001
残りわずかな中学校生活。黄彩はみんなのように教室に入る。ことは当然なく、向かった先は屋上。
いつかの真っ白だった壁のようなキャンバスは、黄色のインクで芸術作品になっていた。
黄彩はのんびりと、寝そべって空を眺めていると、屋上の扉が勢いよく開いた。
(響香かな?)と身体を起こして顔を向けると、やってきたのは響香ではない、男女入り混じる学生達だとすぐにわかる。
「……なに、君たち」
この学校に限らず、黄彩が重要無形文化財保持者だと知る人間はごく僅か。学校での黄彩は個性を使った芸術が達者なサボり魔でしかない。
黄彩がここで関わりのある人間は、響香ただ一人。それ以外の人間とコミュニケーションを取らない、ということはないが、それは最低限以下。急にラジオが鳴り出したからスイッチを切る、程度のものだ。
「有製が雄英のヒーロー科に受かったって、本当なのか」
「きみ……、だれ?」
「っ……、なんで、お前みたいな奴が!」
声をかけた男子は黄彩が首を傾げると、表情を怒らせ激昂した。
「なんだか知らないけど、みんなして何の用?」
気怠げに立ち上がりながら、黄彩は気づく。
全員、個性を発動させて臨戦態勢だった。
「……ヒーローを除いて、緊急事以外個性の使用は禁止のはず。なんのつもり?」
「そんなことも知らねぇで雄英なんて受けてんじゃねぇよ!」
黄彩に声をかけた男子が、両手に炎を灯しながら襲いかかる。
「ひゃっははは! 個性つかっちまったら雄英落ちちまうぜ!」
炎を纏った拳が黄彩の鳩尾に突き刺さる。
「ぎゃッ――!!」
「生意気なんだよ! テメェみてぇなサボり魔が雄英だと!?」
顔面、胸、股間。次々と繰り出される拳が命中する。
「っつ、……痛い。作品No.13《若者》」
制服の所々を焦がした黄彩の手が手刀の形になり、まるで金属のような光沢が走る。
「切れやすい若者がモチーフなんだけど、きみ、ぴったりだね」
「へっ、いいのか? 個性つかったら落第だぜ!」
「別に、平気だよ」
黄彩は自身の火傷や痣を気にすることなく、両手の《若者》を男子の両肩に突き刺す。すぐに仰反るように男子は離れ、味方たちの方に逃げ出す。
「痛ってーーー!? やりやがったな!?」
血が吹き出る両肩を押さえながら男子が叫ぶと、他の者達も非難する目で黄彩を睨み付ける。
「正当防衛。別にヒーローに興味はないけど、ヴィランは死んでいいよ」
「な、なに言ってんのよアンタ!」
「命は大事にしなよ。だから死ぬの。作品No.69《売れない肉屋の舞台裏》」
某県某市、とある中学校に斬撃系の個性を持つヴィランが侵入し、一つのクラス、内三十九名の生徒が屋上で斬殺。その後、生き延びた生徒一名の活躍によりヴィランを拘束、警察に受け渡された。
――というニュースが報道された。
002
「ただいま〜」
「ん、おかえり、きょーか」
「……なんでウチにいるの。卒業式どうした」
「今日はもともとお仕事あったから休んだ。きょーかの家いるのは、……タコライス?」
「サプライズ。にも別になってないし」
卒業式を予定されていた日の二日前に猟奇殺人事件があったが、その二週間後に無事卒業式が開かれ、響香と黄彩は無事卒業した。
卒業式が終わり、黄彩の分の卒業証書とアルバムを持って帰ってきてみれば、響香の荷物を増やした元凶たる黄彩はキッチンでなにやら料理をしていた。
「ん、お昼ご飯できてるよ」
「人の家で勝手に料理するなよ」
「サプライズ」
「これはタコライス」
今日の耳郎家の昼食はタコライスだった。
「オムライス食べたいな」
「待て。じゃあなんでタコライス作ったの」
「サプライズ?」
「……まあ、食べたことないし、ある意味サプライズだけどさ」
「ならよかった」
「よくない。あんまりよくない」
「そっか」
「うん。……えっと、いただきます」
「ん。」
響香に飲み物をだすと、対面に座った黄彩はダブレットとペンで作業を始めた。「ん」「んんー、」と、時々声を漏らしながらペンを動かす黄彩に、響香は思わず尋ねる。
「ねえ、黄彩は食べないの?」
「んー。ボク、今あんまお腹空いてないの。発情期かな」
「おい。ウチ、女子」
「ん、知ってる。……それ、美味しい?」
「好きな味じゃないけど、食べれなくもない」
「そう。無理しなくていいから」
「うん、ありがと」
003
紆余曲折、なんだかんだとありつつも、ついにやってきた春休み明け、登校日。
黄彩と響香は揃った両親達に見送られ、雄英へと踏み出した。
校舎の巨大さに慄き、巨大な机にさらに慄いていると――
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ、てめー! どこ中だよ端役が!」
と、穏やかでない二つの声が教室の外まで聞こえてきた。
「……黄彩、帰ろっか」
「きょーか、早く入ろっ! 面白そう!」
「なんでテンション上がってるの」
その小柄な身からは想像できないほどの力で扉が開き、大きな音が鳴ると、注目が黄彩と響香に集まった。
「ボクも混ぜてっ! って、あれ、してないの? 戦争」
「してるわけないでしょ。……ん? してると思って飛び込もうとしたのアンタ」
「見損なったな〜。帰ろっかな〜」
「誰が見損なっただとクソガキィ!!」
「待ちたまえ! 子供にそう怒鳴っては……、って、子供?」
「あ」
さっきまで怒鳴り合っていたであろう二人が黄彩の前に立ち子供扱いしたことに、響香が思わず口を開いたとき――
「お友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」
「ボクを子供扱いするなよ。死ぬ?」
ただの手刀を二人の首元に伸ばそうとして、しかし突如現れた人間がゼリー飲料を飲みながら黄彩の手を止めた。
沈黙が、教室を支配する。
「はい、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね。……担任の相澤消太だ。よろしくね」
「よろしくおじさん」
「……先生だ」
「先生先生?」
「…………耳郎、こいつどうにかしろ」
「えっと、ごめん先生。……無理」
生徒達が黙って相澤と黄彩のやりとりを見ていたが、響香に投げ、しかし切り捨てられると即座に諦め、教壇に立ち、席についていた生徒達の方に向いた。
「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」
相澤は戸惑う生徒たちを残し教室を出て、言葉通りグラウンドに向かっていった。生徒たちも慌てて体操服を持って更衣室に急ぐ。
「きょーか」
「なに?」
「思ってたより面白そうなところだね」
「え、そう? あとこっち女子更衣室」
「一緒じゃだめ?」
「ダメ」
黄彩の目に更衣室の中が映る前に響香が扉を閉じると、黄彩も大人しく男子更衣室に入っていった。
直後、男子更衣室にツインテールが入っていってひと騒ぎ起きるのだが、別に女顔というわけでもなかったため、黄彩が男子と認識されるのはそう、間も無く。