001
「揃ったな。これから、個性把握テストを行う」
「ええ!?入学式は!?ガイダンスは!?」
相澤の発言に、麗日という少女が皆の心の内を代弁して疑問を投げ掛けるが相澤はそっぽを向いて、「そんな悠長な時間は無い」と、言いきった。
「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る時間ないよ。雄英は『自由』な校風が売り文句。そしてそれは『先生側』もまた然り」
「効率趣味、じゃないね。合理主義者だ」
黄彩のふとした呟きに、相澤は頷く。
「その通りだ。個性禁止の体力テスト、非合理の極まりない。……有製、中学の時ソフトボール投げ何mだった」
「え? う〜ん、……ねえきょーか、ボク何mだった?」
「いやアンタ、体育の授業一回も受けてないから」
「そうだっけ? じゃあ初めて!」
「お前、どうやって生きてきたんだ……。まあいい。こいつを個性つかって飛ばせ。円からでなきゃなにしてもいい」
呆れる目をしながら、相澤は黄彩にボールを投げ渡す。
「はーい」
黄彩はボールを全体見渡してから、投げる方向を見る。
「さっさとやれ。思いっきりな」
「うん。作品No.14《人肉砲》」
黄彩は円の中央で正座した。ツインテールが地面に付くのも気にせず、腕を変形させ、ボールに合わせた砲身にした。
「それじゃあ……、月まで、届けぇ!!」
音を一切鳴らず、ただ辺り一面に激しい地震が襲う。
地震はすぐに収まり、さらに一分程度経って、相澤の持つ端末に『ERROR』と表記された。
「月面着陸、約60万キロかな」
両手でピースしながら黄彩は言うと、相澤は尋ねる。
「……わかるのか?」
「自分が飛ばしたものが何処に行ったかなんて、普通わかるでしょ。それに有言は実行しないと」
「……そうか」
相澤が納得した様子を見せると、生徒達から歓声と共に楽しげな声が上がる。
誰も彼も、個性を使用した体力テストなど経験なかった(約一名、そもそも体力テストの経験がなかったが)。個性を全力で使えることに誰かが「面白そう」と声をあげると、相澤はその言葉を否定した。
「面白そう、か。ヒーローになる三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? ……よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう。生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」
髪を掻き上げ、ニヤリと笑いながら相澤は凄む。
「ほら、面白い。きょーか、手伝い要る?」
「要らない。黄彩こそ、大丈夫なの?」
「最悪、なんでもするから平気」
「それ、ヴィラン絶滅させるからヒーローも要らない、ヒーロー科も要らないから除籍も有耶無耶、みたいな超理論でしょ」
「ウフフ、それも面白いかもね」
「おい、やるなよ。マジで」
相澤から注意を受けつつ、個性把握テストが始まった。
002
第一種目、50m走。
走順は出席番号順で、二人ずつ。
有製黄彩のペアは八百万百。彼女はスクーターを個性で生み出し、乗り込んでいた。
「よろしくお願いしますわ」
「ん〜、ボク、君のこと嫌い! 作品No.15《公園でよく見るやつ》」
「え…………」
黄彩は両足を巨大なバネのような形状に変形させた。正しく、公園で、見かける子供が乗って揺れるやつだ。
八百万が固まっているうちに『ヨーイ』と聞こえてくるが、八百万は呆然としている。
すぐにスタートの合図が鳴り、黄彩はバネで跳んだ。
文字通り、ひとっ飛び。狂いなく、黄彩は50mピッタリで着地した。
有製黄彩 3.23秒。
八百万は黄彩が着地した頃にようやく気を取り戻し、スクーターで走り出した。
八百万百 10秒。
「そんな……」
「八百万、もう一回走れ」
八百万を見かねた相澤が、再走を命じる。
「い、いいんですの?」
「目的は除籍じゃ無くて個性の把握だ。時間は有限、さっさと」
「わかりましたわ!」
