ロウきゅーぶ 下級生あふたー!   作:赤眼兎

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お待たせしました。

9000字近くあるので過去最長。
割と大事な回なので致し方なし。

若干独自解釈あるので苦手な方がいたら申し訳ないです。


■第七話 すてい・ほーむ

「………そうか」

 

 ミミに別れを告げられて数十秒後。

 

 俺が口にした言葉は、ミミの言った言葉に対し、端的に相槌を打つものだった。

 

 他に何か言わなければ、と思ったが、何も出てこない。

 

「日本には、いつまでいるんだ?」

 

 数秒の沈黙の後、ようやく出てきたのは、単なる事実確認のための質問だった。他にもっと言わなければならないことがある気がするのに。

 

「………ウィ、五月のサイゴの日、三十一日マデは日本に居マス。六月一日の飛行機で、帰る予定デス」

 

「………そうか」

 

 もう後一か月もない、ってことか。

 

「………………」

 

「………………」

 

 さらに数秒間、居心地の悪い沈黙が続いた。その沈黙を最初に破ったのは俺でなくミミだった。

 

「………アンマリ、驚かないんデスね」

 

 そう言って、ミミは眉根を下げて口の端を持ち上げた。

 

「………………。いや………」

 

 驚いていない、わけではなかった。

 

 別にミミがフランスに帰ることを予想出来ていたわけではない。

 単純に、最近起きたことを振り返ってみて、本当になんとなく嫌な想像が一瞬脳裏によぎっていただけに過ぎない。

 

 ミミの言葉に対し、未だ大きなリアクションを示せていないのは、どちらかというと、ミミがフランスに帰るということがどういうことなのか、俺自身の頭で処理しきれていない、という理由の方が大きかった。

 

「あいつらは………」

 

「………………?」

 

「椿と柊……かげつと、あと雅美はこのこと知ってんのか?」

 

 俺がそう尋ねると、ミミは小さく首を横に振った。

 

「………イイエ、まだ、話せてないデス」

 

「………………そうか」

 

 何故まだ話していないのか………については、流石に聞くまでもなかった。

 

 ………………………。

 もしあいつらが………このことを知ったらなんて思うだろうか。

 

 かげつはまあ、普通に悲しむだろうな。そういえば、ミミが転校してきて最初に友達になったのって、あいつだった気がするし。最初はひなたに頼まれてミミに付き合ってただけだったが、最近は一緒に居たいからいるって感じだしな。

 男バスの練習にいきなりミミと二人で乗り込んできたときは何事かと思ったけど、思えばあれがすべての始まりだったんだよな。

 

 妹達や雅美は………すげー怒るだろうな。なんでもっと早く言ってくれなかったんだっつって。なんだかんだ妹達がミミのこと大好きなのはよく知ってるしな。最近は部活以外でもよく一緒にいて遊んでる気がするし。

 

 雅美なんかはシュート以外の技術を磨き始めてからは、ミミのことをプレーヤーとしてある種尊敬しているような節あるしな。意地っ張りで、いっつも紗季と張り合ってばっかだったあいつが、自分から進んでミミにドリブルのコツとか聞いたりするようになったからな。………まあ、ミミが感覚派過ぎるせいで、説明聞いてもイマイチ理解できてなさそうな時の方が多そうだけどな。

 

 ……………………………。

 こうして振り返ってみると、短かったけど、色々あったような気がするな。

 

 そして、俺の中に一つ、疑問が浮かぶ。俺はそれをそのまま口に出すことにした。

 

「お前は………」

 

「………………?」

 

「お前は、どう思ってんだ?」

 

「………………。どう、トハ?」

 

 俺の問いに対し、ミミは小さく小首を傾げた。

 聞き返すまでに、一拍間があった気がする。俺の聞いていることが全くもって分からない、という反応ではないように見えた。

 

「とぼけんなよ。女バスの連中と別れることについて、どう思ってんのかって聞いてんだよ」

 

 俺がそう言うと、ミミは少し怯んだ様子で目線を下げた。

 ………年下の女子に対し、少し詰問口調になっちまったのは、反省だな。

 

