シリアス書いた後だと楽しい
今日もミミちゃんは絶好調
「で、この子はいったい誰なのよ、夏陽」
ジロリ、と。
母さんは自室の床の上で正座で縮こまる俺に向け、威圧的な視線を投げかけた。
現在時刻は午前十時過ぎ。
つい三十分くらい前に起床した俺は、寝ていたミミをたたき起こし、ホームステイに向けた今後の計画について軽く作戦会議をした。
『お前って何度かうちに来てたことあったよな? 母さんには会ったことあるのか?』
『ノン、お会いしたことないデス。つばひーはオカアサマが居る日は絶対にワタシたちを家に招いてくれないノデ』
『つまり、お前と母さんはこれが完全に初対面ってことでいいんだな?』
『ウィ、そうです』
『なるほどな……。母さんは細かいとこ融通利かねーからな。単なる友達ってだけじゃお前のホームステイを認めてくれないかもしれねえ』
『……ナルホド』
『とにかく悪い印象は与えたくねーから礼儀正しくしててくれ。礼儀正しい子なんだなってのが伝わればワンチャンあるからな』
『ウィ、分かりマシタ』
それだけ言うと、ミミのホームステイを認めてもらうため、俺はすでに起きて家事を始めていた母さんを自室に呼び出し、ミミを紹介した。
そして現在に至る———というわけなのだが、タイミングが悪かったのか、昨日仕事で遅くまで働いていたストレスが原因かは分かんねーけど心なしか母さんの機嫌があまり良くない様に感じた。
クソ、運の悪い………。
母さんはミミを横目でチラチラと見つつ、
「日本人………じゃないわよね? 凄く綺麗な髪………。……じゃなくて、お友達? なんでこんな朝早くから夏陽の部屋にいるわけ? お友達とはいえ、勝手に家に上げるのは感心しないわね」
スッ………と、母さんの声のトーンが一段階下がったのが分かった。マズイ、下手なこというと雷が落ちかねねえ………てかそもそもミミを勝手に家に上げたのは俺じゃねえんだが!
———俺の母、竹中秋乃は真面目を絵にかいたような人間だ。
出勤の頻度こそ減らしてもらったとは言え結婚し、子供ができた今でも仕事を続けており、一方で子育てもバッチリこなすという完璧ぶりである。
そんなこんなで竹中家では母さんの発言力が一番強い。………いやむしろ父さんが弱すぎるといった方が適切だな。
とにかく、一筋縄でいく相手ではないのだ。下手なごまかしは命取り。いつ竹中家名物お仕置き「こめかみグリグリ」(本家バージョン)が飛んでくるかわからない。
(さてどうする? 第一印象は大事だ。普通に妹の友達って紹介してもいいんだが、単なる友達を無条件で長期間家に滞在させるほど俺の母さんは甘くねえ。普段あれだけ金の無駄遣いにうるさい母さんのことだ。俺ら兄妹が小遣いアップを求めてデモを起こした時に食らって一撃で轟沈した必殺「お金を稼ぐってのはね、とっても大変なことなのよ?」から始まる説教を再びくらわされちまうかもしれねえ………。クソ、一体どうしたら———)
(タケナカ、タケナカ)
俺が高速で考えを巡らせていると、右隣にちょこんと正座するミミがクイックイッと俺の袖を引きながら耳元に小声で話しかけてきた。
なんだ? 今お前にかまっているヒマは———
(タケナカ、オカアサマへのご挨拶、是非ともワタシに任せていただけないデショウカ。)
………………………ええー。………お前にぃ?
