ロウきゅーぶ 下級生あふたー!   作:赤眼兎

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初めてコメントいただけて舞い上がってしまった。
ありがとうございます

前回に比べると少し短め。

夏陽がGW合宿から帰ってきた後くらいからの話です。



■第五話 眠りをさまたげる

「あー………めちゃくちゃ疲れた………」

 

 三泊四日の男バスの合宿が終了し、無事家に帰宅した俺は玄関に荷物を降ろしてそのまま床に倒れこんだ。

 

 全身を、今まで経験したことがないレベルの疲労感が包んでいるのが分かる。結構ハードな練習には慣れているつもりだったのだが、中学の部活の合宿というもののレベルを思い知らされた気分だ。連日、午前午後両方ともフルで練習をさせられるというのはかなりキツイ。正直、風呂も飯もいらないからこのままここで寝てしまいたい………。

 

 そう、俺の本能が全力で叫んでいるのを感じたが、いやこんなとこで寝たら間違いなく体痛めるだろ、それに風邪ひいたらどーすんだよ、とかろうじて残っていた理性が最後の力を振り絞って俺の耳元で囁いた。

 

 一瞬まどろみかけた俺の意識がその声で現実へと引き戻される。俺は理性の声に従い、半ば無理やり上体を起こし、両腕に力を入れて立ち上がった。

 

 とりあえず、シャワーだけでも浴びるか………。

 

 家の中はシン、と静まり返っており、全く人の気配を感じない。母さんは仕事で帰りが深夜になると言っていたので居ないのは想定内だった。父さんは単身赴任中なのでそもそも家にいない。妹たちは今日東京から帰ってくる予定のハズなのだが、まだ帰ってきていない様だった。まあ、最終日は観光メインと言っていたし、きっと楽しんでいるのだろう。

 

 そう思いながら脱衣所の方へと足を向ける。リビングの横を通るとき、仄かにカレーの匂いが漂ってきていることに気づく。おそらく母さんが気を利かせて作ってくれたのだろう。だがすまん母さん、正直空腹より疲労のがやべーから食わずに寝ちまいそうだ………。

 

 脱衣場にたどりつき、汗まみれの制服を脱ぎ捨て、バスルームに入る。

風呂は沸かしていないようで浴槽は空だった。本当は湯船につかりたい気分だったのだが、もし入ったらそのまま寝ちまいそうだな、と思ったので逆に沸いてなくて良かったのかもしれない。

 

 俺はシャワーで頭と体の汗を大雑把に洗い流し、石鹸を使って手早く頭と体を洗った。いつもはもっと丁寧に洗うのだが、今日はさっさと床に就きたい気分だったので軽めに済ませた。

 

 バスルームを出て、バスタオルで体を拭いてあらかじめ用意していた寝間着にさっさと着替える。髪の毛はまだ濡れていたが、一々ドライヤーで乾かす気力もわかなかったので軽くバスタオルで拭いてあとは自然乾燥に任せることにした。

 

 そんな感じで汗を洗い流し、寝間着に袖を通すとようやく家に帰ってきた実感がわいてくる。合宿の宿も新鮮でいいけど、なんだかんだ自宅が一番安心感あるよな………。

 

 俺は家のありがたみをしみじみと感じながら自室のある二階へと向かう。

 

 自室に入った俺の目に飛び込んできたのは中学進学と同時に買ってもらったふかふかのベッド。

 

 にへら、と思わず顔にだらしない笑みが浮かぶ。

 

 別に布団も嫌いじゃねーが、一々敷いたり畳んだりするのは面倒だから疲れているときは非常に助かる。それに何より、布団よりもベッドの方が大人になった感がして、ちょっと良くね? と思う。妹たちはまだベッドを買ってもらってないので、ちょっと優越感あるしな。

 

 俺はそのままベッドへ身を投げ出し、掛布団もかけずに全身から力を抜いた。

 

 あー………………………………………………。極楽だ、しばらくもう起き上がりたくねえわ………。

 

 …………ゆっくりと、頭が眠りに落ちていくのを感じる。

 

 明日は練習とかせずに、ひたすら一日ダラダラするか………。普段なら朝練とかするけど、合宿で一生分の運動した気分だしな………。

 

 あー、でも………女バスの合同練習会の試合は見とかねーとな………。翌日からすぐ練習だし、それまでにチェックしとかねーと………。

 

 

 

ぼんやりと、考えを巡らせるうちに、俺の意識はズルズルと眠りへと引きずり込まれていった。

 

 

 

***

 

 

 ……………………寝苦しい。

 

 

 そう感じ、深みへと沈んでいたハズの意識が急激に表に引っ張り上げられるような感覚を覚えた。

 

 眠りに落ちてから何時間ほど眠っていたかは分からないが、体感だと四、五時間くらいだろうか。中途半端に睡眠をとった時特有の倦怠感がある。体は怠いはずなのに、意識だけが起きているのが酷く気持ち悪かった。熱を出した時の感覚に近い。

 

 ただ、起床する気は起きなかった。体内時計を信じるなら今は深夜の結構変な時間な気がする。寝たのが十九時くらいだった気がするから、今は丁度深夜一時くらいか? それに今下手に体を起こしたら益々眠れなくなってしまう気がする。

 

 そんなことを考えているうちに、睡眠を邪魔してきた寝苦しさへの恨みがましい気持ちが湧いてくる。

 

 折角心地よく眠っていたハズなのに、いきなり起こしてきやがって、こんにゃろう。

 

 ………………………………。

 

 ………………そもそもこの寝苦しさの正体は一体何なのだろうか。

 

