最強の戦士   作:うちこ

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6話 取らぬ菊の花算用

 

 デビュー戦から約一週間が過ぎた、十一月の十六日。

 

 私はお昼ご飯を食べようと食堂に来ていた。

 

 

「あれ、ウメちゃんだ! おはよぉー」

 

「おはようって……もう昼だけど」

 

 

 食堂の扉をくぐってすぐ、先輩らしき栗毛のウマ娘と、これまた先輩らしき黒髪のウマ娘の二人のウマ娘と一緒に、ウメちゃんが立っていた。ツンと釣り上がった目尻に黒い髪が相まって、今日もかっこいい。

 

 

「おいウメ、友達か?」

 

「先に行って待ってるとしよう。ウメノチカラ、ヨルカと先に席を取っているよ」

 

「話終わったらすぐ来いよー、この後も予定あんだから」

 

「あ、すみません先輩」

 

「……あ、もしかして今の二人って、メイズイ先輩とグレートヨルカ先輩!?」

 

 

 先に行った二人、そしてヨルカという名前に、私は心当たりがあった。

 

 

「うん、そうだけど……知ってるの?」

 

「知ってるもなにも、超有名人じゃん! 三冠確実って言われてるメイズイ先輩に、そのライバルのグレートヨルカ先輩! MG対決っていつもテレビとかで騒いでるもん!」

 

「わかったから、声抑えてシンザン」

 

「ご、ごめん……」

 

 

 唐突なスーパースターとの邂逅に、声が思わず大きくなってしまった。どうやら周りにも聞こえていたようで、周りのウマ娘はみなこちらを見ている。

 

 

 メイズイ先輩。

 

 チームデネブの所属で、短く整えた栗毛、前髪の白い流星が特徴で、端正な顔立ちや王子っぽい喋り方から貴公子とも呼ばれることのある、実力人気ともにナンバーワンのデネブのエースだ。

 

 デビューは今年の一月、クラシッククラスでのデビューとおそいデビューだったが、今日までの戦績は九戦八勝。敗れた一戦も負傷していた影響が大きく、さらにライバルのグレートヨルカ先輩に敗れての二着という、少し化け物じみた成績を誇っている。

 

 

 そして先ほどいたもう一人の先輩。

 

 

 グレートヨルカ先輩。

 

 同じくチームデネブの所属で、長く伸ばした黒い髪、ウメちゃんよりも釣り上がった目尻が特徴の先輩だ。男勝りな喋り方をし、その性格も男勝り。いつも何かにつけてメイズイ先輩に突っかかっている、ちょっと怖い先輩だ。

 

 実は超がつくほどの良家の出身らしく、母親はダービーで優勝したウマ娘で、祖母はイタリア出身で、イタリアのレースで全戦全勝していた超強いウマ娘らしい。

 

 そしてグレートヨルカ先輩自体も、その血統を証明するように去年の最優秀ジュニア級ウマ娘に選ばれるほど強く、去年のデビュー・未勝利戦の三戦目で初勝利をあげると、その後、朝日杯ジュニアステークス、東京記念など重賞を含む六連勝を重ねている。スプリングステークス、皐月賞、ダービーではメイズイ先輩に遅れを取り二着だが、十月半ばに開催されたセントライト記念で一着を取っている。

 

 

 が、最近体を痛め調子が悪いようで、出走予定だった京都杯にも出走できていない。この二人の先輩が出走する明日の菊花賞、メイズイ先輩の三冠確実と言われているのも、この影響が大きいのだろう。

 

 

「ねね、こうして話すのも久しぶりだしさ、今日この後どっか遊びに行こうよ!」

 

「……ごめん。明日、レースだから」

 

「あ、そうなんだ……残念」

 

 

 ウメちゃんは眉尻をさげ、申し訳なさそうな声で言った。どうやら、明日はメイズイ先輩達だけでなくウメちゃんもレースがあるらしい。そういえばさっき予定がどうのこうのと、グレートヨルカ先輩が言っていた気がする。

 

 

「あ、デビュー戦見てたよ! 明日も頑張ってね!」

 

「ありがとう。それじゃ、先輩待たせてるし行くね」

 

「うん!」

 

 

 バイバイ、と手を振ってウメちゃんを見送る。ウメちゃんは背中を見せて歩き出したが、二、三歩すると止まった。

 

 

「どしたの?」

 

「……シンザンも、デビュー勝利おめでとう」

 

「見ててくれたの!? うれしい!」

 

「テレビでだけど……ってシンザン。嬉しいのは分かったから抱きつかないで、揺らさないで……きゃっ!?」

 

 

 ウメちゃんがデビュー戦を見ていたという喜びに、思わず抱きついてしまい、そのまま勢い余って押し倒してしまう。

 

 

「おーいウメ、いい加減メシ食おうぜ……って、なにやってんだお前ら」

 

 

 そしてグレートヨルカ先輩含め、周りにいた生徒達に再び、奇異なものを見る目で見られるのだった。

 

 

***

 

 

 翌日。

 

 十一月十七日の京都レース場は晴れ、バ場の状態も良さそうだ。

 

 

 ……のだが。

 

 

「うぅ……ウメちゃん……」

 

「だ、誰にでも調子の悪い日はあるわよ……ほら、元気出してシンザンちゃん」

 

 

 私の心は雨模様だった。

 

