000
もう語るまでも無いだろうが、有製黄彩は芸術家である。
――狂言回し。
芸術を志し、芸術に生き、芸術に死なんと産まれた人間だ。
その才は芸術に収まらず、あらゆる学問に美学を催させた。
脳の性能だけでは無い。彼方を見渡す視覚、千里先でも聞き分ける聴覚、電子顕微鏡に匹敵する過敏な触覚、空気も読める精密な味覚と嗅覚。
かのルネサンス期を代表する天才画家、レオナルド・ダ・ヴィンチの再来とすら謳われるが、なるほどその通りだろう。
幾何学、料理、解剖学、美術解剖学、天文学、物理学、化学、光学etc...
たった一つの作品の為だけに、ありとあらゆる芸術のために、この世に写す美のために。
001
合宿二日目。
早朝から相澤の指示のもと、A組の皆々はひらけた場所に集められた。試しにと、相澤は爆豪に投げさせれば、クラスメイト達の期待に沿わず、結果は数メートル伸びた程度というものだった。
「入学から早三ヶ月、君らは確かに成長している。しかしそれはあくまでも技術面や精神面。個性そのものは見た通り大して成長していない。そこで今日から、君たちの個性を伸ばす」
「個性を、伸ばす……?」
「そうだ。筋肉同様、個性も負荷をかけて使い続けることで成長する。そして、個性を伸ばしたらどうなるのか。その結果の一例がそこの芸術家だ」
「……うにゃ、ボク?」
相澤の鋭い視線が黄彩に向く。朝早いことから半ば目が閉じかけていて、吹けば倒れそうな様子だ。
「有製の個性は一見万能の強個性だが、本来は机の上で粘土を捏ねる程度の個性だ。それを才能と努力で範囲を目の届かない位置まで広げ、知恵と発想でできることを増やしている」
「んー、……なんか大袈裟な気がするけど、……まぁ大体そんな感じ」
黄彩は指をおもむろに振れば、振った方向にあった木がモアイ像の形に削られる。
「んにゅ……ボクの個性の範囲は五感と直結してるから才能に依存してるけど、大体の人の個性は使いまくって出力上げるか、適当に勉強して使い方探したらいいんじゃないかな。ふわぁ……」
「わかっているだろうが、鍛錬の内容は一人一人全く違う。許容上限のある発動型は上限の底上げ。異形型、その他複合型は個性に由来する器官、部位の更なる鍛錬。……そのサポートをプッシーキャッツの皆さんと俺がしていく」
中でも、ラグドールの《サーチ》、マンダレイの《テレパス》はアドバイスに最適だろう。ピクシーボブは《土流》で鍛錬の場を形成、肉体派の虎は筋トレを担当する。
それぞれ連れられるようにして場につき、マンダレイから伝えられるアドバイスに従いながら鍛錬を開始した。
黄彩の鍛錬内容は、言うなれば勉強だった。平和の象徴を作り出すという、雄英に来てから新たにできたテーマへの足がかり。
002
午後四時。
夏なのでまだまだ昼と言っていいほどに明るいが、時計だけ見ればやはり夕方で。
今日から夕食を自分たちで作らなければならなくなった生徒達はヘロヘロになりながらも調理を開始した。
「野菜は火を通すのがめんどくさいから薄く、小さく切って。肉は煮れば火が通るから適当で大丈夫。鍋に全部突っ込んで、油引いて炒めて、なんかいい感じになったら浸る程度に水入れて、ルーを入れれば美味しいカレーができるよ。……そしてボクはカレー嫌いだからチャーハン作る」
「おい待てこら」
前日、爆豪をして美味いと言わしめた料理を作った黄彩が指示を出していくと、従うように作業を初めていく生徒達。彼らに紛れて、黄彩は長ネギを切り始めて響香にツッコミを入れられる。
「うにゃ、なに?」
「いろいろ突っ込みたいけど、まずそのネギどっから持ってきた」
「猫の土の人からもらった」
「……買収したの?」
「んー? 欲しいから頂戴って言ったらくれたよ?」
「逆ファンサービス、なのかな」
「きょーかも食べる? チャーハン」
「……ちょっともらう」
「ん。あとじゃがいもが結構あまりそうだし、じゃがバターでも作ろっか。あればみんな食べるでしょ」
「黄彩が食べたいだけでしょ、それ」
「ウフフ、もちろん。後でバターもらってこなきゃ」
家庭的な味の多かった前日と違い、今日は野性味溢れる豪快な夕食となった。
003
「ねぇ黄彩、この大量のチョコレートはなに」
「うにゃん? 沖縄のお土産、黒糖チョコレートだけど」