「………悪い、ちょっと言い方キツかったな。お前が言いたくねーんだったら、別に無理しなくていい」

 

 俺はそう言って、罪悪感から思わず顔を背けた。

 

「………勿論、サミシイと思ってマス」

 

 ミミは少し沈黙した後、口を開いた。

 

「デモ、フランスに帰ることは別に永遠のお別れになるわけじゃありまセン」

 

 そう言ったミミの口元には、控えめな笑みが浮かんでいた。

 

 ミミは俺の目を真っ直ぐ見て、

 

「デンワもありマス、SNSだって出来マス。離れてても、ずっとトモダチでいることは出来ると思いマス」

 

 そう、ハッキリと言った。

女バスの連中と離れ離れになるのを、受け入れていると。

 

「あ、デモ、そのうちフランスに遊びに来てくれたら嬉しいデス。タケナカと約束しましたし、ちゃんと案内しマス。こう見えても、ニホンジンの観光客をアンナイしたこともあるノデ、ガイドには自信ありマス! パリの主要な観光名所を、解説付きでゴアンナイしてみせマス。ワタシの住んでいた町の景色も見て欲しいデス。………美味しい、フランス料理が食べられるところにも連れていきたいデスね。後それから———」

 

 

 

「———一緒にバスケ、やりたいデスね」

 

 

 

 そう、やや掠れた声で言って、満面の笑みを浮かべた。

 

 ………………でも、この笑顔は、違うということを俺は知っている。

 

 俺に限った話ではなく、ミミと近しい女バスの連中なら絶対に誰でも気づいたはずだ。

 

 

 ———だから俺は、ハッキリと言ってやることにした。

 

 

「やんねーよ、お前とバスケなんて」

 

 俺がそう吐き捨てるように言うと、ミミは驚いた様子で息をのんだ。

 

「なんだって観光に来てまでわざわざバスケなんてしなきゃなんねーんだよ。こちとら普段散々部活でやってるんだっつーの。その疲れを癒すために観光に来てるってのに、なんでわざわざ旅先まで来てバスケしなくちゃなんねーんだよ」

 

 俺はそう言って、両手を広げて嘆息して見せた。

 

 俺のその様子を見て、ミミは驚いた表情を納得したような表情で塗り替え、

 

「ウィ、そうデシタ。ワタシとしたことが、お客様のニーズを正確にハアク出来ていませんデシタ。……ガイド失格デス」

 

 そう言って、やや芝居がかったような調子で、シュンとして見せた。

 

 ………………………………。

 

 ………この先を言うのは、もしかしたらとても卑怯なことなのかもしれない。

 でも、言ってやろうと、そう心に決めた。

 

「あのさ」

 

「………?」

 

「フランスに帰っちまったら、お前もう二度とあいつらとバスケできないぜ?」

 

 俺がそう言うと、ミミの瞳がわずかに揺れた。俺はそれを見逃さなかった。

 

 ———そう、コイツの表情は瞳だ。

 

 普段の生活では比較的表情豊かになったが、バスケ中は今でもミミは基本的にポーカーフェイスで表情を隠して、攻めの初動を隠すことを徹底している。

 

 俺との1on1でもそれは例外ではない。

 

 だから湊のような化け物じみた反射神経を持たない俺にとって、ミミとの1on1対決を制するにはどうしてもミミのポーカーフェイスを看破し、初動を見破る必要があった。

 

 最初のうちは全く分からなかった。攻めが始まる瞬間まで、右から来るのか左から来るのか全く予測できない。認識した瞬間にはすでにディフェンスが間に合わなくなってしまっている。

 

 だが、何度も対戦するうち、瞳に感情が反映されていることに気付くことができた。

 

 動く瞬間に右を見るとか、左を見るとかそんな分かりやすい話ではない。

 

 ただ攻めが来る瞬間に、一瞬だけコイツの瞳に力が宿る。

 

 いつ攻めが来るのかさえ分かれば、出遅れることなく対応することは出来た。

 

