URAファイナルズを終え、国際交流競走という名の欧州遠征を終えて帰ってきたウオッカはトレーナーの友人のバイク屋から練習用にNS-1という原付を買った。
身体能力が劣る「男の乗り物」に乗ったウオッカの影響にトレセン学園は大騒ぎ。
そして、ウオッカとトレーナーは大磯海岸でやる夏合宿にバイク参加してやろうと企てるのであった。
果たして、二人は無事合宿所にたどり着けるのだろうか。
備考:ゲーム版を参考にしていますがオリジナル時空です。
現実の地名、団体、法律とは一切関係ございません。
あの娘と走りたい、そう願った男がいた
もっと速く、長く走りたいと考えた男たちがいた
風を超えて、速度の向こうに__
ウマハ U-250のTVコマーシャル
担当ウマ娘であるウオッカが、俺の友達からバイクを買った。
原付なんだけど、2ストロークエンジンを積んだレーサーレプリカだ。
フルカウルのついたNS-1というホンダの原付で、ヨーロッパ遠征の際のレース賞金でポンと買ったのだ。
高等部に進学し、免許取得解禁ということもあって彼女の両親を呼んで3者面談をやったし、両親の同意のうえでバイクに乗せることにした。
免許取りたての初心者がいきなりリッタースーパースポーツは事故や転倒でおしゃかにするリスクが高すぎるということもあって、原付に限り許可が下りたのだ。
オヤジさんはバイクに詳しいようで、隣の奥さんに睨まれながらもどんなバイクがいいのかを語っていた。
奥さんのほうは「アンタ現役中に転んで商売道具の脚折ったらどうするの?」なんて言ってたけど、最後は本人次第ということで許可を出してくれた。
面談が終わると、ライダースーツに着替えた二人は慣れた様子でアメリカンスタイルのバイクにまたがり重低音を響かせて帰っていった。
「父ちゃんおススメの奴どっちもカッコいいけど、こいつら原付なんだよな……もっと排気量欲しいっていうか」
「どんな走りにもトレーニングは必要だろ? 遠征前だって欧州芝で徐々に慣らしたよな」
「うーん、トレーナーがそう言うならしゃあねえ」
その後、アメリカンのような見た目の原付マグナ50とレーサーレプリカのようなNS-1のどっちがいいか三日三晩悩んでいたウオッカに、俺はついこう言ってしまった。
「俺の友達にバイク屋いるし、見に行くか?」
「行く行く!」
小林モータースという年季の入ったボロい店の軒先には新旧色とりどりのバイクが並んでいる。
その奥からもじゃもじゃ頭に眼鏡をかけた、2代目店長が現れた。
「おーい小林、イイ原付って置いてあるか?」
「おーう……うぉ!」
小林のセールストークに乗せられ、気づけば練習用原付としてホンダNS-1を買ってしまった。
銀色のカウルに猫目のような二灯ヘッドライト、そしてカウルとエアロパーツに“NS-1”の文字が入ってる。
「まさか、お前があのウオッカちゃんのトレーナーになってるとはなぁ」
「小林、アレ、昔乗ってたやつだよな? ……15万でいいのか?」
「今はXJRに乗ってるからな。古い? こんなこともあろうかと整備もばっちりだ」
「店長、コレ、タンクじゃなくてメット入れなのか!」
「おう! タンクはシート下だ。これ買い物の時便利だぜ」
「スゲー」
「古いし何か不具合出たらすぐ持ってきてね、ウオッカちゃんなら安くするよ!」
高校時代に乗ってたバイクを売り付け、貰ったサインを店に飾って上機嫌な奴と、中古車とはいえ初めてのバイクに興奮しっぱなしのウオッカ。
