昼が少し過ぎ、天辺に浮いていた太陽が西に多少傾きだした時刻。
部活の朝練で学園に出かけていた暁家の長女である凪沙が家に帰ってきた。多少は部活動で疲れながらも元気にただいまの挨拶をして靴を脱いで上がる。
だが、そこで返事が無いことに気付き、リビングに続く廊下の中央部分で足を止め玄関の靴を確認した。
確認して古城の靴、もう一つの雪菜の靴が有ることを確認して家に誰も居ない訳ではないと分かって、では何故返事が無いのだろうと不思議に思う。
もしかしたら昼寝でもしているのかもしれない、そう思ってリビングに入るとソファに雪菜が座っていた。
何だ、居るじゃん。そう思って雪菜の肩に手を伸ばそうとして、止めた。
少しだけ上の空。此処まで近付いたのに反応しない雪菜に如何したのだろうと困惑を隠しきれず凪沙は呼びかけた。
「雪菜ちゃん」
「…………」
名を呼びかけるが、反応しない。
もう一度呼びかけても一向に反応しない事に少しだけ不気味に感じながら、今度は肩を掴み揺らして呼びかけた。
「雪菜ちゃん!」
「あっはい!?」
今度は反応した。
裏返った返事ではあるが雪菜は肩を掴んでいる凪沙に視線を向け、驚いた表情を浮べた。その顔はまるで何時からそこに居たのだろうと問いかける表情だった。
「えっ……凪沙、ちゃん。何時から……」
「今さっきだよ。どうしたの雪菜ちゃん?」
「いえ、その……」
歯切りの悪い雪菜。
今まで色々と歯切りの悪い返事はしてきても、ここまで悪い返事は見たこと無かった凪沙は何があったのだろうと思う。すると、誰かが居ない事に気付いた。
「雪菜ちゃん、古城くんは?」
「古城なら……部屋だと……思います」
「…………」
古城の何処に居るのかを訊いた瞬間、見るからに表情を強張らせ青褪める雪菜を見逃さない凪沙。本当に如何したのだろうと不安になりながら古城の部屋に近付きドアノブに手をかけ様とすると雪菜に呼び止められた。
「待って下さい凪沙ちゃん!」
「えっどうしたの?」
「いっ今は、古城をそっとさせて下さい」
「…………。分かったよ」
荒げた声で止めてくる。それに困惑しながらも必死に訴えるので仕方なく古城の部屋に入るのを凪沙は止め、雪菜の隣に座る。
「本当にどうしたの?」
その問いに沈黙で答える。
何か深刻な事でも起きたのだろうかと思う凪沙ではあるが、要因が分からなければ話も出来ない。手詰まり状態で雪菜の傍に居続ける。
十数分。伏せていた雪菜が顔を上げ、隣に居てくれた凪沙にぎごちなく笑顔を見せる。
「大丈夫?」
「はい。私は大丈夫、なのですけど……古城が」
「古城くんに何かあったの?」
凪沙は何故ここまで雪菜が落ち込んでるか分からない。だが、その原因を作ったのが古城である事は先程の反応を見て確信していた。では、その原因は何なのか、それは凪沙には分からなかった。
口篭る雪菜。その姿には今は傍に居て言い出すまで凪沙は待つことにした。
◆
雪菜が落ち込んでいるのは昼少し前、公園での出来事であった。
吸血鬼特有の赤目に変化した状態で子供との小競合い、その際に古城は2人の子供を吹き飛ばしてしまった。
幸い子供2人の軽傷で済み大事にはならなかった。子供たちは親御さんたちは直ぐに傍に寄り看病する。雪菜も慌てて親御さんたちに謝りに頭を下げた。
「良いのよ。子供の喧嘩だしね」
「そうね。怪我も大した事ないし」
2人の親御さんは特に雪菜たちを咎める事はなく許した。その懐大きい親御さんに雪菜は改めて謝罪してお礼を述べた。すると、親御さんたちの1人が雪菜に問うた。
「あの子、もしかして魔族なの?」
「えっと、その」
魔族。それも第四真祖など言える訳もなく、雪菜はどう説明したらいいのか困惑していると親御さんはやんわりと忠告してきた。
「そう、どうも説明出来ない事情がありそうね。追求はしないけど……あの子の事、確り見ていないとダメよ。じゃないと、あの子――壊れるわよ」
「壊れる……ですか?」
一体何を言っているのか分からない雪菜。すると、親御さんはある一点を指した。その指先には古城が居り、その古城の表情を見て雪菜は驚きに染まった。
「こっ、古城!?」
「行って来なさい!」
「あっはい!」