 そして、その力が強いか弱いかによってどういう攻めで来るのか、何を考えているのか、次第に判断できるようになっていった。

 

 ———だから今回も、俺はミミの心を読むことができた。

 

「電話やSNSだって出来る。フランスに行けば一緒に遊ぶことだってできる。確かにそうかも知んねー。でも、バスケはもうできないぜ? いいのかよ、それで」

 

 そう言って俺はベッド上に座るミミの肩を掴み、真っ直ぐと目を見つめる。

 

 突然肩を掴まれたからか、ミミは驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 

「だってお前があいつらと本当にやりたいのは、バスケなんだろ?」

 

 

 

「———」

 

 

 

「ホントはお前、フランスに帰りたくなんかねーんだろ?」

 

 

 

 ………そもそも、今までの話を総合して考えると、ミミがいかにもフランスに帰るのを受け入れている、というような態度でいることは違和感しかなかった。

 先ほどミミの言っていた、両親とのケンカの原因というのは恐らくフランスへの帰国絡みが原因なのだろう。ミミが本当にフランスに帰ることを受け入れているのなら、両親とのケンカは発生しようがない。

 

 俺の言葉を受けて、今度こそミミの瞳が決定的に揺れ動いたのが見てわかった。

 ミミ自身もそれを自覚したのか、慌てて俺から目を逸らし、しばらく視線を空中で漂わせた後下に向け、そのまま顔を俯かせた。

 

 ———その動きは、表情を読ませまいとするプレーヤーとして本能がそうさせたように見えて。

 やはりこいつは骨の髄までバスケ選手なんだな、ということを改めて実感させられた。

 

 再び、沈黙が訪れる。でも、これはミミの気持ちを整理させるために用意した意図的な沈黙だ。かけるべき言葉が見つからなかったがために生まれてしまった今までの沈黙とは違う。

 

ミミはしばらくの間、俯いたまま反応を示さなかったが、数分が経過した後、ようやく小さくコクンと頷いた。

 

………ようやく、気持ちの整理がついたみたいだな。

 

「………………たく、……いデス………」

 

 か細い声で、ミミは言葉を発する。

 

「………………帰りたく、ないデスよ………?」

 

 先ほどより少し大きい声で、ミミは先ほど同じセリフを口にした。

 

 そして、ミミは顔を上げた。

 今まで俯いていて見えなかった表情が露わになる。

 

 その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「当り前じゃないデスか。………だって、ワタシにとってカゲツは、つばひーは、ましゃみは、バスケを通じて手に入れた初めての友達だったんデスから」

 

 ………初めて、か。

 

 真帆たちとの試合でミミのバスケを始めてみた時、俺は一つ疑問に思っていたことがあった。

 

 ミミは、フランスでクラブチームに所属していた。俺しか練習相手のいなかった妹達や、ひなたしか練習相手のいなかったかげつ、そもそもシュート練習しかしてこなかった雅美と違い、チームでやるバスケというものに慣れている。

 

 にもかかわらず、何故かミミ自身もチームメイトとの連携がまるで取れていない。

 

 ………いや、それどころか、そもそも味方に自分からパスを出す、という選択肢が初めから抜け落ちていたように見えていた。

 

 もちろん、単純なパスのスキルなどは問題なく身に着けていた。そのため、臨時コーチとして参加した長谷川の親父さんにご褒美のアイスで動機を与えられた際は味方へのパスを行うようになってはいたが、個人技のレベルの高さに対し、パスワークの技術は正直言って拙い、という印象を受けた。

 

 初めは湊への対抗心が原因かと思っていたのだが、その後葵おねーさんたちと一緒に練習をしているときも同じ印象を受けたのだ。

 

 ———そこから、ミミがクラブチーム居た頃、どういうバスケをしていたのか、俺は想像できてしまっていた。

 

「フランスに居た頃は、ワタシは同年代の子に1on1で負けたことは一度もありませんデシタ」

 

 ミミは言葉を続ける。

 

「でも、ワタシのバスケには、ワタシしかいなかったんデス」

 