俺の訝しげな視線を意に介さず、ミミは話を続ける。
(ホームステイ大作戦を成功にミチビクため、ここでのダイイチインショウはシッパイできないと心得マス)
そう言ってミミは目をキラキラと輝かせた。
大作戦とか言っちゃってるし、どうやらこの状況を楽しんでいるらしい。気楽なもんだぜ。お前は母さんのお仕置きを食らったことがねーからそんなこと言えるんだ………。
とはいえ、俺の方でこの状況を打破する妙案は何思いつかなかったのも事実。なら策のありそうなミミに任せてみるのもありかもしれねえ
そう思って俺はミミの申し出を受けることにした。
(お、おう……分かってんじゃねーか。言っとくけど俺の母さんは一筋縄じゃ行かねーからな。くれぐれも慎重に行けよ)
(ウィ、心得てマス)
ミミは気合の入った表情で力強くコクンと頷いた。ふ、不安しかねえ………。
ミミは正面に向き直ると、コホンと軽く咳払いをした。咳払いの音を聞いて、今まで俺の方に圧を向けていた母さんの視線がミミの方へと向く。
ミミは真っ直ぐと母さんの目を見て、
「アンシャンテ、タケナカのオカアサマ。ミミ・バルゲリーと申しマス。フランスから来マシタ」
そう言ってミミは正座のまま背筋を正し、膝の前に両手をついて深々と頭を下げた。
………一連の所作に寸分の無駄もない、日本人顔負けの綺麗な土下座だった。
母さんは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、
「あら……これはどうもご丁寧に。………礼儀正しい子ね」
母さんはミミの挨拶を受けて軽く会釈した。心なしか先ほどより表情が和らいだ気がする。外国人の少女が日本式の礼儀作法を覚えて完璧にこなしている、というのが母さん的に高評価だったのだろうか。
………いやまあ現代日本で土下座とかフツーしねーけど、それは置いといて。
いいぞ、やるじゃねえかミミ! あの母さん相手に初手から好印象を抱かせるなんて大したもんだ!
俺が内心で手応えを感じていると、母さんが言葉を続けた。
「慧心の子かしら、夏陽のお友達? ………あんた、真帆ちゃんといい紗季ちゃんといい女の子しか家に連れてこないわね……。中学でちゃんと男の子の友達は作れているの?」
「ハハハ………」
余計なお世話だ、と突っ込んでやろうと思ったが、下手に今母さんにたてつくとマズイので、俺は適当に笑ってごまかした。
「ウィ、慧心の六年生デス。タケナカにはいつもバスケを教えてもらってマス」
「あらそうなの……。六年生? ってことは年下なのね。夏陽はちゃんと優しく教えてくれてる?」
「ハイ。いつもトテモ分かりやすく教えてくれマス」
よく言うぜ。お前俺に教えて貰ってるなんて微塵も思ってねーだろ。
思わず横から口をはさんでやりたくなったが、母さんの機嫌が良さそうなので、静観することにする。
母さんはミミの返答を受けて穏やかに微笑むと、
「そう、よかったわ。これからも夏陽のお友達として、仲良くしてあげてね」
「ウィ、こちらこそ、よろしくお願いしマス」
そう言って二人はお辞儀を交し合った。
お、おお………雰囲気いい感じなんじゃねーか!? いつもマイペースな振る舞いばっかしてるやつだと思ってたから心配だったが、初対面の大人相手には礼儀正しくできるのな………。
俺が内心で少し見直していると、ミミが突然何かに気付いたような表情を浮かべ、
「あ、でも、トモダチというよりは、ワタシは、タケナカの、その————」
ミミはそこで一旦言葉を切った。
なんだ? 何を言うつもりなんだ?
俺がそう思っていると、ミミは母さんから目を逸らし、口元に指をあてて頬を染め、モジモジと身をくねらせ、さも「恥じらっています」と言わんばかりの表情を浮かべると———。
「が、ガールフレンド………………デス」
………………………………………………………………………………。はい?
「まあ………!」
母さんは驚いたような表情を浮かべた。………なぜかその声色は喜びがにじみ出ていた。
「タケナカとは………ホンノ二か月前にお付き合いを初めさせていただいたばかりデスが、お互いに愛し合っていマス」
そう言ってミミは幸せそうな笑みを浮かべ、俺の右腕に抱きついてきた。お、おい………。
母さんはそれを見て目を丸くする。
「お、おい、さっきからお前何——。痛っ……!?」
俺が割って入ろうとした瞬間、右ふくらはぎに鋭い痛みが走った。
なんだ!? と思って下を見ると、ミミが俺のふくらはぎを左手でつねっているのが見えた。
………余計な邪魔はするな、というサインが言外から感じ取れた。
こ、コイツ……このまま押し通る気か……?
つーかなんなんださっきから、全然展開が読めねーぞ!?
