実のところ、私、ウメノチカラはシンザンという少女が苦手だった。
誰にでも、分け隔てなく接し、気がついたら隣にいる、あの愛嬌の良さ。
ともすれば人間の少女と間違えられるかもしれない、小柄で平凡な容姿。
嫌い、というわけじゃない。幼い頃からの馴染みだし、シンザンといる時、楽しいのは事実だ。無愛想な私に対して、シンザンは面白いくらいに表情をコロコロと変える。つり目で口角のさがっている私に対して、シンザンの目はくりくりと丸く可愛らしくて、いつもニコニコ笑っている。
シンザンの良いところばかりが目について、私の悪いところばかり考えついてしまう。
私に持ってないものを持っているシンザンが羨ましくて……少し、妬ましかった。
でも、そんな無愛想で、怒っているのかとたまに勘違いされる私でも、誇れるものがひとつだけあった。
それは、足の速さだった。
年齢が上がって、トレセン学園に入学し、最強のチームと呼ばれるデネブの、入部テストに合格した頃から、足の速さに自信が持てるようになった。
最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞していたグレートヨルカ先輩や、デビューするや否や頭角を表し始め、三冠確実と言われていたメイズイ先輩にも目をかけてもらって、いつのまにかデビュー前のトレーニングにも人が集まるようになり、最強チームデネブの期待の星と呼ばれるようになった。
その頃は、少しシンザンと疎遠になっていた。別のチームに入ったのもあるだろう。私はチームでの練習でいっぱいいっぱいだったし、シンザンはいろいろと担当トレーナーが決まっていないとか、アクシデントがあったようで、そっちもそっちで忙しかったのもある。
デビュー戦を勝ち、実力不足や、調子がイマイチ噛み合わない時もあり、レースで勝ったり負けたりを繰り返しながら、クラシック路線を勝ち抜くための登竜門、朝日盃ジュニアステークスへの出走が決まった。
そして、先日の桜花賞を勝つことになるカネケヤキをアタマ差におさえ、四番人気の前評判を覆して一着を取り、その年の最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞する頃。私は他のウマ娘よりも足が速いかも、という自信は確信に変わりつつあった。
ジュニア期を終えて、年が明けてスプリングステークスに挑むことになった。
クラシック三冠レース。そのひとつ目の冠をかけた皐月賞。その優先出走権が得られるトライアルレース。
当然、レースに出走するメンバーも、強力なウマ娘が多い。
朝日盃と同じく、クラシックの登竜門である阪神ジュニアステークスで結果を残したアスカや、弥生賞を勝ったトキノパレード。弥生賞で二着になるまで無敗だったブルタカチホもいた。
そんな強豪ひしめく面子の中に、見覚えのある平凡な少女が、六番人気で出走していた。
シンザンはスプリングステークスに出走するまで、四連勝していた。
戦績だけ見ると立派だが、内容を見ると、強力なウマ娘を避けたようなレースのローテーションで、阪神ジュニアステークスのような大きいレースに出走していない。
とてもクラシックを勝ち抜いていくようなローテーションとは思えず、スプリングステークスに出走したのも、出走資格をたまたま手に入れて、記念に出走しておくものなのだと思っていた。
実際、ときおり見かけたシンザンの練習風景は平凡で、未勝利のウマ娘にも劣るくらい走っていなかったし、レースの結果も大差勝ちやレコード勝ちなんかもなかった。
……そんな考えは、前提は、スプリングステークスのゲートが開いた瞬間、消え去った。
シンザンは、ゲートが開いてすぐ好位について、余裕十分で逃げるウマ娘を追走し、四コーナー手前から仕掛けるとあっさり一着を取った。
しかも、ゴール板をすぎるとすぐに立ち止まって、息を切らしている様子もないという余裕ぶり。たぶん、全力で走ってはいないのだろう。
きっと、全力で勝ちにきてはいる。ただ、必要な力を必要なだけ、無駄な走りや追い込みをしていないだけ。特注の蹄鉄や靴を必要とするほどの踏み込みの強さからくる、スタートの良さや末脚の力強さ。レース最中でもゴール板を認識してすぐに立ち止まる、視野の広さからくるレース展開を読む力。
決して派手でも、奇特でも、特異な長所じゃない。レースの基本になるそういった力が優れているから勝てるんだろう。
でも、シンザンの愛嬌や愛くるしさに、ないものねだりしていた私だが、ことレースに関してはそんな事はなかった。
悔しくないわけじゃない。勝てないと諦めたわけでもない。
でも、嬉しく思った。
シンザンはきっと、持ち前の愛嬌の良さで誰とでも仲良くなれる。
でも私は、きっと誰とでもは仲良くなれない。
いつも隣にいるようで、でもどこか遠くにいるように感じていたシンザンと、レースでなら。ターフの上でなら、同じ舞台で戦える。
スプリングステークスでは隣に並ぶどころか、影も踏めない結果になったが、シンザンとの距離は普段よりも近くに感じた。
「シンザン」
いつかと同じ、ターフへ向かう一本道。真新しい赤と黒の勝負服身を包んだシンザンに声をかける。
「あ、ウメちゃん! おはよぉ」
「おはようって……もう昼だけど」
声をかけると、シンザンはパァッと笑顔を咲かせて、いつもの遅すぎる朝の挨拶をする。
「走る理由、見つかった?」
「あはは……それがまったく。もちろん、レースには勝ちたいんだけどね」
シンザンはまだ、走る理由を見つけられていないようだった。困ったように笑って言うシンザンに、私は「そう」と短く答える。
「今日こそ勝ってみせる」
「こっちこそ、負けないよウメちゃん」
四月十九日、皐月賞。
シンザンに勝つ。私はただ、そのために。
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