「おいこらシンザン! ボサッと走んな!」
「だってえ、トレーニング嫌いなんだもーん!」
俺の声に、シンザンは文句を返した。
チームアルタイルのトレーニングは、チームに所属する他のウマ娘との合同トレーニングから始まる。
何人かの集団に分かれ、ランニングをし、それから個別のトレーニングへと移る。
……の、だが。
シンザンは走らない。
それはもう、本当に走らない。どのくらい走らないかと言えば。
「外尾、お前のウマ娘ほんと走んねえな」
「うっせ」
他のウマ娘の担当トレーナーから俺がからかわれるくらい、走らない。動きも硬いし、とにかくボサっとしている。
「……はぁ」
この前の京都レース場。皐月賞に出たいと言って俺の目をまっすぐに見たシンザンの目には、どこか底知れない力強さを感じたものだが……
いまだにシンザンは、集団の後ろをダラダラと走っている。
「やっぱ平凡だな、あいつ」
集団トレーニングが終わるまで、シンザンはその後も最後尾をダラダラと走り続けた。
***
「ねえ、トレーナーには目標ないの?」
「目標?」
集団トレーニングが終わり、個別トレーニングに移る前の休憩時間。
俺は水分補給をしながらタオルで汗を拭いているシンザンににそんな話を振られた。
「私はウメちゃんと走りたいから皐月賞を目標にしてるけど、トレーナーにはそういうのないの?」
「あーそういうのか。まあ、あるにはあるな」
「なになに、教えて教えて?」
「……自分のチームを持つこと」
俺は思わず、真剣な声色になってしまった。
「いやまあ、今の俺じゃ知識不足だしよ。サブトレーナーとしての実績もねえし、そもそもサブトレーナーからチームトレーナーになりたいなんて発想自体おかしな話なんだけどな?」
思いがけずなってしまった重い雰囲気を誤魔化すように、散らすように、俺は言葉を並び立てる。
今の時代、サブトレーナーはチーム代表トレーナーが考えたトレーニング内容を、担当するウマ娘にしっかりやらせるだけの、いわば使用人。召使い。トレーナーなんて名前がついちゃいるが、ただの丁稚にすぎない。
サブトレーナーから自分のチームを持てるようになった奴なんか見たことないし、話すら聞いたことがない。自分のチームを持ちたいと思ってる奴すら、いるのかどうか。
「おかしくなんかないよ!」
シンザンが、並び立てた俺の言葉を力強く否定した。
「私、ウマ娘だし、トレーナーって職業のことはよく分かんないけど……おかしくなんかないよ」
「だってよ、目指してる奴すらいないような、茨の道だぜ? サブトレーナーからトレーナーになんか、考える奴はいても行動に移す奴なんかいねえよ」
「なら、トレーナーが一人目になればいいよ」
シンザンは、この前と同じまっすぐな目で俺を見ている。
「誰も行かない茨の道なら、茨の中に答えがあるなら、トレーナーが一人目になればいいんだよ」
「……その答えが、なれないだったらどうするんだ」
「えっと……ご愁傷様?」
俺のことをまっすぐと見ていたはずのシンザンの目は、それはもう泳いでいた。海洋生物もかくやといったほどに。シンザンの目をえぐり出してランニング中のシンザンと並べたら確実に周回遅れにさせるほど機敏な動きだ。
「おいこら、感動しかけてた俺の心を返せ」
「え? やっだートレーナー、あちしの言葉にお目々うるうるなのぉ?」
「てめっ、泣かすぞコラ!」
「トレーニング行ってきまーす!」
「まてっ……て、逃げ足はええなあいつ」
普段からそのペースで走ってくれれば、俺もからかわれずに済むんだけどな。
休憩時間に入ってまだ間もないってのに、元気な奴だ。
「……ん? あいつ、息切らしてたか?」
休憩時間に入って、少し雑談していたとはいえまだそう時間も経ってない。集団トレーニングが終わって今の時間までに息を整えていたとすれば、息の入りがいいなんてレベルでは済まない。
シンザンはいつも集団の最後方でダラダラするくらい走らないとはいえ、集団について行くくらいのペースで走ってはいる。あれだけ走ればいくらボサッとしているとはいえ息を切らしてもいいとは思うんだが……
「……明日以降、確認してみるか」
その日はいつも通りトレーニングを終わらせ。
翌日。
いつも通りシンザンは集団トレーニングをボサッと終わらせ、個別トレーニング前の休憩時間になる。
いつも通り、水分補給を始めるシンザン。タオルを首にかけて顔を拭いている。
「ん、どったのトレーナー。私の顔じっと見て」
タオルで顔を拭いてるってことは、汗はかいてるんだろう。だがやはり、息を切らしている様子はない。
「あ、わかっちゃった。私の可愛さに見惚れちゃってたんでしょ〜」
息の入りがいいんじゃなくて、そもそもバテてないんだ。
「いや〜、昔近所のおばあちゃんにもよく言われたんだよね〜、シンザンちゃんは小さくてふっくらしてて可愛いねぇって……って、誰がずんぐりむっくりだコラーっ!」
「誰もンなこと言ってねえよチンチクリン!」
「ちっ……!? いまなんつった!」
「チンチクリンっつったんだよ!」
「あぁ……なんだチンチクリンか」
「えっ、納得しちゃうの? なんて聞き間違えてたの?」
「ああいや、聞こえなかっただけ。なんだ、チンチクリンって言ったのか……って、なるわけないでしょうが!」
「お前もういい加減にしろよ!?」
こいつはもう、トゥインクル・シリーズじゃなく、お笑いの賞レースかなんかに参加した方がいい。そっち方面なら間違いなく活躍できる。
次回シンザンのメイクデビューなんですけど、ほんと書くことがなくてあっさりしてます。
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