思い出話やトゥインクルシリーズの話もそこそこに、小林モータースを後にしてNS-1を押して寮に戻ると、ダイワスカーレットが真っ先にやって来た。
「コレ買ったやつ?」
「おう、今日から俺の愛車になったNS-1だ」
「ふーん、速いの?」
「2ストのリミッターカット車だからな、めちゃくちゃ速いらしいぜ」
「ツースト? で、どんなの?」
バイクに詳しくないスカーレットは「よくわからない」といった感じだったので身近な例で例えてみることにした。
「坂路トレーニングの苦手な逃げウマ」
「あーっ」
「マジかよ……」
小林いわく低速トルクが弱いけど、回転が上がってパワーバンドに乗ると面白い原付らしい。
俺の“親父お下がりスクーター”なんかとは速度帯が違いすぎて、ツーリングするとよく置いて行かれたものだ。
法改正前の頑張っても最高速度60キロ以上出ないオンボロで、ランニングしてるウマ娘にも追い抜かれるありさまだったけどな。
小林のNS-1はボロスクーターに合わせての低速走行が難しかったんだろう。
俺のスクーターはというと高校卒業後ぶっ壊れて、トレセン学園に勤務するようになってからは自動車通勤だ。
「これ、二人乗り大変そうよね……」
「わかってねえな、コイツはそんなマシンじゃねえんだ」
「わかってないって何よ、アンタも今日買ったばっかりでしょうが!」
「いや、給油口の蓋が割れるぞ」
スカーレットとウオッカはやいのやいのと言い合いを始めてしまった。
バイクがどうとかそういう話からいつの間にか映画の話になっていたのはご愛敬だ。
「バイクって言ったら、『ローマの休日』よね! 憧れるわ」
「俺は父ちゃんと見た『世界最速のインディアン』だよ。トレーナーは?」
「お、俺は『大脱走』かな……」
「アンタたちとは映画の趣味合わないみたいね!」
「トレーナー、それジャンル戦争映画じゃねえかよ」
結局騒ぎを聞きつけたフジキセキがやってくるまで二人は言い合っていた。
相変わらずラブロマンス映画苦手なのね、ウオッカ。
「ウオッカ、バイクを買う」というニュースはトレセン学園に瞬く間に広がった。
今までトレーニングルームで峠を攻めていたり、バイクのイメトレをしていたのがいよいよ現実になるのだ。
理事長やたづなさんに「交通事故を起こさないように」と言われたばかりか、この話題はトレーナーたちの中でも話題となった。
「トレーナーちゃんはバイク乗らないの? マヤ、後ろに乗ってみたいな」
マヤノトップガンのトレーナーこと織田Tは、マヤノにバイク通勤を勧められるようになったらしい。
幸い中型2輪を持っていたので、今、タンデムできるバイクを探しているんだとか。
候補にはホーネット250やCBR250があるらしい。
複座のトップガン、こう聞くと“ホーネット”が艦載機みたいな名前に聞こえてくる。
「マックイーン、トレーナー、地平の果てまで宝探しに行こうぜ!」
「い、いきなりなんですの!」
「どこでそんなバイク手に入れたんだよ……うおおおお!」
メジロマックイーンやゴールドシップと言ったツワモノを集めたチームを率いる武田Tは目の前で入手元がわからないサイドカー付きのバイクに乗せられてどっかに拉致られていった。
武田Tとマックイーンが帰ってきたのは5日後で、木彫りの土佐犬とかよくわからないお土産を持って帰って来ていた。
「日本が島国でよかった」と武田Tが言ってたところを見ると、本州を出て四国最南端の高知まで行ったんだろう。
男性トレーナーからはおおむね好評だったが、女性トレーナーからは不安の声が上がった。
「あの!」
「なんですか、桐生院さん」
