ロウきゅーぶ 下級生あふたー!   作:赤眼兎

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遅くなりました!

十九話です。

割とえいやっ!て感じで書いてしまったので、粗あるかも。。


■第十九話 コーチの肩書き

 

「中途半端に寝たせいでかえって眠気が残っちまった……」

 

 慧心学園の男子トイレの中で、洗面台でバシャバシャと顔を洗って眠気を落としながら一人愚痴る。

 

 既に慧心側のメンバー、五色中央側メンバーともに全員集合しており、現在は試合に必要な得点表やらボールやら機材やらを準備している最中である。最初はホスト側であるこちらが全部準備するつもりだったのだが、こちらから申し込んで場所まで使わせていただくのに、準備まで全部任せてしまうのは申し訳ない、と言う向こうの顧問の申し出があったので、諸々手伝って貰うことにした。(ちなみに、五色中央側の体育館は諸事情により今日は使えなかったらしい)

 

「向こうの顧問の人、当たり前だけどちゃんとした大人だったな……」

 

 到着した後うちに部員を伴って挨拶に来ていた時の姿を思い出し、そう呟く。

 

 五色中央側の顧問は30代くらいの女の人だった。コーチとしての歴はそれなりに長いらしく、聞いた話だと五色中央のバスケ部を県内有数の強豪校に育て上げた立役者だとかなんとか。うちとの試合でも結構的確に指示だしをしていた印象だったし、部員との仲もよさそうだった。正直、つけ入る隙が無いように感じる。

 

 顔を洗い終わって、濡れた顔をタオルで拭く。水気をあらかた落として顔を上げると、洗面台の鏡に映る自分と目が合った。

 

 

 

「———」

 

 

 

 子供だ、と思った。

 

 

 

 ツンツン頭の、平均的な背丈の、不安そうな目をした、中学生になりたての——子供。

 

 

 いくらコーチって肩書きが付こうと、客観的に見たら俺はどっからどう見ても単なる子供だ。

 

 そんなことは当たり前で、今更考えるまでもないことのハズだ。

 

 ハズ、なのだが——。

 

「クソ、自分が試合するわけでもないのに何ビビってんだ俺……」

 

 

 

 ——今回の練習試合は、あいつらにとっての雪辱戦であると同時に俺にとってのコーチとしてのデビュー戦でもある。

 

 

 

 つまるところ、俺の指導者としての成果が初めて白日の下に晒されてしまうというわけだ。

 

 不意に、胸にぽっかりと穴が開いたような気分に陥り、不安が頭によぎる。

 

 ひょっとしたら、俺が今まであいつらに教えてきたことは、単なるガキの浅知恵に過ぎないんじゃないのか? 本当に、ちゃんとしたコーチに教えを受けてきた強豪チームに通用するのだろうか。もし、試合で一切通用しなかったら俺を信じて練習に励んできてこれていたあいつらの努力が無駄になっちまう。

 

 そんな後ろ向きな考えが、試合直前のこの瞬間になってなぜか浮かんできてしまっていた。

 

「クソ、ごちゃごちゃ考えたって仕方ねーだろ……。試合はもうすぐだし、やってきたことを信じるしかない、よな」

 

 そう、自分に言い聞かせるようにつぶやき、俺は洗面台に背を向け、扉を開けて男子トイレから出て体育館の方へと足を向けた。

 

 そして——、

 

 

 

「おーい、ナツヒ!!」

 

 

 

 廊下の途中で、不意に大声で背後から呼びかけられる。

 

 振り向いて少し驚く。

 

「真帆………と、お前らも来てたのか」

 

 見ると、声の主である真帆——それから紗季、湊、香椎、そしてひなたが廊下を歩いて俺のいる方に向かってきている姿が目に入った。湊と香椎が来るという話は聞いていなかったため、会うのが久々だったというのもあって少し面食らった。とはいえ、真帆、紗季、ひなたが来るという時点で残りの二人も来るであろうというのは、当然と言えば当然だった気がする。

 

 だが、タイミングが悪い。正直今はあまり誰かと——特にこいつらとは、顔を合わせたくない気分だった。

 

 どうしようか、と俺が頭を悩ませている間に五人は俺のすぐそばまで来てしまっていた。先頭を歩いていた真帆は得意気な表情で、

 

「ふふーん、そりゃー大事なコーハイ達の晴れ舞台だし? うちらも先輩として成長を見てやる義務があるからな!」

 