目を輝かせながら八百万がスタート地点に戻ろうとするが、ふと、振り返った。
「……あの、あとでお話よろしいでしょうか」
「うん、いいよー」
「嫌い」と堂々言った黄彩が快く頷いたのを見て、八百万は満足げに戻っていく。
第二種目 握力
体力テスト未経験の黄彩。中でも、握力は足の速さやものを投げ飛ばすことと比べて自覚のし辛いものだ。
黄彩は両手で握力計を握ったが、数値は全く増えない。
「あれ?」
「持ち方が違いますわ。片手で、こことここを握るんですの」
「へー。あ、さっきの、創造の人。……んっ!」
有製黄彩 14kgw
「おー。ありがと、創造の人。ねえこれ、強いの?」
「八百万百ですわ。……えっと、その……」
無個性による握力測定では、女子高生の平均は27程度だ。当然、八百万の素の握力もそれなりのもの。
小柄で可愛いよりの外見でも、黄彩は男子。誰も真実を告げられなかった。
第三種目、立ち幅跳び。
「作品No.19《反逆の堕天使》」
黄彩は腕を変形させ、空想上の異形、ハーピーのような姿で羽ばたき飛び去っていく。
有製黄彩 25m
「ヒューハー、ヒューハー……」
着地したというより、不時着というべき様子だった。息を切らし、立ち上がることすら難しそうな様子。
「おい有製、なぜ50m走のときのバネを使わなかった」
「ヒュー、ヒュー、……あー、気まぐれ? いろいろ作る方が、見る方は面白いでしょ?」
「……やっぱり本業は芸術家、か」
「うん!」
第四種目、反復横跳び。
体力が足りず、途中でギブアップ。
有製黄彩 3回
第五種目、ソフトボール投げ。
最初のデモンストレーションと同じ方法でボールを飛ばし、測定不能。
有製黄彩 本人曰く、月面。
第六種目、持久走(5km)。
黄彩の体力はずば抜けて皆無なのは誰から見ても明らかで、すぐにギブアップしても相澤以外は気にしないようにしていた。
有製黄彩 ギブアップ(18m)
「黄彩、アンタ大丈夫?」
「きょーか、ボク、今日死ぬのかな……」
「死なないから、とりあえず水飲んできなよ。声やばいから」
「うん、……ちょっと、行ってくるね」
第七種目、長座体前屈
これは黄彩の個性的に、体力テストで最も向いている競技と言えるかもしれない。
「作品No.70《ホチキスって実はステープラー》」
まるでステープラーのように、ペタンと胸と頭を足まで付けた。
有製黄彩 62cm
ここまで曲がれば、あとは身長と腕の長さの問題だろう。
最終種目、上体起こし。
制限時間は30秒だったが、当然、黄彩の体力がそんなに長時間持つわけもなく。
有製黄彩 0回。
そもそも起こすことが出来なかった。ペアの八百万が居た堪れなかったとだけ語っておこう。
「黄彩、アンタ生きてる?」
「死ぬかもぉ……。きょーか、おんぶぅ」
「ハイハイ……」
「耳郎、あんまり甘やかすな」
「は、はいっ」
「きょーか……」
響香に甘える黄彩。渋々、という風を装いながら応じようとした響香を相澤は叱るが……。
「…………ごめんなさい先生、無理そうです」
「ああ。見ればわかる」
叱る隙がないほどに黄彩は響香にしがみついていて、響香は軽々と抱き抱えている。
003
全員、全種目が終了。多少のアクシデントはあったが、怪我人は緑谷出久が指を骨折したのみ。21名全員が集められ、その前に相澤が立つ。
「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括表示する」
1位は八百万百、最下位は黄彩だった。とてつもない記録もあるが、それ以上に散々な記録をいくつも残しているのだから、誰からも異論は無い。しかし――
「じゃ、きょーか。ヴィラン絶滅してくるから、降ろして」
狂論が女子の腕の中から飛び出た。
「除籍は嘘だ。やめろ」
「え、ボクに嘘ついたの? 死ぬ? それとも嘘つけない身体に作り替える?」
「……耳郎」
「はぁ、えっと、……黄彩。学校で十八禁はやめろ」
「きょーかが言うなら仕方ないね。消しゴムの人、きょーかに感謝してよね」
(((消しゴムの人!?)))