「その、バイクって危ないんじゃないですか? もし転んだら……」
「転んだらケガするでしょうね」
桐生院Tは優しくていい人なんだけど、名家の箱入り娘で今まであまり遊んだことがないのかちょっと過保護なところがあるようだ。
「じゃあどうして……」
「それは、彼女が望んだからです。それに、事故・ケガのリスクを考えたらそれこそレースなんか出せませんよ」
そう、俺達トレーナーが担当のウマ娘の並走にスクーターを使うのも彼女らが生身で時速50~70キロ近く出して走るからだ。
転べばもちろん、ただ走るだけでも関節や骨に負荷がかかり、毎年数人はケガや病気で引退している。
ここトレセン学園においては交通事故より傷病リスクのほうがはるかに高いのだ。
逆に言えば、バイクに乗ってるあいだは転んだり衝突しない限りケガをすることはないわけだ。
「でも、バイクは危ないし、
「ああ、確かにそんな偏見もありましたね、でも、レースにも出て今を時めくウオッカが不良なんて誰も思いませんよ」
「桐生院ちゃんアンタの負けだよ。うちの子が乗るとなったら反対するかもしれんけど、ウオッカちゃんが乗る分にはアタシらが口出しすることじゃないよ」
「大場先輩!」
かつてタマモクロスの担当やってた、大ベテラン『オバちゃん』こと大場トレーナーのとりなしもあって、バイクに乗ったこともないような女性トレーナーたちに小言を言われることもなくなった。
そんなトレーナーたちの騒動の脇で、ウマ娘たちの間にもモータリゼーションがやって来ていた。
今までバイクや車は長距離の交通手段や、“身体能力に劣るトレーナーがウマ娘に並走するための手段”で「男の乗り物」だった。
ところが、ウオッカといういま最もアツい彼女が乗り始めたため「楽しく、便利な乗りもの」というイメージに変わり始めた。
さらに在学中にスーパーカーを乗り回すマルゼンスキー姉さんに憧れた高等部の一部ウマ娘がこっそり車やバイクを買ってしまったのだ。
トレーニングが終わって駐輪場に並ぶミニバイクの数に、ウオッカはボヤく。
「おいおい、どいつもこいつも急にバイク乗り出すなんてどういうことだよおい」
「まあ、良くも悪くも影響力が出たってことなんだろう」
「それって俺がカッコいいってことか?」
「そうかも」
「ホントかよ……」
「事故らないようにな、お疲れさん」
「おう! じゃあまた明日な!」
そういうとウマ耳対応型のヘルメットをかぶり、甲高い音と2ストオイルの焼ける匂いをさせて走り去っていった。
見慣れた銀色のフルカウルボディが夕日を受けてキラリと輝く。
「やっぱ、アイツにはバイクがよく似合うな……」
学園のバイク通学問題がひと段落したころ、何度目かの夏合宿がやってきた。
「なあ、トレーナー」
「今年はどうするんだ?」
「ああ、やるぜ!」
そう、前回の合宿では親父さんの後ろに乗って登場し、格好をつけてたわけだが今度こそ実現できるわけだ。
日頃、遠出ができないからこの機会に存分にドライブさせてあげたいところだ。
ダメ元でウオッカのバイク登校申請出してみようか……と考えていた。
しかし、申請を上げる前にたづなさんにこの企みはバレたらしく、夏合宿10日前に呼び出されてしまった。
「トレーナーさん、トレーニングのための私有車使用申請ですけどナンバーが違いますよね? どういうことですか?」
そう、ウオッカが疲れた時にNS-1を積んで帰るため、小林に借りた軽トラで申請を上げていたわけだがその流れでバレたようだった。
