「本当に産むんだな」
金色の鶏卵を拾い上げて思わず呟いた。原作通りなら食べれば全回復、売ればエメラルド程度になる代物である。しかしこんな場所で拾った生卵を食うなど控えめに言っても正気の沙汰ではない。売ることにしよう……相手がいれば。
中央部を抜けて農場に来ている。残念ながらショットガンは拾われた後だったらしく、チェーンソーも見当たらなかった。教会につながる封印の扉も施錠されており、ひとまず農場へ向かうことにしたのであった。
いくらかの収穫はあった。黄ハーブを緑ハーブと合わせて食った。効果の程は実感できなかったが気休め程度にはなるだろう。本編で拾える黄ハーブは難易度Normal以上であれば25と少し。レオンとアシュリーの最大体力をカンストさせていくらか余る計算になる。今回の(?)レオンは早速一つ取り逃がしている訳だが……まあ彼の腕なら多少の体力の低さなど問題にもならないだろう。
ここに来て考えるべき事項は一気に増え出した。まずはタイプライター。当たり前だがこれは紙に文字を出力する機械であって時空を超える(いわゆるセーブアンドロードというやつだ)タイムマシンの類では決してない。原作ではまさにそのようにして使われる訳だが……キャラクターはその時何を書いていたんだろう?原作のセーブUIのように難易度やセーブ回数を記していたはずはあるまい。ゲームのフィクションを取り払って現実的に考えるなら……特に何を書くこともなかったのであろう。今目の前にあるように。
意味もなく手が動いた。気の緩みか、あるいは緊張の発作か。人は失った記憶を取り戻した際、往時の行動を無意識に繰り返すことがあると言われている。見慣れたものを見て安心したかったのかもしれない。
"01 1-1 Typewriter 001 00:43:25 01 COP"
打たれたそれは何の意味もない感傷であった。セーブアンドロードの実験をするつもりもなかった。
青コインは文書を含めて影も形もなかった。順当に考えればレオンが文章を取って青コインを全て破壊して行ったのであろう。しかし頭の中に浮かぶのはもう一つの可能性だった。貼った人間の不在である。
武器商人。余所者に敵対しないどころか武器を売る極めて特異なガナードである。同じ声を持ち(レオンと同じ声優が声を当てている)同じ装束を着た十数人の集団であり、教団における最大の戦犯でもある。そして彼らの存在は……誰にも気にされない。誰一人として彼らについて言及することはなく教団関係者も完全な放置を決め込んでいる。自分がサドラーでレオンをどうにかしたいならまず武器商人を一人残らず殺しているところだ。キジュジュ自治区で早々に殺されたレイナードのように……。
武器商人の実在も彼らの居所へ寄ればじきに分かることであった。もし本当にいたならばこれほど楽な話もない。ポケットに手を入れてつい先ほどくすねた物体の感触を確かめた。誰が何を思ったか肥溜めの上にぶら下げていたペンダント。これが三つあればロケットランチャーが買える。
二階建ての小屋に入った所で上階から音がした。梯子を登るとよく知るガナードであった。干し草に鋤を入れて意味のない作業をしている個体。駆け寄って蹴り倒し、前のめりに倒れたそいつの背中を踏む。目の前のガナードは何にも気付かないまま腕をばたつかせるばかりである。腕立て伏せの要領で跳ね除けられる可能性は十分にあった。あったが寄生体はそこまで頭が回らないらしい……今更か。手に馴染みつつある斧を振るう。四、五回やった辺りで腕のばたつきが止まった。念を入れてもう一度。
「そろそろか」
逆に見られないように注意深く窓から観察する。少しして農場に赤いドレスの女性が入ってきた。エイダだ。気取られて殺されてもつまらないのでいそいそと干し草の中に身を隠す。
「行ったか……」
確か村長の家でルイスを救出するよう命令された……はずである。ルイスが閉じ込められていた例の場所まで行って戻ってレオンを救出した後麻酔銃で眠らされる。ゴンドラで行った先の場所まで運ばれて殺されかけるもギリギリで目を覚まし、エルヒガンテが放たれる場所を抜けてルイスと話す……エイダ編チャプター2のシークエンスは概ねこんなところだろうか。
「あー……。……?」
デルラゴ戦を終えて気絶していたレオンの元に手紙を出したのは誰なんだ?エイダが例の手紙を書いて渡す暇なんてどこにもなかったということになる。
「まあ、いいか」
考える必要のないことは考える必要のないことである。情報の欠落を考えで補っても妄想が広がるばかりである。どのみち手紙の一通、なくたって別段致命的なわけでもないのだし。
更に更に待った。やりたいことを最速でこなすならとっとと門扉をよじ登って村長宅にお邪魔すればよかった。しかし来る村長、チェーンソー男、多数の村人を相手にするのは余りにもリスキーだった。行くにしたってエイダに散らしてもらってレオンに無双してもらうのを待つべきだろう。ただ待つだけでそうなることは分かりきっていた。実の所想定の通りに全てが進めばそもそも行く必要すらない。
「……」
大名行列とそれを密かに追うエイダの気配が消えた。のっそり立ち上がって……一つ思い出したことがあった。
「飛び降りる必要もなかったな」
棚に隠されたデッドスペースがある。棚を引いて隠された木箱を壊し、用器……ビアスタインを手に取った。三つのくぼみがある。宝石を嵌める穴だ。一つはエイダが教会裏に捨て置き、一つは鳥が巣に置き、一つは宝箱に仕舞い込まれている。
彼らが来た坂を降りる。地図上は行き止まりとなるこのエリアで回収しておきたい物品があった。足に蹴られてざらざらと小石が坂を転がっていく。あれより速く走れるだろうか。降り切れば砕けてバラバラになった巨岩の欠片が散らばっていた。この坂は岩落としの罠が仕掛けてある場所である。レオンは原作の通りにクラッシュバンディクーばりのアクションでハマった罠を物理的に乗り切ったのだろう。仮面もなしに!
