日が進み、翌日。
十一月一日。デビュー戦を明後日に控えたそんなある日。いつも通りの日常に変化が起きた。
昨日とおんなじように授業を受け、ご飯を食べ、そしてテキトーにトレーニングでもして寝ようとチームの部室に向かうと、部室の前に、帽子をかぶって顎に無精髭を生やした、見慣れない男性が立っていた。
「おまえがシンザンか?」
「えっと……はい、そうですけど?」
思わずカバンを抱きしめ、身をこわばらせる。そんなことはよそにと、男は私の頭から爪先まで、まるで値踏みするようにジロジロと、隅々まで睨む。
……まさか、不審者なんだろうか。
そういえば聞いたことがある。デビューさせてあげると甘い言葉をささやいて、ウマ娘を騙す人がいるとかいないとか。
きっと、メイクデビューもまだな私に目をつけて、騙しに来た不審者なんだ。私とうまぴょい目的の、あかちん塗っても治らない脳みそバカチンな残念な人だ。
「…………はぁ」
「ちょっと、初対面でいきなりため息って」
長い沈黙の後、男は長く、深いため息をついた。それはもう、マリアナ海溝よりも深く、万里の長城よりも長いため息だ。
「だってお前、速くなさそうだし。小柄だし、覇気がないし。なんか平凡」
「へいぼっ……」
「それになんか、ずんぐりむっくりしてるし」
「ずっ……!? 不審者に言われたくないんですけど!」
「誰が不審者っ……て、そういや自己紹介がまだだったか」
おほん、と咳払いひとつして、男は名乗り始めた。
「俺は
「私の……トレーナー」
その言葉にこわばらせていた体が緩む。
長年着用しているためか、少し毛羽だった帽子。若干手入れしているのだろうが、ほとんど伸ばしっぱなしのアゴヒゲ。
「…………はぁ」
「おいこら、いきなりため息とはご挨拶だな」
「だって、長い間ずっとトレーナーなしでトレーニングさせられて、いざ担当が決まったのに来たのはなんかパッとしないおっさんだし」
「おっさ……!?」
「それになんか、アゴヒゲが汚くてフケツ」
「フケっ……!? あのなぁ! 俺だって本当はお前なんかじゃなくてオンワードセカンドの……」
そこまで言って、トレーナーはしまったという顔をして口を閉じた。
そしてなんとなく合点がいった私は「ふ〜ん」と口角を釣り上げる。
「セカンドちゃんの、なに?」
「いや、そのだな……」
「おおかた、本当はあなたは私を担当するはずじゃなくて、セカンドちゃんを担当する予定だったんじゃない?」
「その……」
「でも、期待の新人であるセカンドちゃんには他にも担当トレーナーを希望する人がいて、その人との担当決めでゴタゴタして、あなたは結局セカンドちゃんを担当できなかった」
「えっと……」
「そのゴタゴタのせいで私には今日までトレーナーがいなくて、そして担当争いに負けたあなたが、仕方なく私のトレーナーに」
「……ぁあ〜、そうだよ! 最初から最後まで、全部お前のいう通りだ!」
私の問い詰めに我慢できなくなったトレーナーが、大声で私の名推理を遮った。「秘密にしろって言われてたんだけどな」と、頭をかきながら小さい声で愚痴を言っている。
「クソっ、お前見た目平凡なのに頭いいんだな……」
「利口なのと体が丈夫なのが私の取り柄だから」
勉強は嫌いじゃないし、体の丈夫さはお母さんのお墨付きだ。
まあ、今回は間違いなくトレーナーのミスだけど。
「とにかく、俺が今日からお前の担当だ。なんか質問あるか?」
「えーっと……あ、私の明後日のデビュー戦って?」
「……あ〜、言うの忘れてた。そのことなんだけどな」
*****
「え、メイクデビューは来週になったの?」
「うん……はぁ、楽しみにしてたのに」
初のトレーナー付きによるトレーニングが終わり、お風呂上がりの自室。