「うん、沖縄に行くっていうのはウチも聞いたよ。……ちんすこうは? サーターアンダギーは? 紅芋タルトは?」
「ないよー」
夕食、風呂を終えてあとは就寝のみという時間。街灯が無いため真っ暗な中トラックがやってきて、響香の宿泊部屋に段ボールが四つ届けられたのだが、それらの中身は全てに隙間なく黒糖チョコレートが詰められていた。
「……みんなに配ってくるから、黄彩も手伝って」
「ボクもう眠いんだけど……」
「ウチらだけじゃ食べきれないし、ほら立って」
「うん……」
と、黄彩が腕を引かれながら立ち上がったタイミングで、ドアがノックされた。
「響香ちゃん今大丈夫? みんなで女子会やろうって集まってるんだけどー」
半ば反射的に響香が開けると、いたのは葉隠だった。
「あ〜、行きたいけど、ちょっとこれ配らなくちゃでさ」
「なにこれ、ってチョコレート? すごいいっぱいあるけど」
「黄彩が沖縄土産に買ってきたんだけど、量が明らかに多くてさ。悪いけど、手伝ってくんない?」
「オッケィ手伝うよ! みんなでやればすぐすぐ!」
葉隠は見えない首を縦に振りながらうなづく。
「じゃあ、これお願い」
「待って。これ一箱じゃ無いの?」
響香が丸々一箱渡して、葉隠は無い首、……見えない首を傾げる。
「四箱。一箱二十四個だから、……約百個かな」
「……なんで?」
「黄彩がお土産買ってくるのも珍しいんだけどね……」
「だって、美味しかったんだもん」
「黄彩くんがアニメの富豪みたいなこと言ってる……」
A組女子達の協力により、ヒーロー科二クラス全員に二個ずつ配られ、残りは女子会で女子達の胃に詰め込まれた。
004
三日目。今日も今日とて個性を伸ばす鍛錬がが皆の肉体に悲鳴を上げさせていた。
「ァム……」
唯一、気楽な様子なのは玉座に腰掛けて黒糖チョコレートを食べている黄彩のみ。
「……なにをしてるんだ」
「ん……、子作り?」
「は?」
生徒達を見て回っている相澤は、後回しにしていた黄彩の元にもやってきた。
「んー、違うね。もうちょっと合ってる言葉があったはず。で、で、……デッサンヘビー?」
「まさかと思うが、デザイナーベビー?」
「そう、それ」
「……深いところは置いておくが、道徳倫理はどうした」
「きょーかの家に置いてきたよ。今のボクは無駄の切り落としたミニマリストなボクだからね。試験管ベビーを試験管無しで作る試験官なボクだよ」
「ミニマリストはサイコパスの別称じゃねぇぞ」
「お代は結構ですってやつ?」
「それは財布パスだ。そしてそんな言葉はない」
「普通に顔パスだからね。で、消しゴムの人はボクに何か用事?」
ため息を盛大に吐きながら、全くこいつはと玉座の向かい側に黄彩が作ったであろう椅子に腰掛けた。
「お前がヒーロー志望ではなく芸術家志望なのは把握している。だが、お前がヒーロー科にいるうちはヒーローにするための教育をするつもりだ」
「うん、それでいいよ。おかげで傑作ができてるわけだしね。損はしてないし、何ら損失も出てないし」
「それは我々教職員が望んだ結果ではないのだがな」
「生徒が、あるいは我が子が、教育した通りに育つとは限らないでしょ」
「……で、今お前がやってるのもそれか」
「うん、そう。個性特異点って、知ってる?」
黄彩は黒糖チョコレートの箱を相澤に渡しながら尋ねた。
受け取り、一枚食べてから相澤は答える。
「世代を経るごとに個性が混ざり、性能が膨張し、いつか来るアンコントローラブルになる瞬間、みたいな話だったか」
「まぁ、大体そんな感じの終末論だけどさ、今作ってる子がそんな感じなんだよねぇ。普通の精神じゃすぐ壊れちゃうから、体を遺伝子から組み直してるところ」
「それで、デザイナーベビーか」
「雄英はいろんな人がいるからいいよねぇ。来てよかった」
「……前もって聞いておきたいんだが、誰のを奪った」
「失礼な、ちゃんと説明した上でもらったよ。
いつか聞いた、黄彩を中心に集い遊んでいる面々だった。本当に説明した上で渡したであろうことを察して、相澤は項垂れる。
「なにを作ってるんだか知らねぇが、危ないものは作るなよ」
「ウフフ、大丈夫。平和の象徴なんだから、平和的でないわけがないでしょう?」
パキリ、と、チョコレートを噛み砕く音が鳴り響いた。