『カネケヤキ一着、カネケヤキが一着です! 二着に三バ身の差をつけ今、カネケヤキが最後のティアラを戴冠しました!』
寮の自室。
朝、テレビをつけると、ケヤキちゃんが勝利したオークスのレース映像が流れていた。
クラシック二戦目、ダービーの前週に行われるオークス。ケヤキちゃんは桜花賞での勝利に続き、二着に三バ身差をつける快勝でティアラ競走最後のレースを勝利した。
『しかし、カネケヤキは強いですね。クラシックにはシンザンがいるように、ティアラには私がいる、と言わんばかりの力強い走りでした』
『カネケヤキはこの秋、菊花賞に挑戦する意向を示してますからね。オンワードセカンドやウメノチカラ、なによりシンザンを相手にどこまで通用するかが楽しみですね』
以前、ケヤキちゃんが言っていた目標。
クラシック路線のウマ娘に、ティアラ路線のウマ娘は劣らないことを証明するという、夢。
桜花賞、そしてオークスを制覇し、ティアラ路線をとったウマ娘の頂点に立ったケヤキちゃんは、今その目標を叶えるためのチケットを手に入れた。
『二人のスタイルも対照的ですからね。逃げのカネケヤキに、鉈の切れ味とも呼ばれる末脚で差すシンザン、どのようなレースになるか、今から楽しみです』
「鉈の切れ味って……」
皐月賞後の記者会見で、チーム長がコダマ先輩と私の走りの違いで発した言葉。
コダマ先輩の末脚がカミソリの切れ味なら、私は鉈だと。その発言を時々引用して話す人や記事にする人が増えたのだが。
……かわいくない。鉈の末脚って聞くとかっこいいし、強そうなんだけど、かわいくない。
「シンザンちゃん、もう時間だよ?」
「え!? やばっ!」
少しだけ、目覚ましに見るつもりだったテレビも、いつの間にか見入ってしまったようで、すでに部屋を出なければならない時間になってしまっていた。
日本ダービーを今週末に控えたという日。今日、ちょっとしたイベントがトレセン学園では開かれる。
トゥインクル・シリーズを目指し、さまざまな夢を見る小さなウマ娘たちが、今日この日にトレセン学園に集まる。
今日は、オープンキャンパスだ。
***
「あ、シンザンさんだ!」
「ほんとだ! あの、握手おねがいします!」
「いいよ〜」
校門横でパンフレットを配りはじめると、いつのまにかオープンキャンパスに訪れたウマ娘の少女たちに囲まれて握手会みたいな状態になってしまった。
例年なら、オープンキャンパスの案内を担当するチームをクジで決めて、選ばれたチームに所属するウマ娘が案内を担当するのが普通なのだが、去年のメイズイ先輩やグレートヨルカ先輩の活躍、そして今年はアルタイルが勢いに乗っているということで、デネブとアルタイル、わざわざ二チームに指名で案内役が任された。
しかもそれを大々的に宣伝していたようで、パンフレットには『アルタイルとデネブのスターウマ娘たちが案内します!』みたいな文面とともに、コダマ先輩やミスオンワード先輩、コダマ先輩とグレートヨルカ先輩、そして私やウメちゃん、セカンドちゃんの写真が貼り付けられている。
……私とウメちゃん、そしてセカンドちゃんの三枚並んだ写真の中で、なぜか私だけすっごく間の抜けた顔で笑ってる写真が使われている。ウメちゃんはいつも通り凛々しいし、セカンドちゃんもいつも通りおっとりした笑顔で写っているのに。しかも私の写真の下に『鉈の切れ味』なんて書いてあるから、より一層シュールだ。
「モテモテだね、シンザンちゃん」
「んぇ、からかわないでよセカンドちゃん……って、パンフレットなくなりそうだね」
校門の反対側にいる、私と同じようにパンフレット配っているセカンドちゃん。握手会状態が続いたからか、ダンボールいっぱいに持ってきたパンフレットはもう底をつきかけていた。
「私、パンフレット持ってくるね」
「うん、お願いシンザンちゃん」
パンフレットの入っている段ボールがある場所、チームアルタイルの部室へ私は小走りで向かう。
そしてその途中、ちょうど部室の前に、不安そうに尻尾をゆらして辺りをうろうろと見回しているウマ娘の少女がいた。
「どうしたの? 迷っちゃった?」
「へ? あ! えっと、その」
声をかけると、少女は取り乱した様子で、顔を赤くして目を白黒させた。
茶髪で、ピンクの耳飾りを右耳につけた子だ。驚かせてしまったらしく、ちっちゃな手を握って、私をチラチラと見ては視線を外し、ちっちゃく縮こまるように背中を丸めている。
「よし、じゃあ一緒にまわろうか。どこか見たいところある?」
「えっと……あの、私!」
意を決したように、少女は口を開いた。
「私、シンザンさんのファンなんです!」
「え、私の?」
「はい! アルタイルの部室に来れば会えるかなって……」
「あー……なるほど」
私がパンフレット配りをし始めたのは、つい先ほど。交代で入ったので、多分この子は私が配り始めるより前に入場したんだろう。だとしたら部室前でウロウロしていたのも納得できる。
「スプリングステークスで六番人気を覆したの、すごくカッコ良かったです!」
すごくキラキラとした目で、面と向かってカッコいいと言われ、私は「あ、ありがとう」と素っ頓狂な声で返すことしかできなかった。
「私も、シンザンさんみたいな強いウマ娘になりたいです!」
「そっかあ……君、名前はなんていうの?」
「あ、すみません私だけ喋っちゃって……タケホープって言います」
「タケホープ……ホープちゃんか。ホープちゃんは、私みたいになるのが目標なの?」
「はい!」
「私、みたいに……か」
キラキラした目のまま、ホープちゃんは力強く頷いた。
小さな子が、平凡な私を目標にしてくれているということに、私はむず痒い嬉しさを感じた。
そして同時に、なんとなく目標の意味がわかったような気もした。
トレーナーは、目標や夢は遠いところにあると言った。
遠いところにあるからこそ、手の届かないところにあるからこそ夢なのだと、そう言っていた。
だとしたら、私の目標は。
「ホープちゃん、今度のダービー、トレーナーにも話しておくから最前列で見に来てよ」
「いいんですか!?」
「もちろん!」
目標、夢、憧れ。
私には見えなかったものが、今はなんとなく、薄ぼんやりと見えてきたような気がした。
「って、なんか忘れてるような……ってああ!」
不意に何かを忘れているような感覚に陥った私は、ここにきた目的を唐突に思い出した。
「ごめん、ホープちゃん! 私、案内まだ終わってないからまた今度ね!」
「え、あ、はい!」
急いで部室に駆け込み、段ボールを抱えてセカンドちゃんの下へと全速力で走る。
そういえば、ここにはパンフレットを取りに来たんだった。
この頃は牝馬三冠の最終戦にあたる秋華賞や、その前身となるビクトリアカップがありませんでした。牝馬限定という意味での三冠はなく、当時牝馬が三冠を手にするなら菊花賞で勝つしかありませんでした。
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