ロウきゅーぶ 下級生あふたー!   作:赤眼兎

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UAちょこちょこついてて嬉しいです。
見てくださってありがとうございます。

前回、前々回より少し長め
割と説明チックな回なので退屈だったらすみません汗


■第三話 二人三脚の初心者コーチ

「悪いなー竹中、結局毎回練習見に来てもらっちまって」

 

 フットワーク練習に励む部員たちを眺めながら、俺の隣で美星がぽつりと呟いた。

 その声には、俺の気のせいでなければ自身への不甲斐なさ来る思いがわずかに滲んでいたように思えた。

 

 ———女子ミニバスケットボール部顧問、篁美星は去年の俺のクラスの担任だ。

 

 低い身長と童顔、という身体的特徴に加え、傍若無人かつ破天荒な性格で心身ともに子供っぽく、おおよそ教師、というかはっきり言って成人女性とは思えない。

 

 だが明るく誰とでも分け隔てなく接する奴なので生徒から嫌われているというようなことは全くなく、俺たち生徒のことを真剣に気に掛ける教師としての姿勢は本物で、保護者や同僚の教師たちからも一定の信頼を得ているようだった。

 

 まあそんな感じなので基本的にはハイテンションかつ、自信に満ち溢れた奴なのだが、今は普段のその雰囲気は何処へやら、若干自信を無くしているように見えていた。

 

「……別に、男バスの方が無い日に勝手に練習見に来てるだけだし、お前に一々謝られる筋合いなんてねーよ」

 

「……そっか。でも、助かってる」

 

 そう言って美星は控えめに笑みを浮かべた。やめてくれよ。お前がそんなんだと調子狂うだろ。

 

 ———四月に新しく部活を始めて以来、美星のこの態度を部活中度々俺は目にしていた。

 

 他の生徒の前でいつも通りに振舞っているのは、周りになるべく心配を掛けまいとする教師としてのプライドなのだろう。つくづく意地っ張りな奴だ。

 

 美星はバスケ初心者だ。

 

 ほんの二、三か月程前にようやくバスケの練習と、コーチング等の勉強を始めたばかりなのだ。それをただでさえ忙しい小学校の教師という仕事と並行しつつ指導者として満足のいくレベルにまで達する、なんていうのは土台無理な話だった。

 

 現時点で、バスケについての知識で言えばはっきり言って現六年生部員の方が詳しい。そんなあいつらに、現状初心者の美星が指導してやれることは殆どないと言っていい。

 苦渋の決断として外部からコーチを雇い入れるということも打診してみたようなのだが、その場で即座に却下されたそうだ。

 

 そもそも、基本的に慧心初等部の部活は外部から指導者を招く、ということを行っておらず、顧問の教師が指導者を兼任するというのが通例だ。例えば、男子ミニバスケットボール部顧問の小笠原先生なんかは指導者としてすげーけど、慧心の一教員に過ぎない。

 

 そのため、部員数も少なく実績もない女バスだけを特別扱いして予算を使い、指導者を雇うことはできない、とのことだった。………まあ、ぐうの音も出ないほどの正論だな。

 

 となると知人に頼むしかない、という話になってくるのだが———。

 

「長谷川も、葵おねーさんも、今めちゃくちゃ忙しいしな」

 

「ああ。昴は男バスの立て直しがあるし、新しく七芝男バスのコーチになった人がめちゃくちゃ厳しい人らしくて、練習終わって帰ってくると疲れてすぐ寝ちまうんだと。さすがにそんな状態でこっちも手伝って貰うのは酷だしなー。………てか、任せろって言った手前、今更頼るとかできねーし」

 

 にゃはは、と美星は若干気まずそうに笑った。

 

「葵おねーさんも、男バスのマネージャーと女バスの練習の両立、続けてるんだってな」

 

「ああ。………大変だし、女バスの人たちに申し訳ない時もあるけど、どっちもやりたいことだから全力で頑張る! ってさ。すげーキラキラした笑顔で言われちまった。……昔から葵は真面目だからな。引き受けたこと、どんなことでも全力全開でやろうとするタイプだから、両立なんてガラじゃねーなと思ってたんだけど、なんとかなってるみたいでよかったよ」