 

 今日は、セカンドちゃん、トレーナーと一緒に私たちは菊花賞を見に来ていた。

 

 ……のだが、同じく今日、京都レース場でレースのウメちゃんの順位は十一着。大敗だった。

 

 

「そうだぞシンザン。それにもうメインレースの菊花賞が始まるぞ。機嫌なおせ」

 

「うぅ……ウメちゃぁ……」

 

 

 いまだに落ち込んでいると、突然京都レース場が揺れるほどの大歓声に包まれた。

 

 

「んぇっ!? なになに!?」

 

『本日の三番人気、MGの片割れ、七枠八番、グレートヨルカの入場です!』

 

『怪我の影響で調子を落としていますが、実力はメイズイに引けを取りませんからね。今日の走りに期待したいです』

 

 

 ターフの上に、菊花賞に出走するウマ娘達が次々と入場してきていた。

 

 ウメちゃんのデビュー戦とは比較にならない大歓声。これが重賞レース、GⅠレースの歓声なのかと息を呑んでいると、再び大歓声が沸き起こった。

 

 

『本日の二番人気、二枠二番、コウライオーの入場です!』

 

『ここまで重賞を三連勝と調子を上げてきています。三冠キラーと呼ばれたトレーナーが育てたウマ娘が、メイズイを相手にどんな走りをするのか、注目です』

 

『そして本日の一番人気!』

 

 

 京都レース場が、先の二人の登場の時と比較にならないほどの大歓声に包まれる。

 地面が揺れ、体が震える。思わず目を瞑ってしまうほどの大歓声を引き起こしたのは、もちろん。

 

 

『なんと人気投票による支持率は、菊花賞史上最高値となる83.2%! 圧倒的一番人気、四枠四番、メイズイが入場しました!』

 

『ダービーのレコード勝ちは今でも記憶に新しいです。今日はセントライト以来、二人目の三冠ウマ娘の誕生に期待が高まりますね』

 

「す、すごい歓声……」

 

「それだけ、メイズイ先輩の実力、人気が圧倒的ってことですね……」

 

「ああ、URAも三冠達成のくす玉を用意してるって話だ」

 

 

 その後、ファンファーレが鳴り響きウマ娘達がゲートイン。そしてゲートが開き菊花賞が始まった。

 

 だれもがメイズイ先輩の勝ちで終わるだろうと思った菊花賞……だったが。

 

 

 

 

『メイズイどうした! 向正面入ってなお、後続に三十バ身の差をつけ逃げ続けている!』

 

『これはちょっとよくありませんね……明らかに暴走しています』

 

 

 レーススタート直後、逃げようとするメイズイ先輩にコウライオーが競りにかかった。

 

 そしてそこから、メイズイ先輩の歯車が狂った。

 

 

「トレーナー……これって」

 

「ああ、さすがにハイペースで逃げすぎだ」

 

 

 菊花賞、京都レース場芝3000メートルのレース。向正面の上り坂からスタートし、外回りを一周半。六つのコーナーを回ってホームストレッチでゴールというコースだ。

 

 

「800メートル、1000メートルのラップタイムが共に11秒台のハイペース……序盤で突っかけてきたコウライオーが控えた後も加速をやめない今のペースで走り切れるわけがない」

 

 

 トレーナーの言葉通り、メイズイ先輩は二度目の三コーナー手前で早くもペースが落ち始める。

 

 

『二周目の三コーナーで早くもメイズイ失速! 先頭がコウライオーに入れ替わりそのまま四コーナー……いや、後ろから一人、ものすごい勢いで先頭に近づくウマ娘がいます!』

 

『MGの片割れ、グレートヨルカがここで来ましたね』

 

 

 ひとり、またひとりと、グレートヨルカ先輩は凄い勢いで他のウマ娘を交わしていき、メイズイ先輩を抜き先頭に立っているコウライオーに近づいていく。

 

 

『さあゴール手前、グレートヨルカが交わした! グレートヨルカがコウライオーを差し切っていま、一着でゴールしました!』

 

 

 京都レース場は、異様な雰囲気に包まれた。

 

 実況以外、誰一人声を上げることなく、グレートヨルカ先輩の勝ちを讃えるでも、メイズイ先輩の負けを惜しむでもなく、ただただドヨドヨとざわめいている。

 

 

『一番人気のメイズイはグレートヨルカから遅れること一秒、六着でのゴール……おっと、グレートヨルカが今ゴールしたメイズイに近づいていく』

 

 

 少し離れた場所にいるグレートヨルカ先輩の足音すら聞こえた気がするほど、レース前の歓声が何かの間違いだったんじゃないかと思うほど、今の京都レース場は静まりかえっている。

 

 

 たった今ゴールし、いまだ息を切らし肩で息をするメイズイ先輩の前にたどり着いたグレートヨルカ先輩は、メイズイ先輩の胸ぐらを勢いよく掴んだ。

 

 

「このっ……バカヤロー!」

 

 

 殴りかかるような勢いで怒鳴り、投げ捨てるようにメイズイ先輩を突き放して、グレートヨルカ先輩は歩き去っていった。

 

 

 京都レース場は、異様な雰囲気に包まれたまま。そして勝ったはずのグレートヨルカ先輩も、ウイナーズサークルでも笑顔を見せず、菊の冠をかけたレースは幕を告げた。

 




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