001
「ま、待て! お前、アンチヴィランだろ?」
「聞いてねぇよ。ライトダッシュモーター」
巻解使駆は東京都、渋谷に来ていた。理由は金欠。
収入源がヴィランの財布のみな使駆が一箇所に止まり続けると、そこら一帯からヴィランがいなくなるので、どうしても一箇所に拠点を置けないのだ。
路次裏で木端ヴィランを肉塊にしながら財布を漁る使駆は、ふと呟いた。
「アンチヴィランって名前、クソだせぇな……」
軍用クラスの頑強さを誇るらしい無骨なスマホで検索してみれば、出るわ出るわアンチヴィランの都市伝説。
曰く、彼の者はヴィランに殺されたヒーローの怨念である。
曰く、公安が陰で雇っている殺し屋である。
曰く、ヒーロー殺しステインのアンチである。
曰く、曰く、曰く。曰く付きにもほどがある。そしてそのすべてが、身に覚えがない。
「つぅか誰だよ、ステインって。ヒーロー殺すとか悪趣味なやつだな、おい」
呆れた様子でスマホをポケットにしまい、戦利品を集めて適当な店を求めて路地裏を出た。
「殺すならクズに限る。今日も死人の金で食う飯が美味いぜ、きっと。ギャハハ」
002
ヴィランしか殺さない偏食殺人鬼、巻解使駆。
ヴィランであれば見境無し。
襲われたが最後、人の形が残れば幸い。
――のだが。
「ギャハハハハハハハハ!! ……くっそつまんねぇ」
「アッハァ! 奇遇ですね! 私もです!!」
肉も骨も綯い混ぜに殺す、轢殺専門の殺人鬼、アンチヴィラン。
人を啖うように血を吸う、刺殺専門の殺人鬼、トガヒミコ。
使駆はトガのナイフを、手袋が役割を果たせず露出した球体関節の指で握りしめ抑える。愛用のライダスーツも、特に上半身はボロボロになっているが、しかし血は一滴も流れていない。
――故に、血を吸いたいトガヒミコはつまらなそうに顔を歪める。
「アンチヴィランくん、それだけボロボロになって血が出ないなんて……、あなたそれでも人間ですか?」
「ギャハハハ!! よく言われるが、生憎と自信がなくってなぁ!! お前は自分が人間だと誇れるか?」
「……私、君のことが嫌いです」
「ギャハハハハハハハ!! 気が合うな!! 俺も俺のことが大っ嫌いだぜ!!」
「ええ、本当に気が合います。私も私が嫌いですから」
ある意味で、その二人は似たもの同士だった。
「レプチューンモーター。……命は取るが、金まではとらねぇでおいてやるよ」
「アンチヴィランくんは殺しますが、血は一滴だって飲んであげません」
食らうが為に。生きる為に。自分の為に。
「ギャハッ!」
「アッハァ!」
肉。肉。肉。肉。
骨。骨。骨。骨。
血。血。血。血。
死屍累々。臓物の雨。死肉の山。
木端ヴィランの成れの果ての上に立っているのはただの二人の殺人鬼。
「ギャハハハッ、ギャハハハハハハ!! お前のことは大っ嫌いだっ!! 殺したくないから覚えてやるよっ! トガヒミコ!」
「アッハハァ! 私も殺したくないほどに嫌いですっ! アンチヴィランくん!」
「巻解使駆だぶっ殺すぞっ!!!」
「私は渡我被身子です!」
「……ひでぇ名前だな。大丈夫か? いじめられてないか?」
「使駆くんには言われたくないですよぅ」
「ギャハハッ!! そんじゃあ、またいつか」
「またねっ!」
利害の一致。あるいは、属性の住み分け。闇と裏。影と黒。
背中合わせに振り返ることなく、手を振ることもなく、頬を釣り上げ笑いながら殺人鬼たちはその場を去っていく。
003
ヒーロー科で職場体験が始まって数日、近年稀に見る大事件が、東京都保須市で起きていた。
ヴィラン連合によって街中に脳無が複数放たれ、人も建物も見境なく、考えなく破壊の限りを尽くしている。
そんな現場から離れたところで、地に伏せた雄英高校の生徒達二人と、立ち塞がる一人を、全身に刃物を備えたヴィラン、ヒーロー殺しステインが見下している。
「口先だけの人間はいくらでもいるが、お前は違う。生かす価値がある」
ステインに何かを見出された緑谷だけが立ち、轟、飯田、その他ヒーロー一人はステインの個性によって身動きが取れないでいた。
三人を殺そうとするステインを緑谷はなんとか抑えようと奮闘しているが、ただでさえ半人前ですらない高校生。防戦一方であった。