普段、通勤用のワゴンRで並走や送迎、救護をやっていたからその時のナンバーを覚えていたのだろう。
「夏の車検で
「そうなんですか?」
「ええ」
嘘は言っていない、7月に車検があるのは確かだが……。
「ところで夏合宿なんですけど、合宿所までの道って海が見えていい眺めですよね」
「そうですね」
「設備点検があるので、よろしければ私も連れて行ってくれませんか?」
「たづなさんと一緒にですか? 懐かしいなあ……」
よくお出かけに行き、そこで見聞きした内容をトレーニングに反映させたものだ。
だからこうしたお誘いは不自然ではない、だけどタイミングが明らかに悪い。
漫画なら俺の後頭部から汗が滝のように流れ、たづなさんの背後にゴゴゴゴという擬音がついていることだろう。
結局圧に負けて白状することになったのを許してくれウオッカ……。
「納得ッ! ……レースのご褒美ということなら仕方ない。君も追走するがいい」
「もうっ! 次はありませんよ」
「理事長、たづなさん、ありがとうございます」
理事長の温情でなんとかバイク登校が許されることになった。
トレセン学園の夏合宿は相模湾に面した神奈川県の大磯海岸で行われる。
明治時代に避暑地として発展し、著名人の邸宅が今も残る一角から少し行ったところに合宿所があるのだ。
府中から多摩、相模原、厚木、平塚と通って合宿所のある海岸を目指すのだが、こうしてみてみると遠い。
車で2時間半の距離を原付で行くため、内容を詰めるといろいろと問題が見つかってきた。
「都道18号、鎌倉街道をこう南下して……」
「トレーナー、そこまでガソリンは持つのかよ」
「ガソリンは大丈夫だろうが、休憩は必要だ」
「前に父ちゃんのバイクで行った時にはそんなに休憩しなかったぜ」
「それはアメリカンだからな。レーサーレプリカって前傾姿勢だから腰痛くなるぞ」
「あんなの坂路トレーニングに比べりゃどうってことねえよ」
「ただ、公道での長距離ドライブだから、ターフの上とは疲れ方が違うと思うぞ」
「そりゃそうだけどさ」
「そもそも、原付は高速乗れないからオヤジさんと同じようにはいかない」
何度も検討に検討を重ねてきた結果、やってみなくちゃわからないという結論に達し……当日の朝がやってきた。
トレセン学園の前には大型バスが何台も並び、次々と生徒たちが乗り込んでいく。
黒いメッシュのライディングウェアに身を包み、軽トラに荷物を積んだウオッカはクラスメイトのところに意気揚々と歩いていった。
「えーっ、今回もバイクで来るのォ!」
「本気なの? アンタ、あそこまで結構距離あるわよ?」
「へっへーん、相棒があればこれくらいの距離、どうってことねえよ」
驚いて見せるテイオーに、いつものハッタリではなく本気でバイク参加しようとしていることに心配そうなスカーレット。
一方のウオッカは得意げに胸を張って見せる。
「ウオッカちゃんいいなあ、マヤもビューンと出せるバイク欲しかったんだけどなあ」
マヤノはNS-1をしげしげと眺めて言った。
おそらく両親と織田Tに止められているんだろうな。
「でもでも、トレーナーちゃんがマヤのために買ってくれるって」
「タンデムシートってのも悪くないぜ。景色を楽しむにはバッチリだ、なぁトレーナー」
「そりゃあ自分で運転しないからな。わき見運転だけは勘弁してくれよ……」
他人の運転で見る景色は楽というのと苦痛というのに分かれる。
マルゼンスキーなんかは後者だったようで、人の運転では気分が悪くなりやすかったらしい。
俺はあの人の助手席のほうが怖かったけどな!