 

 ———長谷川や、葵おねーさんが去年、やりたかったことができなくなってしまったことについては本人たちから直接話を聞く機会があったので、知っていた。

 

 正直、まだ中坊の俺には細かい事情については難しくてイマイチ分かんねー部分もあったけれど、大好きなバスケが出来なくなってしまう、ということがどれだけ辛いか、ということはさすがに想像できた。

 

 その二人が今、心からやりたいと思っていたことが存分にできている、というのはとても喜ばしいことだ。

 

 長谷川とは色々あったし、今も思うところがないわけではないが、妹はもちろん俺自身も稽古をつけて貰ったりとかなり世話になったので、今では正直尊敬の気持ちが一番強かった。………本人にはぜってー言わねーけどな。

 

 だから今更こっちの都合に巻き込んで、二人の邪魔をするわけにはいかない、という美星の思いは痛いほどよく分かったし、俺も同意見だった。

 

 ———まあそんなこんなで、消去法的に女バスの手伝いをできるのは今のところ俺しかいなかった。

 

 中等部の男バスの活動日は初等部の頃と同じなので、女バスの活動日とは被っておらず、一応曜日的には問題がなかった。ちなみに中等部の女子バスケ部は初等部女子バスケ部の活動日とモロ被りしているので、真帆たちが練習を見に来ることはできないようだ。そのことをあいつらに、特に紗季にはめちゃくちゃ謝られた。俺が勝手にやってるだけだし、あいつらは何も悪くないんで別に謝る必要なんて全くねーけどな。

 

 まあ、数か月位前からなんとなくこうなりそうな気はしていたので、別に不満があるとかではない。初心者の美星がコーチやるとか無理そうだからちょいちょい顔出してやるかーくらいにしかその時は思っていなかったが。

 

 後、俺も今の女バスにはなんとなく後ろめたい思いがあった。

 

 元々椿たちをけしかけて今の六年部員五人がチームを組むよう裏で色々手を回したのは俺だ。結成させるだけさせといて、お役御免になったらほっぽり出す、というのはどうにも忍びなかった。

 

 ………去年の今頃は男バスの練習日確保のために女バスを潰そうと躍起になっていた俺が、今になって女バスの今後についてあれこれ心配を巡らせることになるなんて、変な話だ、とはすげー思うけどな。

 

「あいつらさ……」

 

「ん?」

 

 ぽつり、と俺の口から洩れた言葉に反応して、美星がわずかに目線をこちら側に向けた。俺は美星の目元を見て、その下に隈が出来ていることに気づいた。………睡眠時間を削ってまで何をしているか、については聞くだけ野暮、なんだろーな。

 

「椿と柊。あいつら、あんな感じじゃん? 今はまだ大分大人しくなった方だけど、昔はもっと酷くてさ。近所でイタズラばっかしてて、周りを困らせててさ、そんなんだから友達も出来なくて、基本遊び相手っつったら俺以外いなくてさ、いつもつまんなそうにしてたんだよ」

 

「………」

 

 美星は、押し黙ったまま俺の話を聞いていた。無言で続きを促している、と分かった。

俺は話を続ける。

 

「そんなあいつらが、友達と一緒に真剣にスポーツしてる姿なんて、昔じゃ想像もつかなかった。俺とバスケしてた時もさ、正直、バスケ自体にはそこまで執着してる感じはなくて、遊べればなんでもいい、って感じだったのに。………今では自分からバスケの本読んだり、試合のビデオ見たりして、すげー楽しそうにしててさ」

 

 正直、俺がバスケの楽しさに気づかせてあげられなかったのは結構悔しいけどな。まあでも兄貴とやるのと、友達とやるのとではやっぱ違うのだろう。

俺の話を聞いて、美星は「そっか……」と呟くと、感慨深げに微笑んだ。

 

「あいつら、東京に全国大会の決勝を見に行った日の夜、俺に言ったんだ」

 

「?」

 

 

「———全国、行きたいって」

 

 

「———」

 

 去年の全国ミニバスケットボール大会。

 

