オンワードセカンドをはじめて見かけたのは、彼女がひとりで追加トレーニングをしているところだった。
私がデネブで期待のルーキーと言われていたように、アルタイルにも、オンワードセカンドという名前の速いウマ娘がいるという話は聞いていた。名前もまだ聞いていない段階で、ひとりで追加トレーニングしているあのウマ娘がオンワードセカンドなんだろうと、直感的に確信したのを覚えている。
しかし今となっては、シンザンがスプリングステークスで優勝し、セカンドはその翌週に行われたオープン戦で体調を崩して惨敗、結果としてアルタイルの一番はシンザンにすげ変わった。
だが、シンザンがトップになろうが、セカンドが負けようが、その実力に変わりがあるわけではない。シンザンが強くなったところで、セカンドが弱くなったわけじゃないからだ。
だから今度のレース、ダービー前の一叩きとして出走するNHK杯、セカンドも出走するこのレースで、彼女との初対戦を私は密かに心待ちにしていた。
……だというのに。
「拍子抜けよ、セカンド」
五月ももう二桁日目に入ろうとし、NHK杯を目前に控えたという日、ほとんどのチームの練習も終わって、これから夜もとっぷり更けていくだろうという時刻。
私はひとりでターフを走っていたセカンドにそう声をかけた。
「なんの、話?」
セカンドは肩で息を整えながら、そう応えた。
とぼけているような、何を言われるかすでに分かっているような、そんな曖昧な表情だ。
「もしかして、シンザンちゃんから何か聞いた?」
「……まあ、そんなところよ」
前はセカンドと一緒にいることの多かったシンザンが、最近はひとりで行動してるので不思議に思って聞いたのがきっかけだ。
まさか、「セカンドちゃんに避けられてるかも」なんて答えが返ってくるとは思っていなかったが。
「なら、大丈夫って伝えておいて。ただNHK杯前で追い込んでるだけだから」
「嘘ね」
取り繕った答えを、私は即座に断罪する。
シンザンならひとまずは納得するだろう。あの子は優しいし、人を疑うことを知らない。「セカンドちゃんがいうならそうなんだろう」なんて言い聞かせて、身を引くんだろう。
「嘘って……ひどいなあ。本音なのに」
「…………今のあなたの本音なんて、私でも分かるわよ」
……いや、私だから、かもしれない。
世代トップの座を奪われ、影も踏めなかった私だからこそなのかもしれない。
「今のあなたは、ただ諦めてるだけ」
私の言葉に、取り繕った笑顔を浮かべたセカンドは、ただ沈黙を貫いている。
そんなことはお構いなしに、私は続ける。
「淀ジュニア特別競走以降、勝ちきれないあなたに対して、シンザンは皐月賞まで勝ったもんだから嫉妬してるだけ」
「…………わかったような口を聞かないで」
セカンドの表情から、余裕が消えた。
「あなただって、シンザンちゃんの影すらふめてないじゃない」
たしかに、スプリングステークス、皐月賞と、二回シンザンと戦い、二回とも負けた。しかも他のウマ娘にも競り負け、シンザンの影すら踏めていない。
「あんなの、絶望しない方がおかしいじゃない。二回も戦って、その二回とも影すら踏めなくて、あなたはどうしてまだ、そんな風に前を向けるのよ」
「負かしたいからよ」
レース後、息も乱さず表情も変えず、ゴール板を過ぎたらすぐに立ち止まって電光掲示板を見上げる、あのすました顔を、私はもう二回も見てきた。
まるで勝つのが当たり前って、すました顔をするあの子をただ、負かしてやりたい。どうしようもないほどに勝ちたい。息も切らさないあの子を、立つのもやっとになるぐらいにまで追い詰めて、その上で勝ちたい。
幾たびのレースを超えて築き上げてきただろう自信を、尊厳を、ぐしゃぐしゃにぶち壊してやりたい。
背中を見せつけてやりたい。
膝に手をつかせてやりたい。
掲示板など見上げる余裕がないくらい、追い詰めてやりたい。
センターで踊る私を、後ろから眺めさせてやりたい。
「あの子の前を走りたい。前を向く理由なんて、それだけで十分よ」
たとえ二回も負けようと。次は勝つなんて、まるでかませ犬のようなセリフを二回も言うような羽目になろうと。
「あなたはどうなの。アルタイルのトップの座、奪われたままでいいの?」
「……いいわけ、ないじゃない」
絞り出すような声で、セカンドは答えた。
「なら、NHK杯で結果を出しなさい」
NHK杯で五着に入れば、ダービーへの優先出走権が得られる。そうすれば、シンザンと直接戦える。
「優しいのね、同じレースに出る他のウマ娘を気にかけるなんて」
「別に、そういうわけじゃない」
ただ、万全じゃない相手に勝ったところで意味はない。
万全のセカンドに勝利し、シンザンを倒す。それが世代最強に返り咲く近道だという、ただそれだけの話。
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