ただ、いくら探しても動画やレース内容の記述みたいなのが出てこなくて、レース内容は完全に想像です……ご容赦ください。
スプリングステークス。五着までに入着したウマ娘に皐月賞の優先出走権が与えられる、三冠を目指す上でも、春のクラシックを勝ち抜くためにも重要なトライアルレース。
レース創設当初は東京レース場での開催だったが、数年前から中山レース場での開催で定着しているレースだ。
ただ、今年は中山レース場が改装工事で使えないため、創設当初とおなじく、東京レース場での開催となっていた。
今日出走するウマ娘は、全部で十四人。ジュニア期を勝ち抜いてきた、もしくは今年デビューしここまで破竹の勢いで勝ち進んできた、いわばエリートしかいないようなレース。私みたいな平凡なウマ娘には似つかわしくないかもしれない。
実際、私は今日六番人気。勝ちを期待されていない……というより、勝てると思われていない。
一番人気はブルタカチホというウマ娘。昨年最多勝利数を飾ったトレーナーが育てたウマ娘で、前走の弥生賞では二着と好走している。
三番人気にはアスカというウマ娘が入っている。阪神ジュニアステークスでは二着に入っている力のあるウマ娘だ。今日までに二戦しか走っていないのに三番人気に推されることから、実力の高さがうかがえる。
四番人気にはトキノパレードというウマ娘が推されている。これまでに京成杯、弥生賞といった重賞レースを制覇している。
……そんなすごいウマ娘たちの中で今日、走る私はなぜか、不安も、恐怖もない。
はじめての重賞、はじめての東京レース場……というより、いままで関西でしか走ったことのない私にとって、関東でのレース自体が初。
普通なら、不安で不安でしょうがなくなって、落ち着かなくなっても仕方ないのかもしれない。
緊張は確かにある。でも、私は今、嬉しくて仕方がない。
「ここまで、四連勝してきたみたいね。シンザン」
それはきっと、今私の名前を呼んだウマ娘のおかげなんだろう。
ターフへ続く一本道。そこで私はゼッケンのついた体操服に身を包んだ、黒髪のウマ娘に話しかけられた。
「ウメちゃん」
今日、二番人気に推されているウメちゃん。
私の幼馴染で、トレセン最強のチームデネブの中でも、デビュー前から評判になるほどの実力を持ち、その期待に応え最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞した、世代のトップ。
そして、私の憧れ。
ウメちゃんがデビューしたあの日から、きっと、私はあの黒い背中を追いかけて、今日まで走ってきた。
だから今日、私は嬉しくて仕方がない。不安も恐怖も緊張も、飛び越えてしまうほどに。
「悪いけど、勝つわ」
「……負けないよ」
トレセン学園に入学するまで、私はいつもウメちゃんの隣にいた。
それが今、お互い別々のチームに入って、少し疎遠になっちゃって、気がつけば今、埋めることができないかもしれないほどの差が開いている。
かたや、学園最強チームの新エースになろうとしている、超新星。
かたや、チームの中でも期待されず、非凡なほど平凡な十六等星。
勝てないかもしれない。それに、今後二度とウメちゃんと走ることなんてないのかもしれない。
だけど、だからこそ。
「私、ウメちゃんの前を走りたい」
口から、自然と言葉が出た。
私は、ウメちゃんよりも……ほかのウマ娘たちよりも、このレースの誰よりも早くゴール板を駆け抜けたい。
「走らせないわよ。だれも、私の前を走らせない」
力強く、言い切ってウメちゃんはターフへ向かう。こちらを振り返ることもなく、真っ直ぐに。
***
「よう、シンザン。調子はどうだ」
「あ、トレーナー! それにセカンドちゃんも、応援ありがと!」
「いいのよ。頑張って、シンザンちゃん!」
入場が終わり、ターフの上。いつものように立見の観客たちの中に二人はいた。
ぎゅっと握り拳を握って応援の言葉をくれたセカンドちゃんに、「うん!」と頷いてトレーナーの方を見る。
「調子はいいよ。足も軽いし……あの靴じゃないしね」
流石にレースでもあんな重い靴を使うわけにはいかないので、私は今普通のレース用の蹄鉄と靴を履いている。
「ならよし……コースも大丈夫か?」
「うん、まあ想像でしか走ったことないけど、コースは頭に入ってるよ」
「なら大丈夫だな。ウメノチカラと走れるんだ、どうせなら楽しんでこい」
「うん! 行ってくる!」
力強く頷いて、ゲートへ向かう。
スプリングステークスは、芝1800のレース。今年は東京レース場なので、第一コーナーと第二コーナーの間にあるポケットから走り出し、左回りで進んでいき最後直線でのゴールとなる。
私は今日、三枠三番での出走。内枠でのスタートで、コーナーにすぐ入るコースなので比較的有利だが、外枠のウマ娘たちも内へ内へと押し寄せてくるので、注意が必要でもある。
