芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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第二十六話 惰弱者の芸術損失と美学想起

001

 

 

 

 演習試験は次々と進んでいった。

 正面から挑み惨敗したペア、一人が倒れても奮闘し勝利を収めたペア、強大な敵にプライドをねじ曲げて勝利したペア。

 

 十戦目のペアが終わり、ようやっと黄彩の出番となった。

 

 ステージは、辺り一面障害物の無い草原地帯。黄彩が個性で材料にできるものは限られ、対する相澤は個性を遮るものがない。圧倒的に不利な戦場だった。

 

「この試験ではお前の近接戦闘能力を測る。運動が苦手なのは知っているが、なんとかして見せろ」

 

「ウフフ、めんどうくさいけど、まぁ仕方ないか。……綺麗に、可愛く、美しく。魅せられる戦いにしなくちゃね」

 

『有製黄彩、演習試験。レディー、ゴー』

 

 他のクラスメイト達の試験と違い、黄彩の演習試験はお互い見えている。会敵した状況からスタートということだ。

 

「作品No.7――」

 

「遅い」

 

 何かをしようとした黄彩だったが、完成する前に相澤の個性、《抹消》で無効化されてしまう。

 

「え、ちょ、」

 

「ばあさんが言ってなかったか? 俺はお前の天敵だと」

 

 個性が封じられてしまえば、黄彩の身体能力は小学生程度。体力はそれ以下だ。

 

 相澤の捕縛布は黄彩の腕を胴ごと捕らえ、踏み潰すように地に伏せさせた。

 

「ウベッ、……う〜」

 

「その貧弱な身体能力はヒーロー以前に、人として致命的だ」

 

「ウフフッ、そんなこと、言われなくたってわかってるもん。……ボクの目はゴミ箱の底にだって届くんだよ」

 

 相澤の個性、抹消の弱点は瞬き。目を閉じると、そこで一度抹消は解けてしまう。

 作品を作るには脳内で作業工程を想起する必要があり、その時間は一瞬では足りない。しかし――

 

「――冷間加工」

 

 一瞬あれば殴れるように、不可視の巨大なハンマーで相澤を殴り飛ばす。

 

「グッ……」

 

 飛ばされた相澤だったが、プロとしての意地か、地に這わされながらもその目は黄彩を見ていた。

 

「もっかい、って、うぅもう!!」

 

 追撃しようとしたができなかった黄彩は思わず地団駄をふむ。しかし黄彩の天才じみた頭脳が冴えたる妙案を導き出した。

 

「あれ、こっから出てもクリアなんだよね?」

 

 というか、忘れていたルールを思い出しただけだった。

 

「させると思うか! …………おい」

 

 全身に鈍い痛みが残る身体をなんとか起こした相澤はすぐに気付く。

 黄彩は捕縛布で縛られたまま走っていたが――

 

「はーひゅー、はーひゅー、はーひゅー」

 

 距離にして50m程度の距離を、半分も走りきれずに息切れして立ち止まっていた。

 

 大した戦闘も行っていないのに、黄彩以上に相澤は疲労のようなものを感じた。

 

 息を切らしながら歩いて立ち止まってを繰り返す黄彩を相澤は追いかけ、肩に手をついた。――ついてしまった。

 

「えい」

 

「っな!」

 

 この時の相澤の最適解は、問答無用で蹴り倒すべきだった。

 

 古典的な騙し打ち。完璧に油断させたところを、黄彩は捕縛布を目の前で解き、相澤にハンドカフスをつけた。

 

『有製黄彩、条件達成』

 

 終了の合図がなると、相澤はため息と共に肩の力を抜く。

 

「ウフフ。綺麗に可愛く美しく、とはいかなかったけど、ボクの身体能力だって捨てたものじゃないでしょう? 一芸だけじゃ成り立たない。うん、忘れてたよ。美しさには弱さが付きもの。……久しくボクは美学を失念していた」

 

「教えたかったこととは全く違うんだが、……まあそれは次でいい。か弱さというのも、時には武器になる。よく考えたな」

 

「ウフフ、見た人間の思考を停止させるのは芸術家の基本技術だもの。次は個性だって停止させて見せるよ」

 

「……出来ただろ。やはりお前は、合理性に欠けるね」

 

「芸術ってそういうものだよ、きっと。……今日はもうこれで終わりでしょ? おんぶ。ボクをきょーかのとこまで連れてって」

 

「……ああ、わかった」

 

 天を仰いだ後、相澤は腰を低くした。

 

 

 

002

 

 

 

 放課後の帰路。

 黄彩と響香は駅への道中、何か欲しいものがあるでもなくコンビニに立ち寄っていた。

 

「ボク、コロッケ食べたい」

 

「夜食べられなくならない?」

 

「コロッケは別腹なんだよ?」

 

「うん聞いたことない」

 