 その地区予選に、真帆たち当時の6年生5人と、椿たち5人はともに出場し、その1回戦でライバル校の硯谷女学園に僅差で敗北した。真帆たちを下した硯谷はその後、苦戦することなくあっさり地区予選を突破し、そのまま県予選も制して全国行きの切符を手にした。

 

 そして東京で開かれた全国大会。そこで硯谷は見事リーグ優勝を果たした。

 

 俺も、他の女バスの連中も硯谷の応援のため、一緒に試合を見に行った。

 今思い出しても、凄い試合だったのを覚えている。

 

 でもそれ以上に、あんな大舞台で試合ができることが俺は羨ましかった。

 

 ———そして、妹たちも同じ思いを抱いていたことが、なんだかとても嬉しかった。

 

「だから俺は、あいつらを全国に連れて行ってやりたい、と思ってる。………そりゃ俺は単なる中坊に過ぎねーし、実績もねーし、コーチとしては全然頼りねーから、何言ってんだって言われるかも知んねーけど」

 

 馬鹿なことを言っているのは分かっている。経験値以前に、そもそも俺自身も男バスの活動があるわけで、両立しながらこなしたところで、どちらも中途半端になるのは目に見えているのではないか。

 

 でも、それでも。

 

 叶えたい夢があるなら、どっちも手を抜かず全力で追いかけてみればいい、と俺に言ってくれた人がいたから、俺はとりあえず頑張ってみようと思った。

 

「あ、これでも男バス引退してから結構勉強したんだぜ、バスケの戦法とか、練習方法とかコーチングのノウハウとかさ。長谷川とか小笠原先生とか、いろんな人に教えてもらったりしてさ。だから———」

 

 俺は美星の目をまっすぐ見て、ここ数週間思っていたことをぶつける。

 

 

「俺も一緒に頑張るからさ。お前だけが一人で頑張んなくてもいいように」

 

 

 そう言った瞬間、美星がわずかに目を見開いた……ような気がした。

 

 数秒、美星は沈黙していた。何を言われるんだ? と身構えていると、次の瞬間、弾かれたように笑い出した。

 

「ぷっ………あっははははははははははははははははは!!!」

 

 ………何と言うか、そのまま笑い死ぬんじゃないかと思うほどの大爆笑だった。声が大きすぎて、下級生の部員たちが数人、何事かとこっちを見てきたほどだ。

 

 ていうか、こっちもある程度覚悟決めて言ったのに、その反応されるとむかつくんだが。

 

 そう思っていたのが表情に出ていたのだろうか。美星は俺の顔を見ると、「すまんすまん」と言って慌てて目尻の涙を拭った。

 

「いや、ホントにすまんな、笑ったりして。別に竹中の言ったことがおかしくて笑ったんじゃなくって、なんか割とつまんねーことでくよくよ悩んでた自分が馬鹿らしく思えてきちゃってさ。………ったく、生徒に教えるのがあたしの仕事なのに、逆に教えられるなんてな。そうだよな。自分一人で全部何とかしようとする必要なんてないもんな。いやーすまんすまん、ここ最近失敗続きだったからさ、柄にもなくネガティブモード入ってた気がするわ」

 

 そう言った美星の目からは、先ほどまで浮かんでいた憂いが消えていたように思えた。話し方にも生気が宿っているように感じる。なんか、ようやくいつもの美星が戻ってきた感じがするな。………今考えると、それはそれで大分めんどくせー気がするけど。

 

「ちぇっ。よく分かんねーけど、まあ元気になったんならいいわ」

 

「おう! みんなの美星先生完全復活だ、おかげさまでな」

 

 そう言って美星は、にゃはは、と軽快に笑った。

 

 それを見て俺は思わずため息をついた。ったく、人騒がせな奴だな。

 

「……? な、なんだよ」

 

 不意に視線を感じ、美星の方を見ると、なんか俺の顔を意味ありげにジロジロと眺めていた。な、なんなんだ………?