「晴れ舞台って………ただの練習試合だぞ」

 

 胸を張って先輩風を吹かす真帆に冷めた反応をすると、横から紗季が補足を入れてくる。

 

「まあそれはそうなんだけど、新チーム始まってから他校と試合するの初めてだし、やっぱり見ておきたいなって思ってね」

 

「ふーん………………。別に普段の練習も見に来てくれていいんだけどな」

 

 言ってしまった後で、しまった、と後悔する。言われた張本人である紗季はやや驚いた顔してるし、他の四人は驚きつつもちょっと気まずそうな表情を浮かべている。やっちまった。こいつらが練習見に来たくても来れないことなんて百も承知なのに、嫌味みてーなこと言っちまった。

 

「ご、ごめんね竹中君。私も部活が無いタイミングとかではちゃんと顔出すようにするね……!」

 

 本気で申し訳なさそうな顔で謝罪してくる湊。やめてくれ、お前ににそんな風に謝られると本格的に罪悪感で胸が痛くなるだろ……。

 

「………あーすまん、軽い冗談だ。お前らが部活で物理的に来れねーのは知ってるから。俺が行ってるのは部活と被ってねーからだしな。悪いと思う必要ねーって」

 

 慌ててフォローすると、五人はホッとしたような顔で胸を撫でおろしていた。なんだかんだ人のいいこいつらのことだ。今みたいなこと言うと本気で気にしちまうだろーから、言うべきではなかったはずだ。にもかかわらず、思わず口をついて出てきてしまったのは何故だろうか。………考えているうちに益々嫌な気分になってきた。

 

「ううん、私もちゃんとお礼言えてなかったし……。ミミちゃんたちの練習見てくれてありがとね、竹中君」

 

 そんな風に俺が自己嫌悪に陥っているのを知ってか知らずか、お礼の言葉と共にぺこりと頭を下げてくる湊。

 

「わ、私も……! ずっとお礼言えてなくてごめんねっ。それと、ありがとね、竹中君」

 

「おー、たけなか。ありがとう」

 

 湊に続いて、頭を下げてくる香椎とひなた。………純粋に感謝の言葉を伝えてくる彼女たちの姿と今の自分とが対比されて益々胸のモヤモヤが募る。

 

「だ、だから良いっつってるだろ別に………。それより、応援に来たんならあいつらに声かけてやれよ。俺だけに言っても仕方ねーだろ」

 

「あはは、私たちも最初はそうしようと思ったんだけどね……」

 

 そう言って、湊は困ったように笑って口ごもる。そんな湊に代わって紗季が言葉を続ける。

 

「ほら、あの子たちって変に私たちのこと意識しているとこあるでしょ? 試合前にいきなり出て行ったら悪い影響出ちゃうかもと思って」

 

「まあ、それは確かにそうだな……」

 

 紗季の言葉を聞いて頷く。つか本人たちも一昨日言ってたしな。あん時はんな事一々気にすんな的なこと言ったが、まあ緊張しないに越したことはないし、紗季たちの気遣いは確かに妥当と言えるだろう。

 

「それより! ミミミミ達の仕上がりはどんな感じだよ。勝てそーか?」

 

 ニコニコと屈託のない笑顔で笑いながらそう尋ねてくる真帆。なんとなくその瞳を直視できず、俺は顔を背けながら、

 

「………さーな。そんなもん、やってみねーと分かんねーよ」

 

「えー、なんかナツヒらしくねーなー。『勝つに決まってんだろ!』位言うと思ってたのに」

 

 不満そうな顔で口を尖らせる真帆。うるせーな、こっちにも色々あるんだよ。

 

「そう言えば、今日ミミちゃんたちが試合する五色中央学園って、県内でもかなり強い学校なんだってね。そんなところといきなり練習試合出来るなんてすごいね!」

 

「え、そーなん?」

 

 香椎の言葉に、真帆は興味深そうな顔を浮かべる。そんな様子に紗季はため息をつきつつ、

 

「自分と同じ県の強豪校くらい把握しときなさいよ。五色中央は中等部もあるから私たちも他人事じゃないのよ?」

 

「確か、去年の県予選の決勝戦が硯谷対五色中央だったよね」

 

「あー、そう言えば見に行ったっけ。いやーだいぶ前のことだし、流石のあたしでも覚えてねーよ」

 

 そう言って、あははと気楽そうに笑う真帆。

 

