芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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芸術家の英雄教室篇
第一話 芸術家の人間関係と入試試験


001

 

 

 

 一月。

 中学生ならクリスマス、年末年始、冬休みを過ぎて学校が始まり、あるものは憂鬱に、あるものは歓喜する時期。

 

 某中学校の屋上では、壁のように巨大な板を前に、黄色のペンキとブラシを傍らに放置しながら眠る子供がいた。

 寝相が悪いのか、体に巻きついた黄色のメッシュが入った白髪の長いツインテールに、中学生とは思えない小柄な体が子供らしさを顕著にする。

 

 屋上で悠々と眠っているが、今はまだお昼前、授業中である。つまりはサボりだ。

 

 数十分後。授業の終わりを示すチャイムが鳴った後、屋上の錆びついた扉が、いやな音を慣らしながら開いた。来たのは、三白眼でボブカットの少女。しかし、耳たぶが金属プラグになっている。

 屋上に出てすぐに真っ白な板と子供を見つけ、呆れたようにため息をつきながら傍によった。

 

「……こんなとこで寝たら風邪引くよ、黄彩(きいろ)

 

「ん〜、……あ、きょーか。おはよ〜」

 

 子供はゆったり目を覚まし、巻きついた髪を振り解きながら立ち上がると、少女にしがみつくように抱きついた。

 

「絵、描くんじゃなかったの?」

 

「あー、えっと、あれ。……スタンプ?」

 

「スランプ」

 

「そうそう、それ。……うぎゅー」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 子供は抱きつく力を強め、少女の小さな胸に顔を埋める状態になった。

「きょーか。ボクね、お腹空いたんだよ。帰ろ?」

 

「神かアンタは」

 

 上目に堂々とサボり宣言する子供に、少女は見下しながらツッコミを入れる。

 

「午後は進路希望のあれこれだけなんだから、出ろ」

 

「えー?」

 

「どうせ決まってんでしょ。さっさと終わらせよ」

 

「……きょーかが言うなら、まあ」

 

 子供は渋々といった様子で離し、少女の手と繋ぐ。

 

「でもその前にボクはお腹空いたからね」

 

「ハイハイ」

 

 手をつなぎながら歩く後ろ姿は、さながら歳の離れた姉妹。

 

 しかし妹の方は妹でも年下でもなく、そして女でも女顔でもなく、同級生で男で、少女の親友だ。

 

 有製(ゆうせい) 黄彩(きいろ)。十五歳。男。個性《図画工作》

 中学生にして、稀代の芸術家である。

 

「ねえ、きょーか。きょーかは進路、どこ?」

 

「雄英。ウチ、何回も言ったよね」

 

「ふーん。じゃあボクもそこでいいや」

 

「いや、アンタは芸術系行きなよ」

 

「工作なんて、どこでもできるもん。ボクはきょーかと一緒がいいの」

 

「…………可愛いやつめ」

 

「ボクだもん」

 

「そういうとこは可愛くない」

 

「ボクだからね」

 

 

 

002

 

 

 

 時は過ぎ行き、二月末。雄英高校ヒーロー科の、入試実技試験当日の朝。

 

 黄彩は少女、耳郎響香に連れられるようにして、雄英の門前にいた。

 

「まだ深夜の七時だよ〜? ボクまだ眠い……」

 

「いや朝だから。めちゃくちゃ朝だから」

 

 黄彩はツインテールをふらつかせながら、おぼつかない足取りで入場して行った。

 

『今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』

 

 ボイスヒーロー・プレゼントマイクが高テンションで受験生に語りかける。数千人の受験生が静寂しか返せないなか、それでもテンションを維持したまま試験説明を続ける姿はプロそのものだ。

 

「まさか、きょーかと会場が違うなんて……。」

 

「帰る、とか言わないでよ?」

 

「……………………うん」

 

「おい、間」

 

「だいじょーぶ。きょーかなら受かるよー」

 

「アンタも受かれよ」

 

 響香が必死に黄彩を起こそうとしていたら、そのうちに試験説明は終わっていた。

 

「あ、ちょ、聞いてなかったんだけど!?」

 

「んー、ロボットいっぱい壊して、ヒーローしてれば合格。きょーか、聞いてなかったの?」

 

「あ、ん、た、の、せ、い!」

 

「まあね。……きょーか、頑張ってね。きょーかの居ない学校なんて行きたくないよ」

 

「大丈夫なんでしょ。なら、大丈夫」

 

 黄彩と響香は別れ、各々の試験会場へと向かう。

 

 

 

003

 

 

 

『かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! 「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!』

 

 道すがら、黄彩はふと、おぼろげに聞いていたプレゼント・マイクの言葉の一言を思い出した。

 

「英雄っていうのはさぁ、他人の不幸を奪い取る奴のことなんだよ。――ウフフ。いいとも。響香のためなら、ボクは英雄にだってなれるさ」

 