 ミミは両の瞳から涙を流したまま、口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 

「試合中、ボールを持って相手と向き合うとつい熱くなって周りが見えなくなってしまう癖がワタシにはありマシタ。味方からパスを求められても、強引に自分で何とかしようとしてばかりいマシタ。結果、個人技は上達しマシタ。しかし、気が付くと、ワタシにパスを出してくれるチームメイトは周りに誰も居なくなってしまっていマシタ。………アタリマエデスよね。ワタシは、チームメイトたちから信頼を勝ち取ることができなかったんデス」」

 

 そう言って、ミミは自嘲気味に笑った。

 

「そんなワタシに、ミンナは初めて気づかせてくれたんデス。………チームでやるバスケが、こんなにも楽しいんだってコトに」

 

「………………そうか」

 

 俺は、静かに相槌を打ち、ミミの肩から手をどけ、布団の上に腰を下ろした。今更ながら、今まで立ちっぱなしでミミの話を聞いていたことに気付いた。

 

 自身の嫌な過去について、ここまで洗いざらい話すのはとても勇気が必要なことだったろうに、ミミはそれをしてくれた。

 

 俺の二人の妹たちのことを、女バスの連中を、大切な友達だと言ってくれた。

 

 帰りたくないという、正直な気持ちを俺にぶつけてくれた。

 

 

———だったら、俺は俺のできる範囲で、コイツにしてやれることをしてやるだけだ。

 

 

「………帰りたく、ねーんだよな」

 

「ハイ、………デモ、仕方がないことだと思ってマス」

 

「住むとこ、ねーもんな」

 

「………………ハイ、今の家は、パパのショクバがヨウイしてくれたものなので」

 

 ………………………………………。

 

 

 

「………………ホームステイ、とか」

 

 

 

「え?」

 

 ミミは、何を言われたのか分からない、という風に首を傾げた。………もしかしたら単に、俺の声が小さすぎて聞き取れなかっただけなのかもしんねーけど。

 

「ホームステイだよ。海外から来た留学生が日本に下宿するやつ。………よくあるだろ」

 

「ホームステイ………ワタシが、デスか?」

 

 ミミは怪訝な表情を浮かべていた。あまりピンと来ていない様だった。

 

「ああ。………住むとこがねーってんなら、誰かに頼るしかねーだろ」

 

「で、デモ、ワタシにホームステイ先のアテなんてないデスよ……?」

 

 ………まあ、そう来るよな。

 

 俺はミミから顔を背けて頭を掻いた。

 

ここから先を言うのは、なんつーか若干恥ずい。

 

 けど、ここまで来たら言うしかない。

俺は深呼吸した後、目を逸らしたまま、言葉を続ける。

 

 

 

 

「お、俺ん家……………とか」

 

 

 

 

「………………え?」

 

 ミミは、信じられないものを見るような目で俺を見た。

 

「お、俺ん家なら割と広いし、お前が暮らせるくらいのスペースならあるし。ベッドはお前が嫌じゃねーなら俺の使えばいいし、俺は父さんの部屋借りればいいし」

 

 俺はミミの目を直視できないまま、話を進める。……クソ、なんか色々まくし立てるみたいな言い方になっちまった。

 

「あ、迷惑かけちまうとかそういうのは別に気にすんな。さっきも言ったけど、少なくとも椿や柊は喜ぶだろうしな。母さんはまあ、何とかして説得するわ。………でもまあ、困ってる娘の友達見捨てたりするような人じゃねーから、心配すんな」

 

 ………まあ強いて言うならそこが唯一にして最大の懸念材料だな。ちなみに、父さんは母さんの尻に敷かれており、母さんがOKといえば反対しない人なので、ハナから心配していない。

 

 ミミは何も言葉を発せず押し黙ったままだ。俺が顔を背けたままなので、どういう表情してるかは見えねーけど。

 

「後まあ………俺にも、朝練の相手が増えるっていうメリットがある。いつも妹二人と朝練してんだけど、三人だとなかなか出来ること限られるしな。お前が参加してくれると、実は結構助かる」