「まーでも県予選って結局硯谷の圧勝だった気がするし、勝てるんじゃね? なんだかんだミミミミたちってつえーし。らくしょーっしょ!」

 

 ワハハ、とそう言って豪快に笑う真帆。そんな彼女の姿を見て、俺は——、

 

 

 

「………簡単に楽勝とか言ってんじゃねーよ」

 

 

 

 ぼそり、と。

 

 自分でもぞっとするほど冷たい声が口から漏れる。

 

 ピタリ、と談笑する五人の声が止み、驚いたような視線が俺に集まるののに気付いて、漸くハッと我に返る。

 

「あ、す、すまん。試合前でちょっとナーバスになってたみたいだわ。アハハ」

 

 そう言って笑って誤魔化すも、五人がどこか怪訝そうに、かつ心配するような目で俺を見ていることに気付き、いたたまれなくなる。

 

「じゃ、じゃあ俺はそろそろあいつらの所戻らないといけないし、行くわ。応援来てくれてありがとな、それじゃっ」

 

 そう言って彼女たちに背を向け、俺は足早にその場を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

「ナツヒの奴、どーしちまったんだ? なんかいつになくイライラしてたよーな……」

 

「真帆、あんたちょっと無神経」

 

「うっ………わ、悪かったと思ってるって。あたしなりにナツヒをリラックスさせようと思って言ったんだけど………むー、逆効果だったか……」

 

「あれでリラックスさせるつもりだったのが驚きだわ………。まあでも確かに、試合前とはいえ夏陽があんなにピリピリしてるのは私も予想外だったけどね」

 

「や、やっぱり挨拶は試合終わった後にした方がよかったかな……?」

 

「ご、ごめんねっ。私が試合前に一声かけておきたいなんて言ったから……」

 

「わ、私も声かけたいって思ってたから智花ちゃんだけのせいじゃないよっ!」

 

「まあ、とりあえず試合終わったら夏陽に謝っておいた方が良いわね………特に真帆は」

 

「うぐっ………や、やっぱり直接謝んないとダメ?」

 

「当たり前でしょ………。兎に角、今追っかけてって謝っても逆効果な気がするし、今は一旦戻りましょうか」

 

「うん、そうだね………。ってあれ、ひなたは?」

 

「あれ、さっきまでここにいたはずなのに、いつの間にいなくなったのかしら………」

 

 

 

***

 

 

 

  五人から逃げるようにその場を離れた俺は、体育館の扉の前で足を止め、一息つく。

 

「クソ、最悪だ……マジで」

 

 先ほど五人の前で晒した醜態を思い出し、思わず顔をしかめる。

 

 何をやっているのだろうか、俺は。

 

 真帆の軽口なんていつものことだ。これまで六年間も付き合ってきたのだから、慣れていたハズだ。というか、そもそも公式戦とかじゃなく単なる練習試合なわけで、こんな風にごちゃごちゃ考えて勝手に不安になってしまっている俺の方が客観的に見たらおかしい。

 

 なのに俺ときたら、癇癪を起してキレ散らかして。雰囲気を一方的に悪くして勝手に逃げるなんて。そんなのまるで——、

 

「これじゃ、本当にガキじゃねーか………」

 

 ガックリ、と肩を落とす。

 

 もう少し、自分は大人びた人間だと思っていた。

 

 男バスではキャプテンとして年下の後輩たちの指導もしてきたし、今だって妹達や女バスの連中のコーチングもこなしてきた。だから同じ年代の他の連中より、自分はしっかりしているはずだという自負があった。

 

 だが現実の自分は余裕がなくなった途端、メッキが剥がれたかのように単なるガキに戻ってしまう人間だったみたいだ。

 

 俯いていた顔をわずかに上げると、体育館へと通じる扉が目に入る。

 

 

 

 ——入りたくない。

 

 

 

 そんな思いが頭に浮かび、足がすくむ。

 

 そして、先ほどトイレの中で頭をよぎった嫌な考えが、具体的な映像となって頭の中に流れ込んでくる。俺の指示や考慮不足が原因で負けるような、そんな悪いイメージだ。

 

 ——どんな顔してあいつらに会えばいいのだろう。あいつらは俺の教えたことを信じて一生懸命練習してきたのに、肝心の俺自身が自分を信じられなくなってしまっている。

 

 そんな状態で、どの面下げてあいつらに指示を出せばいいのだろうか。

 