ベッドにうつぶせで、枕に顔を埋めて寝っ転がり、足をバタバタとばたつかせながらセカンドちゃんの声に応える。
「なんで来週になったの?」
「なんか、今週のレースはウメノチカラが出るから、わざわざ負けに行くことはない……って、少し前にチーム長が決めてたらしいよ」
「あ〜……なるほど」
セカンドちゃんはデビュー延期の理由に相槌を打って続ける。
「でも、よかったじゃない。レースはどうなるかわからないって言うけど、強力なウマ娘がいなくなったわけだし」
「たしかに来週は『期待の新人!』みたいな人がいないけどさ……ウメちゃんと走りたかったなぁ」
強力なライバルがいなくなるというのは、確かにいいことでもあるんだろうけど……というか、今の私じゃウメちゃんのライバルとも言えないかもだし、言われないだろうけど。
「そっかぁ……それに担当のトレーナーが遅れてたのにもそんな原因があったなんて……ちょっと責任感じちゃうな」
「セカンドちゃんは悪くないよ……でも」
「でも?」
枕に埋めていた顔をあげ、お風呂上がりの髪をまとめるためのヘアバンドを直し、自分のベッドを飛びだし。
「とりゃー!」
「ひゃぁあ!?」
セカンドちゃんのベッドへと突撃する。
「これ、このっ、モテモテウマ娘めぇっ、このっ、このっ」
セカンドちゃんに抱きつき、胸に顔をウリウリと押し付ける。お風呂上がりのいい匂い。
「やったな〜っ、このっ、売れ残りウマ娘めっ」
負けじとセカンドちゃんも私を抱きしめ返して、私の頭に自分の頬をうにうにと押し付ける。
「このこのっ、いい体しやがって!」
「そっちこそっ、小さいのにいい体してっ!」
「んぇっ……クリティカルヒッツ……」
「え、あれ? 私なんか気に触ること言っちゃった?」
小さいのにいい体という言葉に、トレーナーに言われた「ずんぐりむっくり」という言葉を反射的に思い出してしまい、抱きしめる力がしおしおと枯れていった。
「……今日、トレーナーにずんぐりむっくりって言われたの」
「酷いこと言うのね、そのトレーナー」
「セカンドちゃん……」
「名前、外尾って言ったっけ」
「セカンドちゃん……?」
「一発蹴らないと気が済まないわ」
「セカンドちゃん!?」
「大丈夫、一発だけだから」
「ダメー!」
「一発で仕留めるから」
「もっとダメー!」
ワタワタと手を動かして、体から何やら煙のようなオーラを出し始めたセカンドちゃんをなだめる私に、セカンドちゃんは「冗談よ」といって笑った。ほっと胸を撫で下ろして、私は続ける。
「まあ、その時は私もトレーナーもちょっと喧嘩腰だったし、売り言葉に買い言葉だったけどさ」
「けど?」
「私、生まれた時も思わず写真に撮っちゃうくらい小さかったらしいし、今でもウマ娘の中では身長低いし……」
「……たしかに、シンザンちゃんは身長の割に体つきはいいし、言い方を悪くすればずんぐりむっくりしてるけど」
「んぇっ」
でもね、とセカンドちゃんは続ける。
「それって小柄だけどウマ娘に必要な、走るための筋肉はちゃんとあるってことじゃない?」
「……セカンドちゃん」
「だからね、シンザンちゃんにずんぐりむっくりって言った」
「セカンドちゃん?」
「シンザンちゃんのトレーナーの外尾は」
「セカンドちゃん!?」
「私が責任を持って仕留めます」
「ダメー!」
再びオーラを出し始めたセカンドちゃんを宥め、数分後。初めてのトレーナー付きのトレーニング、そしてお風呂あがりにじゃれついたこともあってか、明日はセカンドちゃんのレースだというのに、私たちはそのまま一つのベッドで寝てしまった。
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