システムとは、何か? 作:no w here
此処は、何処だろう。暗くて、心なしか冷たい。水中にいるような浮遊感―――でも、少しずつ沈んでいく。沈みたくない、藻掻こうとしても自分の体は
誰かが、自分の手を握っていた。
微かに握り返す。その手は、全身が冷気に晒されている中唯一"暖かな物"だった。手放したくない。
然し握り返した自分の手をすり抜けた。握っていた誰かが、その手を離したのだろう。置いて行かれたくない、そんな一心で藻掻く。藻掻いているうちに、周囲が徐々に明るくなり―――
眼前に広がるのは、無骨な岩盤だった。背中は高い場所から叩きつけられ、岩肌に削がれたかのような惨状。
「…ッ」
然しその岩盤の天井は、かなり遠くに見える。途中途中で白い蜘蛛の巣が見え、その上でアルビノの蜘蛛が巨大な蜂と相対していた。アルビノの蜘蛛は初めて会った時と変わらず絹の体躯と紅玉の複眼。然し、その体躯の背にあたる部分にさらに濃い白の紐が巻かれていた。…あの蜘蛛の知性が高いのか、或いはアルビノの蜘蛛が特例なのか。微かにぎこちない動きから、恐らく怪我を治療した物なのだろうと見てとれる。
自身の体が動くかを確認する。手足は何れも動く。周囲を確認すれば、相対する蜂と同じ姿の糸に巻かれた死骸が無数に並んでいた。特に蟲の好き嫌いはない自分だが、死骸がある場所を好むかと言われたら断じて否である。小さく顔を顰める。
然し、周囲を見る限り特に敵はいないように見える。自分の遥か上でアルビノの蜘蛛と巨大な蜂が戦闘をしているが、その途中途中に蜘蛛の巣が張られていた。少なくとも、ノータイムで落ちてくるという事はないだろう―――漸く得られた、安全。
張りつめていた意識が緩み、背中の激痛に顔を顰める。それで漸く体を見て、自身にもアルビノの蜘蛛の背中に巻かれた物と同じ物が巻かれている事に気付いた。アルビノの蜘蛛は、どうやら治療してくれたらしい。何故?分からない。
次に気を失う前まで使っていた折れた槍の切っ先*1を探す。…無い。
どすり、と上から鋭い何かが突き刺さる音。―――アルビノの蜘蛛が、蜂に刺されたのかもしれない。慌てて上を見ると、
呆けるように蜘蛛の方を見ていると、アルビノの蜘蛛が此方に気付き。仕留めた蜂を粗雑に張った巣へと投げつけて此方に来た。思わず身構え、アルビノの蜘蛛の動きを見据える。此方に来た直後―――
「(ちょ、ま)」
顔の四方と両肩及び両脇が小さな爪で圧迫される感覚からして、どうやら顔に飛びついたらしい。四方の内の1か所が離れ、此方の頭を揺り動かす。…行動にいずれも殺意はない。下手に刺激して敵意を買うよりは、じっとしていたほうが得策だろう。
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結構な時間頭を揺り動かされた。未だにぐらぐらする視界のままアルビノの蜘蛛へ眼を向ける。やり過ぎたと当人*2も思ったのか8本の足を蜘蛛自身の胴体へと集め、正座のような体勢となっている。
「…助けてくれて、ありがとうございます…厚かましいお願いですが、それを返してくれませんか?」
最初の言葉に蜘蛛は小さく頷き、お願いを聞いた時に小さく焦燥した。命の
だが、相手からしたら"狩りを効率的に進められる道具"でもある。先ほどの投擲で蜂を仕留め、保存食として糸に巻いて死骸を溜め込んでいるのだろう。いずれの死骸も
自分の厚かましいお願いに、うんうんと悩む蜘蛛。…
小さく、蜘蛛が首を傾げた。…どういう意図があるのかわからない。同じように首を傾げ返す。
短剣についての取引は、奇妙な沈黙という形で膠着した。
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現在、蜂の死骸から針を引き摺り出す作業をしている。死骸の数はおおよそ5体程度だが、何れも保存状態がいいとは言えない。その為針を壊さないように摘出するのに苦労をしていた。