 自分自身がプレーするときはこんなこと考える必要なかった。単純に自分自身がベストを尽くしてプレーすればいいだけだと頭でわかっているからだ。

 

 だが、コーチはそうはいかない。誰かに何かを教えるという行為は、自分の教えが正しくないと仲間を誤った方向に導いてしまいかねないからだ。本来、そういうことは経験や知識のある大人が責任をもって行うべき領域のはずだ。俺みたいな単なる子供が、軽い気持ちで踏み込んでよい領域だったのだろうか。

 

「………やっぱ、向いてねえよ。俺、コーチなんか」

 

「おー。ひなはそんなことない、と思うよ」

 

「どわっ!?」

 

 突然、背後から声を掛けられて一瞬心臓が止まりかける。見ると、長いふわふわした髪の小柄な少女——袴田ひなたがそこに立っていた。

 

「ひ、ひなた……? なんでここに………」

 

「おー? ひな、たけなかの後、こっそりつけてきちゃった」

 

「——」

 

 あっけらかんとそう言ったひなたに、呆気に取られて思わず言葉を失う。………つーか、よくよく考えてたら今までの俺の醜態、ひなたに見られてたってことになるのか……? 真帆や紗季にさっきキツくあたっちまった時もひなたはすぐそばで見ていたわけで……。

 

「………ますます死にたくなってきた」

 

「たけなか、死んじゃダメ」

 

 項垂れる俺に励ましの言葉をかけてくるひなたの姿を改めて見る。………そう言えば、中等部の制服姿をちゃんと見るの、初めてだな。白を基調とした初等部の制服もひなたの雰囲気に合っていて良かったけど、シックな色合いの中等部の制服も大人っぽい雰囲気でよく似合っている。久しぶりに見たからか、少し背が伸びたようにも見えるし。

 

「たけなか?」

 

「う………」

 

 黙ったまままじまじと見られていたからか、ひなたは不思議そうに小首を傾げた。か、かわいい……。じゃなくて!!

 

 コホン、と軽く咳払いして顔を引き締め、改めてひなたに向き直る

 

「つーか、何しに来たんだよ。わりーけど、今俺忙しいんだけど………」

 

 正直、今の余裕のない状態で何を口走るか自分でも予想が出来なかったので、ひなたといえど——寧ろひなただからこそ、あまり顔を合わせていたくなかった。

 

「おー。ひな、もしかしてお邪魔?」

 

 しょんぼり、と項垂れるひなた。う………そう言う姿を見せられると弱い。

 

「ま、まあ少しくらいなら構わねーよ。………んで、なんだよ」

 

「わーい。あのね、ひな、たけなかと少しお話したくて」

 

「お、俺と………?」

 

 思わず先ほど引き締めたはずの口元が緩みかける。

 

「うん。あのね、かげのことで、もっとちゃんとお礼言いたかった」

 

「あ、ああ………かげつのことか」

 

 少し、ガックリ来てしまった。………別に、何か期待していたわけではないけどな、うん。

 

「かげがね、さいきん、すごく楽しそうに部活のこと、話してくれるの」

 

 ゆっくりと、話始めるひなた。

 

「かげは昔から、ひなのことばっかり気にしてて、自分のことはいつも後回しにしちゃうとこあったから、何かに熱中してるの、ひな、見るのはじめてなんだ」

 

 その表情は、なんだかとても優し気で。

 いつものひなたは同年代の他の奴と比べて幼い印象あるけど、妹のことを話すときは姉さんの顔になるんだな、なんて思った。

 

「ひなとやってた去年も、バスケ自体はきらいじゃなかったって思うけど、ひながやってるからとか、みんながやってるからっていうのが、大きかったんじゃないかなって、おもう」

 

「……まあ、確かにそうだな」

 

 元々本格的に始めたのはミミに巻き込まれたからだし、その後続けてたのもひなた絡みの理由だったりで成り行きっぽかったしな。

 

「おー。だから、かげにちゃんとバスケのたのしさ、教えてくれたたけなかにお礼いいたかった。ありがとね」

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げるひなた。だけど——、

 

「………それは、違うだろ」

 

「?」

 

 首を振って、そう否定する。

 

「あいつがバスケにはまったんだとしたら、それは多分元々向いていたからだ」

 

「おー。そうなの?」

 

「ああ。………他人に比べて自分の方が得意なことっていうのは、ハマりやすいもんだろ」

 

 かげつは身長も高いし。運動神経だっていい。

 

