「なんでお前らがいるんだよ」
「それはこっちのセリフ。なんでトレーナーがいるの」
十一月三日、天気は晴れ。
私は今日、デビューする幼なじみのウメちゃんのレースを見ようと、セカンドちゃんと一緒に京都レース場に来ていた。
天気は良く、バ場状態は良。最高のデビュー日だ。
すでにスタート間近で、出走予定のウマ娘がちらほらと、実況者や解説者に説明されながらターフ上に現れている。
「それにセカンドも、昨日レースだったろ。休まなくていいのか?」
「お構いなく。蹴りますよ?」
「ひっ!?」
オーラを放ったセカンドちゃんに、トレーナーは情けない声を上げた。
……昨日、セカンドちゃんのレース前。私の応援の付き添いで来ていたトレーナーはローキックをお見舞いされた。
どうやら、冗談だと言ったのは仕留めるという言葉のみだったらしい。一発蹴るのは本気だったようだ。
ちなみに、昨日のレース、淀ジュニア特別競走の結果はセカンドちゃんの一着。それも、レコードタイムによる圧勝だった。さすがは期待の新人セカンドちゃん、鷲になって羽ばたく日は近い。
「ってそうだよ。なんでお前らがいるんだ」
「来週ここでデビューだし、それに幼馴染のウメちゃんのメイクデビューだもん。見にくるよ」
「私はシンザンちゃんの付き添いで」
「で、トレーナーはなんでいるの」
「他チームの期待の新人のデビューだ。見にくるのが当然だろ……ってか、お前ウメノチカラと幼馴染なのかよ。平凡なのに、やっぱなんか飛び抜けたとこ……ハイゴメンナサイ、シンザン、スゴイ」
「…………セカンドちゃん、またオーラ出した?」
「出してないわよ?」
言葉の途中で急にトレーナーが青ざめたので、振り返ってセカンドちゃんを見ると、おっとりした笑顔でそう言った。心なしか、笑顔が怖い。
「しかし、やっぱデビュー前から評判になるだけあって、ウメノチカラの人気はすごいな」
「そうなの?」
新聞を片手に、トレーナーは続ける。
「ああ、レース前の人気投票による支持率は約四割、このメイクデビューを見に来てる人のおよそ半分がウメノチカラの勝利を見に来てる」
「……やっぱりウメちゃんはすごいや」
『さあ、最後にやってきたのは本日の一番人気!』
実況者の声が京都レース場に響くと、その声をかき消し怒声にも似た歓声が沸き起こった。
急な大歓声に肩をすくめ、反射的に耳をたたんで目を閉じる。しばらくし、少し歓声がおさまったのを感じたので目を開けると、ターフの上に黒い艶やかな髪をたなびかせたウメちゃんが堂々と立っていた。
『チームデネブ期待の一番星、二番ウメノチカラ!』
『いい表情をしていますね。走りにも期待が持てます』
「こ、こんなに人気なんですね、ウメノチカラさん……」
「最強チームデネブに、鳴り物入りで入った期待の新人だからな……あとはその評判通りの実力があるかだが」
そんな話をし、しばらくすると、出走するウマ娘たちのゲートインが済み、レースが始まろうかというときになった。ウメちゃんは二番、内から二番目の位置だ。
『スタートしました!』
ゲートが開き、ウマ娘たちが一斉にスタートした。
「淀の芝1200は高低差3.1メートルの坂が特徴だ。向正面でスタートしてすぐ上り坂に入り三コーナー途中で一気に下り直線につながるコース」
「どしたの急に」
「最後の直線は約330メートルと短く、坂もなく平坦。芝質も軽いことが多いためスピードが乗り高速決着になることが多いが、直線につながる下り坂は三コーナー途中にあるため勢いをつけすぎると外に振られその分距離をロスしやすい」
「つまり内で我慢して差すのがベストってことですね」
急に早口で喋り出したトレーナーに思わずツッコミを入れてしまった私。それでもトレーナーの早口は止まらず、最後はセカンドちゃんの締めくくりでまとめられた。
セカンドちゃんの言う通り、内で我慢し、差すのがベスト。しかもスタートしてすぐコーナーに入ることからも内枠が有利。
つまり、二番のウメちゃんは有利な位置につけている。
レースはすでに四コーナーを回り、最後の直線に入っていた。
「ウメノチカラの実力、そして有利な内枠でのスタート、不安要素もない。そうなると——」
トレーナーの言葉の続きは、ウメちゃんがゴール板を一番に駆け抜けることで示した。
タイムは1分13秒4。二着のウマ娘に一バ身半差をつけ、快勝した。
向正面からスタートし、ゴール板を一番に駆け抜けた黒い背中を、未だに目で追ってしまう。
「ウメちゃん、速い……」
「ああ、順当に行けば来年、皐月賞にも出るだろうな」
「……皐月賞」
クラシック三冠レース、そして世代最強を決めるレースのひとつ。
ウメちゃんは、すごいところへ駆けようとしている。
「ねえトレーナー」
「あん?」
「私、皐月賞に出たい」
「はぁ? あのなぁ、皐月賞ってのはクラシック五競走のひとつだぞ?」
「わかってる。どうすれば出れる?」
「そりゃお前、勝ちまくりゃ出れるだろうけどよ……本気なのか?」
「うん。私、ウメちゃんと走ってみたい」
トレーナーの目をまっすぐに見つめ、言い切る。数秒の間の後、トレーナーはやがて根負けしたようにため息をつき、「わぁったよ」と声をあげた。
「目標は高くって言うしな。ならまず、デビュー戦を勝つぞ」
「うん!」
「頑張ってね、シンザンちゃん」
「ありがとうセカンドちゃん!」
皐月賞へ向けて。
そして、来週のメイクデビューへ向けて、トレーニングの日々が始まる。
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