ドライブデートもそうなのかな? とマヤノがはしゃぐわきで、テイオーは言う。
「ボクなんか『バイク買って』って言ったらパパもママもカイチョーもダメっていうんだ」
「わかる」
「あの人もテイオーに対してはなんだかんだ過保護だからなあ」
「ま、ボクはスクーターくらいになら負けないけど」
カイチョーとは生徒会前会長にして今もOGとして時々現れる名誉会長、シンボリルドルフだ。
去年退職された先輩Tと卒業後に結婚して世界中を飛び回ってると記者の乙名史さんから聞いたが……。
「ウオッカ、道はわかってるんでしょうね。まさか『風が教えてくれる』なんて言わないわよね」
「何それカッケー、でも大丈夫この通り。トレーナーと俺で準備してある」
紙のルートマップとスマートフォンのアプリで経路設計をして、道順をNS-1のメットインに貼り付けているのだ。
何かあっても後ろを走る俺がフォローに入れるようにハンズフリー通話ができるようにしている。
「うわー、こんなに書き込んでるんだ、ボクならこんなに読めないや」
「ちょっと皆さん、そろそろバスが出ますわ。早くお乗りになって」
「事故るんじゃないわよ、いいわね!」
「それじゃ、合宿所で会おうぜ!」
しびれを切らしてバスの昇降口から顔をのぞかせたメジロマックイーンに急かされ、テイオーとスカーレット、マヤノはバスに乗り込んだ。
「さ、俺達も行こうぜ」
フルフェイスメットを付けたウオッカはNS-1にまたがる。
さあ、意気揚々と出発しようというところにたづなさんと理事長がやって来た。
「ウオッカさん、くれぐれも交通事故だけは起こさないでくださいね!」
「忠告ッ!私たちは君をケガさせるためにバイク通学を許可したわけではないからな!」
「ハイ! 気を付けます!」
「よろしい、じゃあしっかりと楽しんできたまえっ!」
見送りを受けてバスの車列が出発して追うようにトレーナー陣の乗ったマイクロバス、ウオッカのNS-1、俺の軽トラと続く。
マイクロバスは武田Tが運転しているようだ、破天荒なゴールドシップについて行けるところをみるとタダモノじゃないと思っていたが……多芸な人だ。
俺達は鎌倉街道沿いに南下、バスは国立府中から茅ヶ崎インターまで中央自動車道に乗るから次の交差点で別れる。
トレーナー車の窓から桐生院Tがこっちを見て手を振っているので振り返す。
バスが見えなくなると、インカムからウオッカの声が聞こえてきた。
『トレーナー、次はどっちだっけ』
『多摩川を渡るから中河原駅北を左、しばらく道なり』
『おう……走ってるあいだはいいけど、止まると暑ちいな』
『まだ午前中だぞ、大丈夫か』
メッシュ素材とはいえブロテクターが入っているから、その分暑いのだろう。
多摩川にかかる橋の上で風に涼を感じ、左手側の
平日ということもあって交通量はまあまあで、ウマ娘用レーンを走っている人も少ない。
今でこそ原付の最高速度は“60㎞”になったけれども25年くらい昔、最高速度は30㎞だった。
それに対してウマ娘は時速50~60kmくらいで走り、法的にも原動機付自転車よりも速かった。
そのため、空いてるからとウマ娘レーンに入った原付がウマ娘にピッタリ付けられ、ポンポンと肩を叩かれて退去を促されたとかいうこともあったらしい。
あるいは血の気の多いウマ娘がバイクを見て闘志を燃やし、いつの間にかペースを上げてレースになるとか……。
そう、まさに前を行くウオッカを見てウマ娘用レーンのお姉さんが……走った!
あのフォーム、元トレセン学園生かも。
信号のない長い直線ということもあって、血が騒いだのだろうか。
『トレーナー、歩道のねーちゃんが上げてきてんだけど、勝負していいか?』
『抑えろ、ここは公道……ああっ、それより前を見ろ!』
どんどんと距離を詰めてくるスーツ姿のウマ娘、もうお互いに臨戦態勢だ。
いま、警察と前走車はいない。
ウオッカは熊野橋を超えた瞬間、速度を上げてぶっちぎろうとアクセルを開ける。
響き渡る甲高いエンジン音、遠くなる二人の背中、追いつかない軽トラの加速。
勝負はわずか数十秒、諏訪下橋の交差点で終わった。
ウオッカが先に交差点にたどり着いたのだ。
「あなた、ウマ娘ね。久しぶりにいい汗かいたわ」
そこにペースを落としたウマ娘が駆け寄ってきた、どうやらウマ用ヘルメットを見て仕掛けたらしい。
「姉さんこそ、ばかっ速いな」
「ああ、私、これでもトレセン学園にいたのよ……」
「俺も今通ってっけど、姉さんみたいに速い人なら聞いたことあると思うんだよな」
「私? わたしは引退するまであの子に勝てなかったの。だから今じゃただの運送会社の事務やってまーす」
ウオッカのインカムを通してスーツのウマ娘との会話が聞こえてくる。
どうも聞いているとトレセン学園の卒業生らしく、内容からして結構上の世代だ。
『なあトレーナー、“トラツクオー”ってウマ娘聞いたことあるか?』
『わからん、学園に戻ったら記録あるかも。たづなさんに聞いてみるよ』
「先輩、それじゃ自分、合宿に行くので失礼します!」
「ああ、あそこね、頑張ってね。応援してるわ“ミス・チャレンジャー”ウオッカさん」
手を振って近くの建物に入っていった彼女はどうやらウオッカのことも知っていたようだ。
ヘルメットとかライディングジャケットにも名前入れてなかったよな?