 恐らく、俺の知り合いの中では総合的に見たら一番バスケに向いているスペックを持っていると思う。

 

「そう言う意味じゃ、寧ろ長谷川の奴の方が、あいつにちゃんとバスケを教えてやれたんじゃねーかと思うぜ」

 

「おにーちゃん?」

 

「ああ」

 

 聞き返すひなたに、俺は頷いて見せた。

 

 

 

 今なら分かる、こいつらのコーチは——長谷川昴は凄い奴だ。

 

 

 

 先輩に長谷川のことを話したら、『桐原中の知将に教えてもらえるなんて羨ましい』と口を揃えて言われた。そんな有名人だと思わなかったから、あんときはかなり驚いたっけな。

 

 話によると、初心者ばっかの弱小校だった桐原中ををまとめ上げて、県大会準優勝に導いたとかなんとか。それがどんだけすごいことなのかは、県予選でベスト4で負けちまった俺にはよく理解できていた。

 

 そんな実績のある奴だから、高校生にもかかわらずコーチなんてこなせていたんだろう。

 

「だから、俺なんかがかげつにバスケの楽しさを教えてやったなんてのは買い被りだ。………むしろ、ごめんな。あいつにちゃんとしたコーチを用意してやれなくて」

 

 ホントにあいつらのことを考えるなら、今からでもちゃんとしたコーチを雇えないか美星にもう一度相談した方が良いのかもしれない。俺はと言うと………今日の練習試合はきちんとやるとして、その後は身を引くべきなんじゃないだろうか。

 

 ぼんやりと、そんなことを考える。

 

ふと、ひなたが黙ったまま何も言わないことに気付く。そして、ちらりと横目で様子を伺ってみると——、

 

「——」

 

 

 

 怒っていた。

 

 

 

 頬を膨らませて、眉間にしわを寄せて、目を少し潤ませて、怒りの表情を浮かべていた。

 

 怒った表情も可愛いな………なんて現実逃避じみたことを思いつつ、目の前でひなたが怒っているという事実にたじろぎ、思わず後ずさる。そんな俺を見て、漸くひなたは口を開くと、

 

「………ひなもかげも、たけなかがコーチしてくれるの、すごくありがとうって思ってるのに、なんでたけなかはそういうこと言うの」

 

「な、なんでって………」

 

 ダメだ、声のトーンが若干低い。たまに見せるちょっといじけたときの反応じゃなくて、年に一回あるかないかくらいの頻度で見せる本当に怒っていらっしゃるパターンのヤツだ。本当にやばい。誰だ、ひなたをこんなに怒らせた奴は。俺か。俺なのか。

 

「たけなかは、かげが単にじょーずだからバスケ好きだって、そう思ってるの?」

 

「そ、それは………」

 

 詰問口調のひなたに気おされ、思わず口ごもる。

 

「だ、だけってことはねーと思うけど………でもそれも理由の一つ、なんじゃないかなーと……」

 

「ぶー。ひなだって、背が低くて、スポーツへたくそだけど、バスケ好きだよ?」

 

「うっ」

 

 何も言い返せない。

 

「そ、それは確かに悪かった。今の言い分は、お前にも、かげつにも失礼だった………と思う」

 

「おー。分かればよろしい」

 

 うむ、と神妙にうなずくひなた。まとっていた怒りのオーラがやや緩んだように見えて、俺はほっと胸を撫でおろした。

 

「で、でもさ。俺より長谷川とか、他の大人のコーチの方がもっとちゃんとバスケの楽しさを教えてやれたんじゃねーかって思うのはホントなんだよ。俺じゃ経験も知識も全然たんねーし、逆にあいつらを混乱させちまうことだって多い。ひなたも、長谷川に教えてもらった時はそんなことなかっただろ?」

 

「おー。たしかに、おにーちゃん、おしえるのじょーず」

 

「だ、だろ……? だからやっぱ俺より、長谷川の方が——」

 

「でも、やっぱり、かげがバスケをたのしいって思ったのは、たけなかが教えてくれたからだって、ひなは思います」

 

「な、なんで……?」

 

 なんで、そんな風に思うんだよ。

 

 俺が長谷川にまさっている部分なんて、何一つないのに。

 

 そんな風に、俺が戸惑っていると、ひなたは先ほど見せた優し気な表情で、

 

「さっき、かげがよく、部活でのこと楽しそうに話してくれるって、言ったでしょ」

 

 そう言って、クスリと笑うひなた。

 

