

 

「イエ、なんだかタケナカが変態的な思考に陥っていた気がしたノデ、セイサイを加えてやったマデデス」

 

 そう言って、ジトっとした目で咎めるように俺を見つめてくるミミ。うっ、と思わず言葉に詰まる。………た、確かに、言われてみれば変態チックなこと考えていた気がしなくもねえ……。クソ、どうしちまったんだ最近の俺は。長谷川のような変態スポーツマンには絶対になるまいと心に誓ったハズなのに……!

 

 ………ってか、なんでコイツ俺の考えてることが分かったんだよ。エスパーかよ、怖っ!

 

 俺が内心ビビっていると、ミミ以外の四人からも微妙に温度の低い視線が飛んできていることに気付く。くっ、これが多勢に無勢というやつか……。

 

「と、とにかく、大事な試合の前なんだから、いつまでも立ち話してねーでさっさと帰るぞ!」

 

 そう言い捨てて四人に背を向け、足早に歩きだす。………背中から『何がとにかく、なのかしらね?』だの『最近のにーたん、都合悪くなると逃げるようになったよね………』だの『ニッポン男児としてちょっとどうかと思いマス』だの罵声が飛んできている気がしなくもねーが黙殺する。長年の経験で群れた女子まともに相手すると碌なことにならねーと知っているからだ。戦略撤退というやつだ。決して居心地悪くなったから逃げてるわけではない。

 

 ………………試合前という大事な時期に、コーチとして今まで築き上げてきた部員たちからの信頼が粉々に砕け散ってしまった気がしなくもないのは、今は敢えて考えないこととする。

 




十七話でした。
微妙に久しぶりの執筆ということもありやたら筆進むの遅かったです……。
次の次位から練習試合が始まる予定です。

バスケの試合書くの初なので上手く書けるか今からビビり散らかしております。
気が向いたらで大丈夫なので、感想や評価いただけると嬉しいです。励みになります。

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