その様子はありありと想像できた。難易度Proではちょっとした難所である。合衆国のエージェントはみんなこうなのか?……こんな感じだったかもしれない。クリスなら殴り飛ばしていただろう。
出会ったガナードは大体殺すレオンだが無人というわけにも行かなかった。村長がまた新しい村人を配置に就かせたのだろうか。ゲーム的には再配置と呼ばれる現象である。
一人の背後から息を殺して忍び寄る。気取られるぎりぎりの距離で駆け出す。手に鋤を構えて。振り向かれるより膝裏に獲物を叩き込む方が早かった。膝をついたのを確認してから斧を取り出して蹴倒す。膝立ちのガナードは為す術なくうつ伏せになった。さあここから……。数えて六回。柘榴と化した頭から斧を引き抜いて周りを見渡す。一人、いた。鎌を片手に無言で歩み寄る新手のガナード。これだから苦手だ。ガナードは敵を発見しても必ず叫ぶわけではない。ここでは重苦しい重低音も響かない。不意打ちされたらおしまいだ。
掲げた鎌を後方に引き込ませる動作を取る。投擲の前兆だ。横に一歩動いて鋤を斜めに構える。
カチン、と金属と金属の衝突音が響いた。手にインパクトを感じるが取り落とすほどではなかった。同じ仕様だ。狙いは正確だが構えた時点で投げる方向は完全に固定されている。そして……腰に手を当てた。予備を取り出す動作。がら空きだ。
「……!」
鋤を突き立てた。理想はダウンを取ることだったがそれ以前に刺さりすらしなかった。わずか表面の肉を抉って攻撃は逸れてしまった。こういうことか。レオンが攻撃を食らった時と殆ど変わらないモーションであった。敵はどうということもなく体勢を整えた。流石は死ななきゃ安いを地で行く生命体である。思えば銃弾でさえ怯むだけで済んでいた。
こうなると無闇に乱打するわけにもいかない。鋤を掴まれれば腕力的に勝ち目はなく、かろうじて持っていたリーチの有利を奪われてしまう。攻めあぐねていたところで……再びがら空きの動作が始まった。腰に手を回して新しい得物を取り出し始めた。虫に知能を期待した自分が馬鹿だったか。さっと歩み寄って背後からひかがみに鋤を突き立てる。膝をつく。蹴り倒す。斧……。同じパターンでまた一人終わった。武術の奥義は往々にして初見殺しを含むと言われている。彼らは学習らしい学習をしないので同じパターンをずっと決めることができる。目撃されていてもなお。集団や著しく強力な個体でなければ……存外どうにかなるようであった。
最後の一人は一撃だった。屋根に登って機を伺い、飛び降りながら鋤を突き立てた。驚くほど簡単に成功した。逆に深く刺さりすぎて引き抜く方が少し骨であった。
「これだ」
ダイナマイトと着火具を見つけた。死体漁りの成果である。ダイナマイトを持つガナードは投げたダイナマイトや着火した瞬間のダイナマイトを撃ち抜かれ木っ端微塵になることが多く、漁る余地のある死体は珍しい。おそらくは丁寧にいつもの手段で殺されたのであろう。あばらは折れてへこみ、そこかしこに切り傷があった。
ここまでで数個、手榴弾を拾いはしていたのだがあくまで数個。ここでガナードのダイナマイトを回収できたのは僥倖だった。なにしろ数が多い。物資は目的ではなく生き延びるための手段に過ぎないがしかし物が十分にあると嬉しい!といった素朴な気持ちも胸中のどこかにあった。
ついでに鳥の巣から宝石を一個取っておいた。ここいらの鳥は……というかカラスは巣に弾薬や宝物を隠していることが多い。彼ら自身が閃光手榴弾を落とす例もある。原作でやられたことはないが怒らせたばかりに焼夷手榴弾を落とされることもあるのだろうか。
村の中央部では彼らの日常が戻りつつあった。干し草を積み、鶏を追い立て、何かを運んでいる。本来なら火炙りにされていた警官の姿もなく、見た目だけならこれ以上なく長閑な風景が戻りつつあった。目立たない所に片付けられ山積みになっている大量の死体を除けば、だが。
「細工は流々……仕掛けを御覧じろってな」
響く爆発音。慌てた様子で村人達は音の場所に集まり辺りを見回す。互いに何か見たかを確認し合う。紋章の扉は破壊されてしまっていた。そして下手人の姿を見た者は誰もいなかった。
「……」
監視塔に来るガナードはついぞ現れなかった。彼らがここを登らないのも原作通りではあるのだが。床に寝そべっているが火炎瓶を投げ込まれる様子もなかった。どうやら本気で気付いてないらしい。
立ち上がって見下ろす。細工も何もなく単純に扉の前にダイナマイトを投げ込んだだけのことであった。扉は見事に壊れて半開きになっている。過剰火力の感は否めないがマスターキーとしてこれほど心強い物品もない。いつもの通り待ち続ける。
さほどの時間もかからず村人は捜索を諦めた。彼は梯子を降り、奇妙な紋章が描かれた半開きの扉を押し開けて中に入っていった。斧を片手に鋤を背負い懐からダイナマイトが覗かせる異様な風体の警官はしかし、誰の視界にも入ることなく村から消えた。