「かげね、たけなかのこともよく話してくれるんだよ」

 

「お、俺のこと……?」

 

「おー。たけなかは、できないことがあってなやんでる時、いっしょになって真剣に考えてくれるから、うれしいって」

 

 初耳だった。そしてなんか微妙に恥ずかしかった。あのかげつがそんなことを言ってくれているのも、それがひなたの耳に入っているというのも、想像するだけで無性に照れくさくて仕方がない。

 

「たしかに、おにーちゃんはおしえるのじょーずだから、ひなたちがなやんでる時、どうすればいいのかすぐに答えてくれたよ」

 

 でもね、と。ひなたは、そこで一旦言葉を区切る言葉を続ける。

 

 

 

「いっしょになってなやんで、考えて、いろいろためしてみて、はじめてじょーずに出来るようになって——そうやって、かげたちと同じめせんでバスケをやってくのって、たぶん、たけなかだから出来ることなんだとおもうよ」

 

 

 

「——」

 

「そうやって、ただ教えてもらうだけじゃなくて、自分でもいっしょうけんめい考えて何かにチャレンジできるのって、とっても楽しいことだって、ひなはおもいます」

 

 ひなたは、そう言ってもう一度優しく微笑んだ。

 

 ——そう言えば、そうだった。思い出した。

 

 俺がコーチとして未熟だなんてことは、引き受けた当初から自覚していたことだった。直接俺に言うようなことはなかったが、あいつらも多分、それは理解してくれていたハズだ。

 

 だからあいつらも一緒になって色々考えてくれていた。部活の時だけじゃなくて、終わった後も、門限ギリギリまで俺の家に集まって、どうすればもっと上手くなれるか、コーチの教えに任せきりにするんじゃなくて、自分で色々考えてくれていた。そうやって作り上げた練習方針だったり、戦術だったり、上手くなる方法だったりは、あいつらと一緒になって考えたもので——、

 

「そうか」

 

 噛み締めるように、目をつむってあいつらと一緒になって練習してきた日々のことを思い返す。

 

「コーチだから、俺一人で全部考えなきゃいけないなんてのは、俺の勝手な思い込みだったんだな」

 

 そう口に出して、ようやく先ほどまであった胸のモヤモヤが消えていることに気付く。そして目を開けてそのことに気付かせてくれたひなたの目を、今日初めて真っ直ぐ見つめる。

 

「ありがとな、ひなた。なんかすげースッキリした」

 

「おー。ひな、お役に立てた?」

 

「ああ。それはもう、これ以上ないくらいに」

 

 そう言って、お互いの顔を見つめて笑いあった。そして、余裕が出てきたところで試合まであまり時間がないことを思い出し、ケータイを取り出して時間を確認する。

 

「っと、やっべ! 試合まで後十分しかねーじゃん。話し込みすぎちまったか」

 

「おー。おくれたら、たけなか、みほしに怒られちゃう」

 

「だな………わりーけど、そろそろ行くわ。ホントにありがとな、ひなた」

 

「おー。いってらっしゃい」

 

 そう言って、ふりふりと手を振って見送ってくれるひなた。

 

 そんな彼女に背を向け、扉に向かって走りだす。

 

「あ、そうだ!」

 

「おー?」

 

 少し進んだところで、ふと思い出してUターンして、やや離れたところにいるひなたに聞こえるように大声で話しかける。

 

「真帆に言っといてくれ! 今日の試合、勝てるかどうかは正直分かんねーけど——」

 

 目を丸くするひなたに、俺は笑って——、

 

 

 

「おもしれーもん、ぜってーみせてやるって!!!」

 

 

 

 

 




十九話でした。

プロットの段階では竹中凹ます想定なかったんですけどどうしてこうなった。
突発的にやりたくなっちゃった展開なので、前までの話と矛盾あるかもと内心びくびくしてます。
智花たち5人と話すところまではプロットでも考えてたんですけどね…。

何気に智花、ひなた、愛莉は拙作では初登場。
智花と愛莉の口調って区別つかんくてムズイです。

ひなたちゃん沢山喋らせれて楽しかったです。ちょっと中学生になった感出したいなーと思ってたけど、筆者の実力では原作より感じの割合気持ち増やすくらいしかできなかった気がする。。

ともあれ次回からようやく試合開始です。長かった……。
とは言え、試合をちゃんと書くのってやったことないから上手く書けるかめちゃくちゃ不安……。

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