古城の表情は誰からも見ても分かるように青褪め、呼吸は乱れ、自身の手を見詰て困惑していた。今まで見た事のない古城の表情に雪菜は悲鳴に近い声で古城の傍に近寄り、肩を掴み揺らす。
「古城! 聞えてますか!?」
「…………」
返事を古城は返さない。
身体を何度も揺らし、やっとの事で古城は反応を示し視線を上げる。その古城の表情を見た雪菜は息を飲み、呼吸が止まる。今の古城の表情は、まるで死相を浮べているような表情だった。
「ゆ……きな」
「古城!?」
「ねぇ……じぶん、なんなの?」
「ッ!?」
子供に成ってしまい自身が第四真祖である事を今の古城は忘れている。特にその話題には触れていなかった為に説明など一度もしていない事を、今ここで雪菜は思い出す。
今の子供の古城は自分が普通の人間だと思っていた。だが、それが突如として化物に成っている等、思いもしておらず、そして今回の事件である。
この事なら最初から説明をしておけば良かった。そう雪菜は思う。
今の生活がとても楽しく、そして穏やかだった為に雪菜は自身の使命を失念していた。自身は獅子王機関より派遣された"第四真祖の監視役"、その使命は監視して危険だと判断した場合それを抹殺することだ。
「ばけもの、なの?」
「そっそれは……」
どの様に説明したら良いのか雪菜が困惑していると、古城は頭を抱えて左右に振る。その瞳は視線が安定していない。
「あれ、そうだ、なんでじぶん、ゆきなといるの? なぎさもおおきいし……じぶん、おにいちゃんじゃ、なかったけ? そもそも、ここになんでいるの? あれ、……あれ、アレアレアレアレアレ……ジブンハ、ダレナノ?」
「古城!」
「サワルナ!」
「ッ!?」
記憶の混乱。情緒不安定の様に頭の中が混乱する古城に、このままでは壊れてしまうと思い雪菜は手を差し伸べようとするが、その手を払いのけ怒りに染まった眼――赤目――で睨んできた。その動作に多少は傷付いてしまう雪菜ではあったものの、それは置いとき古城を見詰る。
先程の手を払った事は古城にも心に傷を与えてしまう。自身が何をしてしまったのか後になって思い出し、更にその表情を青褪めてしまう。
「チガッ、ちがウ。じぶんハソンナツモリジャ……ゆきな、きずつケタ……アァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!?」
「古城!」
雪菜は咄嗟に動き、古城の首筋に手刀を叩き込み意識を奪った。意識を失った古城は崩れ落ち、それを雪菜は受止めて強く抱きしめる。その一部始終を見ていた周囲の親御さんたちは掻き集っまて来た。
「大丈夫なの?」
「救急車呼ぶ?」
親御さん達は心配そうに問い掛けてくる。
雪菜は平然を装いながら親御さんたちに大丈夫と述べ、家に帰ることにした。古城を抱っこして公園を後にしてモノレールに乗り、暁家があるマンションに戻ってきた。
古城をベットに横にして、その寝顔を眺める。
「何を、自分はしてるですか」
後悔の念が後から後から雪菜の心を攻めていく。
自身の唇を強く噛み締め、噛んだ場所から血が滴り落ちる。本来なら古城を早く元に戻すのが自身の役目だ、それを古城があまりにも可愛らしく愛らしかった為に任務の失念していた。
すると、背後から何かの視線を感じた雪菜は後ろを振向くと古城が扉の隙間から覗いていた。
「古城」
「…………」
古城は何も答えずに下を向いて雪菜に視線を向けずに沈黙を続ける。
雪菜もまた、どう声を掛ければ良いのか解らず相手の名前を呼ぶしかなかった。
「こっ「今は……一人にして……」解りました。何かあったら隣に居ますので連絡して下さいね」
古城はそう述べた後、閉じ篭ってしまった。
何が、何処で間違ったのか。脳内で堂々巡りを繰り返しながら雪菜は自身が出来る事を考える。
「兎に角、古城が元気を出した後から話をしましょう」
全てを教えよう。
私が何者なのか。古城が何なのか。それら全てを……。
そう思いながら雪菜はソファーに座ったまま時間を過ぎるのを待ち続けた。
ども、遅くなって申し訳ありません。
中々続きをイメージできなくて何回かプロットを書き直したり、色々と考えたり、途中で執筆気力が失ったりとありました。
実際今でも続きがイメージできなくていき詰まっているのが現状です。まっ頑張って完結させるために頑張ってはいます。
では、次回もお楽しみに!