第二十七話 被救者の赤点赫点と黄響逢引
001
「世界五分前仮説ってあるじゃん」
「……いきなりなに」
「この世界は五分前に全て作られたものだって仮説だけど、このうどんにとっての世界って鍋なわけじゃん」
「本当になにを言ってんの?」
「つまり、このうどんはもう茹で始めてから五分が経過してるってわけなんだよ」
演習試験が行われた日の夜。当然のように耳郎家のキッチンに立っている黄彩は鍋の前で理路整然でない理論を並べ始めた。
「夏にうどんを茹でるのが暑いのはわかったから、ちゃんと十分茹でて」
「二百度で茹でたら五分で終わったりしないかな」
「それは茹でてるんじゃなくて揚げてる。味のないチキンラーメンみたいになる」
「180人で待てば三分待つカップラーメンが1秒で食べられるって理論もあったよね」
「600人集める暇があったら、薬味の準備でもしたらいいんじゃないの」
「もう終わっちゃったもん。ネギとわさびと生姜と大根おろし」
「あと七分」
「うにゃい……」
「……いつも思ってるんだけど、黄彩のその『うにゃ』って奴、イタいよね」
「うにゃん?」
「それ。イタいよねって」
「言いたい? きょーかも言っていいよ?」
「……うにゃん」
「なにそれ可愛い」
「無敵かお前」
「不敵なんだよ」
「不適切って感じだけどね」
「適切な人間なんて気持ち悪いだけだよ。それこそ不個性だね」
「アンタの傑作の一つでしょそれ」
「気持ち悪さは傑作の常だよ」
「駄作じゃなくて?」
「傑作も駄作も同じだとも。落書きだって百万年経てば歴史だよ」
「黒歴史かもしれないけどね」
「歴史から見れば十分なんて落書きみたいなものだし、」
「あと四分」
無事、耳郎家の夕飯は美味なるうどんとなった。
002
翌日の朝。
黄彩と響香が登校して来て、教室の戸を開けて視界に飛び込んで来たのは半泣き状態の芦戸であった。
「みんなっ、土産ばなっし、ひぐっ、うぅ〜」
周囲には他にも上鳴、切島、砂藤が死人のような表情で佇み、他のクラスメイト達に慰められていた。
「えっと、どうしたの?」
「きょーか、あれだよ。試験で負けちゃったから」
「……あぁ、そういう」
納得した響香はどう言ったら分からず、とりあえず芦戸の頭を撫でてみた。
「あ、あぅ、きょうかちゃん? なにを……」
「きょーか、ボクも」
「ハイハイ」
ある意味、両手に花だった。
「まっ、まだ分からないよ!どんでん返しがあるかもしれないよ…!」
「緑谷…。それ、口にしたら無くなるパターンだ…」
緑谷も慰めようとするが、瀬呂は静かに首を横に振り否定する。瀬呂も試験をクリアこそしたものの、試験でなにを出来たでもなく速攻で爆睡。勝ったのは峰田だけと言ってもいい結果に終わっているのだ。
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄! そして俺らは実技演習クリアならず! これでまだ分からんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!」
「うわーん、学校に残って補習地獄なんて嫌だー!」
上鳴は指先で緑谷を突きまくりながら絶叫し、それを聞いた芦戸は絶望に満ちた夏休みを想像してポロポロと涙を零す。
「ボクがどうにかしてみる? 雄英の敷地を林で埋めて林間合宿にするとか」
「なんかそれは違くない!?」
「やめろ、全員行くから」
ホームルームのチャイムと同時に入って来た相澤は黄彩の頭を叩きながら言った。
「「「どんでん返しだぁ!!」」」
「赤点取ったら学校に残って補習地獄とか、本気で叩き潰すとか仰っていたのは……」
「追い込む為さ。そもそも、この林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつだ」
ともあれかくあれ、林間合宿は全員が参加するらしい。
「だが、全部嘘って訳じゃ無い。赤点者には別途に補習時間を設けてある。ぶっちゃけ、学校に残っての補習よりキツイから覚悟しろよ」
赤点者達は睡眠時間を大幅に削って作られた補修時間に戦慄したりした。
「えっと、よかったね三奈」
「あんまりよくなぁい……」
各々それぞれな心境を抱きつつ、一日の授業が終わり放課後。
「一週間の強化合宿か」
「けっこうな大荷物になるね」