「贋作は、殺さねば。……、正さねばならない……」
「絶対に誰も殺させない!」
ステインはボロボロの刀で斬りかかる。緑谷は新たに身につけた、自身の肉体を壊さない戦い方、《ワンフォーオール・フルカウル》で飛び出す。
――が、ステインは突如飛び込んできたものに蹴り飛ばされた。
「ギャハハハハハハハ!! 見つけたぞヒーロー殺し!!!」
急停止の摩擦で靴から煙を上げる男に、緑谷達は目を丸くする。
「……今日はよく邪魔が入る。何者だ」
「ギャハハハハハハ!! 『何者だ』、だぁ? んだよテメェ、良いやつか?」
「ダメです逃げてください! あいつはヒーロー殺し!! 危険です!!」
緑谷は事情を知らなさそうな男に、逃げるよう叫ぶ。が、男は嘲笑いながら前に立った。
「ギャハッ! 知ってっか? 俺はテメェのアンチらしいぜ!! ――ぶっ殺す。アトミックチューンモーター」
「「っ! アンチヴィランか!!」」
緑谷とステインの驚愕が重なる。地に伏せた者達も驚愕と敵意の目を使駆に向けた。
それを無視するように、使駆はステインに向かって疾走し、蹴りを放つ。
ステインは躱す素振りを見せず、刀で唾ぜり合うように構えた。
「ギャハハハハハハ!!! おれぁその呼び方ダセェから嫌いなんだ! ぶっ殺すぞこのやろう!!」
ステインの刀で負傷するどころか、使駆は刀を蹴り折った。
蹴り抜いた先でスイッチを切り、その場の全員を見据えるように振り返る。
「おれぁはヒーローじゃねぇが悪の敵!! 殺すべきを殺す執行車!! ――テメェの趣味が気にいらねぇからぶっ殺しに来た。ライトダッシュモーター」
「論外! 贋物以下だ!!」
速さよりもパワーに重点をおいた使駆の動きを、ステインは難なく躱す。
勢いあまり、うっかり伏せた飯田を踏み抜きそうになるが、跳躍することでなんとか避ける。
「……どうしてそんな簡単に、命を奪えるんだ……」
飛び越えられた飯田の嘆きに、使駆は背後から答える。
「ギャハハ! 簡単じゃねぇよっ! 殺意ってやつは言っちまえば、欲望の最果てにあるんだぜ!! 七つの大罪ってやつだな。腹減ったから殺す! むかつくから殺す! 金が欲しいから殺す! テメェらヒーローは飢えたことがねぇからそーいうこと言えんだよっ!! ――テメェら、殺し以外で救えないときに殺せるのか? ウルトラダッシュモーター」
クラウチングスタートの姿勢で問いながら、さっきまでとは桁違いの速さで駆け出した。
「正しき社会のためならばっ!!」
ステインはナイフを抜きながら躱そうとするが、速度に対応仕切れずに蹴り飛ばされた。
地面を抉りながら停止した使駆は方向を調整してもう一度スイッチを入れようとするが、突如陽気な音楽がなって立ち止まる。
使駆のスマホに電話がかかって来た。画面を見て、怪訝そうに首を傾げながら電話に出る。
「ギャハハ、俺に電話なんて珍しい、ってか初めてじゃねぇか? ……何があった、響香」
「「「っ!?」」」
覚えのある名前に、動けずにいた三人が驚く。
「……あん? ……ぶっ殺すぞテメェ。ちと待ってろ」
電話を切り、ため息混じりにスマホをしまい、緑谷達へ振り向いた。
「ったく、殺人鬼使いが荒すぎるぜ」
「耳郎さんに何をするつもりだっ!」
ようやっと動けるようになったのか、叫ぶ緑谷に続くように飯田と轟も立ち上がる。
「ギャハハハハ!! そうか! そういやテメェら雄英か! ……テメェらはあっち飛んでったバカ捕まえるなり殺すなりしてろ。俺はクソぶっ殺してくる」
「待て!!」
「待たねえ! ――スプリントダッシュモーター」
何もかもを置き去りに、使駆は保須市から離脱して行った。
004
「気絶してる、のか?」
使駆の指差した方向に行けば、ゴミ捨て場で頭から血を流しながら気絶しているヒーロー殺しが見つかった。
飯田が警戒しながら観察していると、緑谷がゴミからロープを拾って来た。
「これで縛ろう。轟くん、クラスグループに耳郎さんとアンチヴィランのこと、伝えておいて」
「わかった。一応気をつけろ」
『耳郎、そっちにアンチヴィランが向かって行ったかもしれねぇ。気をつけろ』
轟が送信すれば、すぐに既読が付き、皆々から心配する声が届くが、黄彩と梅雨、響香だけ返信が無いことには気がつかなかった。