『さあ、クラシック幕開けを告げる前哨戦、スプリングステークス! 春一番となるのは果たしてどのウマ娘なのか!』
『今年も力のあるウマ娘が多数出走していますからね。どのようなレースになるのか楽しみです』
アナウンサーと解説の声とともにウマ娘たちのゲートインが始まり、レースの開幕を告げるファンファーレが奏でられる。
『各ウマ娘、ゲートインが完了し……スタートしました!』
ゲートが開き、私は勢いよくスタートを切る。
ゲートは一コーナーと二コーナーの間、ポケットにあるため、二コーナーを斜めに横切るようなコースどりで向こう正面に飛び込む形になる。
『絶好のスタートを切ったのは三番のシンザン! いいスタートで先頭集団の好位についた!』
向正面に入る頃、私は逃げるウマ娘の少し後ろ、先行する集団のポジションについた。
スタートして、二コーナーまでは約160メートルと短いが、三コーナーまではおよそ750メートルと距離がある。向正面の直線では先行しつつ脚を残し、三コーナー、四コーナー、そして最後の直線で逃げウマ娘をかわすのがベスト。
『さあ向正面の直線から、十四人のウマ娘たちが次々と三コーナーへ流れ込んでいきます。そろそろ仕掛けるウマ娘が出てくる頃合いでしょうか』
『そうですね。先頭集団、そして中団や後方集団に位置するウマ娘たちも機を窺ってますよ』
三コーナー。遠心力に引っ張られそうになるのを踏ん張りながら、頃合いを見計らう。
今行くか。いや、まだか……逃げるウマ娘の後方でそんなことを考える。
————今だ。
『大ケヤキの向こう側、数人のウマ娘が一斉に仕掛けた!』
残していた脚を惜しみなく使い、四コーナーへ突入し、そのまま立ち上がって最後の直線へ向かう。
東京レース場最大の特徴。四コーナー手前から直線の途中までの緩い上り坂の後の、心臓破りの坂とも呼ばれる、直線で約二百メートル続く高低差二メートルの上り坂。
そしてそれだけではなく、のぼりきったあとは約三百メートルの直線が続く。
この長い直線。仕掛けるならやはり、ここだろう。
『仕掛けたのは二番のヤマニンスーパー、三番のシンザン! 五番ウメノチカラ、十二番アスカもそれに続く!』
逃げウマ娘をかわして、心臓破りの坂へと入る。
やはり、他にも仕掛けたウマ娘はいたようで、後ろからは私のことを猛追する足音が迫り来ている。
『二百を通過して依然先頭はシンザン、シンザンです! 二番手はヤマニンスーパーだがややリードを許している!』
坂をのぼり、平坦な直線。横目にチラチラと迫り来るウマ娘が見えるが、このペースなら追いつかれない。
『シンザン、シンザンだ! 二番手のヤマニンスーパーとの着差は半バ身と僅かですが、六番人気を覆し、余力を残した走りで力をみせました!』
ゴール板をすぎた私は、いつも通りすぐに立ち止まって掲示板に目を向ける。
一番上に表示された、数字の3と1分51秒3という勝ち時計。
そして私の背を叩くように、東京レース場に押し寄せていた大観衆が、一斉に歓声を上げた。それにびっくりしておもわず「ほわぁ!?」と情けない声をあげてしまい、肩も跳ねる。
振り返ると、そこには壁のようにそびえ立ち、海のように続く大観衆が手を上げ、おもいおもいに声をあげている。
「……私、勝ったんだ」
レースの最中も、周りを走るウマ娘のことは見えていたはずだった。すぐ横にはあと少しで私を追い抜かすだろうというところまで来ていた子もいた。少し後ろで、ウメちゃんともう一人が競りながらこちらに迫り来ていたのも分かっていた。
私は一番先頭で、一着なのもわかっていた。
でも、勝ったというのを実感したのは、どうやらたった今なようだ。
今のスプリングステークスは三着までの競走馬に皐月賞の優先出走権が与えられますが、その形になったのは1991年からで、それ以前は五着までの競走馬に優先権が与えられていました。当時皐月賞トライアルに指定されていたのはこのレースのみで、弥生賞はトライアル指定されておらず、若葉ステークスは存在すらしませんでした。スプリングステークス創設当初は東京競馬場での開催でしたが、1960年以降から中山での開催で定着しました。今回東京競馬場での開催になっているのは本文の理由通りです。
以上、長々とした補足でした。以下、長ったらしいあとがきです。
レースの表現が実際に書いてみると難しくて難しくて(しかも今回想像だし)
臨場感とか、雰囲気とか、どうすれば伝わるかなーって試行錯誤してます……まあ今回はシンザンの視点で書いたので、シンザンのレース中の冷静さや視野の広さなんかが伝わればなーなんて思って書きました。
今2話くらい先の話を執筆してるんですけど、実はまだ皐月賞は始まってないんですよね。なのであと数話はさんだ後、ようやく皐月賞になるかと思います。ほんと、誰が皐月賞まであっさり済ませるって言ったんですかね。
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