そんな風に俺が困惑しているうちに、ミミは話を続けた。
「ゴアイサツが遅れて申し訳ないデス。フツツカものですが、ワタシたちのこと、認めていただけると嬉しいデス」
そう言ってミミは、母さんに向かって再び深々とお辞儀をした。
先ほどから母さんは押し黙ったまま何も言わない。
………ま、そうだよな、そんな小手先の嘘で俺の母さんがだまされるわけ——
「もちろんよ、こっちからお願いしたいくらいだわ!! ……ああ、こんなに綺麗で可愛い子が息子のガールフレンドなんて………夢みたいだわ!!」
………………………………………………。
母さん、ガッツリ騙されてました。………………ええー……。
そういえば母さん、こう見えて可愛いものに目がないんだったわ………。椿と柊のこともなんだかんだ可愛がってるし。恐らくミミのフランス人形のようなビジュアルが母さん的にドストライクだったのだろう。先ほどまでの固い印象は何処へやら、両手を頬にあて、恍惚とした表情を浮かべている。
「メルシー。そう言っていただけてウレシイデス。………後、今日伺った理由なのデスが、実はタケナカにお別れを言いに来たのデス」
そう言うとミミは今までの幸せそうな表情から一転、目を伏せて表情を暗くした。
ミミの言葉を聞いて、母さんは動揺した様子で、
「お、お別れって、ど、どういうことなの!?」
「ウィ、実はこの度、パパのオシゴトの都合で、フランスに帰ることになりマシタ」
そう言って、ミミは目を潤ませ、今にも泣きだしそうな表情を浮かべてみせた。
………………つーかこいつ、さっきからなんでそんなに演技上手いんだよ。
「ワタシはタケナカとハナレバナレになりたくありマセン。………いてもたってもいられず、タケナカに会うため、突然のことでブシツケとは思ったのデスガ、お邪魔させていただきマシタ。………申し訳ないデス」
ミミの言葉を受けて、母さんは気の毒そうな表情を浮かべ、
「そうなの………グスッ……そういう事情なら仕方ないわね。全然気にしなくていいのよ……?」
そんな風に、母さんは鼻を啜り、目元を拭いながら気遣わし気に言った。………いや、感情移入し過ぎだろ。
「でも、タケナカが私に言ってくれたんデス。住むところがないなら、うちにホームステイすればいいだろ! って」
そう言ってミミは嬉しそうに頬を染めた。
母さんはそれを見て「まあ!」と感激したような声を発して、
「そうなのね、夏陽!?」
ハイテンションで俺の方にクルッと向き直った。
………………………………………。
いや、そこは別に嘘じゃねーけど。なんか素直に頷けねーんだが!
「ウィ、タケナカも、『お前と離れ離れになる位なら死んだ方がマシだ』と言ってくれマシタ」
言ってねえ。
母さんは激しく頷き、
「男らしいわね、夏陽。母さん嬉しいわ! ………分かったわ、息子の恋路のため、ミミちゃんのホームステイを認めます。よろしくね、ミミちゃん!」
ミミはパッと表情を明るくし、
「メルシー、アリガトウゴザイマス! ワタシ、オカアサマに気に入っていただけるよう、ガンバリマス!」
そう言ってミミと母さんは互いに右手を差し出すと、ガシッと固い握手を交わした。
いや、ちょろっ! 母さん、ちょろっ!
普段あんだけ俺ら兄妹が何をしようと突き崩せないくらい難攻不落なのに、嘘みたいにあっさり陥落しやがった。これじゃ俺らが馬鹿みてーじゃねーか!
母さんが目元の涙を拭いながら満足気な表情を浮かべている一方、横目でミミがパチン、パチン! とこっそりウインクしてきた。
まるでミッションコンプリートデス! と言わんばかりに得意げだ。
………………………………………。
いやまあ確かに達成したけど! 正直とんでもねーことしてくれたなって気分でしかねーんだが!
半オリキャラ竹中母登場。
夏陽が夏、椿が春、柊が冬なので秋かなみたいな適当ネーミング。
継続して読んでくださっている方が結構いる気がするのが嬉しいです。
ありがとうございます。
数字気にするのは良くない、とも思いつつ、もっとたくさんの人に読んでいただくにはどうすればよいのか思い悩む日々。日々精進ですね。