 

「にゃはは。……なんというか、竹中お前さ」

 

「?」

 

 そう言って、息を整えていた美星は腰を少しかがめると、上目遣いで俺の顔を見て、

 

 

「カッコいい男になったな。同年代だったら、正直、惚れてたかも」

 

 

「な」

 

 思わず、言葉を失う。

 

 つーか中坊相手に何を言ってるんだこいつは。

 

 俺が怯んだのを見て、美星は少しいたずらっぽく笑って、

 

「にゃふふ、そんな風に男らしい感じで口説けば、ひなたとももう少しいい感じになれると思うぞー」

 

「ちょっ……ここでひなたの名前出すのは反則だろ! つーか余計なお世話だっつーの!」

 

 なんなんだこいつ! ちょっとばっかし弱っていたから気を使ってやったってーのに、元気になった瞬間即こっちに噛みついてきやがった! 次は落ち込んでても絶対に放置してやるからな!!

 

 俺がひそかに美星への復讐を誓っていると、フットワーク練習を終えた部員たちが息を切らして俺と美星の方に向かってきた。思ったより時間がかかったな。

 

 ディフェンス力向上のため、フットワーク練習はここ最近、結構厳しめにやらせてある。まあ、バスケのフットワークは一朝一夕で身につくもんじゃねーからな。今のうちから重点的にやっといて損はないだろう。

 

 下級生組が息も絶え絶えになっている一方で、6年生組は余裕の表情を浮かべていた。まあ、去年から走り込みは散々やってるし、このくらいは当然だな。

 そのうち、なぜか雅美は俺と美星を交互に怪訝な表情でジロジロと眺めてきた。なんだ?

 

「美星先生となに話してたんですか? 随分と楽しそうでしたけど」

 

「………別に、楽しい話でもねーし、特にお前に関係ある話はしてねーよ」

 

「ふーん……まあ、いいですけど」

 

 雅美はなおも納得がいかない、といったような顔をしていた。なんなんだよ。聞かれても話す気は毛頭ねーぞ。

 

 俺と雅美がそんなやり取りをしていると、椿と柊が俺と雅美の間に割り込んできて、

 

「それよりにーたん! 早く練習始めようよ!」

 

「そうそう、時間はユーゲンなんだよ! ボクたちに立ち止まっているヒマなんてないんだから!」

 

 そう言って、二人は目を爛々と輝かせた。その瞳の奥にはやる気が満ち溢れているのが分かる。ったく、頼もしい限りだよ、ホント。

 

「ほーい、じゃあ六年生組はいつも通り竹中の指示に従って練習を進めること! 下級生組はあたしと一緒に向こうのコートに集合! パス練習始めんぞー」

 

 美星のその言葉に従って、下級生組はぞろぞろと美星の後に続いて奥のコートへと向かっていった。

 

 一応大まかに、上級生組のコーチングは俺が、下級生組のコーチングは美星が、という風に役割分担を行っている。下級生組は殆どバスケ初心者であるため、今はドリブルやパスなどの基本的なスキルを身に着けてもらうことを優先させている。

 

 ちなみに下級生の数は五年生三人と四年生二人の計五名だ。美星は教師だけあって基礎を教えるのが上手く、早い段階で入部した五年生三人についてはこの短期間で基本的な技術は一通り問題なく習得できているように見えていた。

 

 ………ま、美星の努力の賜物だな。先輩たちに追いつきたいという下級生組の思いももちろんあるのだろうが。

 

 そんなわけで、スタメンである六年生五人の成長は割と俺の指導に掛かっている、と言っても過言ではなかった。正直、荷が重いとも思うし責任重大だが………まあ一度決めたからにはやるしかない。

 

 俺は目の前に集まってきた六年五人を見て、コホン、と一回咳ばらいをして気持ちを落ち着かせ、頭をコーチモードに切り替えた。

 

「よし、じゃあ一昨日の続きから始めんぞ。まず———」

 

 

 慧心女子ミニバスケットボール部、新チームが始動してから約一か月。 

 

 俺たちは着実に前に進んでいたが、同時にチームとして乗り越えなければいけない課題も、徐々に浮き彫りになってきていた。




美星先生ルートはありません(無慈悲)
多分本当にからかっているだけ

竹中が昴を尊敬するようになった経緯とかはそのうち多分きっと書く気がします。

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