システムとは、何か? 作:no w here
「…は、え?」
意識が落ちて、幾許もなく目を覚ます。先ほどの巨大な蜘蛛に貪られる感覚は、夢というには生々しかった。
なら、自分はそこで死んだ?
死んだのであれば此処は天国?…天国というにはあまりにも先程と変わらない。自身の状態を確認する。
「ッ"」
上げそうになる悲鳴を、食い縛る事で強引に口の中で反芻させる。呆然、夢中となった状態から意識を取り戻すと反動のように痛みが襲い掛かる事は過去にも数度*1あるが、其れよりもはるかに重傷でも同様に適用される事を知りたくはなかった。
>>
食い縛ったまま数分。幸いにも岩肌に接していることもあって流血は少ない。痛みに頭を苛まれながらもどうにか思考を纏めていく。振り返るのは
先ずは英語の5W1H*2。
纏めると「自分が若葉さんを強引に連れ出して飛び降りた直後、洞窟のような場所になぜかわからないが来ていた。誰或いは何がどのような目的でどのようにやったのかは不明」。…何一つ分かった気がしない。自分が洞窟のような場所に来たこと、強引に連れ出したはずの若葉さんの安否は不明であること。…これだけ聞くと自分はとても最低な輩ではないだろうか、少しへこんだ。
首だけを動かして周囲を見回す。
「…夢、…?」
先ほどの死が夢だとしたら、此処で死んだら本当に死ぬという事になる。ただ、夢というには先程の死は
「っ!?」
首を上げてみる。四肢は
…「恐怖とは未知から来る」なんてどこかの心理学者が言っていた気がする。その意味が分かった。冷静になって考えてみれば、分かっている事は「自分が洞窟のような場所に飛び降りたらいた」という事だけ。その後に起こった夢とも現実とも区別がつかない巨大な蜘蛛に貪られて死ぬ出来事、でも何故か貪られたはずの体は元に戻っている。
何故。
そこで、脳が理解を拒絶した。
>>
「…、逃げ…いや、若葉さんは…ッ」
拒絶して数分。
自身が行動に移そうとして。漸く強引に連れ出した若葉さんの事に考えが至る。せめて、自分が勝手に連れ出した彼女の安否は確認しないと。
後は、何か紐のような物で圧迫すれば背中からの失血に対する延命処置はできるだろうか。…分からないが、少なくとも流し続けるよりはましになる。ポケットを見るがあるのはハンカチとティッシュ、財布*3ぐらいでいずれも役に立つとは思えなかった。
先ほどの…"予知夢*4"なら、悲鳴を上げた後に巨大な蜘蛛がやってきた。蜘蛛という個体を考えるのであれば、巣を張って獲物が引っかかるのを待つ種別の印象が強い。あそこまで大きな個体であれば、作り出す紐の強度も高いだろう。
「…やってみる、しかないか…」
呟く。手が震える。予知夢で自分を解体した存在を、怖くないと言える人は居ないと思う。やるしかない、やってやる―――そう決意し、声を出した。
「うわぁああああああ!!」
ありきたり、然して一番出しやすい悲鳴。洞窟の近くが騒がしくなる。背中の痛みを我慢しながら岩の裏に隠れる。
>>
暫くした後、瓦礫からこっそり片目で見る。
―――先程の巨大な蜘蛛の他にも蛇、蛙、ペンギンともペリカンとも似つかない何か、大量のゲジゲジ、灰色のトカゲ、図鑑でしか見たことのないような恐竜を小型化した物が集っていた。
失敗した、此処で気付いた。予知夢と先程では状況が違い過ぎる。具体的に言うと即座に悲鳴を上げていたのを我慢した事。その悲鳴より明らかに後で悲鳴を上げた以上、蜘蛛以外の固体が集ってもおかしくなかった…!
そう考えれば続いて悪い事も連想される。
この洞窟、光源がほとんどない。暗い中どうにか目が慣れたことで2m程度先までは見えるがそれ以上先は殆ど見えない。故に聴力に特化した個体、暗視を持つ個体―――蛇が生態的に持つ熱感知を持つ個体へと進化している可能性。否、可能性ではなく確定と見たほうがいい。悲観的に考えて、楽観的に行動する。
然して、この状況で楽観的になる余裕は何処にもなかった。
瓦礫に隠れ、痛む背中を無視して丸め、伏せる。直後―――集まった地球上の動物特徴を持ちながらも、まるでモンスターのように巨大化したそれらが激しく争う音が聞こえた。
突進する音、壁に何かがぶつかった轟音、咆哮、巨大な何かが飛ぶ風切り音。ゲームではよく聞きそうなそれらの音を、現実で聞くことになるとは思っても居なかった。聞きたくない、そんな願いに反して争いの音が大きくなる。激化しているのだろう。
>>
その音は
幸運にも(この状況になった地点で最大の厄だと思う)、比較紐を溜め込んでいた個体らしい。粘度の無い紐を獲得し、背中を抑えつけるように巻いて行く。…ボタンの金具が刺さるが、これは我慢しよう。これで少しは―――
轟音。瓦礫の先から聞こえたそれに身を竦める。2度、3度と聞こえ索敵されていたと分かり、転がるように瓦礫から跳び出す。直後隠れていた瓦礫に4つ目の大岩が突き刺さり崩れた。それなりに大きな瓦礫だったので崩落に巻き込まれたらひとたまりもないだろう。
崩れた瓦礫を見た後、灰色のトカゲが居た方へ眼を向ける。
此方を睨んでくる灰色のトカゲは鼻先から
自身の居た場所に巨大な岩が突き刺さっていた。あの質量で、突き刺さる程の威力を伴ったそれを受ければ―――突き刺さった際の風に体勢がさらに崩れ、転がるように着地させられた。
「あ、ぎ!?」
ボタンが背中の肉に突き刺さる感覚。
それが、
そう思っていなければやってられない。運動も勉学も特待生であるために積み重ねているが所詮は一般人だ、化け物退治等専門外に程がある。
灰色のトカゲから目を逸らさず、動きを見据え続ける。そのにらみ合いをしながらも、考える。
自分にあるものは財布、ハンカチ、ティッシュ。四肢は全部無事、周囲にはモンスターの死骸―――灰色のトカゲが鼻先を持ち上げた、先程の岩飛ばし…
否。先ほど突き刺さった岩へと飛び込む。岩飛ばしと全く同じように見えたが―――打ち出す時間が微かに遅い。たったそれだけではあるが、それは少なくとも間違いではなかった。
「散弾、ッ」
ぼやき、岩の後ろで震えながらも、思考を続ける。
―――敵は灰色のトカゲ。自分の目的は
「ま、ず―――ッ!」
跳び出す。散弾によって崩落した岩。
舌なめずりをする灰色のトカゲに、自分は何ができるか―――逃げる。何処へ?
逃避[名詞(――する)]
困難などに直面したとき逃げたり、
意識しないようにしたりして、
それを避けること。