 

「つばひーと、タケナカと、マイニチ朝一緒にバスケ」

 

 ようやく、ミミが言葉を発した。少しホッとする。リアクションないのは、結構気まずいからな。

 俺は言葉を続ける。

 

「あ、ああ、まああくまでお前が嫌じゃなかったらだけど、よかったら一緒に———」

 

 

 ———瞬間、体に衝撃を受けて言葉が途切れ、俺の体が仰向けにひっくり返る。

 

 

 何事だ!? と思い慌てて体を起こそうとするも、何かが体にのしかかっていて起き上がれないことに気付く。

 何とかして頭だけ起き上がらせると、目の前にミミの銀色の頭頂部が見えた。

 

 ………どうやら、すぐ横の布団の上に座り込んでいた俺に向かって、ベッドの上からミミが飛びついてきたようだった。丁度仰向けになった俺の体の上に、うつぶせになったミミが倒れ、額を俺の胸に押し付けるような体勢になっている。

 

 危ねえだろーが! と叱りつけてやろうかとも思ったが、ミミの体が震えていたことに直前で気付いたので、やめておく。

 

 俺は起こしかけていた頭を下ろすと、力を抜いて、そのまま天井を仰いだ。

 

 ………ずっと、一人で悩んでたんだろーな。

 

 しばしの沈黙。その間、少しでも早くミミが落ち着けるよう、俺は右手で背中をさすってやった。

 椿と柊が泣きついてきたとき、よくこうやって慰めてやってたっけな。

 

 ミミはようやく落ち着いたのか、顔を俺の胸に押し付けたままようやく言葉を発する。

 

「………ワタシ、テイケツアツなので、朝アンマリ強くないデス。

 

 くぐもった声でミミが言う。

 

「………そうかよ」

 

「………………ウィ、なので、毎朝ちゃんとワタシのこと、起こして欲しいデス」

 

「………おう、今も毎日椿と柊起こしてっから、そのついでに起こしてやるよ」

 

「フフ……」

 

 俺がそう言うとミミは、俺の胸に顔をうずめたまま小さく笑い、俺の背中に回した腕の締め付けをやや強めた。………何がそんなに可笑しいんだか。

 

 とりあえず、竹中家でホームステイをする、という案についてミミ本人に賛同してもらえたようだった。

 

 いくら俺が良いっつても、本人が了承しないんじゃ話にならねーからな。若干恥ずかしい思いをした甲斐はあったわけだ。

 

 俺は安堵のため息を漏らした。

 

「………ワタシ、ニホンに居ていいんデスよね」

 

「ああ………うちの母さんとか、お前の親とかが説得できればだけどな。まあ、その辺は何とか頑張ってみるわ」

 

 母さんはともかく、ミミの両親の説得についてはミミに頑張ってもらうしかなさそうだけどな。ま、精一杯やるだけやってみるさ。

 

「タケナカは………」

 

「ん?」

 

 

 

「タケナカは………なんでワタシにそこまでしてくれるんデスか?」

 

 

 

 そう言ってミミは俺の背中に回していた腕を解き、仰向けに倒れていた体を起こし、俺の体の上から退いた。

 

 のしかかっていたものがなくなり自由になったので、俺も体を起こし、顔を上げる。

 

「………………!?」

 

「………………」

 

 

 至近距離に、ミミの顔があった。

 

 

 上半身だけ起き上がった俺に対し、ミミが身を乗り出し、下から俺の顔をズイ、と見上げるような体勢になっている。

 

 お互いの吐息が、お互いの顔に掛かるほど近い距離だ。

 

 俺はミミの顔をまじまじと眺める。

 

 ——前から思ってたけど、ちょっと驚くくらいキレ―な顔してるよな、コイツ。

 

 そんな緊張感のない感想が頭に浮かぶ。

 

 ミミは、泣き腫らしたような真っ赤な目をしていた。

そして、やや上気したような火照った顔で、俺の顔を真っ直ぐ見ていた。

 