生徒達が吹き出すのを我慢しこらえているが、相澤は動じることなく頭を下げた。
「礼を言う、耳郎響香」
「え、あの、やめてください先生。黄彩もいいでしょ?」
「もちろん。ボクは奴隷が欲しいわけじゃないしね。むしろ放っておいてくれるとボクは嬉しいな!」
「極力善処しよう。……それじゃあ、今日はこれで終わりだ。教室にカリキュラムとかの書類があるから目ぇ通しとけ」
そう言って、相澤は緑谷に保健室利用届けを渡してその場から去ろうとするが、眼鏡をかけた男子生徒、飯田が呼び止めた。
「すいません相澤先生! まだ関わり合いが少ないながら、我々と有製くんとの扱いが明らかに違うように思います! そこのところ、ご説明いただけませんでしょうか!」
「お前はマスコミか飯田……。ったく」
うんざりしたような様子で、相澤は答える。
「その通りだ。どうせすぐ分かることだが、……話して大丈夫でしょうか、有製黄彩さん」
明らかに違う話し方。対等とも生徒とも違う、目上の人間への話し方だった。
「ボクが喋るのめんどくさいし、うん。お願い、消しゴムの人」
「はい。……この人はウチの生徒である以前に一流の芸術家、言っちまえば人間国宝ってやつだ。公務員であるヒーローは、緊急時には一般人よりも優先しなきゃならねぇ場合がある。ヒーローになるなら覚えておけ」
相澤は明らかに疲れた様子で、「他に質問があるなら明日にしろ」と言い残し、今度こそ去っていった。
004
雄英高校一日目、放課後。
体操着から着替えて教室に戻ってきた響香は、好奇の目を隠さぬ女子に詰め寄られていた。
「ねえねえ! 響香ちゃんと黄彩くんって、もしかして付き合ってるの?」
「え、あー、ううん、それよりかは、弟。親達のウチらの扱いも、なんかそんな感じだし」
響香と黄彩の関係の質問は、小学校、中学校と同じ学校だった響香には慣れたものだった。なお、黄彩に同じ質問をすると、露骨に面倒臭そうな顔をして逃げ出す。
距離感の近い桃肌の女子、芦戸三奈に「ほんとに〜?」と詰め寄られてると、着替えてきた黄彩が解けた長い髪を抱えて駆けてきた。
「きょーかー、髪結んでー!」
「ハイハイ、こっちきて」
手慣れた動きで黄彩の髪を元通りツインテールに結ぶ様子を、芦戸は「おぉー」と関心の声をあげた。
「手慣れてるね! お姉ちゃんって感じ!」
「? ……きょーかはボクのお姉ちゃんじゃないよ?」
「え、じゃあ何? やっぱり恋人?」
「だから違うってば」
「耳郎響香はボクの最高傑作になる人材だよ!」
黄彩は「どーだすごいだろ」と言わんばかりの笑みで、響香の背後から抱きつき、頬に頬をすり合わせる。
「ヘ〜」としか、言いようがない関係に映った。
「あ、そうだ。いまボク創作意欲すっごいからさ! 泊まってく!」
「え、響香ちゃんの家に!?」
「いや、学校でしょ。ウチきてどーすんの」
「あ、ねっねっ、酸の人、一番動ける人って誰?」
「そりゃオールマイトでしょ、知らないの? って酸の人!?」
「し、知ってるもん。アレでしょ? 筋肉の人! じゃあまたね!」
言うだけ言って、黄彩は教室から飛び出していった。
「あいつ、名前覚えるの苦手なの」
「にしても酷くない!? 酸って!」
「酸じゃん、個性」
「ツノの人が良かった!」
「……アンタも大概なんじゃない?」
「響香ちゃんは何の人だったの?」
「……耳の人。小学生の時だけど」
「……なんか、ごめんね」