『やっぱり、俺みたいにカッコいいと黙っててもチャレンジャーがやってくるもんなんだな』
『いや、単にあの人が勝負大好きな人だったんだろ』
先輩ウマ娘とのレースを終えたウオッカは高揚感を持ったまま、松が谷トンネルを抜ける。
八王子や町田の中を抜けるともうそこは相模原で、国道129号沿いに南へと向かっていた。
町中に米軍の総合補給廠があり、輸送トラックやハンヴィーのほかにYナンバーの車を見かけるようになる。
出発してからおおよそ1時間、厚木に入りそろそろ疲れてきたころだろうか。
『なあ、トレーナー、ちょっと一息入れねえか』
『ああ、乗りっぱなしだしな。休憩しようか』
バイパスわきの牛丼屋に入り、カウンター席に二人並んで牛丼を食べる。
俺は大盛、ウオッカは“ウマ盛り”なる鉢植えのようなどんぶりだ。
「かーっ、やっぱドライブの途中の飯はうめーな」
「そうだな、解放感あるな……ドンブリやべえ」
「そうか? スぺ先輩ならこれ4つくらい頼んでるだろ」
「スペシャルウィークとオグリキャップは見てると胃もたれしてくる……」
「本当に、どこに入ってんだろうなあ」
ウオッカと牛丼屋で一息ついているとスカーレットから画像が送られてきた。
長い高尾山トンネルを抜け、トイレ休憩に寄った厚木パーキングエリアで撮影されたものらしい。
ウマ娘が150人近くいるので厚木休憩は少し長めに取られており、今はその最中のようだ。
ここを出たら茅ヶ崎海岸インターチェンジ、合宿所の大磯海岸まで休憩はないのである。
トイレ待ちだけでなく買い食いする生徒たちもいるわけで、マックイーンが期間限定商品の前で逡巡している様子が激写されていた。
「マックイーンのやつ、いつも減量しようと悩んでるな」
「でも結局、限定スイーツ買っちゃうんだぜ」
「逆にストレスになって太るんじゃないか?」
「トレーナー、アイツの前でそれ言うなよ。背骨へし折られるぜ」
「何それ怖ッ!」
その時ウオッカのスマホに着信があった。
スカーレット:パクパクですわ~(画像)
ウオッカの読み通り、マックイーンは誘惑に勝てずテイオーと並んで期間限定のアイスを食べていた。
即オチ2コマみたいな展開だけど、まあ、本人が幸せならそれでいいんじゃないかな。
その後ろでマックイーン担当の武田Tがゴルシにたこ焼きを詰め込まれていたが、いつものことなので見なかったことにした。
会計を済ませると俺達は牛丼屋を出て大磯海岸に向かって出発する。
厚木の町中を抜け、小田原厚木道路と並んで延びる県道63号線相模原大磯線に入った。
伊勢原市に入ったあたりから建物の間に田畑が見えるようになり、いよいよ田園風景のど真ん中を走っていた。
『トレーナー、やっぱりバイクでの遠出っていいもんだよな』
『どうしたんだ』
『景色、あと匂いが違うんだよ』
『府中も厚木も町中だったからな』
『それもあるけど、こう、ターフとは違った草のにおいがするんだ』
『わかるよ、芝草のにおいと、田畑のにおいは違うよな』
『エキゾーストと草のにおいが混じったのを嗅ぐと、俺、自然の中にいるんだなって』
ウマ娘の嗅覚と俺の嗅覚の精度は全然違う。
けれども、同じ芝に立ってきたものとしてその感覚はわかるような気がする。
バスで行く夏合宿と全然違って走ってるあいだはオフのような気がしてくる……まあ、これも仕事のうちなんだが。