 その表情は、何かを期待しているような、覚悟を決めたような、でもそれでいてわずかに不安そうな、そんな複雑な感情が入り乱れているように見えた。

 

 なんだ? 質問の意図がよく分かんねーんだが………。

 

「なんでそこまでするか?」なあ………。改めて聞かれるとパッと出てこねーな。椿と柊のため? いや、正直これもなんかしっくりこねーんだよな。うーむ………。

 

「そうだな、まあ強いていうなら………」

 

「し、強いて言うナラ…………?」

 

 ミミが、やや緊張したような声を発する。

 

 俺はミミの期待に応えるため、自分なりに出した答えを口にした。

 

 

 

「女バスコーチとしての責務、かな」

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………。セキム?」

 

 ミミは何を言われたのか分からない、といような素っ頓狂な声を挙げた。

 

「おう。やっぱ女バスが全国目指すには、お前の戦力はなんだかんだ必要不可欠だしな。重要な戦力を逃がさないため、コーチが一肌脱ぐのは当然ってもんだ」

 

 そう言って俺はうんうん、と力強く二回頷いて見せた。

 

 ふふふ、どうだこの責任感の強さ。

 

 中坊の成り行きコーチと甘く見て貰っちゃ困る。慧心女バスの全国制覇のため、俺も色々考えてるんだぜ? 

 

 この頼れる先輩感にはさすがのミミも敬服せざるを得ないだろう。なんだったら、湊と同じように「ししょー」と呼んでくれてもいいんだぜ? 俺だって何回も1on1でミミに勝ってるのに、いまだに微塵も尊敬されていない、というのは前から納得いかなかったからな。

 

 そんな風に、後輩の尊敬のまなざしを期待して改めてミミの顔を見下ろすと、泣き腫らした目をジトっと細め、頬を少し膨らませて、全身から不満オーラを漂わせているミミの様子が視界に入った。

 

 なんだ………? なんか期待していた反応と全然ちげーんだが………。

 

 ミミは唇を尖らせ、ぷいっと俺から顔を背けると、

 

 

 

「……………………タケナカの、バカ」

 

 

 

「は……はああああああああ!? おまっ……せっかく一肌脱いでやった先輩に対してなんつー口の利き方を!」

 

「オダマリナサイ。………少しでもタケナカに期待したワタシが馬鹿デシタ。今日はもう寝マス。………さっきも言ったように、遠征で疲れているので、今日はもうワタシに話かけんな、デス」

 

 そう言ってミミは立ち上がり、ベッドの上に横になるとさっさと俺に背を向けて就寝の準備を始めた。

 

 

 

 ……………………………………………………………。

 

 

 

 な、なんでだ!? 俺が間違ってるってのか?  

 なんかただでさえ雀の涙だったミミの尊敬値がゼロを突破して寧ろマイナスに大きく振れたような気がする。コーチとして俺は何も間違ったことはしていないはずなのに、理不尽だろ!

 

 そんな感じでモヤモヤを抱えつつも、今まで忘れていた疲労が急に襲い掛かってきたので俺も寝ることにする。なんだかんだ一時間近く会話してたからな………。

 

 俺は電気を消し、布団に横になる。

 

 ………………なんか、マジで色々ありすぎて本当に疲れたわ………。合宿場に居たのがもう遠い昔のことのように思えてくる。

 

 俺はそう思い、眠気に身を任せることにした。

 

 …………………………。

 

 ただ、まあ………。

 

 自分のためなぜそこまでするか、というミミ問いに対して、の答え。

 

 

 

「女バスコーチとしての責務だから」という言葉は、何故か自分の中でもしっくり来ていなかった、ように思った。

 

 

 




なんか若干夏陽が残念な感じですが、まだ中一なのでそういう意識ないのはしゃーなし
まあ、異性に対するそう言うあれこれは女子の方が早いって言いますよね

ようやく前置きが終わりました
シリアス話は苦手意識あるので毎回難産です。

そう言えばツイッター始めました。
創作に関するどうでもいい小話なんかを呟こうかなと思ってます
ID:@Redeye_Luvit
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