 試験会場のビル群が見えてくるに連れ、黄彩の目には活力が目に見えて湧いてきていた。

 

 誰も彼もが出遅れまいと、閉じたゲートの前に集まる中、最後尾にたちすくむ黄彩の姿を見て、受験生達は子供のような姿に訝しむ。

 

『ハイ、スタートー!』

 

 突然の合図に、受験生たちは困惑している。

 

「……邪魔だよ。入れないじゃん」

 

『どうしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ! 走れ走れぇ! 賽は投げられているぞ!』

 

 プレゼント・マイクの言葉に、受験生たちが一気に走り出す。

 残った受験生は黄彩ただ一人。

 

『ん〜? どうしたどうしたぁ? 怖気付いたのか?』

 

 走り出す気配のない受験生に掛けられたプレゼント・マイクの言葉に、黄彩はため息をつく。

 

「ボクは運動が苦手なのー!」

 

『お、おぅ、わりい。……あれ、俺が悪いの?』

 

「ウフフ。まあ、見ててよ。今のボクの最大傑作。――作品No.68《静かな騒音》」

 

 黄彩は指揮棒を振り下ろすように、人差し指を会場に向け、下ろした。

 

 ゲートを抜けた受験生や、試験監督、審査の教師たちが驚愕する。

 

――そこに、受験生に敵対するロボットなんて物騒なものはいなかった。

 

 微動だにしない、黄色の人間像達。塗り潰したかのような黄色い自動車たちの渋滞。

 

『あ、あ〜、……ロボ全滅で試験終了』

 

 入り口付近で立ち止まった、絶望する受験生たちを退けるようにしながら、黄彩は満足そうな表情で()()へと踏み入った。

 

「んー、やっぱりデカければいいってもんじゃないね。あんまり面白くないや」

 

『おーいリスナー? 何してんだ〜』

 

「暇つぶしー」

 

『し、シヴィ……』

 

 作品の一部となったビルの壁に、黄彩は彫刻を施していく。龍、虎、モナリザ、平和の象徴(オールマイト)、お好み焼き。

 

「うん、今日のお昼はたこ焼きにしよう」

 

 個性《図画工作》は、あらゆる加工過程を省略し工作する個性。材料さえあれば作れないものは、無い。

 

 

 黄彩は一通りビルを芸術品に昇華させた後、響香の試験会場まで向かい、大した怪我もなく試験を終えた響香と共に帰って行った。

 

 

 

004

 

 

 

 時は少し進み、試験後のことである。雄英高校ヒーロー科の会議室では、雄英の校長や教師陣が出席する重要会議が行われていた。

 

「実技総合成績が出ました」

 

 前方の大画面に受験生の名前と成績が上位からズラリと並ぶ。それを見た教師陣から感嘆の声が複数上がった。目立つのは爆豪勝己、緑谷出久。そして彼らを差し置いてダントツの有製黄彩から皆目を逸らす。

 

「救助ポイント0点で2位とはなあ!」

 

「後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

 

「対照的に敵ポイント0点で9位」

 

「アレに立ち向かったのは過去にも居たけど…ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね。……うん」

 

「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー。……うん」

 

 ワイワイと騒ぎながら講評を行う教師陣。そして最後にやっと、話題は入学前から問題児に確定している者に移った。

 

「この子は……」

 

「試験開始直後に全仮想敵を無力化完遂。敵ポイントは満点。だけど……」

 

 その場の教師全員の注目が、一枚の書類に集まる。

 

 学歴や志望理由が書かれた書類だ。

 

 志望動機――『響香と一緒がいい』

 

 その短い、身勝手な理由も驚きだが、それ以上に異質なのが、別の者に書き足された隅の注釈。

 

《重要無形文化財保持者》

 

 所謂、人間国宝という奴だ。

 

「まじかよ……」

 

「さっき親御さんから連絡があってね、あの作品郡はウチが売って構わないって」

 

「親までイカれてるのか」

 

 新たな悩みの種を投げ込んできたもの、校長に思わず言ったのが、抹消ヒーロー・イレイザーヘッド。

 

「おい言い方。……だが、そうだとしても優秀なのは確かだぜ! 性格がちっとあれだが、そいつは俺たちの教育でなんとかなるだろ!」

 

 面々の中で一際テンションの高いプレゼント・マイク。

 

「うん、そうだね。思春期というのは不安定な子が多いけど、中でも彼は振れ幅が大きそうだ。うっかりヴィランになりかねない。と、僕は思うよ」

 

「つまり、何がなんでもヒーローにしなければならない、と」

 

「そうだ。よろしく頼むよ」

 

「……除籍にはできない、ということですね」

 

「オールマイトが発狂しながら街で暴れ回ってる、といえばその危うさは誰でも伝わるだろう?」

 

「…………善処します」

 

 それできないやつだ! と、イレイザーヘッドに言える者はその場にいなかった。

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