「ねえトレーナー。聞きたいことがあるんだけどさ」
「そ、の前に。俺、にも聞かせてくれ」
コダマ先輩と話をして、翌日。今はトレーニングの時間だ。
私の言葉に、トレーナーは声を絞り出すようにして返事をした。
「なんで俺はロメロスペシャルかけられてんの!?」
「それはあなたが私のトレーナーだからです」
「訳わかんねえよ!」
「まあ私の体重のこと、コダマ先輩に言ったからね」
「随分と重い罰、だな……」
「いま重いって言った?」
「言ったけどその重いじゃねえ! まてまてまて折れるって!?」
「話の腰を折らないでよ」
「だからって俺の腰を折ろうとすんな!」
ミシミシと音がし始めたので、仕方なくトレーナーを放り捨てて解放する。「イテテ」と言って腰をさすって立ち上がるトレーナーは普段よりも老けて見える。
「あのなあ、落とすにしてももう少し手加減ってのをな」
「命を落とさなかっただけありがたいと思って」
「殺す気だったのかよ!?」
「まあ、少し……多少、割と? いや、半分くらい?」
「なんで殺意が増えてんだよ……」
「いま増えたって言った?」
「いい加減にしろ!?」
このままだと無限ループに入りそうだったので、おふざけモードはここで終わりにする。
トレーナーも咳払いをして、切り替えようとしていた。
「んで、聞きたいことってなんだ?」
「えっと、トレーナーが言ってた自分のチームを持ちたいって話なんだけどさ」
それは以前、トレーナーが話していたこと。
まだウメちゃんと走ることを目標にしていた時、トレーナーの目標を聞いた際の答えだ。
「ああ、言ったな」
「それってさ、なんで自分のチームを持ちたいって思ったの?」
「あー、理由か」
そういや話してなかったか、と言ってトレーナーは続ける。
「まあ、ミスオンワードとコダマはわかるだろ?」
「うん、もちろん」
無敗のティアラ二冠を達成したミスオンワード先輩と、クラシック二冠を達成したコダマ先輩。どちらもチームアルタイルの出身で、アルタイルどころかウマ娘を代表すると言ってもいい、二代スターだ。
「アルタイルがその二人で一躍有名になったみたいに、俺がまだ子供の頃にはクリフジってウマ娘がデネブから現れてな」
「あ、名前は知ってる」
私が生まれるよりも前に活躍していたというウマ娘だ。ダービー、オークス、菊花賞を勝ち、変則三冠という少し変わった大記録を打ち出したウマ娘だ。
「それを見て、まあ子供だったからな。ウマ娘ってすげえ、カッコいいって憧れてな。大人になってもずっと憧れてて、ウマ娘に関わる仕事したいって思ってた」
「それでサブトレーナーになったんだ」
「そういうことだ。んで、サブトレーナーになって五年目。仕事にも慣れて余裕ができ始めて、ミスオンワードが現れた」
ミスオンワード先輩がティアラ競走に出走していたのは、確か七年前くらいのこと。今でもティアラ競走の体系はしっかり整備されてはいないが、当時は尚更だろう。クラシックを勝ち抜いた一線級のウマ娘を相手に、一歩も引かなかったミスオンワード先輩の活躍を間近で見たトレーナーの衝撃は、それは凄まじかったに違いない。
「ミスオンワードが無敗でティアラ二冠を達成した三年後には、コダマが現れた。ウマ娘に関われればそれでいいと思ってたが、それがきっかけで俺もミスオンワードやコダマみたいなウマ娘を育てたい、って思い始めるようになってな」
「それで、自分のチームを持ちたいって思ったんだ」
「ああ」
ひとしきり話し終えたトレーナーは、私の言葉に相槌を打って「ふう」と一息ついた。
「って、なんか昔話して楽しくなるのっておっさんくさいな」
「まあ、実際おじさんでしょもう」
「俺はまだ三十一だ!」
「……私からしたら、十分おじさんなんだけど」
「嘘だろ!?」
私の言葉に、「三十超えっておっさんなのか、いやそんなの気の持ちようだろ」などとトレーナーはブツブツと独り言を呟いている。
「いやでも、思い出話してた時のトレーナーは目がキラキラしてて、若く見えたよ」
「……ちなみに、何歳くらいに見えた?」
「五歳」
「お前、ゼロか百かしかないの?」
「いや、五と三十一しかない」
「俺、お前が心配になってきた」
手のひらで顔を覆って頭を抱えるトレーナー。
どうやっても、私たちの間で真面目な話は長く続かないらしい。
「まあ、自分なりに目標を探してるんだろうけど、俺からひとつ言えるのは、目標とか夢ってのは目の前にはねえからな」
「そう、だね」
空気を変えて、真面目なことを言ったトレーナーに私は相槌を打つ。
例えば、クラシック三冠を目標にするウマ娘というのは非常に多いが、長いトゥインクル・シリーズの歴史の中でも三冠を達成したウマ娘は一人しかいない。その唯一のウマ娘も、二十年以上も前に活躍していたセントライトというウマ娘であり、逆を言えばもう二十年以上三冠ウマ娘というのは誕生していない。
手を伸ばしても、手に入らないかもしれない。そんなはるか彼方にあるからこそ目標といい、夢と呼び、ウマ娘は走るんだ。
次々話ぐらいに多分ダービーになりますかね。なんとか書き上げていこうと思います。
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