いったん小田原厚木道路から大きく離れて
ローソンやファミマといったコンビニや、マクドナルドなんかのファストフード店と休憩できそうな店が見えてくる。
下調べの地図によるとおそらくここが最後の休憩ポイントだろう。
俺はウオッカに先のファミリーマートに入るように指示を出した。
だだっ広い駐車場に入り、しばらく休憩をとる。
トイレを済ませ、冷たい飲み物を持ってウオッカのもとに向かう。
軽トラックの中でジャケットを脱いで、エアコンの風を浴びていた。
「あーっ、疲れたぁ」
「お疲れさん、ほれ」
「……っぷはあ、生き返るぜ!」
俺の渡したジュースを勢いよく飲んだウオッカは手持ちの地図を眺める。
「あと、どんだけあんだよ」
「山一つ越えたらもう大磯合宿所だ、頑張ろう」
そう、ここから高低差のある山間部を抜けて、
「おう、最後の峠攻めかあ……」
「辛かったら乗ってく?」
「いや、ぜってえ乗らねえ」
普段からトレーニングを積んでいるさしものウオッカも長い運転にいよいよ疲労が溜まっているようだ。
照りつける夏の太陽、メットインの中のぬるくなったジュース、信号と変速操作、ただオートマの軽トラに乗ってるだけの俺よりも体力が奪われているはずだ。
それでも彼女はよろよろと立ち上がり、伸びをすると不敵に笑って見せた。
「一度コイツでゴールするって決めたんだ、じゃねえとカッコわりいだろ……」
「そうか、危なくて走り切れないと思ったらいつでも乗れよ」
「おう、俺はチャレンジャーなんだ! だからトレーナーこそ、しっかりついて来いよな」
ウオッカ、やっぱりカッコいいぞ。
URAファイナルズの後のエプソム、ドーヴィル、ハンブルグといった欧州遠征、もとい“国際交流競走”を思い出すよ。
あの時も今みたいに英国、フランス、ドイツといつも先へ、先へと俺を引っ張ってくれたな。
誰が言ったか、『誰も行かない道を行け、茨の中に答えはある』って。
今頃、バス組は茅ヶ崎海岸インターチェンジから海辺の道を通って合宿所へ向かっているころだろう。
バスの車窓からじゃ見えない景色を、俺達は走り抜こう。
「それじゃ、行くぜ!」
ジャケットを着て、グローブを着け、ヘルメットをかぶり、青い保冷スカーフを巻いたウオッカは颯爽とNS-1に乗って発進する。
県道63号線を道なりに南下し、ゆるいコーナーをいくつも抜けていく。
左手に東海道新幹線の高架が見える、そろそろ分岐ポイントだ。
このまま道なりに行き、突き当たりの国府新宿で国道一号線に乗る下道コースか、持久走トレーニングにも使う山道の反対側斜面から登って縦断するコースの2択。
『ウオッカ、ちょっとかかるけど下道で行く?』
『せっかくだし、俺は山道を抜けてみたいんだ』
『それじゃ、酒屋の先の交差点を左に』
畑の脇を抜け高架下をくぐると、夏草生い茂る山へと入っていく。
見通しのわるいコーナーをウオッカは慎重に抜け、エンジンをふかす。
ガードレールの向こう側に鉄骨が何本も無造作に刺さっていて、工事現場か重機置き場であろうか斜面の上には油圧ショベルやダンプカーが見える。
『ウオッカ、対向車に注意しろよ』
『おう!』
危惧していた対向車もなく、上り坂のてっぺんに差し掛かる。
重機置き場を過ぎると、道はもっと狭くなりそこから長い下り坂に転じる。
ちょっとペースが速い、減速させないとまずいか?