「暗視ゴーグルとピッキング用品と小型ドリルが必要だな……」
一週間分の着替えやタオル、洗面道具など持っていく物は数多くあるだろう。女子達はとりあえず持ち込み検査は徹底してもらおうと心に誓った。
「あ、じゃあさ! 明日休みだしテスト明けだし、A組みんなで買い物行こうよ!」
「おお良い! 何気にそういうの初じゃね?」
「わーい、行く行く!」
「おい、爆豪。お前も来いよ!」
「行ってたまるか、かったりぃ」
葉隠の提案すると、皆盛り上がる。
「黄彩、明日って空いてる?」
「んー、大丈夫だと思うよ。ボクもペンとかカメラとか買いに行きたいし」
「んじゃ、ウチらも参加で」
「デートじゃなくていいの?」
「ウチらをなんだと思ってるの」
003
「さぁ、やって来ました! 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端! 木椰区ショッピングモール!」
翌日、待ち合わせの場所にはA組の面々が集まっていた。
「ナウもヤングも、もうナウでもヤングでもないよね」
「わー! 黄彩くん私服可愛い! なんで!?」
学外なので当然みんな私服なのだが、中でも黄彩は女子達から注目を集めていた。
夏らしい、白地にひまわりの刺繍が施されたワンピースを女装でもなく着こなし日傘をさす男子というのは、いささか異様であった。
「ウフフ、ボクだからね」
「黄彩の私服って、大体こんなだよ。お母さんの趣味」
クルクルと回るように見せつける黄彩を尻目に響香が言うと、男子達は同情の目を黄彩に向けた。
「んじゃあ、目的バラけてるだろうし自由行動にすっか」
黄彩達が最後だったようで、切島がそう言った。
皆それぞれ何人かのグループに分かれていき、黄彩と響香はいつも通り二人になった。
「……誰かしらの策略を感じる」
「ん? きょーか、そういえば何買いにきたの? ボクはカメラとカードと、あとペンくらいだけど」
「ウチは着替えの服と、薬局でいろいろかな。近いのは服かな。そこからでいい?」
「ん、ボク一人だと迷子になるしね。ついてくんだよ」
黄彩が響香の手をとると、響香も握り返して店を巡り始めた。
「見て見て、デートだよデート」
黄彩と響香を二人にしようと策略した者たちは、先に行ったと見せかけて背後に回り込んでいた。
「つってもよぉ、いつも通りだよな」
「なんか面白くないね」
「なにを言うか! それが微笑ましいんじゃん!」
「……ダメだ。女子の考えてることはわからん」
「ケロ、有製ちゃん、平然とドレスを着こなしてるわ」
「林間学校で着るわけじゃねぇよな、あれ」
「さすがに走りにくいでしょ」
「黄彩くん、体操服でも走れてなかったけどね」
「おやおや、雄英のみなさん。楽しそうなことをしてらっしゃいますね」
「「「っ!?!?」」」
物陰に隠れて二人を観察していると、背後から声をかけられた。
レンズのような紫色の瞳、ポニーテールの金髪、左右対象の美貌。その服装は巫女服であり、ショッピングモールにいるのは異様であった。
「あはは、どうも始めまして。私はラスト、あの二人のお姉ちゃんです」
「ケロ? それじゃああの二人、実は姉弟なのかしら?」
「いえ、まさかまさか。それじゃあ面白くないでしょう?」
ニンマリと、愉悦に満ちた笑みを浮かべた似非巫女に思わず慄いた。
「姉弟のように共に暮らし、周囲もそう扱う中で当人たちは外で様々なものを見て、次第に互いに異性として見てしまうようになり、でも姉弟の距離感が残っていて生じる沸々としたジレンマ! 見てるこっちまで胸がキュンキュンしそうです!」
見るのも恥ずかしいと言わんばかりに顔を手で覆いながらも指の隙間から黄彩達を見ている様子は、恐怖すら感じる。
「いつもお姉さまはほったらかしですから。たまには二人に癒しになっていただきませんと。ウフフフフ……」
雄英生徒達は、そっとその場を去って買い物を始めた。
作品紹介
傑作No.10《道徳的な龍》
粘土で作られた、黄色の龍。完成した頃は子猫ほどのサイズで、響香によく懐いていた。
およそ五年で大きく成長し、大人二人まで背にそせて飛べるらしい。
雑食で人間の食事も食べられるが、それ以外のものも食べられる。
名前に違わず温厚な性格で、人懐っこい性格に育った。
最近は雄英に住みついていて、相澤やミッドナイトなんかが餌をやったりして可愛がられている。