結局あの後自分の空腹を知らせる腹の音で、アルビノの蜘蛛が保存している蜂の死骸5つと短剣の交換と相成った。…アルビノの蜘蛛とてモンスターである。これ以上の譲歩を求めようものならもしかしたら此方を攻撃してくるかもしれない。それに蜂は日本でも食べられる。蜂の子が有名だが、成虫もつくだ煮やてんぷらという形で食べられる事を考えれば、
火を通す手段がない以上、毒である針は除去する必要がある。そして此処まで巨大な蜂であれば、毒針をそのまま武器として使えるかもしれない。アルビノの蜘蛛の投擲技術は高い、ならば弾数が1の短剣と弾数が5の毒針はトレードオフになる可能性がある。
自分の胡坐の上で睡眠を満喫しているアルビノの蜘蛛を傍目に、1本の針を摘出した。蜂に巻かれた糸をそのまま利用し、端を縛った後一端を甲殻で挟む。その後に糸をグルグルと巻き―――簡易的な持ち手の存在する毒針*3が完成した。残りの蜂は食べて行く―――甲殻は硬くて食べられるものではなく、かといって内臓はえぐみを伴う不味さ。蜘蛛のモンスターだからこそ、食料とできたのだろう。
だが食べなければ餓死する以上、蜂で慣れる必要がある。
蜂を食べ終え、次の蜂の死骸へ手を出す。…寄生虫については、この際どうしようもない。当たらない事を祈ろう。
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アルビノの蜘蛛が起きる頃には、どうにか加工した毒針が3本出来上がった。2つの死骸はそれぞれ下半身がない、或いは酷く拉げていた為針を探すことは断念した。現状空腹は解消され、徐々に余裕が戻ってきている。…自分が蜘蛛の後をついて行くことはできない以上、此処でお別れとなるかもしれない。
そう思いながらも、未だアルビノの蜘蛛はわざわざ此処まで降りてくれる。…それに甘えて、もう少しだけ。此処に居ることにした。
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徐々に上へと向かっていくアルビノの蜘蛛を見る。モンスターだからか睡眠時間は短いらしく、体感ではあるが2時間少しで目覚めて上へと向かっていった。時折蜂の群体を相手にしているが―――
そしてそれが、上へと向かっていく
「ッ、隠れてッ!」
言い切ると直後。
尊大なものの口から放たれた、巨大なものが風を切る音。
瞬間的に伴う静寂―――否、炸裂した轟音によって耳が機能せず耳鳴りばかりが響く。
そして―――崩落してくる天井。
―――大地の脈動する、尊大な何かというのは一切の間違いではなかった。四つ足の狼のように歩くそれは、一撃で洞窟に新たな通路を作り上げた。
慌てるようにアルビノの蜘蛛と過ごしてきた巣の下層から出ていく。その崩落の中でさえ、尊大な何かは気にすることなく―――
「…は、は…」
この現実に、泣き笑いを浮かべるしかできない。灰色のトカゲ等とは、格が違い過ぎる。
それが、此方を見た。心臓を掴まれたにも関わらず強引に脈動させられるような、息苦しさ。
「―――死んで、溜まるか」
呟く。尊大な何かは、興味深そうに此方を見る。目をつけられるなど、恐れ多い。ただの一般男子高校生でしかない自分など。
「生きる、やってやる―――
潰されそうなほどの圧、心音がうるさい。咆える事で、誤魔化す。土と涙で、泥の付いたみっともない顔。それでも、尊大な何かは此方から目を逸らさない。このまま、逃げようとするなら先程の一撃で新たに通路が開設されるのは…何となく、察した。
勝利条件―――
勝利条件を満たす為の最低限の行動―――
せめて、助けになってほしい。
1つの短剣が、彼女の手から零れ落ちた。