『ギアを落として、エンジンブレーキ!』
『やってる!』
道路のほかには畑と斜面、そして電柱しかない山間部の風景が流れていく。
ガードレールがあり、その向こうにオレンジ色のコーナーミラーが設置されている場所に出た。
その脇には「みかん畑があるので狩猟には注意」という猟友会の立て看板が設置されている。
『なんか見覚えのある風景が出てきたんだけど』
『そうだな』
いつも反対側から登ってきて、折り返すポイントだ。
この先には長い下り坂があって地元の高校や運動公園がある。
そこを抜けてふもとまで行けばもう合宿所だ。
防風林の手前に白い木造の建物が見え、正門にはトレセン学園合宿所の看板がかかっている。
ウオッカ最後の気力を絞って、今、ゴールイン。
「アンタ、やっと来たのね!」
「へへっ、どーだ!」
「待ちくたびれちゃったよー」
バイクの音に気付いたらしいスカーレットとテイオーが駆け寄ってくる。
その様子を見たトレーナーたちも次々と集まってきた。
そう、トレセン学園初の原付自走参加という記録を打ち立てたのだ。
それだけに、よく話す武田Tや織田Tといった年の近い若手トレーナーだけでなく、ベテランのトレーナー陣もやって来て、ここまでくる間の出来事について話すことになった。
「トレーナー! やったぜ!」
「おう、おつかれ!」
「お前らっていつも突拍子もないことやるけど、今回もまあ体張ったなあ」
「武田Tこそゴルシと厚木で熱々たこ焼きチャレンジやってたじゃないですか」
「うるせえ、ありゃゴルシの奴が無理やり……」
「おーっ、無事到着してるな。弾丸ゴルゴルツアー参加権をプレゼント!」
「おいやめろ……うわーっ!」
合宿先について早々、武田Tはゴールドシップに担がれて海辺へと消えていった。
「ちょっと、あなたたちどこに連れて行く気ですの! 話しなさいゴールドシップぅ!」
「ゴルシちゃんレーダーが何かを捉えてる、行くぞォ!」
防風林の向こうから聞こえてくる騒ぎ声にウオッカと顔を見合わせる。
「見なかったことにしねえ?」
「ああ、武田Tなら無人島サバイバルも出来るだろ」
「アンタたちも私からしたら似たようなもんなんだけど」
「俺たちは無人島とか行かねえぞ」
「いきなり海外だツーリングだって言い始めるところが似てるっていうのよ」
ウオッカとスカーレットがいつものようにじゃれあいを始める。
それを聞きながら俺は荷物を軽トラから降ろす。
ああ、今年の夏合宿も暑くなりそうだ。
夕刻:トレーナー室にて
「え? トラツクオーに会っただって?」
「はい、乞田川のそばで。田端Tご存じなんですか?」
「知ってるさ、なんせ俺が若かったころのエースなんだから」
どうやら、勤続数十年のベテランの田端トレーナーは知っているようだ。
在学中の3年間で75戦以上して28勝というかなりタフなウマ娘だったそうだ。
「そんなアイツもただ一人勝てないやつが居たんだ、その名は……」
「えっ?」
ウオッカシナリオから思いついた一発ネタ、お読みいただきありがとうございます。
グーグルマップを見ながら作ったので現地の方からは突っ込まれそうですが、多少の描写ミスはご容赦ください……。
途中登場したオリジナルウマ娘は、あの人の同期くらいをイメージしています。