 ぼんやり、と半覚醒した頭で考える。ていうか、何かが顔に押し付けられている感覚がする。寝苦しいって言うか息苦しいの方が近いわ。なんか生暖かいし、さっきから微妙に動いている感覚するし、なんだこれ。

 

 

「スー………………スー………………ムニャ………」

 

 

 ………………………………。

 

 聞こえてきたのは、明らかに自分のものではない呼吸音。

 

 一瞬、体が強張る。

 

 しかし、ある可能性に思い至ってすぐに力が抜ける。

 

 

 あー………………………。椿か柊のどっちかだ、これ。

 

 

 高学年になった今ではめっきり少なくなったが、椿と柊が俺の布団に潜り込んでくるのは割かしよくあることだった。大体二人がケンカした時だったり、俺が友達の家(というか主に真帆)の家に泊まりに行って何日か家に帰ってこなかった時だったり、そういう時に添い寝をせがまれるのは今に始まった話ではなかった。

 

 今回は十中八九、後者のしばらく会えなかったからパターンだ。前にベッドで眠れるのが羨ましいみたいなことも言っていたから、それもあるのかも知んねーけど。

 

 そう思うと恨みがましいという思いから一転、仕方ねーな、という気分になるのは不思議なもので。六年生になったんだし、そろそろ勘弁してほしいとは思うが。まあ、妹に慕われて悪い気はしねーしな。兄貴として、この位は当然の役目ってもんだ、うん。

 

 ………ただ、いくらなんでもこの状態は寝苦しすぎる。体に触れている感触から察するに、恐らく今は俺の頭が胸に抱え込まれているような体勢になっている気がする。これじゃあ眠れるもんも眠れねー。

 

 そう思って俺はモゾモゾと体を動かし、俺の頭を抱え込んでいる腕の中から脱出し、上半身を起き上がらせる。そうすると今まで感じていた生暖かさから解放された。微妙に火照った顔がひんやりとした空気にさらされるのが心地いい。

 

あー………………やっとスッキリしたぜ。

 

 ふう、と息を吐く。そして、さっきまで俺の頭を抱え込んでいた寝苦しさの元凶の顔を眠気でぼんやりとした目で眺める。

 

 そいつは、こっちが思わず呆れてしまうくらいぐっすりと眠っていた。自分は俺の眠りを妨げた癖に。

 

 再びこんにゃろう、という気持ちが湧いてきたが、あまりにも無邪気な寝顔を見ていたら怒る気も失せた。ったく、仕方ねえなあ。

 

 ………………………………。

 

 あれ、つーか、俺の妹ってこんな顔してたっけ………。

 

 なんか、普段見慣れた妹の顔と違って見える気がするんだが。

こんな鼻筋の通った顔立ちではなかった気がするし、肌の色もこんなに白くなかった気がする。それに何より、髪の毛もこんな長くなかった気がするし、銀色じゃなく黒だった気が———。

 

 

「いや気がするで済む問題じゃねえ!! 明らかに椿でも柊でもねえぞ!? 誰だお前!?」

 

 

 驚きで眠気がすべて吹っ飛んだ。慌ててベッドから飛び出し、大声で叫ぶ。自宅に見慣れない不審者が潜り込んでいる、という恐怖感が全身を包んだ。

 

 俺を恐怖のどん底に突き落とした原因のそいつは、俺がベッドから飛び出した衝撃が原因か、はたまた大声が原因かは分からないが目を覚ましたらしい。モゾモゾと身じろぎした後、目を擦りながらゆっくりとした動作で起き上がり、小さくあくびをして、場違いなほど呑気な声を発した。

 

 

 

「タケナカ? どうかしマシタか………?」

 

 

 

 ………………………………。

 

 再び、ベッドの上に寝ぼけまなこでぺたん、と座り込んでいるそいつの顔をまじまじと見つめる。

 

 六年生にしてはやや小柄な体躯。

 新雪のように白く輝く肌。

 一目見て日本人ではない、と分かるほど真っ直ぐ通った鼻筋。

 宝石のようにキラキラと碧く輝く瞳。

 腰まで伸びた長く、流麗な銀色の髪。

 

 

 ………………どっからどう見ても、我が慧心女子バスケ部のエース、ミミ・バルゲリーその人でしかなかった。

 

 

 ………………………。なんだこれ、どういう状況なんだ?

 

 俺が何も言葉を発せずにいると、ミミは眠そうに瞳を擦り、再び小さくあくびをして俺に恨みがましそうな視線を向け、ハア………とため息を一つつくと、

 

「タケナカ、ワタシはトウキョウから帰ったばかりで疲れていて、眠くて仕方がないのデス。用がないなら、早く寝かせて欲しいのデスが………」

 

 そんな風に、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調でお願いをしてきた。その堂々とした態度に、思わずこちらも畏まってしまう。

 

「あ、ああ、そっか。東京から帰ってきたばかりだもんなー………。悪いな、起こしちまって」

 

「ウィ、分かればいいのデス」

 

 そう言ってミミは、ウム、と神妙な表情でうなずくと、再びモゾモゾとベッドに横になって就寝の準備を始めた。

 

 ………………………………。

 

 ………………ハハハ、全く。疲れているやつへの気遣いすらまともに出来ないなんて、俺もヤキが回ったもんだぜー。

 

 

「ってちげーだろ!? まずはなんでお前がここにいるのか説明しろよ! 何俺が間違ってるみたいな空気感だしてんだよ!! そんでもって自分はさっさと寝ようとしてんじゃねえよおいこらミミィィィィィィィィイイイイ!!!!」

 

 

 思わず、ここ最近で一番の大声が出てしまった。深夜だってーのに………。

 

 




夏陽のシャワーシーンは需要無いと思ったので手早くカット(無慈悲)

ミミちゃんマジマイペース。

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