 レジ前で漫才を繰り広げて、そのうちに二人が雄英の体育祭トップ二人なのが露見して人が集まったりとあったが、なんとかコロッケを二人分購入することに成功した。

 

「ウチ、初めてサインって書いた」

 

「でも上手だったよ? 練習してた?」

 

「……ノーコメント」

 

「ふぅん。そういえばボクも人のものに書いたことはあんまないかも。いつも絵の裏とか隅に書いてるから」

 

「へぇ、意外」

 

「んー、別に芸能人じゃないからね。ぶっちゃけ人間国宝って有名人かすら怪しいよ?」

 

「黄彩の名前、美術の教科書にもほとんど載ってなかったからね」

 

 なんて事のない、他愛のない会話だ。

 そして自愛もない。投げやりに投げ槍を投げつけるような哀なき談話。

 

「ねえきょーか、ボクがヒーローを目指す男の子だと仮定して、全力でヒーローを目指すってどういうことかな」

 

「え、なに急に」

 

「ウフフ、緑の人にそれとないことを言われちゃってね。ボクはヒーローになりがっていないってさ」

 

「うん、だろうね」

 

「んー、でもさぁ。英雄は英雄になりたくてなるわけじゃないじゃん? 例えば桃太郎は、昔話の主人公になりたくて鬼退治に行ったわけじゃないじゃん?」

 

「昔話でしょ」

 

「今だって百万年後には百万年前だよ」

 

 まったくまったく……、と言った様子で黄彩は楽しげに続ける。

 

「いやそうじゃなくて、桃太郎は鬼を退治したからヒーローになったわけで、鬼を退治するためにヒーローになるわけじゃないんだよ」

 

「その心は?」

 

「ヒーローになりたいって精神がそもそも矛盾してるって、だからボクは言いたいんだよ。ヒーローになりたいってことはつまり、鬼の出現、他人の危機、平穏の終焉。そんなものを願ってるってことなんだから」

 

「……確かにそう、……なのかな」

 

「正義の敵は別の正義、ってよく言うけれど、今この時代のヒーローは悪と正義が両立してるが故の産物にしか見えないよ」

 

 さながら天秤のように、黄彩は両腕を左右に広げた。右手には食べかけのコロッケが、左手にはボールペンが握られている。

 

「ヒーロー飽和社会と呼ばれるこの時代は、同時にヴィランの時代でもある。桃太郎は名誉と栄光で時代(物語)の先もヒーローでいられたけれど、じゃあこの時代(物語)の英雄は、ヴィランが絶滅しても、時代の先でも英雄でいられるかな?」

 

「全員は、無理だと思う」

 

「うん。ボク達のクラスの全員が、世界中のヒーロー全員が、昔話の主人公にはなれない」

 

「……黄彩、そういうところだと思うよ。ヒーローに向いてないって」

 

「ウフフ、ボクは夢で魅せる人間であって、夢を見せる人間じゃないからね。そういう意味じゃ、ボクはヒーローでなくとも英雄ではあるのかもしれない」

 

「なに言ってんだか、ウチには良くわかんないけどさ。……ウチにとって、黄彩は十分以上にヒーローだよ」

 

「うにゃ……、そういうこと言われると、照れる」

 

「アンタ、照れるなんて感情あったの?」

 

「失礼な。ボクだよ?」

 

「黄彩だから言ってんの」

 

 ツッコミで叩くように、イヤホンジャックを黄彩の胸元に突き刺した。

 

「んっ、んんっ、これ、好きかも」

 

 黄彩の全身に、響香の心拍が響いている。

 

「ごめん、やっといてあれだけどそんな反応されると恥ずいからやめて」

 

「きょーかにギュッとされてるみたい」

 

「ほんとやめて!」

 

「ウフフ、きょーかの昔話はボクが書いてあげるよ」

 

「自分が主人公の絵本とか絶対見たくない。書いてもいいけどウチが死んでからにしてよね」

 

「ボク、きょーかと一緒に死ぬつもりなんだけど」

 

「アンタ、……死ぬの?」

 

「ボクだって人間だよ? きょーかが死んだりしたら、それこそ自分の個性で辺り一面みじん切りにでもして死ぬとも」

 

「……死ねないなぁ」

 

「死なせないとも。バッドエンドなんて悲しいだけだからね」

 

 冷め切ったコロッケを詰め込むように頬張って、玄関の扉を開く。

 

 




作品紹介

傑作No.08《この世で最も不要なもの》
 世界中のあらゆる刀剣の要素を兼ね備えた刀剣。素人でも振れば鉄塊が切れる危険物。
 職人曰く、切断という結果が具現化したような物品。

 切断時に破片を一切出さないが故に、使い道が何よりも無いが故の作品名。

 危険物だが、黄彩の傑作の中では比較的安全。

 今の黄彩では再現不可能。科学的に解明はできているが製造は難しいそう。

 最近はラストが裁断に使っていて、名に疑問を持っているとか。
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