001
麗日、蛙吹を諦めた被身子は仲間から情報を入手し、気を失っている黄彩と響香を発見していた。
「見つけました。……かぁいいなぁ」
二人の顔についた土を払いながら、木にもたれ掛けさせるように身を起こさせる。
「かぁいいなぁ。でも、切ったら殺されちゃうだろうしなぁ。でもちょっとだけ、ちょっとだけなら……」
吸血用の注射器で黄彩の頬を突きながら、危うい笑みを浮かべていたが、気がつき手を止めた。
「彼、やられちゃったみたいですね」
ガスを操っていたヴィランが倒されたようで、山からガスが晴れていく。
「やっとこれが外せます。気分がいいです」
ネックウォーマー型のガスマスクを脱ぎ捨てた被身子の表情は、少しばかり晴れやかであった。
「私、なにをしてるんでしょう。……ねぇ、コンプレス」
「本当になにをしているんだ、君は。その二人は彼が言っていた二人だろう。連れて行くから、こちらへ」
開闢行動隊の一人、マジシャンのような装いをした男、コンプレス。彼から二人を守るように、被身子はナイフを抜く。
「見なかったことにしてください。ダメなんです。ヴィラン連合でいるために、彼を怒らせちゃいけないんです」
「それは我々を裏切る、ということでいいのかな」
「私の居場所はヴィラン連合です。だから、壊すわけにはいかない。……どうしてもと言うなら、喧嘩。しましょうか」
「……いや、やめておこう。勝てない戦いをするのはエンターテイナーとしてナンセンスだからね」
コンプレスが両手を上げて一歩下がると、被身子はニンマリと笑いながらナイフを納めた。
「もうそっちは終わったの?」
「ああ、バッチリね」
ビー玉のようなものを被身子に見せつけると、コンプレスはその場から離れるよう促す。
「ええ、もう行きましょう。彼がここにいる以上、蛇足は蛇足です」
「……彼とはいったい、誰のことなんだ」
「あっはは。……巻解使駆。ヴィラン専門の殺人鬼、そして私のそっくりさんです」
「何……」
狂ったように笑う被身子に、コンプレスは怖気付きながら追随する。
002
B組の拳藤、鉄哲はガスの発生源である少年ヴィラン、マスタードと会敵していた。
イレイザー・ヘッドの戦闘許可が降りたため、八百万製ガスマスクの効果が切れる前に、速攻勝負にしようとしていた。
「ああ、体育祭の中継で見たよ。いたね、硬くなるやつ。銃も効かないかぁ」
しかし。ヴィランの方が発想が上手だった。
ガスの中なら人の動きがわかるようで、不意打ちを仕掛けた鉄哲のガスマスクを拳銃で撃つことで破壊した。
「まぁでも関係ないよ。このガスの中、どれだけ息を止められるかって話になるからねぇ! ……ん? 気のせい、じゃないな!!」
マスタードでなくとも、察知する個性がなくともその場の全員が分かった。
――霧が晴れていく。
「テメェも息止めてろよ、クソ野郎」
周囲の霧も木々も、鍋をかき混ぜるかのように倒れ、吹き飛び、混ざり合う。
「名乗りは抜き、速攻だ。――プラズマダッシュモーター」
渦巻きを描くように走って、それはやってきた。
「ギャハッ! 銃なんざ使ってる時点でプロに勝てるわきゃねーだろ! ――ノーマルモーター、パンチアクセル」
語るまでもなく、使駆だ。霧の蔓延していたあたり一帯を走り回ったらしく、ライダースーツは至る所がボロボロになっていたり、木の枝が刺さったりしている。
最高速度の勢いを残したまま一度スイッチを切り、拳を構えてスイッチを入れ直した。
「グアァ!?」
マスタードの顔面を覆っていたガスマスクを砕き、排熱で熱された拳が炸裂する。
「ギャハハハハハハ! 残念だったな、俺の身体はガスだのウイルスだのは効いたところで意味ねぇんだわ。走るか止まるかしかできないもんでなぁ、アァ!!」
殴り飛ばし、顔を物理的に歪められたマスタードの学ランの胸ぐらを掴み持ち上げたが、既に気絶していた。
白けた表情で、使駆はそれをそこらに投げ捨てる。
マスタードが気絶したからか、ただでさえ薄れていた霧が完全に晴れた。もうガスマスクは不要だろう。
「……っ! まさかアンチヴィラン!」
霧が晴れたことで使駆の容姿を見た拳藤はその正体に気が付く。
「何!? こいつがか! クッソ、俺の獲物横取りしやがって!!」
存在そのものは単細胞な鉄哲でも知っていたらしく、割り込む形でマスタードを撃破した使駆に激昂する。
「ギャハハッ、うっせぇよ。大したヴィランもいねぇし、金も大して持ってねぇし、おまけにダチも見つからねぇし。とんだ大赤字だぜ」
使駆は倒れたマスタードの服の中をまさぐり財布を取り出すも、中身の額が少なかったようで不満気な表情。
「んの、なめやがって!!」
「あん? 喧嘩か、いいぜ。命見知らずのサービス付きで売ってやるよ。かかってこい」
「おおぉうらぁ!!」
「待って鉄哲!!」
拳藤の静止を聞かず、鉄哲は使駆に殴りかかる。
「ギャハッ、きかねぇ」
ガチン、と、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う音が響いた。
「んだこいつ! また被り個性か!?」
「ギャハハハハハハ!! いい度胸してんじゃねぇか! 普通、俺をぶん殴る時は何かしら武器使うんだぜ? サービスで教えてやるよ。俺の個性は《ミニ四駆》、制御の一切が不能の超スピードと身体の丈夫さが売りだ。だから、テメェよか軽くて脆い! ――ノーマルモーター、ウエストアクセル」
スラリと伸びた腕と、回転する腰で放たれる平手打ち。鉄哲より脆いというのが真実だったのか、鉄哲に大したダメージは入っていないが数メートル先の倒れた木にぶつかるまで吹き飛んだ。
「ギャハハ、悪りぃな。ハイになって忘れるとこだった。行くとこあんだ、付き合ってらんねぇ。おおよそ検討はついたんだがなぁ。一応聞いとくぞ、黄彩と響香の場所を知らねぇか?」
使駆が拳藤に尋ねる。
「……A組の二人のことなら、悪いけど知らないよ。あなたの目的は何?」
「ギャハハ! 俺が殺人鬼だとして、ダチを助けたい。そういう考えは悪だと思うか?」
「殺したならどんな奴でもヴィランだよ。行かせるわけにはいかない」
「行くさ。俺だからな。――ライトダッシュモーター」
「待て!」
「待ちやがれ!!!」
見向きもせず、使駆はその場から去っていった。
003
「おお、いたいた。怪我も、……なんでこいつ女になってんだ?」
被身子がつけていたはずのネックウォーマーを枕のようにしながら、黄彩と響香は気を失っていた。
「んだよ、被身子の奴、見つかったんならとっとと教えろってんだ。……電話の番号知らなかったな、そういや」
黄彩と響香を米俵のように担ぎ上げ、使駆は宿泊施設の方へと向かって行った。
「よう」
「何者だ!!」
場所は補修者とブラドキングが待機していた大部屋。
使駆は一切の障害も無く、宿泊施設へと侵入していた。
「お、おいそいつら! 有製と耳郎じゃねぇか!!」
生徒の一人が肩に担がれた二人を見て叫ぶ。
「ギャハハ、よく分かってんじゃねぇか。安全なところまで保護して連れてきてやっただけだ。俺は腹へったからもう行く」
黄彩と響香を誰かに手渡そうとするが、誰も警戒して近寄らないため、床のなるべく汚れていない位置に二人を寝かせて部屋から出ようとしたが、
「行かせると思うか、ヴィラン連合!!」
ブラドキングが個性、操血で壁ごと使駆を拘束する。
「全て吐いてもらおうか!! 目的に構成員、本拠地全てだ!!」
怒り任せの怒号が生徒達に安堵を与えるが、使駆は嘲るように笑う。
「ギャハッ、ギャハハッ、ギャハハハハハハッ! 今日だけで何回止められたかわっかんねぇし、マジで止められたのは久しぶりだ! 超ウケる!! ――が、俺のダチの心配を全くしてねぇところは超ムカつく。パワーダッシュモーター、ウエストアクセル」
ブラドキングの血で完全に固定されているが、だんだんとモーター音が大きくなり、壁にも血にもヒビが入り始める。
「言っとくが、俺はヴィラン連合とかいうのとは無関係だ。俺はヒーローじゃねぇが悪の敵、殺すべきを殺す執行車。今日はテメェらがいたから殺し無しっつー縛りプレイ中だったんだ、感謝し尽くせ」
ダイナマイトが爆発したかのような爆音とともに、使駆を拘束していた壁が破壊された。回転軸となっていた腰から上が高速回転し、壁に押し付けるようにして停止した。
「今日は大赤字なんだ、テメェらの仕事根こそぎかっさらってやるから覚悟しろ。ライトダッシュモーター」
ブラドキングが追う暇もなく、使駆はその場から賭け去っていった。
「ブラドキング先生! 二人を寝せる布団か何かを用意したいのですが、よろしいでしょうか!」
「……ああ、頼む」
居合わせて、一切動けなかった飯田が動揺しながらも言うと、ブラドキングは静かに肯いた。